葛藤
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──六月のある午後。教室は窓の外の雨音と、先生の声が混ざる。
──ノートを開きながら、ふと視線を上げると、希望君が窓際の席に座っていた。
─体調のせいか、少し顔色が悪くて、腕に小さな痕が見える。
──でも、目は何かをじっと見ている感じで、そこだけは普段の私の目線を捉える。
「(あれ……私、なんでこんなに見ちゃうんだろう)」
──視線を逸らす。
──なのに、希望君もこちらをちらっと見たような気がした。
─その瞬間、胸の奥がちょっとざわつく。
──気づかれた──? いや、気づかれても困る。
──放課後、体育館。
─私と姉の愛はバスケ部の練習中。希望君は帰宅部だから、遠くでシュートの音や声を聞くくらいしかない。
「(あの背中……雨の廊下で見たときより大きくなったな……)」
──私の視線が自然と彼の方向に向かう。
──少しだけ体が反応して、心臓が早くなるのを感じる。
─パスを受ける手を止めて、一瞬だけ目が合った。
──希望君も、私を見ている──ような気がして、また心臓が跳ねる。
──家に帰ると、姉が待っていた。
「舞姫、今日も練習中、あの子見てたでしょ」
──少し女性的に、でも鋭く突かれる。
「えっ、そ、そんなことないし!」
──思わず否定するけれど、頬が熱い。
──ほんの少し、希望君を意識している自分を隠せない。
「ふふっ……やっぱりね。あんたの目、正直だもの」
──姉は柔らかく笑いながらも、私を軽く叱る。
──まだ恋かどうかは分からない。
──ただ、希望君を見かけるたびに、胸がざわつくことだけは、確かに分かっている。
──次に教室で会ったときも、帰宅部で廊下を歩く彼を見かけたときも、同じざわつきが胸を通り抜けるのだろう。
──その感覚を、私はまだ「恋」と呼ばない。
──でも、確かに何かが、芽生え始めている。
――――――――――
──七月の雨。寿賀河市の胡瓜天皇祭の日。
──外の賑やかさは窓の向こう。提灯の光、屋台の音、歓声──雨音にかき消され、南北北病院の廊下は静かだった。
──手に握った紙袋をぎゅっと握る。
──中には希望君が食べられるゼリーやプリン、スポーツドリンク。
──淡い水色の浴衣に白い花模様。普段の制服姿とは違う自分。
「……こんな格好で行っても、大丈夫かな……」
──少し不安になり、袖で顔を隠す。
──病室のドアが開く音。
「……希望君」
──声を出した瞬間、胸が小さくざわつく。
──ベッドに横たわる希望君。細身で色白、少食なせいか自分より背が低い。くせっ毛の黒髪が少し乱れ、紫の瞳がこちらをじっと見つめる。
──二重寄りの一重が、どこか中性的な印象を与えて、見つめられると心臓がちくりとする。
「……舞姫?」
──声は低くて、でも少し震えている。
──まるで普段の優等生の面影はなく、弱さだけが顔に出ている気がした。
「……お見舞いに来た」
──紙袋を差し出す。手が短く触れそうになる瞬間、胸がぎゅっとなる。
──ゼリーやプリンを渡す指先が、自然で、でも何も飾っていない。
「……食べられるものだけね。本当はお祭りっぽいものも持ってきたかったけど」
──希望君は小さく頷くだけ。
──窓の外の雨に揺れる提灯、遠くで光る花火──それと自分の浴衣姿、そして目の前の希望君。
──胸の奥が不思議にざわつく。
──でも、これは恋なのか……まだ分からない。
──ただ、見ているだけで心が動く。
「……窓からでも、祭りの雰囲気、見えるかな?」
──小さく頷く希望君。
──紫の瞳が、まっすぐ自分を見つめる。
──背が自分より低いのに、存在感はとても大きく感じる。
──短い沈黙の後、勇気を出して話しかける。
「……希望君、食べられる分だけ、無理しないでね」
──希望君は少し照れたように目をそらす。
──その仕草に、胸がまたざわつく。
──帰り道。姉に見つかる。
「舞姫、またあの子ばっかり見てたでしょ?」
──柔らかい女性的な口調で、鋭く指摘される。
「えっ、そ、そんなことないし!」
──必死に否定するけれど、頬が熱くなる。
「ふふっ……でも目が正直なのよね。自覚はないかもしれないけど」
──まだ恋と呼べるものではない。
──ただ、心がざわつき、胸が少し熱くなる。
──そして次に会うときも、このざわつきは消えない気がする。
──窓の外の雨。浴衣、病室、希望君──初めての感覚に、思わず小さく息をつく。
──芽生えたばかりの感情──恋とはまだ呼ばないけれど、確かに心に生まれた、柔らかくて揺れる種だった。
──七月の雨。寿賀河市の胡瓜天皇祭の日。
──外では提灯の光が揺れ、屋台の音や人々の声が雨音にかき消される。
─私は紙袋を握りしめ、病室の前で立ち止まった。
──水色の浴衣に白い花模様。普段の制服より少し華やかで、自分でも頬が熱くなる。
「……希望君」
──声を出すだけで、胸の奥がざわつく。
──ドアを開けると、ベッドに横たわる希望君。
──小柄で細身、色白で紫の瞳、くせっ毛の黒髪が少し乱れている。
──いつも教室で見るより、ずっと弱々しく見えるのに、目はこちらを見ている。
「……舞姫?」
──声が少し震えていた。
──舞姫は自然に息を吸う。自分でも少しドキッとしていることに気づく。
「……お見舞いに来た」
──紙袋からゼリーやプリン、スポーツドリンクをそっと取り出す。
──手が触れそうになった瞬間、私の心臓が跳ねる。
─希望君は、ベッドの上で細い腕を抱えながら、ちらりと私を見る。
──浴衣姿の私が、彼の瞳にはどう映ってるのだろうか。
──その視線に、胸の奥がぎゅっとなる。
「……食べられるものだけね。本当はお祭りっぽいものも持ってきたかったんだけど」
──私の声は自然で、優しさでも同情でもなく、ただそっと気遣うだけ。
──希望君は小さく頷く。
「窓からでもいいよ、祭りの雰囲気、見えるかな?」
──私はそっとベッドのそばに座り、雨に揺れる提灯や遠くの花火を窓越しに指さす。
─希望君は紫の瞳を揺らしながら、微かに息を吐く。
「……舞姫、なんでそんなに普通にいるんだ」
──言葉が詰まる。
──私は肩をすくめ、少し照れた顔で視線を逸らす。
「普通って……?」
「その、俺のこと気にかけて、無理しないでって言える顔とか」
──私はその言葉を聞いて胸の奥がじんとする。
──まだ恋だとは自覚していない。けれど、心のどこかで、希望君に見つめられる自分が嬉しい。
「だって、希望君は無理しちゃうと危ないんだもん」
──翠色の瞳を、紫の瞳が見つめる。
──希望君はその瞳にほんの少し、戸惑いを滲ませた。
──手渡すゼリーが、ほんの一瞬だけ触れる。
──希望君の顔は小さく赤くなり、手を引っ込めないようにそっと受け取る。
──舞姫は心臓の高鳴りに気づかないふりをする。
「……食べるか」
「……うん」
──雨の音に混ざって、私達の呼吸が静かに響く。
──窓の外は暗く、提灯の光がぼんやりと揺れるだけ。
──それでも、病室の中はほんの少しだけ祭りの色を帯びていた。
──希望君の視線を避けつつ、私はそっと手を休め、浴衣の袖を握る。
──心のどこかで、今のこの距離を大事にしたいと思う。
「……舞姫、祭りのあと、また来てくれるか?」
──希望君が小さく尋ねる。思春期男子らしい、ちょっと照れた声。
「……もちろん」
──私は小さく笑い、紙袋から一本の冷やしきゅうりを取り出す。
──「お父さんには内緒で食べてね」
──その瞬間、私はまだ恋ではないけれど、胸の奥が少しだけざわつくのを感じた。
──希望君も、きっと同じように心が揺れている。
──雨の夜、病室の小さなベッドの上で、二人の距離はほんの少しだけ近づいた。
──七月の雨。胡瓜天皇祭の夜。
──私は病室の窓際に座り、希望君の紫の瞳を見つめる。
──手渡したゼリー、冷やしきゅうり、短く触れた指先。
──どれも些細なことなのに、胸の奥がぽわんと熱くなる。
「……舞姫、祭りのあと、また見舞いに来てくれるか?」
──その声が、思春期の心にじんわり響く。
──舞姫は一瞬、顔を逸らした。
──なぜか心臓が跳ね、手が少し震えている。
──今までこういう感覚はなかったのに──。
──なんで、こんなに心がざわつくのだろう。
──希望君は、病弱で小柄で、時々弱々しいのに──
──目が合うだけで、胸が痛くなる。息が少し早くなる。
──これは──恋?
──でも、そういう風に思うにはまだ早すぎる。
──まだただ、優しくて、気遣いができて、面倒見がよくて──
──そんな人に、胸が反応しているだけだと思いたい。
──けれど、ゼリーを差し出す手や、笑った瞬間の瞳の光を思い出すと、胸のざわめきは消えない。
──手を触れた短い瞬間、心臓が跳ね上がったことも忘れられない。
「……なんで私、こんなにドキドキしてるんだろう」
──小さく呟く。
──答えはまだ出ない。
──けれど、頭の片隅で、これが──恋なのかもしれない、という予感がちらつく。
──雨音が窓に当たるたび、胸の中のざわめきも揺れる。
──希望君と視線を交わすだけで、胸の奥が熱くなる。
──自分でもまだ整理できない、知らない感情。
──まだ恋だとは言えない。
──でも、希望君のことを考えると、自然に顔が熱くなり、心臓が少し速くなる。
──それが自分にとって、何を意味するのかはまだ分からない。
──雨の夜、病室の小さなベッドのそばで、舞姫は初めて、自分の心の揺れを意識した。
──恋なのか、それともただの気遣いなのか。答えはまだ分からない。
──けれど、希望君の笑顔を思い出すたび、胸のざわめきは消えず、確かに芽生えつつあった。
……To be continued
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