初恋ってやつ
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──病院のベッド。
──窓の外では、雨が細かく降り続けている。
「(……浴衣姿)」
──舞姫は浴衣姿で、そっと俺にゼリーを差し出していた。
──普段の制服姿とは全然違う。
──袖から見える細い手首、肩の線、短い脚─。
──思春期男子の体が、頭じゃなく胸の奥で反応する。
「(あぁ……なんでこんなに胸がざわつくんだ……)」
──心臓が跳ね、頭の中はなんだか熱くなる。
──顔は赤くなってるのに、言葉が出ない。
──指先が触れた瞬間、短いけど確かな衝撃が走った。
──ベッドの上で体がこそばゆく、悶えそうになる。
「(……や、やばい……舞姫……)」
──でも言えない。恥ずかしくて。
──目の前の舞姫は、何も知らないように笑っている。
──その笑顔が胸をえぐる。
──頭の中で、勝手に妄想が膨らむ。
──もし──付き合ったら──?
──夏祭りに行って、手を繋いで歩く。
──浴衣姿で笑う舞姫の肩にそっと頭を寄せる。
──そのあと、帰り道で、手を握りながら、なんて言うんだろう──
──想像するだけで、胸が苦しくなる。
──同時に、心が妙に温かくなる。
──その時、ドアが開いた。
「あなたが希望君……よね?」
──声は落ち着いた女性の声。
──振り返ると、舞姫の姉らしき女子生徒が立っていた。
──中学二年、生徒会役員。制服も整っていて、さっきまでの舞姫とは違う、大人びた雰囲気が漂う。
「ええと、はじめまして……ですか?」
「えぇ。初めましてね」
──まだ少し声が震える。
──希望君、思わず背筋がピンと伸びる。
「……あ、あぁ。俺、生野…希望です」
──中性的な顔立ちの俺が、少し慌てて答える。
──くせっ毛の黒髪、紫の瞳、色白で細身の俺が。
──彼女は舞姫より背も低いが、目付きは舞姫のそれとは違った。
「ふぅん……舞姫がそんなにお世話になってる子なのね」
──愛はじっと俺を見つめる。
──鋭い視線に胸が少し痛む。
──まるで、俺の全てを見透かされている気分になる。
「……あ、あの、よろしくお願いします」
──小さな声で返す。
「よろしくね。舞姫からよく聞いてるわ。私は煌星愛…菱袋中学校の次期生徒会長で、舞姫の姉よ。あの子、自分を犠牲にしてまで希望君のこと、心配してるのよ…ふふっ」
「…そう、ですか」
──その口調は女性的で、優しさもあるけれど、威圧感がないわけじゃない。
──緊張で胸の奥がぎゅっとなる。
──舞姫はベッドの端に座ったまま、少し俯いて、でも微笑んでいる。
──俺の妄想が、一気に現実に戻る。
──心臓はまだ跳ねて、顔も赤いまま。
「(あぁ……舞姫の姉か……怖いけど、何か優しいな……)」
──そんなことを思いながら、ベッドに座る自分を意識する。
──舞姫と向き合うだけで、心臓がぐらつく。
──まだ恋だとは自覚していない。
──でも、舞姫を意識して、体が反応してしまう自分。
──その胸のざわめきと熱が、少しずつ恋の始まりの予感だと、なんとなく理解している。
――――――――――
「ここの述語はー…修飾語は…」
「(はぁ…授業退屈だなぁ……にしても…)」
「えー、国語辞典で教科書に載ってる言葉の意味、調べてー…」
──翌週のある教室。
──窓の外では六月の柔らかい陽射しが、教室の机と椅子を照らしていた。
──授業中、ふと前方を見上げると、黒髪の少年──希望君が座っている。
──中性的で少し小柄な体つき、紫の瞳は窓から差し込む光に揺れる。
──二重寄りの一重まぶたが、真剣にノートに向かっている。
──くせっ毛の黒髪が、少しだけ額にかかっているのも気になる。
「(……ああ、なんでこんなに気になるんだろう……)」
──自分でも驚くほど、心がざわつく。
──目をそらそうとするのに、つい見てしまう。
──授業中の声が遠くなる。
──ノートをめくる音、先生の声、周囲の生徒の鉛筆の走る音。
──全部、希望君の存在に比べると薄れてしまう。
「(恋、特定の人物に強く惹かれ、「もっと知りたい」「近づきたい」と願う、切ない思慕の感情のことか……)」
「(……昨日の病院での顔、浴衣姿……)」
─教科書の開いたページに載ってないのに、国語辞典で恋の意味を調べる。
──胸の奥が熱くなる。
──でも、まだこの気持ちが何か分からない。
──恋、という言葉を使うには早すぎる。
――――――――――
──放課後。
──バスケ部の練習をしていた。
──私は部活に参加しているので、コートに入ると体が温まる。
──ちょうど、希望君がグラウンドの向こう側を通る。
──帰宅部なので、部活は見学らしい。
──雨上がりの光が差し込み、希望の姿が少し湿った黒髪に反射する。
──紫の瞳が、私をちらりと見た気がした。
──その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「(……なんでこんなに気になるんだろう……)」
──思わず息を止めて、目を逸らす。
──でも、また見てしまう自分がいた。
──バスケ部の仲間たちはボールを追いかけ、声を上げている。
──私の視界は、希望君だけに集中していた。
──小柄な体、少食そうな様子、色白の肌───どうしても守ってあげたくなる衝動に、心がざわつく。
──まだ自覚していない恋心。
──ただ、希望君の存在が自分の胸を、確実に揺らしている。
──帰宅部の彼は、コートの端で小さく手を振る。
──私は、思わず手を振り返した。
「(……やっぱり、無視できない……)」
──心の中で、思わずつぶやく。
──恋かどうかはまだ分からない。
──でも、確かに、私の心は希望君に向かっていた。
――――――――――
「……え、希望君部活入ってないの?」
「うん…病気で運動も控えるよう言われてるからね…かといって文芸部とか希望君興味無いって…」
「………校則では、運動部文化部問わず、部活には引退まで在籍しないとならないって…話なのよ?」
「…それはそうだけど…お姉ちゃん、生徒会の枠は空いてないの?」
「空いてなくはないけど…生徒会も興味無いと思うわよ」
─部活が終わり、姉と歩きながら帰路に着く。
─希望君が帰宅部であるのだが、学校では引退まで部活動での所属が原則であるため、内申点に響くため、私達は悩んでいた。
「まぁ…あの担任の先生も、希望君のこと気に掛けてないしね…うーん…」
「あの子は可愛い顔立ちだけど、美術部とか文芸部とか…想像つかないわね………あ、そうだ」
「えっ?」
─確かに、彼には悪いが、希望君は文芸や美術はやりたがらないだろうと思い、余計に悩んだ。
─しかし、姉はあることを閃いたのだ。
「いい事思い付いたわ……実は顧問の先生が、女子バスケ部のマネージャーを募集するか迷ってるって……つまり、希望君を男子バスケ部の籍に置けば、彼の帰宅部問題を解決出来るわ!」
「確かにっ!明日、話してみようよ」
「そうね…最終的には、希望君次第になるけどね。一か八か、相談してみましょう」
─なんと、希望君を男子バスケ部に籍を置き、女子バスケ部のマネージャーをやってもらおうという話。
─ちょうどバスケ部の顧問の先生が、女子バスケ部のマネージャーを募集するという話を聞いていたのでタイミングが良かったのだ。
「バスケ部のマネージャーにしたい人がいる…?」
「はい。彼は持病で私達のように激しく動くことは出来ません…ですが、女子バスケ部が強くなってきてる以上、彼の力が必要だと思います」
「それはそうと煌星姉……彼も大会に連れていくとなると、食事制限を踏まえた弁当の手配、移動手段の考慮、緊急時…面倒なことが増えるだけだ」
「そんな…っ!」
─しかし、現実は甘くなかった。
─なんと、バスケ部の顧問の先生も、希望君の病気に理解がなく、面倒だと突き返してきたのだ。
─それにしても、何だろうか─この気持ちは。
─希望君のことをまともに知らないくせに、希望君のことを否定されて、一番怒りを感じている自分がいる。
「大体な…煌星妹…お前がバスケ部からいなくなればいいんじゃないか?最近練習中よそ見ばっかだし…そいつがいるせいで動きが鈍くなってる」
「「えっ?」」
「妹に何を…っ!あなた…それでも教師なんですかっ!」
「…ヒック…ぐすっ!」
─更に、私のことまで否定された。
─一方で姉は顧問と対立している。
─私も姉みたいに強い人だったら、こんなことで泣くはずがない。
─でも、それ以前に希望君のことを否定されて、何も言い返せなくて悔しかった。
「それに煌星姉…お前は次期生徒会長だろ?あとバスケ部の主将…それに学級委員長……ついに責任重くて頭おかしくなったか?」
「………えっ?」
「お前を尊敬する人は誰一人いないっ!お前達は俺の奴隷なんだから従「いますよ」
「「えっ?」」
「(希望君……なんで?)」
─職員室内の雰囲気が最悪になり、見ている生徒もざわつき始めた。
─また嫌な目で見られる。
─そう思っていた時に、凄く知ってる声がした。
「…希望君。なんで…?」
「いやぁ…俺日直なんで職員室に用事に…てか先生…二人に謝って下さい」
「お前…どこのどいつだ?さてはこの姉妹とグルなのか?」
─希望君だったのだ。
─体を引きづるように一歩一歩が重く、そして、顔色も少し悪かった。
─顧問の先生は目線を姉から希望君に変えた。
「俺が…この二人にマネージャー推薦されてるやつっすよ」
「てめぇがそうか……面倒事増やしやがって…」
「分かりました。それでは、希望君の補助は私達でやります。それで構いませんよね?」
「俺こいつ嫌い…マネージャーのこと、お前らに相談したのがいけなかったな」
「ぐすっ!ヒック…っ!」
「…黙って聞いてりゃ舞姫と愛さんのことをボロクソに言いやがって…二人はバスケ部の為に、誰よりもすぐに問題を解決しようとしてくれてる…何とも思わないんすか?」
─私が泣いていても、どれだけ理不尽なことを言われても、希望君は顧問の先生とひたすら立ち向かっている。
─二人が私の代わりに言葉を放ってくれてる─私も一歩踏み出さねばと思った。
「…あ、あの…」
「あ…まだいたのか煌星妹…お前はすぐ泣くからダメなんだよっ!」
「………二人のこと、悪く言わないで…ぐすっ!希望君の体調とか、私達で補助するから、それで文句ないでしょっ!」
「舞姫……先生、あなたが発言した内容は全て…職員室にいる全員が聞いてます。もし次舞姫を泣かせたら…校長に話しますが…どうですか?」
「なんだよ急に…脅しには引っかからんぞ」
「それなら、この前の合宿で、先生が生徒の保護者とホテルに入るのを見た写真…校長に見せていいんですよね?」
─さすが姉。一つ年が違うだけで、とてもじゃないが強い。控えめに言って、強い。
─まもなくして顧問の先生が折れ、希望君が正式に女子バスケ部のマネージャーになることが決まったのだ。
─ちなみに後で顧問の先生は、校長先生に自宅謹慎の処分が下されたらしい。
─当然だ。私だけなら良いが、姉や希望君のことまで踏みにじったのだから。
――――――――――
「ごめんね。本当は顧問の先生に理解もらってから希望君に話そうと思ったの」
「あれは仕方ないよ…舞姫があのジジイに悪く言われてムカついたくらいだし」
「…………そう。でも、本当に女子バスケ部のマネージャーになってくれるの?」
─その日のある休み時間、私はまた話した。
─なんと、昨日の帰り道、希望君は姉との会話を聞いていたとのことだった。
─それでも、彼を巻き込んでしまったことに変わりがないので、私は希望君に謝った。
「あぁ…もちろんだべ」
「……何で?」
「……そ、そりゃ…ま、舞姫をより近くで見れるから。応援したいと思うのは、当たり前だし……」
「ふふっ。顔真っ赤………私もね、さっき希望君が悪く言われてイライラしたの…おあいこだね」
─しかし彼は、女子バスケ部のマネージャーになることを承諾してくれた。
─その理由を聞くと、彼は耳まで顔を赤く染め上げていて、その顔が子供っぽくて可愛かった。
─窓からさす夏の日光に、彼の白い肌と紫の瞳が、透き通るように映し出してくれた。
「(………私、恋しちゃったんだ…希望君に)」
─その夏の日光と雲一つもない青空が、私達の初恋を表してるかのようだった──。
……To be continued
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