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普通を失った俺が、世に希望を与えるまで。  作者: 速府左 めろ
<第三章>誰にも分からない、俺と彼女だけの恋。〜希望と舞姫編〜
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希望と舞姫

この度は閲覧頂きましてありがとうございます!

─初恋は、世界を教えてくれた。


──今から十年前の六月。

─校舎の窓を叩く雨音が、やけに近くに聞こえた。

─窓の外では、アジサイの花が重たげに揺れている。


─新しいクラス。新しい顔。

─けれど、誰も俺に話しかけてこない。

─無理もない──病を理由に転校してきたし、「病気」「親がいない」って噂は、あっという間に広がる。


「生野、また保健室寄ってから帰れって」

「……わかりました」


─先生の声も、どこか遠くに感じた。


──"優しさ"は、もう信じない。

──優しさなんて、いつも途中で消える。

─親も、親戚も、施設の先生も。

─最初はみんな優しい顔をして近づいてきて、

そのうち「面倒くさい」「かわいそう」と言って離れていった。


─だから、もう誰にも心を開かない。

─そう決めてた。


──なのに。


「先生、そのプリント、私が持っていきます」


─雨の音にまぎれて、小さな声がした。

─栗色の髪を耳にかけた女の子。

─"煌星舞姫"──医者の娘で、成績もいい方で、女子バスケ部に所属。

─ぱっちりしたタレ目と大きな翠色の瞳に栗色のショートヘアがトレードマークの女子生徒だ。

─彼女も、いつも一人だった。


─俺の机に歩み寄ってきて、そっとプリントを置く。

─距離を保って、でも逃げるようにも見えない。

─不思議な目をしてた。誰かを"憐れむ"目じゃなくて、

─ただ"見ている"目。


「ありがとう」

「ううん……」


──あ、やばい。

─また「気の毒な子」って思われたかもしれない。

─そう思った瞬間、言葉が出なくなる。


─けど、舞姫は何も言わなかった。

─ただ、プリントの角をまっすぐ揃えてから、ぽつりと呟いた。


「……その腕の痕、痛そうだね」


──ああ、やっぱり。

─病気のこと、気になるんだろ。

─どうせ聞かれる。"何の病気?"とか、"治るの?"とか───めんどくさい。


「別に、気にしなくていい」

「うん。気にしてないよ」


「……え?」

「だって、"痛い"っていうのは、気にしてあげることとは違うから」


─そう言って、彼女は小さく笑った。

─静かな笑顔。

─優しさでも、同情でもない。

─ただの"気づき"みたいな笑顔。


─なんだそれ。

─なんでそんな顔、できるんだよ。


─俺は言葉を失った。

──雨が、止んでいた。


「じゃあ、また明日ね」

「……あぁ」


─その一言が、教室に残った湿気をやさしく溶かしていった。


─俺はまだ、信じちゃいけないと思ってた。

─けどあの時、ほんの少しだけ──

─"信じてもいいかもしれない"と、思ってしまった。


――――――――――


─六月の昼休み。

─教室の窓の外では、入道雲の足音みたいに部活の掛け声が響いていた。

「いただきます」の声が上がって、あちこちで弁当箱や牛乳のパックの音がする。


──俺は、給食の時間が嫌いだった。


─食べられるものが限られてるせいで、いつも担任から「残すな」と言われる。

─でも、無理に食べたら体調を崩す。

─薬の副作用で味覚も変わるから、普通の子みたいに食べられない。


「生野、牛乳残すなよ」


─担任の声が背中に落ちてきた。


「……すみません。医者から、乳製品は控えるようにって言われてて」

「医者?そんなこと言ってたか?」

「はい、病院の先生が……」

「甘えんな!栄養はちゃんと取らないと体力つかないだろ。完食するまで居残りだからな」


──言葉が詰まった。

─この人は、俺が「病気だから」って言葉を盾にしてると思ってる。

─だから、何を言っても"怠け"に聞こえるんだ。


「……はい」


─結局、口をつけられなかった牛乳パックを持って立ち上がる。

─ゴミ箱に捨てようとしたその時──


「それ、もらっていい?」


─静かな声がした。


─振り返ると、舞姫だった。

─箸を持ったまま、まっすぐこっちを見ている。


「……飲めないなら、私が飲むよ。無理しない方がいい」

「……別に、平気だし」

「顔、ちょっと青いよ。平気じゃないと思う」


──ぐっと、胸の奥が痛んだ。

─"見透かされた"感じがした。

─同情されたくないのに、何故かこの子にだけは強く反発できない。


「……いいから。ほっといてくれよ」


─少し強めの声が出た。

─周りの子が一瞬静かになる。

─舞姫は、ほんの少しだけまぶたを伏せた。

けど、何も言わなかった。


─ただ、小さく「……うん」とだけ言って、自分の席に戻った。


──やっちまった。

─わかってる。悪いのは俺だ。

─でも、誰かに踏み込まれるのが怖かった。

─心配されるほど、惨めになる。


─俺は、机の下で拳を握りしめた。

─"優しさ"なんて、いらない。

─期待したら、また傷つくだけだから。


――――――――――


─放課後。

─外は雨が上がって、夕陽が廊下を染めていた。


─部活の声が響くグラウンドを横目に、

─俺は一人、保健室に向かって歩く。

─胸のあたりが少し苦しい。

─体育を見学したせいか、冷たい空気が肺に刺さる。


「生野君、今日も来たのね。どう?体調は」


─保健の先生の声。いつもの笑顔。


「大丈夫です」

「無理しちゃだめよ。あんまり我慢してると、また点滴コースだからね」


──"また"か。

─笑いながら言われたけど、その言葉が刺さる。


─帰ろうと廊下を歩いていると、曲がり角でぶつかりそうになった。


「あ、ごめんっ……あ、生野君」


─舞姫だった。手に雑巾を持って、掃除の途中らしい。

─教室の隅の雑巾の匂いと、濡れた靴下の湿気が混ざっていた。


「……別に」

「さっきは……ごめんね。怒らせるつもりじゃなかったんだ」

「……別に。気にしてねぇし」

「そっか」


─そう言って、彼女は少しだけ笑った。

─その笑顔が、ずるかった。

─怒ることもできない。泣かせることもできない。

─ただ、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「ねえ、生野君」

「……なに」

「うちのお父さん、南北北病院で働いてるんだ。もし希望君がが何か言ってくれたら、私も伝えておくね。食事のこと」

「……いらねぇよ、そんなの」

「ううん……頼まれたと思って「お前に俺の何が分かるんだよっ!」


──"頼まれたと思って"。

その言葉が、変に胸に残り、俺の怒りを引き立たせ、大声を上げてしまった。


─俺はその場を通り過ぎた。

─背中に夕陽が当たって、影が長く伸びていく。


─振り返った時、舞姫はまだ廊下に立って、

涙目で俺の背中を見ていた。

─目が合うと、少しだけ笑って手を振った。

──その仕草が、やけにまぶしかった。


――――――――――


─夜。

─帰り道の夕空が赤から紫に変わる頃、

─俺はひとり、自転車を押して歩いていた。


─病院通い、薬、制限食。

─普通の中学生が当たり前に持ってる"青春"が、

俺にはほとんど無い。


で─も、あの教室の中で──

─ほんの少しだけ"自分の居場所"を見つけた気がした。

─たとえ、それが一瞬でも。


「……舞姫、か」

「(父親が医者か……金持ちの娘だと思ってたけど、あいつは何か違うな)」


「(てか…なんであんな顔出来るんだよ…)」


─小さくつぶやいた名前が、

─夏の匂いの風に溶けていった。


──この時の俺はまだ知らなかった。

─この出会いが、俺の人生のすべてを変えるってことを。



――――――――――



──七月の雨。寿賀河市の夏祭りの日。

─この日は疫病退散と無病息災を願う伝統的な祭り─胡瓜天皇祭が市内の中心で行われていた。

─病室の窓に雨粒が叩きつける音が、外の賑やかさを遠くに押しやる。

─俺はベッドに横たわり、天井のシミをぼんやりと見つめていた。

─祭りの提灯や並ぶ屋台の明るさは、もちろん遠くでしか見えない。


──ガチャリ、とドアが開く音。


「……希望君」


─声の主は舞姫だった。

─今日の彼女は、いつもと違う。浴衣を着て、普段より少し華やかに見える。

─胸の奥が、ざわっとした。思春期男子特有の感覚が、体を通り抜ける。


「……舞姫?」


─声が少し震えた自分に気づく。


「……うん、お見舞いに来た」


─手に小さな紙袋を持ち、雨で濡れた髪をそっと触る舞姫。

─サラサラの栗色ショートヘアが顔にかかり、長いまつ毛が瞬くたびに光を受けて揺れる。

─ぱっちりした翠の瞳、広い二重幅──普段の制服姿とは違う、ほんの少し大人びた印象だった。


「……似合うな」


─口に出すつもりはなかったのに、思わず呟いた。

─舞姫は少し躊躇ったように視線を逸らす。


「……今日はお祭りだし、浴衣にしてみたんだ。見られるの、ちょっと恥ずかしかった」


─小さな声で告げられ、胸の奥が熱くなる。


──舞姫はそっとベッドのそばに座った。

─紙袋から差し入れを取り出す。ゼリーやプリン、スポーツドリンク──

─指先は揺れず、優しくもなく、ただ自然に手渡してくれる。


「……希望君、食べられるものだけね。本当はお祭りっぽいものが良かったんだけど」


「……ありがとな」


─突き放すのをやめ、小さく言った。

─舞姫が微笑む。目をそらさず、はっきりと俺の方を見ている。


「今日は……祭り、楽しみにしてた?」


─俺は窓の外を見て、言葉を濁す。


「……俺には無理だ。病院だし、窓から外を見るだけ」


─吐き捨てるように言ってしまった。


「そっか……」


─少し沈黙。だが、舞姫はすぐに視線をこちらに戻す。


「窓からでもいいよ。屋台、見えるかな?」


─その声に、ほんの少し希望を感じた。


──ベッドの上で体を起こし、窓の外を見た。

─雨で揺れる提灯、遠くで光る花火。

─舞姫の浴衣姿と、この光景が妙に心に残る。


「……舞姫、なんでそんなに普通にいるんだ」

「普通って……?」

「その、……俺のこと気にかけて、無理しないでって言えるその顔とか」


──突き放したいのに、気持ちが抑えられない。


─舞姫は小さく笑い、少しだけ肩を前に出して座る。


「……だって、希望君は、無理しちゃうと危ないんだもん」


─目をそらさずに、はっきりと告げられる。

─翠色の瞳が揺れ、光が瞬くたびに胸がざわつく。


──その瞬間、ベッドの上の俺は、ただ見つめることしかできなかった。

─突き放したくても、突き放せない。


「……舞姫、さ……」


─言いかけて言葉が詰まる。

─舞姫は軽く首をかしげ、口元に小さな笑み。


「どうしたの、希望君?」


──近すぎる距離。

─指先が紙袋に触れるたび、偶然であっても俺の手に当たりそうになる。

─その一瞬で、心臓が跳ねた。

─思わず手を引っ込め、顔を逸らす。


「……ごめん、なんでもない」


─小さく呟く声。

─でも胸の奥は、期待と緊張でいっぱいだった。


──舞姫は手に持ったゼリーを差し出す。

─指が触れた。短い瞬間、熱が指先から伝わる。

─心臓の奥がざわつき、息を飲む。


「……食べるか」


─小さく頷き、口に運ぶ。

─舞姫は満足そうに微笑む。


「……来てよかった」


─俺は目を伏せて呟く。


「うん……良かった」


──窓の外で雨が強くなる。

─けれど、病室の中は、ほんの少しだけ祭りの色を帯びていた。

──浴衣の舞姫、雨の音、ゼリーの甘さ、そして、確かに俺の隣にいる存在。


「……舞姫、祭りのあと、また見舞いに来てくれるか?」


─思春期男子らしく、少し照れながら聞く。


「……もちろん。あとこれ、きゅうり……お父さんには内緒で食べてね」


─小さな声が返ってきた。

─翠の瞳とその声に、少しだけ安心する。


──冷やしきゅうりを手渡され、笑ってしまう。

─この雨の祭りの夜、俺と舞姫の距離は、ほんの少しだけ近づいた。






……To be continued

閲覧頂きありがとうございました!

コメント、いいね、感想お待ちしております!

次回作もお楽しみに!では。

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