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普通を失った俺が、世に希望を与えるまで。  作者: 速府左 めろ
<第二章>地を踏む一歩が、希望な意図となる。〜日本列島出張編〜
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死して尚、繋ぐ

この度は閲覧頂きましてありがとうございます!

──病室の灯りが、やけに白く感じた。

─心電図の規則的な音だけが、この部屋の「今」を刻んでいる。


「はぁっ!はぁっ……爺ちゃんっ!」

「……希望君、来たか。舞姫も…」

「お父さん……」

「もうこの方に残された時間はない……最期の願いとして、希望君と舞姫の顔が見たいと…」


─病室に入ると、院長が俺達を迎え入れた。

─ベッドに横たわる爺ちゃん──祖父の顔は、いつもの穏やかさのままだった。

─呼吸は浅く、酸素マスクの下で唇がわずかに動く。


「……爺ちゃん、俺だ。希望だぞ」


─かすかに反応する。

─重たく開いた瞼の奥に、いつもの優しい眼差しが見えた。


「……来てくれたのか」

「当たり前だべ。間に合ってよかった……舞姫も、一緒だ」


─爺ちゃんの視線が、俺の隣に立つ舞姫に向かう。

─彼女は小さく会釈して、ほっとしたように微笑んだ。

─いつも仕事で見せる"看護師の顔"とは違う。

─今はただ、俺と同じように"家族"としてここにいる。


「儂はもう時間切れだ…だから言い遺しておきたい……お前は、幸せそうな顔をするようになったな」

「爺ちゃんのおかげだよ……舞姫と婚約したんだから」


─透助の口元が、ほんの少し笑った。

─酸素マスク越しでも、その笑みはちゃんと伝わる。


「……そうか……ようやく……だな……」

「冬が明けたら式を挙げる予定だべ。爺ちゃんにも、ちゃんと報告したかったんだ」

「そうか……それで十分だ……お前は、もうひとりじゃない……」


─俺も祖父も涙が溢れている。

─涙で視界がぐちゃぐちゃになり、祖父の顔がぼやけて見える。


「ぐす…ヒック…っ!爺ちゃん…っ!」

「こらこら…泣く、な………別れは必ず、笑顔で……だ」

「………ぐすっ!」

「儂の分まで…幸せになりなさい……そして、他の人達にも希望を繋げよ……ありがとう、希望」


─その言葉を最後に、祖父の手が少し震えた。

─握っていた手の力が、ゆっくりと抜けていく。


ピ──……。


─胸の奥が、凍りついたように痛い。

─声を出そうとしても、喉が詰まって出なかった。


「……爺ちゃん……?……なぁ、爺ちゃん、返事してよ」


─心電図の音は変わらない。

─世界が、あまりに静かだった。

─あの優しい声が、もうどこにもいない。


──その瞬間、俺の中で何かが崩れた。


─気づいたら、舞姫が俺の肩に手を置いていた。

─その手が震えていた。

涙─を堪えている顔が、やけに幼く見えた。


「……希望君、透助さん……ちゃんと笑ってたね」


─頷くことしかできなかった。

─それだけで、胸の奥がぐしゃぐしゃになった。


――――――――――


─葬儀の日。

─雪が静かに降っていた。

─空は灰色で、吐く息がすぐに白く溶けていく。


─祖父の遺影は、優しい笑顔のままだった。

─その笑顔を見るたび、どうしようもなく涙が込み上げた。


─参列してくれた鳳兄がそっと肩を叩いた。


「生野、無理すんな」

「……大丈夫っす」


──ほんとは全然、大丈夫なんかじゃねぇのに。


─舞姫は少し離れたところで手を合わせていた。

─その横顔が揺れて見えた。


「(あいつも……初めてなんだろうな)」


─患者じゃなく、"誰かの大切な人"の死を見送るのは。


─線香の香りが、やけに強く感じる。

─心臓がずっと重いままで、深呼吸もできなかった。


――――――――――


─夜、葬儀が終わって少し落ち着いた後。

─雪がしんしんと降る墓前に、俺はひとり座っていた。

─黒いコートの裾が濡れても構わなかった。


「……爺ちゃん、俺……やっぱり寂しいよ」


─声が震えた。

─空を見上げても、雪ばっかりで何も見えない。


─その時、背後から足音が近づいた。

─振り向くと、舞姫が両手に温かい缶コーヒーを持っていた。


「……冷えるよ」

「ありがとな」


─二人で墓前に並んで座る。

─風が冷たいけど、隣の温もりだけは確かだった。


「(患者の死なら、こんなに痛くないに……)」

「……なぁ、舞姫」

「うん」

「爺ちゃんの心音、消えた瞬間……感じてた?」


─彼女は少し考えて、静かに頷いた。


「うん……。何人もの最期を看取ってきたけど、

 "患者さん"じゃなくて、"大切な人"の鼓動が止まるのは……初めてだった。静かで……でも、重かった」

「……あぁ」


─それ以上、言葉が出なかった。

─代わりに、雪が二人の肩に積もっていく音だけがした。


「……でもね、希望君」


─舞姫の声が、少しだけ震えていた。


「"命が終わる"って、全部が消えることじゃないと思う。透助さんの言葉とか、優しさとか、ちゃんと希望君の中に残ってる」


「……そう、かもな」


─胸の奥が熱くなって、息を吸うのが痛かった。

─でも、不思議と少しだけ、呼吸が楽になった。


「爺ちゃん……聞いてっか?俺、もう泣かねぇよ。これからは、舞姫を守る。あんたみたいに、誰かを支えられる男になるから」


─舞姫の手を握る。


─その温もりが、夜の冷たさを少しずつ溶かしていった。


――――――――――


─夜。帰宅して、静かなリビング。

祖父の遺品の中から、古い懐中時計を取り出した。

─止まった針は、午後十一時三十八分。

──爺ちゃんが息を引き取った時間だ。


「止まった針は十一時三十八分。けど外では、雪がやんでいた……時間は止まっても、季節は進んでいく。爺ちゃん、あんたの時間も、俺の中で動いてっからな」

「希望君」

「……これ、爺ちゃんが医者だった頃から使ってたんだって。院長が言ってた」


─舞姫がそっと覗き込み、微笑む。


「……時間って止まるように見えて、止まらないんだね」

「どういう意味だ?」

「透助さんの時間は、希望君の中で続いてるってこと」


─その言葉が、胸に沁みた。

─俺は懐中時計を胸に当てて、ゆっくりと息を吐く。


「……爺ちゃん。あんたがくれた時間、絶対に無駄にしねぇ。これからは、舞姫と生きる」


─窓の外を見ると、雪がやんでいた。

─夜空に一番星が瞬いている。


──まるで、爺ちゃんがどこかで笑ってるみてぇだ。


――――――――――


「ありがとう、爺ちゃん…俺、ちゃんと幸せになるからな」


──葬儀が終わって三日。

雪がようやく止んだ街は、少しだけ春の匂いがしていた。


─祖父が暮らしていた古い家。

─病室とは違う静けさの中で、俺と舞姫は遺品の整理をしていた。


「……懐かしいような…何処かで見た記憶が…」


─木の床の軋む音、古い薬棚、湯呑みに残る茶渋。

─全部が、爺ちゃんそのものみたいだった。


─舞姫は黙って、棚の奥から古い書類やノートを丁寧に箱にまとめていた。

─仕事柄、こういう作業も落ち着いてる。

─けど、その目の奥はずっと赤かった。


「……あ、これ」


─舞姫が取り出したのは、小さな診察券の束。

─何十年前のか分からない、付箋だらけの医療の分厚い参考書。

─患者の名前が並ぶ、古いカルテの切れ端のようなものだった。


「透助さん、最後までこの町の人のこと、気にかけてたんだね」

「……だべ。最期まで、医者だったんだな」

「お父さんの師匠でもあったからね」


─手を止めた瞬間、部屋の奥から小さな埃が舞い上がった。

─光の中で、その埃が金色に見えて──

─まるで、爺ちゃんの笑顔みたいに思えた。


「……これで、大体終わったな」

「うん。あとはお父さんに報告して、鍵返すだけ」


──煌星癒院長。

─舞姫の父であり、透助のかつての弟子でもある人。

─祖父が現役だった頃は、二人で多くの命を救ったのだとか。

─葬儀の時も何も言わず、ただ俺の肩を叩いてくれた。


─静かな家を後にして、二人で病院に向かう。

─冬の風は冷たいけど、不思議と痛くなかった。


――――――――――


「透助先生の荷物、整理できたか?」


─病院の応接室で、院長が穏やかに言った。


「はい。全部まとめました」

「そうか……ありがとう。希望君、透助先生はね、君の話ばかりしていたんだ」

「俺の……?」


─院長はゆっくりと机の引き出しを開け、

─一冊の古びたアルバムを取り出した。

─角が擦れていて、ところどころに手書きのメモが挟まっている。


「私が作ったアルバムを、透助先生は気に入っててな…付箋とか沢山貼ってたんだ」

「……俺に、ですか?」


─院長は頷き、舞姫をちらりと見た。


「中を見てごらん」


─アルバムを開くと、

─そこには──見覚えのある景色があった。


─夏祭りの神社、病院の屋上、校庭、海辺。制服。

─そして、そのすべてに写っていたのは、まだ中学生くらいの俺と、舞姫だった。


「……これ、まさか……」

「透助先生が撮ってたんだよ。君たちが初めて出会った頃から、ずっとな。医師を引退した後は、ずっと希望君のことを傍で見守ってたんだ」

「………爺ちゃん。俺、両親に捨てられたトラウマで、ずっと爺ちゃんのこと忘れてたのに…」

「…今からでも遅くない。今頃、先生は天国で嬉しいと喜んでるはずだ」


─ページをめくるたびに、心の奥がざわついていく。

─笑ってる俺。照れたように横を向く舞姫。

─ふたりの距離が、少しずつ近づいていく。


「……希望君、覚えてる?」


─舞姫が静かに問いかけた。

─声が、少し震えていた。


「……あの夏だべ。夏祭りに舞姫が…内緒で冷やしきゅうり持ってきてくれた日」


「……うん」


──懐かしい光景が、ゆっくりと蘇る。


─院長が微笑む。


「透助先生はね、こう言っていたんだ。"あの二人は、きっと人生を共に歩く"って」


─その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。

─あの爺ちゃんらしい、照れ隠しのない優しさだ。


「……まったく、最後までお節介だな」

「ふふっ……透助さんらしいね」


─アルバムを閉じると、窓の外では雪がやみ、光が差し込んでいた。


─爺ちゃんが残した最後の贈り物。

─それは、過去を映したアルバムであり、未来を繋ぐ「始まり」だった。


─俺はそっと舞姫の手を握った。


「……爺ちゃんの言葉、ちゃんと受け取った。

次は、俺たちの物語だべ」


─舞姫が微笑んで頷く。

─その瞳には、涙ではなく、光が映っていた。


──そして、俺達の心は、あの夏へと還っていく。


――――――――――


「ぐす…人が亡くなるってことは…こういうことなんやな…」

「………そうだな。希望さん、辛かったら話してくれよ」

「そうだな…てかそのアルバム何?」

「……爺ちゃんが気に入ってたものだよ。せっかくだから皆で見ようぜ」


─後日。如月も廉命も、祖父の元に線香を上げに来た。

─まだまだ気持ちは落ち着いていなかったため、アルバムを眺めていると、廉命がこれは何かと聞いてきた。

─そういえば、二人と出会う前の、俺と舞姫について話していなかったはず────。

─少しでも、天国にいる祖父の笑顔の余韻に浸りたくて、アルバムを開いた。


─アルバム越しに、現在という未来を繋ぐ、俺と舞姫にしか分からない、物語が再生された。




……To be continued




――――――――――


【お知らせ】


「普通を失った俺が、世に希望を与えるまで。」

第二章、日本列島出張編が終わりました!


ここまで読んでくれた皆様、

本当にありがとうございます。


日本列島の旅から、他の登場人物のストーリー、そして希望の祖父・透助の死という、第一章より深いストーリーになりました。


次回からは、第三章「希望&舞姫編」がスタート致しますっ!

希望と舞姫がメインとなる章で、二人が初めて出会った頃の話を投稿いたします。

なので、夢玖や廉命達は一旦お休みです。


作品のフォロー、♡、ブクマや感想、なろう小説の多評価により、こうして物語が書けることを大変嬉しく思います。

リアルな本業の関係により、11月の連載はお休みさせて頂きます。


次回からも、

普通を失った俺が、世に希望を与えるまで。

をよろしくお願いいたします。




By.速府左めろ

閲覧頂きありがとうございました!

コメント、いいね、感想お待ちしております!

次回作もお楽しみに!では。

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