二人だけの世界へ
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「次は大宮〜、大宮〜」
「大宮から高崎まで行って…そこから吾妻線に乗って…そこから草津温泉行きのバスに乗れば…」
「だな……朝は軽めだったから、高崎駅で朝飯食ってからいくべ」
─草津温泉に向かってる俺達は大宮駅で降り、そこから上越新幹線で高崎駅に来ていた。
─それに朝はコーヒーだけ飲み、東北新幹線の中で寝ていたので、朝飯を食べ損ねていたのだ。
「んん〜!美味ひ〜♡」
「舞姫はいつも美味そうに食うよなぁ…ほら、ソース付いてる」
「ん…ありがとう。ついかぶりついちゃったから、後でリップ塗らないと…」
「(にして…髪下ろしてる舞姫も、めっちゃ可愛い。てか温泉旅行で来てるのに、普通ショートパンツ履いてくるのか…まあ可愛いから良いけど)」
「……草津温泉楽しみだねっ!湯畑プリンに湯もみちゃん焼き…ふふっ」
「だな…」
─やっぱり誰よりも美味そうに食べる舞姫は愛おしい。彼女の口元に付いたソースを指で拭う。
─その姿はまるで、鳴き声を上げながら肉を貪る狐だった。
─車窓から見える山並みが、少しずつ白く染まっていく。
─もうすぐ着くねと笑う舞姫の横顔に、冬の光が揺れていた。
─朝食を済ませ、俺達は高崎駅から吾妻線に乗り、バスに乗って草津温泉へ辿り着いた。
「…希望君、とりあえずどうする?温泉入る?」
「いや…風呂は夕方にしよう」
「分かった……」
「なぁ…舞姫。今日何曜日だっけ?」
「金曜日…だね。料金安くなるとか?」
─温泉街の入り口でこれからどうするかを話していた。しかし俺はある目的を果たしたかった。
─わざと舞姫に今日の曜日を聞く─そう、草津温泉は毎週金曜日の夜は、混浴の日とも言われてるのだ。
「料金は違うなぁ…」
「………美味しいご飯がサービスとか?」
「ふふっ…実は草津温泉、毎週金曜日は混浴の日だからだっ!」
「っ!」
─舞姫に話すと、彼女は顔を赤くしていた。
─実は別府温泉の時以来、舞姫と温泉デートがしたいと思い、東北・関東で温泉を探していたのだ。
「……だから、時間まで温泉街でゆっくりしてようぜ」
「…うん………恥ずかしいよぉ…」
「まあまあ…とりあえず飯食うべ…舞姫、さっき湯もみちゃん焼き食べたいって言ってたべ」
─混浴の時間まで、俺達は温泉街で食べ歩きをする。
─手を繋いで並行で歩くが、舞姫を見ると皆が黄色い声を浴びせてくる。
「うぉぉっ!なんだあの美人…」
「あのお姉さん……めちゃくちゃ可愛いっ!」
「おっ!あの男の人も…可愛くね?」
「(いやいや…俺まで可愛い扱いするなっ!)」
「(…色んな人に見られて恥ずかしいっ!)」
「ありゃ女神様だなぁ…べっぴんさんだ…」
─それに俺まで可愛い扱いされるとは─。
─俺達は顔を赤く染めながら、温泉街を歩いた。
「見て!湯滝……凄い綺麗…」
「写真撮るぞ」
「ありがとう…でも、せっかく来たから希望君と撮りたいな」
「分かった……写真撮ったらカフェで休憩するべ…舞姫の好きそうなお店調べた」
「そうだね…ありがとう」
─次々と俺の手を引く舞姫が、愛しかった。
「うわぁ…抹茶スイーツ」
「最近舞姫、抹茶ハマってるべ…たまたま見つけたんだ」
「うわぁ…これ生クリーム入ってない…あーん」
「ん……めちゃくちゃ美味いな…俺ほうじ茶スイーツ頼もうかな…ほうじ茶も好きだべ」
「うん…っ!」
─湯畑近くのカフェで、抹茶やほうじ茶のスイーツをシェアし合う時間もとても好きだった。
─俺の瞳には、スプーンで掬って俺に食べさせようとする彼女の姿が映っていた─。多分、舞姫にも同じ光景が映ってるのだろう。
「湯畑プリンっ!地獄蒸しプリンとは違うのかな…?」
「おすすめって書いてあったからな…院長や愛さん、廉命達にお土産買ってくべ」
「そうだね…まるで昔のお父さんみたい…お父さん、こうして温泉街で育ってきたのかな」
「だべな…温泉街育ちって、こんなに人の温かさを知れるんだな」
─それからも食べ歩きをし、あっという間に夕方になった。
─俺達は旅館に行き、浴場へと足を運んだ。
─時間帯的に男性浴場が混浴となるそうだが─俺は先に掛け湯をし、大浴場に浸かっていた。
「希望君…」
─その柔らかく愛しい声が聞こえ、後ろを振り替えると、体にバスタオルを巻いた舞姫がいた。
「嘘…混浴の時は湯浴み着って……」
「それが…胸がキツくて着れなかったの…」
「(そんな事あるかっ!でも…仕方ないか)」
「まあ…冷えたべ。掛け湯してきなよ」
「うん」
─本来混浴では湯浴み着をレンタルしてるのだが、舞姫の場合バストがキツくて着れなかったらしい─。
─掛け湯をしたのだが、その姿に破壊力があった──。
「希望君、お待たせ」
「ぶふっ!(やば…鼻血が…)」
「鼻血出てる…大丈夫?」
「う…さすけ…ね」
「無理しないでね……」
─元々舞姫のその姿からはボディラインが描かれていたが、掛け湯をしたことにより、更に体にバスタオルが張り付き、目のやり場に困ったのだ。
─鼻血を出してしまったので、慌てて抑えた。
「(目のやり場に困る…っ!)」
「……あ、見て!お猿さんが湯もみしてる…」
「ほんとだ…芸もやるらしいな…」
「へぇ…可愛いなぁ……後で露天風呂も入ろうよ。温泉から見える雪景色とか、丸山のライトアップも見たいっ!」
「そう焦るな…ゆっくり浸かろうぜ」
─大浴場に浸かっていると、猿が湯もみをしていた。
─そういえば草津温泉では湯もみが有名だとかネットで載ってあった─。
─日本三大温泉の一つとはいえ、道後温泉や別府温泉とはまた違う─。
「………暖かいね」
「だな…そろそろ露天風呂行くか?」
「うんっ!手繋いでいい?」
「構わねぇけど、滑るなよ?」
「うん…」
─湯もみを見ながらの大浴場を満喫した俺達は、露天風呂へと向かった。
─露天風呂まで手を繋いで行ったのだが、舞姫は愛おしそうに俺の手を握っていた。
「うわぁ…冬だっ!って感じ」
「十二月は冬だべ…雪景色が見てる露天風呂…新鮮だな」
「うん…あ、ライトアップもあるよ!綺麗…」
「(…綺麗なのは、舞姫の方なのに…)」
─露天風呂に浸かると、遠くから雪景色と、ライトアップが見えた。それらに目を丸くさせる舞姫を隣で見る。
─たしかにライトアップや雪景色は綺麗だったが、それよりも舞姫の方が美しく、綺麗だった。
「(舞姫…よく見ると湯気で火照って色っぽい…肩も華奢だよなぁ…てか胸!)」
「ねぇ希望君」
「…ん」
─舞姫の楽しそうな姿を見ていると、彼女に声を掛けられ、唇を重ねられた。
─久しぶりの感覚に戸惑ってしまったが、すぐに笑いに変わった。
「今日、私を草津温泉に連れて行ってくれて…ありがとう」
「なんだよ…俺も舞姫と行きたかったし」
「……こうして二人で温泉浸かったの、別府温泉以来だよね」
「だな…」
─舞姫の言葉に頷きながら、俺は湯気の向こうで彼女の笑顔を見つめた。
─ あの時も今も、変わらず俺の隣にいる。それだけで、心が満たされた。
「ふぅ…温泉気持ち良かったな」
「うん…混浴、恥ずかしかったけど気持ち良かった…また来ようね?」
「ああ…腹減ったなぁ……湯もみちゃん焼き食って、草津温泉のお土産買って帰るか」
「そうだね」
─俺達は草津温泉を後にし、湯もみちゃん焼きを食べ、湯畑でお土産を買い、帰る為にバスと吾妻線で高崎駅に移動した。
「…今日一日楽しかった。希望君、ありがとう」
「お礼はこっちの方だよ…俺の方こそありがとう……楽しかった」
「もう…これからもずっと、一緒にいようね」
「もちろんだ」
─やがて高崎駅に着き、高崎駅で駅弁も買い、大宮駅に移動した。
「こうして希望君とのデートも終わるなんて、なんかちょっと寂しいなぁ…」
「……また来ようね」
「だな。次は、家族みたいなみんなとも」
─ 舞姫の笑顔に湯けむりが溶けていった。
─ そうして、草津の夜がゆっくりと更けていった。
─高崎駅から新幹線に乗った俺達は、
再びゆっくりと、東京方面へと戻っていた。
「次は大宮〜、大宮〜」
─窓の外には雪の残る山々。
─けれど、もう心の中には"冬の寒さ"は無かった。
「……ふふっ」
「どうした?」
「いや、希望君の寝癖……可愛いなぁって」
「うっつぁしな。風呂で治したはずなんだけどな……」
「ふふっ、ほら。前髪、ぴょこってしてるよ」
─そう言って、舞姫は指先で俺の前髪を整えてくれた。
─ほんの数秒の仕草なのに、胸の奥がじんと温かくなる。
「なぁ……旅、あっという間だったな」
「うん。なんか……"帰る"って感じがしないね」
「だな。まだ湯けむりの匂い、髪に残ってるし」
「……また行こうね。今度は春とか、桜の季節に」
「行こうな。舞姫が行きたいとこ、どこでも連れてく」
─そう言うと、舞姫は小さく笑いながら、俺の肩にもたれた。
─湯気の代わりに、今は新幹線の静かな音だけが響く。
─大宮駅に着き、東方新幹線に乗り換える。
「……希望君」
「ん?」
「こうやって二人で旅できるの、当たり前じゃないんだよね」
「どうしたんだ、急に」
「看護師の仕事してると、色んな人を見るから……"今"がどれだけ幸せか、時々怖くなるの。失いたくないなって」
─俺は少しだけ彼女の手を握った。
─温泉よりもずっと温かい、その手の温もり。
「失うわけねぇよ。……俺達、ちゃんと約束したべ」
「うん……そうだね」
「これからも、隣で笑っててくれれば、それでいい」
「……ありがとう、希望君」
─舞姫は目を閉じ、俺の肩にもたれた。
─窓の外を流れていく冬の光が、彼女の横顔をやわらかく照らしていた。
「次は、どこ行こうかね」
「うーん……桜、見たいな。弘前とか、角館とか……近くて三春とか」
「春は東北もいいな……その頃には、もう結婚式の準備も本格的だべ」
「ふふっ、希望君のタキシード姿、楽しみだな」
「おいおい……舞姫だって、絶対綺麗だべ。想像しただけで緊張してくる」
─新幹線の車輪がリズムを刻みながら、
─俺達の"これから"を遠くへと運んでいく。
「次は、新白川〜、新白川〜」
─もうすぐで冰山に着く。
─この日のデートもまもなく終わろうとしている。
「……ねぇ、希望君」
「なんだ」
「今日の夜、帰ったら一緒にケーキ食べようね」
「もちろん……草津限定のプリンケーキ、冷蔵してあるしな」
「ふふっ、さすがだね」
─笑い声が混じる中、車窓の景色がゆっくりと平地に変わっていった。
冬の空の下、二人の帰り道は、どこまでも穏やかだった。
……To be continued
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