嫉妬の温度調整
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「ふわぁ…今日は朝からバスケかぁ…その後器械体操…座学…」
「まあまあ…明日は柔道かぁ…剣道もあるやんか」
「夢玖さん小さいから沢山動かないとね。軽量級はスピードが大切だし」
「それもそうやな……」
─冬休みが近付き、俺達は大学の授業に向かっていた。夢玖さんと婚約していると、同じ学科の人達には理解もらえたものの、一つ面倒なことが起きたのだ。
─それは────
「あの人、三年の如月先輩……めっちゃ美人だよなぁ…!」
「あぁっ!しかも大阪出身で声もめっちゃ可愛いじゃん…!顔も小さいし小柄…かっわいい!」
「しかも見ろ…指輪してるぞ…歳上の彼氏でもいるんだろうなぁ!そりゃすげぇ美人だもん…彼氏いないはず無…」
「その彼氏…俺なんだけど。残念だけど、諦めな」
「(いや、背デッカ…二メートルはあるだろっ!てかこの人傷だらけじゃん…っ!)」
─そう。夢玖さんが下級生の間で可愛いと噂をされていることだ。
─夢玖さんと並んで歩く度に、彼女がいる度に、可愛いだの美人だのと言われるので、こうして俺が下級生に圧を掛けて分からせてやってるのだ。
「…廉命さん、下級生には優しくしなアカンで?」
「それが…明らかに君をいやらしい目で見てたからさ……てか、夢玖さんはもう少し気をつけて…」
「なんでやねん…」
「そうでもしないと俺の気が済まないよ」
─一方で夢玖さんは、俺の気も知らずに誰にでも平等に接している。
─こんなに愛しい顔に言われたら従うしかない。
「お、今日の日出の弁当はあれか?」
「何だよ…」
「愛妻弁当なんだろ?一口くれよ〜」
「あ?やらねぇよ」
「独占欲が強い旦那だなぁ…一口…」
「……夢玖さんに惚れないって誓うか?」
「誓う誓うっ!」
「ん」
「何だこれ…めっちゃうめぇ!如月さん料理上手なんだなぁ!」
「…………」
「(やべっ…夢玖さんの味を…他の男に教えちまった…)」
─昼休憩。俺は夢玖さん特製の弁当を頬張っていたところにクラスメイトが話し掛けてきた。
─断ると面倒なことになりそうだったので、一口おかずを分けた。すると大声を出しながら美味いと言ってきた─。
─俺は一つ、将来の夢玖さんの夫としてやらかした─。他の男に、夢玖さんの味を教えたことを。
「ふぅ…ほな、バイトきいばっていこか」
「だね…夢玖さん、指輪は絶対付けてね?」
「分かっとるで。なんか今日の廉命さん、積極的やなぁ」
「まあまあ。とりあえず俺は釜淵さん手伝ってから行くね」
「はい…そうだな……よし」
「えっ?」
─学校が終わり、夕方からアルバイトも始まった。制服にも着替え、インカムなどをポケットに入れ、売り場に行こうとすると、ある事に気付いた。夢玖さんが、婚約指輪を外そうとしていることに─。
─なので俺が付けさせ、そして首筋に口付けの跡を付けた。
「(……廉命さん、今日凄く積極的や…なんでやろ)」
「如月ー、お前は俺と売り場作り頼む」
「はい」
「お……首に赤いの付いてる……なるほどね。廉命、後で話せる?」
「あ、はい」
─夢玖さんは希望さんとの売り場作りを頼まれ、その日のアルバイトは釜淵さんの手伝いで終わってしまった。
─そして、アルバイトが終わり、俺は希望さんに声を掛けた。
「夢玖さんは、車で待ってて」
「はい」
「如月も行ったか……廉命、最近お前…如月に対する独占欲強いぞ」
「えっ?」
「元々強かったけど、最近は酷い…」
「そんな……」
─希望さんは言った。
─元々夢玖さんへの独占欲は強かったものの、最近は特に酷いと。
─先程、売り場をチラッと見たのだが、男性客がいやらしい目で彼女に声を掛けてるのを見て、物凄くイラッとしてしまったのだ。
「言いたいことは分かる。でも、如月を傷付けたら許さないからな」
「………っ」
「俺だけじゃない…お前の独占欲で如月が傷付いたら、愛さんも院長も怒るんだから」
「(そうか……舞姫さんも愛さんも…院長も…夢玖さんの義理の家族…つまり、俺の義姉や義父になるんだもんな…)」
「でも、如月を守って欲しい。あいつが辛そうなら傍にいてやれよ」
「………うん」
─でも、希望さんと改めて誓った。
─夢玖さんを守り、傷付けず、彼女が辛そうなら寄り添えと─。
─満月に満ち、よく冷えた夜の風が俺達の首筋を撫でた。
――――――――――
「へ〜。夢玖ちゃんと廉命さん、愛妻弁当なんだ」
「そうなんだよ。夢玖さんの作る飯は宇宙一だよ」
「よく言うなぁ……子どもが出来たら、夢玖ちゃん絶対いいママになるね」
「だなぁ……はぁ、早く夢玖さんとの子どもが欲しい」
「子どもねぇ…そういえば、シたの?」
「えっ……?」
「それ仁愛も気になってた!」
─ある日。俺は夜海達に冰山駅構内の、フタバに呼び出された。二人が俺だけを呼び出すということは、そういう事なのだろう。
─友人として、夢玖さんと上手くいってるかを聞きたいのかと思うが─。
「それって……」
「はい。あれです…」
「あれって…分かんないよ。よし、せーので行こう…せーの」
「セッ………」
「「デートっ!」」
「………え、違うの?」
「違うよ…お泊まりデートはしたから、お出掛けデートとかだよ」
─夢玖さんとしたのかを聞いてきたのだが、俺にはさっぱり分からず、答えを照らし合わせてみると違った。
─俺はセッ───そして夜海と仁愛は、デートのことだったらしい。
「デートか……そういえば正式に付き合ってからデート、したことないな…大学で忙しくてな…」
「なるほどね……」
「というわけで……今日は夢玖ちゃんとの婚約記念おデートプランを練ろうってことで、廉命さんを呼び出したんですよ」
─そういえば、夢玖さんと正式に交際・婚約してからデートはしていなかった。大学で忙しく、デートしようにも時間が合わなかったのだ。
─仁愛はバッグからノートと筆箱を取り出し、やる気満々に計画を練っていた。
「仁愛達でプラン考えたんですけど…見ます?」
「おう……っ!(え…何これ)」
「へへっ…廉命君の最終目標を計算したの」
「だとしても…どのプランにも、最終的にホテルとか……」
「でも、シてないんだろうなって思って…マンネリ防止的な?」
「猫にはまたたび必要ですからね…たまにはいい事、したいかなって…」
「(マジかよ……)」
─こうして俺は、夜海と仁愛によって、婚約後初のデートの計画を立てた。立てたというよりは、無理やり立てさせられたの方が正しいのだが。
─そして帰宅後、俺は夢玖さんに話してみた。
「……夢玖さん、今からさ……少し出かけない?」
「え? こんな時間から?夜の七時やで?」
「うん。星、見に行きたい。冰山の展望台、行ってみたくてさ」
「……ええよ。寒いけど……廉命さんとやったら、どこでも」
─その返事が、少し笑いを含んでいて。
─疲れた夜の帰り道に、やさしく灯る街灯みたいだった。
─俺たちは婚約して一年。
─大学の授業、バイト、就活、同棲生活。
─何気ない日常に溶け込む"婚約者"という言葉に、まだ少しだけ胸がざわつく。
「……指輪、ちゃんと付けてきた?」
「当たり前やろ。これ、外したことないもん」
「……そっか。良かった」
「……もしかして、また気にしとる?」
「……うん。最近、夢玖さんが他の人と話してるの見ると……ちょっと、胸がきゅってなる」
「ふふ……廉命さん、嫉妬深いもんなぁ」
「……自覚してる。でも、夢玖さんが笑ってくれるだけで、全部吹き飛ぶんだ」
─車を走らせ、冷たい夜を抜ける。
─窓の外に流れる雪の粒が街の灯を反射して儚く光った。
─夢玖は静かに助手席で毛布にくるまり、俺の肩に頭を預ける。
「……なぁ廉命さん」
「うん?」
「もし、私が仕事で誰かと仲良くしなきゃいけん時……それでも、信じてくれる?」
「……もちろん。俺、独占したいけど……夢玖さんの人生まで、縛りたいわけじゃない」
「……おおきに」
「ただ……俺の隣にいる時は、俺だけ見てて欲しい」
「……うん。見とるよ。ずっと、廉命さんだけ」
─展望台に着くと、冰山の夜景が一面に広がっていた。
─街の灯が白く瞬き、雪雲の下にゆっくりと揺れている。
─夢玖が手を伸ばし、俺の手をそっと握る。
─その温度だけが、冬の空気の中で確かな現実だった。
「……寒ない?」
「大丈夫。夢玖さんが隣にいるから」
「もう……そんなこと言うて……」
「本当だよ。俺、こうして君が傍にいるだけで……心、あったかくなるんだ」
─俺はそっと、夢玖の指先に唇を落とした。
─指輪の金属が冷たく光り、ふたりの誓いがそこにあった。
「……夢玖さん」
「なに?」
「来年、卒業したらさ。本格的に、式の準備しよう」
「うん。あたしも……はやく、正式に“日出夢玖”になりたい」
「……ありがとな」
「こっちこそ……ありがと、廉命さん」
─風の中で、彼女の髪が揺れる。
─その横顔が、街の灯よりも、夜空よりも綺麗だった。
「……ほな、そろそろ帰ろか」
「そうだね。帰ったら、温かいお茶淹れるよ」
「……ええなぁ。隣で飲むお茶、いっちゃん好きや」
─マンションに戻ると、夢玖はコートを脱ぎながらふと提案する。
「……廉命さん、ちょっとだけええ?」
「なに?」
「一緒にお風呂入ろ?」
「えっ……あぁ、ええけど……」
─湯気が立つ浴室。温かい湯に浸かりながら肩を寄せ合う。
─互いの体温だけで、言葉にしなくても安心できる時間が流れる。
「……こうして、ただ二人で湯に浸かるだけで、幸せやな」
「うん。ほんま、婚約者同士って感じ」
─泡立てた柔らかい湯が肩を撫で、湯気に包まれながら二人の距離はさらに縮まる。
─肩越しに見える彼女の笑顔が、夜景やケーキ以上に胸を温めた。
─お風呂を上がると、夢玖はタオルで髪を包み、ソファに腰かける。
─俺はキッチンに向かい、帰りに買った婚約記念ケーキを出す。
「これ、冷蔵庫入れる前に食べよか?」
「うん。せっかくだし、二人の“婚約記念日ケーキ”にしよう」
─箱を開けると、ベリーや金粉で飾られた小さなホールケーキ。
─ふんわり甘い香りが部屋に広がり、夢玖が微笑む。
「来年も、その次の年も……こうしてケーキ食べよな」
「うん。毎年、二人で"おめでとう"って言い合おう」
「せやな…婚約記念日と結婚記念日…ちゃんと覚えなあかんね…ふふっ」
─フォークを伸ばして、一口ずつ分け合う。
─甘さと静けさが混じり合って、それはまるで、これからの二人の時間のようだった。
─時計の針が夜を指すころ、夢玖はそっと俺の肩にもたれた。
「……なぁ、廉命さん。これからの毎日も、きっと忙しくなると思うけど」
「うん」
「でも、こうして帰ってきたら……一緒に"おかえり"言える日々がええな」
「……それ、俺も思ってた」
─窓の外に月が浮かぶ。
─その柔らかな光の中で、二人の影がそっと寄り添った。
─独占じゃなく、信頼で結ばれる愛。
─それが、俺たちの形だった。
─夜が明け、窓の外はまだ冬の冷たい空気が漂う。
─夢玖はまだ少し眠そうな顔で布団にくるまり、俺の隣で小さく伸びをした。
「……おはよう、廉命さん」
「おはよう、夢玖さん。よく眠れたか?」
「うん……廉命さんと一緒やったから、安心して眠れた」
「そっか……俺も、夢玖さんが隣にいると、なんか心落ち着く」
─昨日の夜の展望台の景色、ケーキを分け合った時間、お風呂で肩を寄せ合ったこと。
─どれもまだ心の中で温かく残っていて、朝の光がそれをやさしく包む。
「なぁ、廉命さん」
「ん?」
「昨日のケーキ、美味しかったな……」
「うん。こうして一緒に食べるだけで、特別やもんな」
「毎年、こうやってお祝いしよな」
「もちろん。婚約記念日も、結婚記念日も、二人でちゃんと"おめでとう"言おう」
─夢玖は毛布にくるまりながら、小さく微笑む。
─その笑顔が、朝の空気よりも明るく、やわらかかった。
「じゃあ、朝ご飯作るで」
「うん……廉命さんのコーヒーも欲しい」
「任せとけ。夢玖さん用には、ちょっと甘めにしとくな」
─キッチンで朝食を作る間、夢玖はソファでのんびりと俺を見つめている。
─自然と会話は昨日のデートの思い出に。
─展望台での手の温もり、お風呂の湯気の中で肩を寄せ合った感触、ケーキの甘さ。
─全部が、小さな宝物のように胸に刻まれていた。
「なぁ、廉命さん」
「ん?」
「これからも、毎日一緒に"おかえり"って言い合える日々、続けていこうな」
「あぁ……もちろんだ。夢玖さんが隣にいるだけで、毎日が特別になる」
─二人の指先が自然に絡む。
─朝の光に照らされ、昨日より少しだけ近くなった心を確かめ合うように。
─窓の外、街は少しずつ目覚め始める。
─俺と夢玖の小さなリビングには、朝の光と二人の笑い声、そして静かで幸せな時間だけが残っていた。
─これが、婚約後初デートの翌朝の、ほんのり温かい余韻。
─二人の時間は、日常の中で少しずつ、けれど確かに深まっていくのだった。
……To be continued
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次回作もお楽しみに!では。




