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普通を失った俺が、世に希望を与えるまで。  作者: 速府左 めろ
<第二章>地を踏む一歩が、希望な意図となる。〜日本列島出張編〜
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冬の空、手を重ねて

この度は閲覧頂きましてありがとうございます!

─福島の夜は、まだ少しだけ冬の気配を残していた。

─外では風が木々を鳴らし、マンションのベランダ越しに冷たい空気が流れ込む。

─薄いオレンジ色の照明の下、リビングには小さな鍋の湯気が漂っていた。


「……ただいま……」

「おかえり、舞姫。今日も遅かったな」

「うん……小児科の当直さんが体調崩して、引き継ぎバタバタでさぁ……」


─舞姫は髪を後ろでゆるくまとめて、ナース服の上に薄手のカーディガンを羽織っていた。

─俺はすでにシャワーを浴び終えていて、部屋着姿でソファに座っていた。

─テーブルには、俺が作った夜食──野菜スープと雑穀パンが置かれている。


「……あったかい。希望くん、作ってくれたの?」

「うん。冷えたべ?今日は夜風強いし。とりあえず、食ってから風呂入れ」

「ふふっ……ありがと。優しいなぁ、ほんと」


─舞姫はスプーンを口に運びながら、ほっと息をつく。

─俺は対面の席で、彼女の頬が少し赤らむのを見て微笑んだ。


「最近さ、思ったんだけど」

「ん?」

「お互い落ち着いてきたじゃん。仕事も、生活も」

「うん。最近夜勤続きも減ったしね」

「だから……たまには、どっか行かね?」

「……どっかって、どこ?」


─舞姫の声が少し柔らかくなる。

─俺はソファに深くもたれて、窓の外を見ながら言った。


「草津温泉。前から行きたいって言ってたべ?」

「……覚えてたんだ」

「当たり前だべ。舞姫、あん時テレビ見ながら"湯畑きれい〜"って言ってただろ」

「うぅ……そんなこと言ってたっけ……?」

「言ってた。しかも"雪の中で温泉入りたい"って。ほっぺ真っ赤にしてさ」

「や、やめてぇ……恥ずかしい……」


─舞姫はスープの皿を隠すように両手で覆い、視線を逸らした。

─俺はその仕草を見て、少し笑う。

─彼女の照れた顔を見るたび、胸の奥が穏やかに熱くなる。


「でも……草津、いいかも。温泉入って、のんびりしたいし……希望くんと二人で、ちゃんと休みたい」

「決まりだな。来月の休み、合わせよう」

「うん。でも私、連休取るのちょっと大変かも……」

「そん時は俺が院長に頼みに行くべ」

「やめて、それ余計ややこしくなるから!」

「ははっ、冗談だって」


─二人の笑い声が、夜の部屋に柔らかく響く。

─舞姫が食器を片付けに立つと、俺は後ろから腕を伸ばして、そっと抱きしめた。

─洗いたての髪と、石鹸の香りがふわりと混ざる。


「……舞姫。ちゃんと休めよ」

「ん……分かってる」

「頑張り屋すぎて、たまに壊れそうになるからさ。俺が守るって言ったべ」

「……そんなの、ずるいよ」


─小さな声で呟いて、舞姫は希望の胸に額を預けた。

─窓の外では風が少しだけ静まり、遠くの街灯が雪を照らしていた。

─その光が、まるでこれから向かう"草津の灯り"のように思えた。


「……楽しみだね、旅行」

「あぁ。ふたりで、ちゃんと冬を抜けよう」

「うん。草津でゆっくり……湯気に包まれて、のんびりしようね」


─カップに注いだ紅茶の香りと、俺達の体温が混ざる。

─夜はまだ長いけれど、確かに──次の物語のページが、静かに開かれようとしていた。


――――――――――


─草津温泉デートの前日、夜九時半。

─リビングの照明は少し落として、テーブルの上には大きめのバッグが二つ。

─俺はソファに腰をかけ、舞姫は床に座り込んで、服をたたみながら口を尖らせていた。


「……ねぇ希望君、これ絶対持ってった方がいいと思う?」

「なにそれ?」

「フェイススチーマーとパック…あと、美顔器」

「……日帰り温泉行ってまで肌管理すんの?舞姫はそのままでも可愛いべ」

「女の子にとっては大事なの!温泉入ると乾燥するし!それに最近夜勤続きで目のクマが…」

「そうなると荷物パンパンだべ、それ」

「ええ〜、じゃあ希望君が荷物持ってくれるの?」

「はいはい。俺のバッグが持つよ」


─希望がため息をつきながらもスーツケースを寄せると、舞姫は嬉しそうに笑った。

─柔らかな頬が、照明の下でほんのりと染まる。


「ありがと。やっぱ優しいなぁ、私の婚約者さん」

「言い方が可愛すぎて照れるべ……」

「ふふ、何照れてるの〜。もう三年一緒にいるじゃん」

「三年一緒でも、好きなもんは好きなんだって」


─俺の声が低く響く。

─その一言に、舞姫の手が一瞬止まった。

─静かな夜の中で、ドライヤーの音もテレビの音も消えている。

─ふたりの間に流れる空気だけが、少し甘く熱を帯びる。


「……なに急に、そんな事言う?」

「嘘じゃねぇべした」

「……もう、ずるい」

「ずるくてもいい。俺、舞姫以外いらねぇもん」


─俺は手を伸ばして、舞姫の髪を軽く撫でた。

─彼女は顔を伏せて、頬を包むように手を添える。

少し俯いたまま、ぽつりと呟いた。


「……草津、楽しみやな」

「あぁ。温泉入って、湯けむりの中でのんびりしたい」

「希望くん、肩凝ってるやろ?うち、揉んであげるわ」

「まじ?そいじゃ、帰りも頼む。温泉で緩めて、舞姫マッサージで完治だ」

「ふふっ……そんな単純ちゃうけどね〜」


─舞姫は立ち上がって、希望の背中に回る。

─軽く肩を押すたび、希望の肩が小さく動く。

─その温もりに、ふたりともゆっくりとした息をついた。


「……なぁ、舞姫」

「ん?」

「こうしてると、なんか……夫婦みてぇだなって思う」

「……そりゃ、もう婚約してるし」

「そうだな。でも……"結婚したあと"の暮らし、ちょっと楽しみだべ」

「私も。きっと、今みたいに笑ってたい」


─希望は少し振り向き、舞姫の手を取った。

─そのまま指先を絡めて、見つめ合う。

─二人の手の中で、静かに春の夜がほどけていく。


「明日は、冰山から出発して、大宮駅から草津直行な?」

「うん、早朝の新幹線でね」

「んだら、早めに寝ねぇと。寝坊したら温泉遠のくぞ」

「……希望くんが起こしてくれたら、ちゃんと起きるもん」

「ん〜、それたぶん起きねぇパターンのやつだ」

「むぅ〜……」


─舞姫がふくれっ面になると、俺は小さく笑いながらその頬をつまんだ。

─ふたりの笑い声が夜のリビングに溶け、時計の針が静かに進む。


──荷造りの夜は、まるで"旅の前の小さな夢"みたいに、

─温かく、静かに過ぎていった。


――――――――――


─午前六時前。

─窓の外は薄い橙色の朝焼け。

─カーテンの隙間から差し込む光が、舞姫の頬をそっと照らしていた。


「……んっ……」

「おはよう、舞姫」

「……希望君……もう起きてたんだ?」

「うん。お湯沸かしてっから、コーヒー淹れてやっから」

「……ふふ、ありがと」


─布団の中で舞姫が身を起こすと、まだ寝ぼけ眼のまま、伸びをした。

─乱れた髪をひとつにまとめる仕草さえも、俺には眩しかった。


─キッチンでは、コーヒーとトーストの香ばしい匂いが漂う。

─テーブルの上には、昨日準備した旅行バッグがふたつ並んでいた。


「……なんか、ほんとに行くんだなぁって感じする」

「今更か?デズニー行く時も同じこと言いそう」

「だって昨日まで夢みたいやったんやもん」

「夢じゃねぇよ。ちゃんと現実だべ」


─俺がカップを差し出すと、舞姫は両手で包み込むように受け取る。

─白い息が、湯気と一緒に溶けた。


「……温かい」

「舞姫、寒がりだもんな」

「うん。でも……希望君の隣にいたら、平気」

「……またそういう可愛いこと言う」

「はっ!お化粧しないと」

「化粧か……舞姫は寝起きでも十分めんこいべ…」


─目を合わせるだけで、言葉がいらなくなる。

舞姫が微笑むと、俺の心臓がほんの少し早く打った。


「違うの!今日は希望君の温泉デートなんだよ?この為に夜勤三連勤も頑張れたの〜」

「よしよし……舞姫、今日の髪型はどうする?」

「温泉入るから…顔周りだけ巻く感じかな。あとの髪はストレートにして下ろす…ふやぁ」


─家を出る時間が早い遅い問わず、舞姫はデートの時は必ず化粧だけはしていく。

─彼女が化粧するところはずっと見てきてるのに、この日は特別に見えた。

─たまに彼女に化粧品をプレゼントするのだが、それを使ってくれてるのだから。舞姫の顔に合うコーラルピンク色のリップが艶めかしい。


「もう…見られると恥ずかしいよ…」

「いやぁ…舞姫、睫毛長いし目ぱっちりしてるなぁって…」

「……褒めても何も出ないのに…」

「髪もサラサラだなぁ…」


─俺は舞姫が化粧をしてるのを見るのが好きだ。

─舞姫の持つ包容力や暖かさ、優しさが引き立つからだ。


「ふぅ…新幹線の時間、七時三十分だったな」

「うん……希望くん」

「ん?」

「今日の服、かっこいいね」

「マジで? 普段通りだべ」

「でも、なんか……旅行デートって感じ」

「そっちこそ。なんだよそのコート、似合いすぎて反則だべ」

「……嬉しいけど、褒めすぎだって」


─この日の舞姫は黒のワンピースを着ていて、俺は暗めの紫のパーカーに黒のズボンだった。

─顔を赤らめながら、舞姫はコーヒーを飲み干した。

─その指先が、そっと希望の手に触れる。

─自然に指を絡めて、二人は少しだけ見つめ合った。


「行こっか」

「あぁ……行こう。今日から二泊三日、俺らだけの時間だ」

「うん。温泉も、夜の街も、楽しもな」


─マンションを出ると、冷たい朝の空気が頬を撫でた。

─福島の冬はまだ少し名残を残していて、息が白い。


「寒っ……!」

「おいで。手、出せ」

「……こう?」

「ん」


─希望は舞姫の手を取り、ポケットの中へ一緒に入れる。

─彼女の指先が、少しずつ温まっていく。

─よく見ると、ネイルがされていた。そういえば昨晩、先に寝て欲しいと言われたのだが、その為だったとは─。舞姫の瞳の色と同じ、エメラルドグリーンのネイルだった。


「……ぬくい」

「それでいい」

「希望君、優しすぎるんだから……」

「俺が優しいんじゃなくて、舞姫が冷えすぎなんだべ」

「ふふっ」


─改札を抜け、新幹線ホームに立つ。

─少し遠くで雪がちらつき、空気は澄んでいた。

─アナウンスが流れ、列車のヘッドライトが光る。


「……行こっか」

「うん。行こう、舞姫」


─手を繋いだまま、二人は列車に乗り込んだ。

─窓際の席に並んで座り、車窓の外を眺める。

街が少しずつ遠ざかっていく。


「……こうしてるだけで、幸せだね」

「俺もだ。隣に舞姫がいるだけで、なんか全部報われる気する」

「……もう、希望くん……」


─照れながらも微笑む舞姫の肩を、希望はそっと抱き寄せた。

─窓の外の光が二人の顔を柔らかく照らす。


─その瞬間、世界のどこよりも穏やかな時間が、

─新幹線の中に流れていた。


──草津への旅が、始まった。




……To be continued


閲覧頂きありがとうございました!

コメント、いいね、感想お待ちしております!

次回作もお楽しみに!では。

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