鳳凰が舞い上がるように
この度は閲覧頂きましてありがとうございます!
『……ふぅ…この後コンビニ寄って帰……』
『盾澤さぁ…あいつ居ても意味なくね?タダでさえ顔も良いし運動神経抜群だから、チームに居ても俺らモテねぇしよ…』
──夢の中で、またあの声が響いた。
『な。しかも…超善人振ってるよな…本当腹立つ』
『もうアイツのバスケシューズ壊そうぜ?』
「(……また夢か…)」
─枕元のスマホが、真冬の冷気よりも冷たく感じた。
─走らなきゃ、心まで止まりそうだった。
─生野の日本列島旅が終わり、早い三ヶ月が経過しようとしていた。世間は師走になり、東北の地を雪で白く染めようとしていた。
─俺は寝付けず、目が覚めた為、俺は着替えて走りに行った。携帯を見ると時刻は朝の四時半─たまに雷磨が通常の早起きする時間よりも、早く目が覚めてしまった。
「はぁ……気力無くて十キロしか走れない…いつもなら三十キロ走れるのに…」
「(……走りたい。走ることで、あの頃の俺を取り戻せる気がする)」
─そう呟いて、冷たい夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
─だが、この日は気力が無く、いつもの三分の一しか走れなかった。
「………」
「…鳳斗、お前今日…顔色悪いぞ?」
「福吉さん…いやぁ…何か今日朝早くに目が覚めてさ…ふわぁ」
「何時だ?」
「朝の四時半……」
「いやいや…何か辛いことあったのか?帰り、飯奢るから聞かせろよ」
「うん…ありがとう」
「俺も来ていいすか?」
「加堂…構わん。お前も来い」
─仕事中も気分が浮かず、頭が回らなかった。
「店長、食欲ないの?いつものプロテインじゃないじゃん…」
「うん………今日はプロテイン休み…」
「熱は無さそうだな…怠さは無いのか?いつものプロテインじゃなくて、カフェラテ味のプロテインにしたらどうだ?」
「いや……具合悪いわけじゃないんだけど、ただ寝不足なだけだよ…」
「その前に何か悩んでるだろ。後で飯奢るから…でも無理は禁物だからな、店長よ」
「うん……」
「えっ…俺も飯来ていいすか?」
「はぁ…よし、釜淵もついてこい」
「(……なんでこういう時に、思い出すんだろう)」
─やっとの昼休憩。この日は全く食べれなかった。その後も事務作業や品出し、接客の仕事を裁き、三十分休憩になった。
「…………」
「店長、顔…死んでますけど?いつものプロテインじゃなくてエナドリに…っ!」
「凪優ちゃん……今日の鳳斗は今朝からこんな感じなんだ…」
「ふぅ…こりゃ重症だなぁ…よし、凪優ちゃんも飯に付き合ってくれ」
「はい…てか、福吉さん、煙草は喫煙室で…」
─その後何とか仕事を終え、俺は福吉さんに、職場の近くにあるラーメン屋に来た。
─加堂さんが代わりに注文してくれると、福吉さんは仕切り直し、俺に聞いてきた。
「それで…何か悩んでるのか?」
「………最近、嫌な夢見てさ……過去の…」
「どんな夢なんだ?」
「学生時代、俺に嫉妬してバスケシューズ壊したり、ユニフォーム破ったり捨てられたりされる夢かな……」
「……そうか。それほど陰湿な嫌がらせだったな…」
「…うん。俺、なんでスポーツ好きなんだろうって悩む時もあったよ」
─まずは、今朝の夢で見た、学生時代の辛いことを話した。
─俺は生まれつき運動神経がずば抜けていて、周りから羨ましがられていた─。俺が望んだ体質じゃなかったのに、周りの男子からは陰湿な嫌がらせを受け、孤立していたのだ。
「………雷磨から聞いたけど、鳳斗は生まれつき運動神経が優れてるらしいじゃないか」
「…そうだね」
「……そういえば、俺達がここで働けてるのはお前のお陰なんだから、遠慮しないで吐き出せ」
「うん…あと皆には話してなかったんだけどね…実は俺と雷磨は……施設育ちなんだ」
「……施設。養護施設のことか?」
─福吉さんは、俺が生まれつき運動神経がずば抜けていることを知っていたようだが、彼らには、隠していた事実があった。
─そう。俺と雷磨は─施設育ちなのだ。幼少期に両親から虐待され、児童相談所へ連れていかれ、高校卒業まで施設で育ったのだ。施設入りした歳も、確か───俺が四歳ぐらいだったと思う。
――――――――――
『なんで男の子なのに、仮面ライダーとか好きじゃないのっ!男の子なら、虫とか好きでしょっ!』
─頬の痛みより、母の怒鳴り声の方が怖かった。
『鳳斗も雷磨も…人間離れして…気持ち悪いっ!』
『うぅっ…ぐすっ!』
─これは幼少期、つまり二十年前─俺が四歳の時の話。両親はいたが、普通の子に育って欲しかったそうだ。両親曰く、俺は生後半年でバク転が出来るようになっていたらしい。
─しかし俺が生まれつき運動神経がずば抜けていたことにより、俺は両親から虐待された。
─暴行や暴言が多く、そして食事も与えられなかった。
『お父さん…?』
『お前がいると……学生時代の俺を馬鹿にされてるみたいで…イライラする…目障りなんだよっ!』
『痛っ!やめてよ…っ!』
『鳳斗…っ!どうしてあなたは普通じゃないのっ!』
『(俺……普通じゃないんだ)』
─その言葉が、心の奥に棘のように刺さった。
─そして弟の雷磨が産まれ、二歳になると、盾澤家の家庭環境は更に悪化した。雷磨は運動神経は平均だったものの、生まれつき頭脳明晰だった。生後四ヶ月で字が書けるようになって、一歳になる頃には九九を全て覚えたらしい。
『お前達……お前達のせいで人生ボロボロだっ!』
『そうよっ!あんた達なんて、産まなきゃ良かったっ!』
─その言葉が、両親に言われた最後の言葉だった。俺達の特異体質に理解が出来ず、寧ろ毛嫌いした両親は、俺達兄弟を虐待したのだ。
─後で知った話だが、両親は俺を産む前からうつ病になっていたのだとか。
『よしっ!』
『兄貴…ボール飛ばし過ぎっ!僕取ってくるよ』
『ごめん…あははっ(にしても、雷磨も中々運動神経良いよなぁ…あれ?目の前にトラックが…)』
『あれ…?っ!』
『雷磨っ!』
─児童相談所で平穏な日々を過ごしていて十二年が経過。この時には、俺は十六歳、雷磨は十四歳になっていた。
─しかしこの時、俺達に起こった事故が、人生を変えるとはまだ知らなかったのだ。
『雷磨っ!』
『兄貴…僕の目、もう見えないみたい…』
『そんな…クソっ!俺があの時力加減が出来てれば…っ!』
─ある日、俺と雷磨は庭でキャッチボールをしていた。でも、俺が飛ばし過ぎたことにより、ボールが施設外の道路に飛び出してしまい、雷磨が取りに行った。
─しかし彼がボールを取り終えると、目の前にトラックが迫り、雷磨は轢かれてしまったのだ。
『ごめん……俺のせいで……っ!ぐすっ!』
『ううん…トラックも…飲酒運転だったみたいだし…兄貴だけが悪いんじゃないから…』
『俺…お前の兄貴失格だ…ぐすっ!』
『兄貴……』
─幸い命や身体に別状は無かったものの、雷磨は両目が見えなくなってしまったのだ。
─後で分かったことだが、雷磨を轢いたトラックは飲酒運転で信号無視して彼を轢いたらしい。
─あの時俺が力加減していれば、と後悔が募るばかりだった。あの日のブレーキ音は、大人になった今でも夢に出るのだから。
『雷磨ー、お見舞い来た……ぞ?』
『あ、どうも…』
『兄貴、この子ね、僕の一つ下の希望君』
『へぇ…俺は鳳斗。弟が世話になってるね』
『いえ…俺は生野希望……中学一年っす』
─学校と施設での暮らし、雷磨の見舞いを並行していた時、俺は生野と出会った。
─彼は生まれつき白血病で、幼い頃から入退院を繰り返してきたらしい。
『雷磨君、目の手術をしよう…費用は…施設と相談してだな…』
『本当ですかっ!』
『院長…雷ちゃんの目戻るんすかっ!』
『無事に成功すればの話だがな…日程が決まり次第話すが、来週のつもりでな』
『……なぁおっさん、俺いつここから出れんの?』
『加堂君…君はまだリハビリと手術が必要だ』
『あぁっ!早く病院から出せクソジジイっ!』
『院長…彼は?』
─雷磨が入院してから一ヶ月が経過した。何と、視力を回復する手術をしようという話になり、俺と生野は喜んだ。
『彼は加堂霧也と言ってな…大学でアメフトやってるんだが…先日試合で骨折してな…入院中なんだ』
『へー!俺は盾澤鳳斗、高校一年生、こいつは弟が雷磨……中学二年ね、それでこいつは生野希望。中学一年』
『いや聞いてねぇよ…』
『あ、加堂いた…ほら、病室戻れ…あ、煌星先生…後で記録お願いします』
『福吉君じゃないか…分かった』
─やがて雷磨の手術が行われ、雷磨の視力が戻った。彼が退院しても、俺達は学校の合間に、生野の見舞いに行っていた。
『ふんっ!』
『おー!盾澤兄すげぇなぁっ!』
『まあね…』
『天才兄弟だな…弟の方は頭脳明晰で安栄高校に入って、常に学年一位だもんな!』
『あはは…たまたまだよ』
─やがて、冰山の東側にある、多村高校へと進んだ俺は、バスケ部に入っていた。体を動かす楽しさを知って、将来はスポーツに関する仕事に就きたいとも思っていた。
─しかし、ある日─俺はスポーツが嫌いになってしまったのだ。
『安栄高校も男バス強いなぁ…』
『まあね……でも…あの子もいるから…ふふっ』
『そういえば雷磨は愛ちゃんに一目惚れしてたんだったな』
『兄貴…もうっ!』
─高校三年生のある日。雷磨は県内トップともいえる、偏差値七十を越える安栄高校へと進学をし、そこでも学年一位の成績をキープしていた。
─同じ中学でバスケ部だったものの、俺達の進路は離れ離れになったことで、高校以来一緒にバスケをすることはなかった。でも────あの南北北病院で、雷磨はある女子に一目惚れをし、バスケ部に入ったのだ。
─隣で青い春を感じていた。
『ふぅ…今日の自主練はここまでにして…帰ろ』
『なぁ…盾澤…あいつ目障りじゃね?活躍してるからって調子に乗ってるし』
『分かるっ!あいつ…顔と運動神経以外取り柄ねぇよなぁ!ムカつくぜ』
『裏では俺らのこと馬鹿にしてるのによ……ムカつくからアイツのバスケシューズ壊すべ』
『(俺……嘘……運動神経以外取り柄…ないんだ)』
─しかし高校三年生でバスケ部を引退しても尚、俺は放課後自主練をしていた。自主練を終え、着替えて帰ろうとすると、同じバスケ部員が部室にいて、俺の陰口を言いながら俺のバスケシューズを破壊したのを見たのだ。
『……鳳斗さん、その……なんか元気ないっすよ?』
『うん…ぐすっ!ヒック…っ!』
『ちょ…どうしたんだよお前っ!』
『何だろう…俺、スポーツする為に…生まれて、きたの…かな…ヒック!』
─どうやら俺には運動神経以外、取り柄が何一つ無かったことに気付いたのだ。
─その後のことは覚えてないが、大学進学を決めた俺は、通学しながらスポーツ用具店でアルバイトをしていた。
─どうやら、あの時に味わった傷が癒えず、アルバイト中にも関わらず、俺は泣き出してしまった。
『……兄貴、嫉妬でバスケシューズ壊されたからね…僕に相談してくれても良かったのに…』
『無理だろ…っ!俺は…お前の兄なんだぞ…?』
『それは酷い……でも鳳斗さん』
『……?』
『俺、鳳斗さんのお陰でここで社会勉強出来てるんです…学校とかその…色々辛いことあるけど、あんたのお陰で俺は今……幸せなんです』
『ふぅ…まあ…鳳斗、俺もお前のお陰でバイトも出来てるし、お前がいるからこの店全体が明るいんだ……大丈夫。俺達がいる』
『兄貴…兄貴は一人じゃないよ……だから』
─でも、雷磨、福吉さん、加堂さん、そして生野が─俺に希望と勇気を分けてくれたのだ。
─そして辛かった過去という長い冬を越えた今、俺はようやく笑えている。
――――――――――
─それにより、二十六歳になった今では、スポーツが大好きになり、スポーツ関係の職に就けてるというわけだ。
「何かね…俺、スポーツ嫌いだった時を思い出してさ…そもそも生野との出会いが無かったら、こうして皆でラーメンを囲むことなんて無かったのになぁって…」
「そうかもな……生野が雷磨と仲良くなって、院長が生野の担当医、そして俺が院長の元に弟子入り、院長が加堂の骨折の手術……生野がいなかったら、俺達出会ってなかったよな」
「だな……話聞いてくれてありがとう。ラーメンもう伸びちゃってるけど、食べようか」
「だな…鳳斗、お前は常に背負うものが多いから、たまには俺達にも分けてくれ」
「ありがとう……皆。灰の中からでも、俺は何度でも立ち上がる。鳳凰みたいにな」
─生野一人の存在が、こうして皆を繋げていることを分からされた。彼により似た境遇の仲間も出来て、スポーツの楽しさという好きなものを取り戻せたのだから───。
「……俺、もうスポーツ嫌いじゃない。いつか、施設の子たちにスポーツ教えたいんだ。あの時の俺みたいな子が笑えるように。」
……To be continued
閲覧頂きありがとうございました!
コメント、いいね、感想お待ちしております!
次回作もお楽しみに!では。




