ダブルデート
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──冰山駅前。月日は流れ、三月になった。
─桜が咲き始めた風の中、待ち合わせ場所に立つ舞姫の髪が、春の陽を柔らかく照らしていた。
「おっ、待たせたな」
「んー、全然。ちょうど来たとこだよ」
「……ほんとか?」
「ほんとほんと。……今日、ちょっとカッコつけてきた?」
「バレたか。……婚約記念日だからな」
─希望は、いつもより少しきれいなシャツを着ていた。
─舞姫はその姿を見て、ふっと頬を緩める。
「……なんか、信じられねぇな。婚約から二年経ったんだな」
「早いもんだね。喧嘩もしたし、笑いもいっぱいあったし」
「……けど、全部ひっくるめて、良かったなって思う」
「……私もだよ」
─二人は並んで歩き出した。
─行き先は──冰山市郊外にある結婚式場。
─この日は"下見デート"という名目でもあった。
――――――――――
─車で三十分くらいだっただろうか─。如月達が成人式前撮りをした、あの会場に着いた。
─白い外壁のチャペルが見えた瞬間、舞姫の目が輝いた。
「わぁ……!何回か来てるのに、凄く綺麗」
「だよなぁ…ここ、飯も美味いし、皆来やすいし、何より思い出もあるからな」
「へぇ〜……希望、意外とロマンチックなんだね」
「"意外と"は余計だべ」
─二人はスタッフに案内されながら、式場の中を見て回った。
─木の温もりを感じるバージンロード。
─ガラス越しに広がる山の稜線。
─そして、春の風が吹き抜ける中庭。
「……ここで、私が歩いて……希望があそこに立ってるんだよね」
「……ああ」
「……泣いちゃうかも」
「俺もだ。多分、写真撮れねぇくらいボロボロになる」
─舞姫は小さく笑って、彼の手を握った。
─その温もりが、静かに胸に広がる。
「なぁ、舞姫」
「ん?」
「俺さ……今までいろいろ失敗してきたけど、舞姫と会ってから、変われた気がすんだ」
「……希望」
「だから、これからの人生、ちゃんと支え合って生きていきてぇ。喧嘩しても、笑って仲直りして……そんな夫婦になりてぇんだ」
─真っ直ぐな翠の瞳に、長く結われた栗色の髪。
─その言葉に、舞姫の頬が赤く染まる。
「……そんな真面目な顔で言わないでよ」
「なんで?」
「……泣いちゃうじゃん」
─桜の花びらが、風に乗って俺達の肩に落ちる。
─まるで祝福のように。
――――――――――
─式場を後にして、二人は近くのカフェに入った。
─桜の花びらが散る窓越しの景色を眺めながら、カフェラテを飲む午後。
「……あのさ、ドレスって、どんなの着たい?」
「えっ……そんなこと聞く?」
「そりゃ聞くべ。俺、絶対泣くからさ」
「もう……ほんとバカ」
─舞姫は笑いながら、手帳を開いた。
─そこには、式のイメージや招待客リスト、手作りのメモがびっしり。
「見て。これ、少しずつ書いてたの」
「……すげぇ。ちゃんと考えてくれてたんだな」
「だってさ、希望君との式は一生に一度だもん」
「……舞姫も、ほんと真面目だな」
「当たり前じゃん。だって、好きなんだもん」
─一瞬の沈黙。
─希望の耳まで、真っ赤になっていた。
「……そういうの、さらっと言うなよ……」
「ふふっ。照れた?」
─二人の笑い声が、カフェの窓からこぼれていく。
外では、春風が柔らかく吹いていた。
――――――――――
─夕方、帰り道。
─沈む夕陽の中で、舞姫がぽつりと呟いた。
「……ねぇ、希望君」
「ん?」
「来年の今頃、夫婦なんだね」
「……そうだな。信じらんねぇけど」
「ほんと。けど、楽しみだね」
「おう。これから、いろんな春を一緒に見ていこうな」
─指と指が絡む。
─風に桜が舞う。
─その瞬間、二人の未来が、確かに重なって見えた。
──沈む夕陽が、阿武隈川の水面をオレンジ色に染めていた。
─俺達は並んで歩きながら、今日一日の余韻に浸っていた。
「……楽しかったな、今日」
「おう。式場もよかったし、舞姫の笑顔見れたのが一番の収穫だべ」
「もう……またそんなこと言って」
「ほんとのことだっぺよ」
─風に桜が舞い、春の香りが二人の間をすり抜けた。
─そのとき、舞姫のスマホが震える。
「……あ、お姉ちゃんからだ」
─画面を見ると、今、冰山駅前に来てるんだけど、ちょっと会わない?とメッセージが届いていた。
「お姉ちゃん達、駅前来てるみたい。ちょうどデート中なんだって」
「へぇ、愛さん達仲良いもんな」
「うん……希望君、良いよね?」
「もちろん。会いてぇし、行くべ」
――――――――――
─冰山駅前のカフェテラス。
─ライトアップされた並木道の下、舞姫の姉である愛さんと、その恋人・雷磨が手を振っていた。
「舞姫〜、希望君〜!こっちこっち!」
「おー、愛さん!」
「急にごめんなさいね…二人とも、今日デートしてたんでしょ?」
「うん、式場見に行ってきたの」
「わぁ、ついに決めたのね!どうだった?」
「めっちゃ良かった。希望君、泣くって言ってた」
「おい、言うなって……」
─愛と雷磨が顔を見合わせて、くすくす笑う。
「ねぇ、ちょうどご飯これから食べようとしてたの。一緒に行かない?」
「いいの?」
「もちろん。今日は"妹の八年記念日"ってことで!」
――――――――――
─四人が入ったのは、駅近くの落ち着いたイタリアン。
─店内のライトが、柔らかくテーブルを照らす。
「乾杯〜!」
「おめでとう、舞姫達」
「ありがとう、お姉ちゃん……ていうか、お姉ちゃんと雷磨さんも仲良すぎ」
「ふふ、まぁね。お互い仕事で忙しいけど、一緒に住めてるし、幸せかしら」
「……なんか、いいな。見ててほっとする」
─希望は微笑みながらグラスを持ち上げる。
─その横で舞姫は、姉と目を合わせて嬉しそうに笑っていた。
「ねぇ、希望君」
「はい?」
「舞姫のこと、これからもよろしくね。この子、ちょっと頑固だけど素直じゃない時あるから」
「えっ、ちょっとお姉ちゃん!」
「ははっ、大丈夫です。……そこが舞姫の可愛いとこですから」
「……んもぅ。恥ずかしいこと言わないで…」
─笑い声が絶えないテーブル。
─ワインの香りと、福島弁まじりの優しい会話がゆっくりと混ざり合っていく。
――――――――――
─食後、店を出ると夜風が心地よかった。
─ライトアップされた駅前通りを、四人で並んで歩く。
「春の夜、気持ちいいね」
「ほんと。……こうして皆で歩くの、久しぶりかも」
「ねぇ、今度四人でダブルデートしない?」
「いいねぇ、最近出来たユークパークなんてどう?買い物もお茶も出来るし」
「おう、賛成。みんなでゆっくりすんの、楽しそうだ」
─舞姫は希望の肩に軽くもたれ、姉と雷磨の背中を見つめた。
──家族になるって、こういうことなんだろうな。
─血のつながりだけじゃなくて、想いが繋がっていく感じ。
─その静かな幸福が、夜空の星と混ざって、胸の奥に広がっていった。
――――――――――
─愛さん達と別れた帰り道、希望がふっと笑った。
「なぁ、舞姫」
「ん?」
「愛さん達、本当にいいカップルだな。見てて温かくなる」
「……うん。ああなりたいよね、私達も」
「もうなってると思うけどな」
「なってないよ、まだ途中」
「……じゃあ、これから一緒に作っていこうな。俺達の"家族"」
─その言葉に、舞姫は静かにうなずいた。
「……うん。約束、だね」
─風に桜がひらりと舞い、二人の手の間に落ちた。
─それをそっと包み込むように、希望が彼女の手を握る。
─そのぬくもりが、未来を照らしていた。
――――――――――
「ユークパーク……初めて来た…!」
「ねぇ…思ってたより大きい…あ、雑貨もガチャガチャもある…っ!」
─数日後。
─俺と舞姫、愛さんと雷磨は冰山市西ノ外にある、ユークパークに来ていた。
─そこは、最近新しく出来た商業施設で、勤めてるスポーツ用具店の店舗も、雑貨屋も、百均もスーパーもある。
「とりあえず今日はこんな感じね……十二時までに自由行動して、お昼食べて、十五時までまた自由行動して、お茶して、スーパーで買い物して…そして私達の実家でご飯…いいわね?」
「お姉ちゃん…計画的過ぎ…」
「楽しむ為にも準備と計画が必要よ。効率的にダブルデートを満喫出来るように、昨日から考えてたのよ」
─愛さんが今日の計画について話す。
─とてもじゃないが、計画的かつ効率的過ぎる─。それでも俺達は異論がなく、自由行動となったのだが────四人で色々見て回った。
「自由行動って…結局皆で一緒に動いてるね」
「まあいいべ。雷ちゃん、後で服見に行こうぜ」
「もちろんです。それにしても愛さん……こんなに脚出して…」
「いいじゃない…化粧も髪も服も…全部雷磨さん好みにしたんだから」
「そういう問題じゃないんですよ……今日の愛さんが、いつもの倍以上に綺麗なので…目のやり場に困ってるだけです」
─今日の愛さんの服装はこんな感じだ。
─教師として働いてる彼女は、普段ならニットに膝上のタイトスカート、そして赤茶のロングヘアをポニーテールに結い、左側を蒼いピンで留めているわけだが、今日の彼女はオフショルダーのニットにショートパンツ、ロングブーツにロングヘアを下ろして緩く外巻きしている。
「もう…っ!雷磨さんだって…その…今日コンタクトにしてるだなんて……他の女の子が見てたらどうするのよ」
「福吉さんはプライベートでサングラス掛けてて、雷ちゃんはコンタクトか……医師のオンオフ半端ねぇ…」
「たまにしかデートは出来ませんからね…こういう時は愛さんにかっこいいと思われたいんです」
「なるほどねえ……雷ちゃん達思ってたよりラブラブじゃん」
─そんな彼女の恋人である雷磨も、愛さんにメロメロである。中学二年の頃から一目惚れしていて、大人になって二人は結ばれ、婚約してるので、二人の仲の良さに納得される。
─一方で雷磨も、いつもはメガネだが、今日はコンタクトをしている。彼の桜色の瞳が、愛さんを愛しそうに見てるのだ。研修医として働いてる今、プライベートでも効率を求めているのだろう。
「ふふっ。お姉ちゃん楽しそう」
「そうだな…そういう舞姫も可愛いぞ」
「ふふっ。ありがとう……希望君が髪の毛編み込んでくれて、更に可愛いって言ってくれて嬉しい」
─舞姫は、普段ならナース服姿しか想像は出来ないが、こういう休日は、モコモコのパーカーにミニスカート、網タイツにブーツ─そして栗色の長い髪を俺が編み込むのだ。
─今日はダブルデートにちなんで三つ編みのハーフアップにしている。化粧も、俺がプレゼントした化粧品でメイクをしていて、他の誰よりも可愛かった。
「ねぇこれ舞姫好きな口紅じゃない?」
「そうかも…でもイエベ春に合うかなぁ…お姉ちゃんはブルベ夏だから…こっち似合いそう!」
「本当?そうね……よし、お揃いで買いましょ!」
─雑貨屋で俺達は化粧品やコスメを見ていた。
─買い物中に愛さんが昔の生徒に声をかけられて照れる。
「希望君…舞姫さんには記念日、何かプレゼントしました?」
「そうだな…やっぱり花と化粧品だな……」
「花ですか…考えたことなかったです」
「雷ちゃん達は、仕事が忙しくて記念日祝うことがないんだよね?」
「はい…愛さんは最近生徒指導で更に忙しくなって…僕も研修医で勉強漬けな毎日ですし…」
「よし、ここは義弟として、記念日について教えるわ。後でシスド奢りね」
「仕方ないですね…お願いします」
─初めての四人での、ダブルデート。
───この日、俺達四人はまだ知らなかった。
─この"何気ない日曜日"が、後に俺達の未来を動かすきっかけになることを。
……To be continued
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