夢見た家庭
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「え……子ども?」
「そうなの。実は夜勤終えて帰ろうとしたら、パートさんが急用入ったみたいで……"子ども見てくれ"って」
「…………この人だれー?」
「ええとね……」
─日本列島の旅を終えて、三ヶ月。
─外には雪の気配が混じり始め、街は少しずつクリスマス色に染まっていた。
「俺は希望。この姉ちゃんとは恋人だからな」
「ふえぇ……」
「帰りは私が送ってくから、夕方までお願い出来ないかって言われて……」
「なるほど……よし。こっち来い」
─夜勤を終えた舞姫が、まさか子どもを連れて帰ってくるとは思わなかった。
─どうやら職場のパートの方が急用で抜け、代わりに面倒を見ることになったらしい。
─だが俺も仕事、舞姫も夜勤──どう考えても無理がある。
「俺はこれから仕事あるしなぁ……」
「お父さんも仕事やし、私も夜勤やし……こうなったら──」
――――――――――
「……というわけで、俺達の代わりにこの子をお願い出来ないか?」
「子ども?舞姫さん産んだんすか?」
「産んでないよー!職場の人の子!でも夜勤入っちゃって……」
「よし、なら俺達が面倒見ます」
「ほんとに? ありがとう!」
──こうして俺達は、突然"仮の両親"になった。
⸻
─朝の九時半。玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると小さな男の子が立っていた。
─希望さんと舞姫さんが隣にいて、事情を説明する。
「こんにちはぁ……」
「こんにちは。俺は日出廉命。こっちは夢玖さん」
「……むくおねえちゃん」
「ふふっ、上手に言えたねぇ。よろしくね」
─その子の名前は遥斗。まだ四歳。
─最初は人見知りしていたが、夢玖さんが抱っこして頭を撫でると、すぐに笑顔を見せた。
「廉命さん、見て……もう慣れてくれたみたいや」
「ほんとだな。夢玖さん、子どもの扱い上手いな」
「昔、保育園でボランティアしてたんや」
─三人で近くの公園へ行った。
─ボールを蹴り、シャボン玉を飛ばし、落ち葉を踏む音がやけに心地よかった。
「おにいちゃーん! みてー!」
「お、すごいジャンプだな!」
「えへへー!」
─笑い声が風に混じり、空の青が澄んで見えた。
─夢玖さんの横顔が柔らかく光に包まれていて、胸の奥が少し熱くなる。
「むくおねーちゃんお菓子買ってー!」
「ええでー。何食べたい?」
「はんばーぐ!あとエビフライ!」
「よし、今日のお昼は美味いもん作るでー!」
「夢玖さんの作るハンバーグは世界一だよ」
「(……こんな未来が来たら、どんなに幸せだろう)」
⸻
─昼は三人で料理をした。
─遥斗は嬉しそうにエプロンを着け、ハンバーグのタネをこねる。
「こねこねするー!」
「よしよし、こうやってな。両手でお肉を丸めて」
「やわらかーい!」
「ええ感じや。はい、遥斗くんもやってみ?」
「うんっ!海老さんに粉つけたい!」
「じゃあ俺が揚げようか」
─夢玖さんの手の上に、小さな手が重なる。
─油と香辛料の匂いに包まれながら、三人の笑い声が混ざっていった。
─焼き上がったハンバーグとエビフライは、驚くほど美味しかった。
─食卓を囲むだけで、まるで小さな家族のようだった。
⸻
「むくおねーちゃんのご飯、おいしかった!」
「そかそか。ええ子やなぁ」
「そうだろ? 俺は幸せ者だよ」
「ふふっ……廉命さん、今のすごい“パパの顔”してたで」
「〜! (夢玖さん、その言い方は反則だろ……)」
─洗い物を終える頃、遥斗は眠たそうに目を擦っていた。
─夢玖さんの膝に頭を預けると、すぐに寝息を立てた。
「……すぐ寝るね」
「ふふ。いっぱい遊んだからなぁ」
─俺はそっと毛布を掛けた。
─夢玖さんと目が合う。柔らかな光の中で、彼女の瞳が穏やかに揺れていた。
「……なぁ、夢玖さん」
「ん?」
「もし……こういう日が続いたら、きっと幸せやろな」
「……うん。ほんまに、そう思う」
─その言葉が、静かに胸に沁みた。
⸻
─夕方、舞姫さんが迎えに来ると、遥斗は夢玖の服の裾を掴んで離さなかった。
「むくおねえちゃん、またあそんでくれる?」
「うん。また遊ぼな」
「れんやおにいちゃんも!」
「おう、約束だ」
「二人とも、本当にありがとう!このお礼はいつか…」
「いいですよ。遥斗くんが楽しそうにしとったから、それだけで十分」
─遥斗は最後まで俺達のそばを離れようとしなかった。
─けれど、「お母さんのところに帰るんだよ」と言うと、小さく頷いた。
⸻
─夕暮れの道を歩く。
─風が少し冷たくて、空が茜色に染まっていた。
「廉命さん」
「ん?」
「もしも、いつか──あんな家庭が作れたらええな」
「……夢玖さんとなら、きっと穏やかで優しい家になると思う」
「ふふ……おおきに」
─夢玖さんが、そっと俺の手を握る。
─小さな手の温もりが、指先から心の奥まで染みていく。
「……なぁ、夢玖」
「ん?」
「俺、今ちょっとだけ未来が見えた気がする」
「……私もや」
─その未来は、きっと今日の夕陽のように──
─静かで、あたたかくて、優しく続いていく。
─帰宅した頃には、すっかり夜の帳が下りていた。
─外はしんと静まり返り、窓の向こうで街灯が淡く滲んでいる。
「はぁ……今日は、ほんまに賑やかやったなぁ」
「俺、正直ちょっと疲れた。でも楽しかったな」
「ふふ、廉命さんが"お父さん"みたいに見えたで」
「そっちこそ、"お母さん"だったよ」
─二人して顔を見合わせ、くすっと笑った。
─部屋の明かりを落とし、ソファに並んで座る。
─テレビの音だけが、小さく流れていた。
「子どもって、すごいな」
「うん……純粋で、まっすぐで。
何かしてあげたいって気持ちになるな」
─夢玖さんはそう言って、膝の上に置いたクッションをぎゅっと抱きしめた。
─昼間の光景がまだ心の中に残っている。
─遥斗の笑顔。小さな手。寝息の温もり。
「なぁ、廉命さん」
「ん?」
「もし、いつか……私らに子どもが出来たら、どんな子が生まれてくるやろか」
「そうだな……夢玖さんみたいに優しい子になってほしい」
「ふふ、ほんまに?」
「本気だよ」
─返事を聞いた夢玖さんは、少しだけ視線を落とした。
─頬がほんのり赤い。
─静かに息を吐き、ソファの背にもたれる。
「……私、怖かったことがあるんや」
「怖かった?」
「うん。家庭を持つとか、子どもを育てるとか……ちゃんと出来るんかなって、ずっと思ってた」
「夢玖さん……」
「でも今日、遥斗くんと過ごして……ちょっと思ったんよ。"あぁ、こういう時間って、きっと幸せなんやろな"って」
─俺は何も言わず、ただその言葉を胸で受け止めた。
─夢玖さんの瞳に映るのは、きっと未来の光景。
─小さな手を引いて歩く二人の姿、食卓を囲む穏やかな夕暮れ。
─言葉にせずとも、同じものを見ている気がした。
「……なぁ、夢玖」
「うん」
「俺、将来のこと真剣に考えてる。就活もそうだけど……"夢玖と生きる未来"のことも」
「……っ」
─胸の奥がじんと熱くなる。
─廉命の言葉は、まっすぐで優しかった。
─何も飾らないのに、心を包むようなあたたかさがあった。
「おおきに……私も、ちゃんと向き合ってみるわ。怖がるんやなくて、信じてみたい。廉命さんと一緒の未来を」
─そっと、二人の手が重なった。
─その温もりは、昼間よりも深くて確かなものだった。
─外では風が吹いていた。
─カーテンがゆらりと揺れ、窓越しの灯りが二人を照らす。
─静かな夜に、夢玖は小さく笑った。
「……ねぇ、廉命さん」
「ん?」
「今日のこと、ずっと覚えとこな」
「もちろん。俺の中で、もう宝物みたいな一日だよ」
─夢玖はその言葉に、目を細めた。
─そして、そっと彼の肩に頭を預けた。
──この温もりがあるなら、どんな未来も怖くない。
─そう思える夜だった。
……To be continued
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