指輪
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「如月…目を開けてみ」
「…………はい」
「うわぁっ!すっごく綺麗……」
「ほんとね…お父さん…見たら大号泣間違いなしね…」
─あれから一年が経過した。また春が来て、夏、秋、冬が来た。
─生野さんによる日本列島出張の旅、満員電車、大学と共に始まった二人暮らし、アルバイト、大学の授業─それらの全てが、私と彼の距離を縮めてくれた。
─私が二十歳になったら付き合う、という約束だったものの、気付けば成人式の今日まで、その言葉は聞かなかった。
「あ、夢玖」
「凪優!めちゃくちゃ綺麗やな〜!」
「夢玖もすっごく綺麗だよ…」
「何か、大人になる実感ないなぁ…夜海ちゃんもこんな気持ちやったんやなあ…」
「そうだね……うちらが二十歳になってから、一緒に呑むことも増えたよね」
─着付けが終わり、スタッフに撮影場所に案内される。すると既に着付けを終えた凪優と仁愛が、私に駆け寄った。二人の晴れ姿は、他の誰よりも美しかった。
「夢玖ちゃん綺麗!」
「そういう仁愛ちゃんもすっごく綺麗だよ…」
「ふふっ。仁愛も大人かぁ…実感ない」
─三人で談笑していると、ドレスを着た夜海が撮影場所に入ってきた。
─そう。私達は今日の成人式に参加しない代わりに、皆で前撮りをして、その後皆でご飯を食べに行くのだ。なので着付けのピークが落ち着いた時間帯に集まり、院長が写真スタジオを一部貸切にしたのだ。
「おー!皆すっごく綺麗ー!」
「夜海ちゃんのドレス…ほんま似合っとるで」
「ありがとう…生野さん達も来るからなるべく振袖崩さないようにね」
「はーい!夢玖ちゃんはグレーにオレンジ…桜柄。凪優ちゃんは蒼に羽柄、臙脂色…綺麗…」
「仁愛ちゃんも…白に藤柄、紺色ね。ちなみに廉命君、お腹痛いみたいだからトイレにいるみたい」
「おー、皆ビジュ良いじゃん!」
─次第に生野さん、盾澤兄弟、愛先生と舞姫さん、院長、加堂さんに福吉さん、そして釜淵さんも師茶鍋さんも来て、撮影の時間となった。まずは一人ずつの撮影で、次は三人揃って、もしくは夜海や愛先生、舞姫さんや生野さん、院長も一緒に写真に映った。
─家族として、姉妹として、友人として─とにかく掛け替えのない時間だった。撮影が終わっても廉命さんは現れず、着付けを解き、着替えて食事に行こうと思ったのだが──私の携帯に、廉命さんからのメッセージが届いてた。
「……ちょっと来て欲しい…か」
「ふふっ。行ってきなよ!」
「…ほな行ってくる」
─私は振袖のまま、廉命さんの元に行った。
─外に出ると、廉命さんが雪を見ていた。彼に声を掛けると、彼は私を見るなり顔を赤く染めた。
「や、やあ…夢玖さん(何だこの美女…夢玖さん、こんなに綺麗になったのかよ)」
「……廉命さん」
「…そうだったね。呼び出してアレなんだけど、二人で話したくて」
「………はい」
─二人で歩く写真スタジオ前─。廉命さんの目は相変わらず優しい紅だった。そういえば、廉命さんはまた背が伸びていた。多分、二メートルは超えただろう。
─二十歳になってから、廉命さんを見る目が変わった。彼の想いに応えたくて必死に努力した。バストケアやダイエット、大学の授業─。今日まで彼と過ごした時間に変化が起きようとしているのだ。
「夢玖さん」
─そういえば彼が私を下の名前で呼ぶようになったのは、私があの時札幌で高熱を出した時からだろうか─。今では懐かしいが、今は違う──。
─また名を呼ばれ、顔を見上げると、いきなり唇を重ねられた。
「ん……」
「…………ごめん」
「…唇…奪われてもうたな…関節キス結構したやんな」
─ちゅ、という粘膜音が耳に響き、心臓がドキッとした。
─そして、廉命さんは懐からある小さな箱を取り出した。恐る恐る開けてみると、指輪が入っていた。
「…遅くなってごめん……約束で話した、俺達の未来の証だよ」
「……これは……?」
「婚約指輪。これからは…正式に、夢玖さんには俺の恋人……そして将来は、俺の妻でいて欲しい」
「……はい」
─婚約指輪だった。私の胸はドキドキと高鳴る。手のひらから伝わる温もり、指輪の輝き、そして彼の真剣な眼差し──全てが夢のようだった。
「嵌めて欲しい」
─そう言われ、左手の薬指に指輪を嵌めた。
─雪が降る冬の空に、指輪が輝いていた。
─だが私は愛されてる一方だと気付き、二人並んでロビーに戻ろうとした際、お返しをした。
「……廉命さん」
「ん?」
「……ん……」
─私が彼に抱きついて、唇を重ねようとした。だが彼とは身長差が大き過ぎて、背伸びしても届かなかった。だが、廉命さんが私を片腕で抱き上げてくれたお陰で、廉命さんの頬に口付けが出来た。
─塗った口紅の色素が、廉命さんの顔に着いて、甘くキュンとしてしまった。
「廉命君見てたよー?」
「や、夜海っ!てか希望さん達も見てたのかよっ!」
「流石にあれから一年経ったんだ……見過ごすわけにゃいかねーべっ!」
「まあまあ…廉命、如月さん…おめでとう」
「……あざす」
「よし皆。飯に行くぞ!松寺君、紡木君、如月君……今日は遠慮なく飲めっ!」
─そして私達は、院長が予約してくれた店へと足を運んだ。そこは、舞姫さんの大学卒業祝いと生野さんの退院祝いで来た─冰山駅前のイタリアン居酒屋だった。
─二十歳になったものの、私と凪優、仁愛は弱い酒しか飲めない。だが、こうして大切な人と結ばれたので─これ以上嬉しいことはない。
「それじゃ…改めて如月君、松寺君、紡木君……成人おめでとうっ!そして日出君と如月君の婚約に乾杯っ!」
─この夜は大人になった自分が、大阪にいた頃からは想像出来ないくらい輝いていた。正式に成人という門出を通り、晴れて大人の仲間入りを果たしたのだ──。
「いやぁ…廉命さんは…お子さんの名前何とか決めてるん…ですか?」
「それはまだ……でも、男の子の方がいいのかな…女の子だと夢玖さんと子どもに対する愛のバランスが…」
「考え過ぎだ……って…如月…酒に酔って寝てんじゃん」
「すう……すう……(…今、私…めっちゃ幸せ)」
「まあまあ…朝早くから着付けしてたんだ……ここは寝かせてやろう。仁愛さん…煙草吸うけど、ついてく?」
「あー♡いきます…ヒック♡」
――――――――――
─冬が明け、冷たい風の中に春の匂いが混じり始めた頃。
私達は、成人式から少し経った大学の登校日を迎えた。
「うわ〜、キャンパス久々やなぁ……」
「寒いのに薄着だね、夢玖さん」
「せっかく可愛いワンピ買ったんやもん。見せびらかしたいんよ」
─久々の通学路。手には、あの日もらった婚約指輪。
通学バッグを持つとき、自然と光が反射して、思わず指を隠した。
誰かに見られると、恥ずかしいから。
「おーい!夢玖ー!」
「おはよ、元気やなぁ」
「……それ、キラってしてるやつ……指輪?」
「ば、ばれた……」
「うわぁ、ほんとに婚約したんだ……やば、夢玖大人すぎる〜!」
─クラスメイトの声は相変わらず大きくて、教室の皆が一斉にこっちを向いた。
男子も女子も「えっ婚約!」と騒ぎ出して、私は顔から火が出そうになった。
「うわ〜!如月さん婚約したのっ!」
「日出やっぱり本気だったんだな〜!」
「赤飯買ってこよっか!」
「いや、もうええって……!」
─周囲がざわつく中、廊下から紅い瞳が覗いた。
「おーい、夢玖さ──」
と呼びかけた瞬間、全員の視線が彼に集中した。
「廉命君!おめでとー!」
「幸せにしてやれよ!」
「……うん。もちろん」
─廉命さんは少し照れくさそうに笑って、私の頭を撫でた。
その一瞬でまた、教室中が「きゃーー!」と悲鳴の嵐になった。
「やめてやぁ……皆見とるやんか……」
「いいじゃん、婚約者なんだから」
「……にゃんでやねんっ!」
─でも、その"婚約者"って言葉が胸の奥であたたかく響いた。
恋人、彼氏、友達──どれでもない。"婚約者"という響きに、くすぐったくて、嬉しくて、顔がにやける。
──お昼休み。
「夢玖ちゃん、いつ結婚式するの〜?」
「は、はやっ!まだ大学生やで!」
「いいじゃん〜、体育学部カップル代表!」
─凪優や仁愛達に囲まれて、からかわれる。
でも、笑われるたびに、幸せが胸の奥に沁みていく。
─私は、廉命さんの机の上で指輪をくるくる回しながら呟いた。
「(……いつかほんまに、嫁になるんやろか)」
─窓の外は、春の陽射し。
─雪が溶けて、校庭に少しずつ緑が戻り始めていた。
─私達の未来も、少しずつ色を取り戻していくように感じた。
──放課後。
「帰ろっか」
「うん。今日は寄り道してええ?」
「もちろん」
─二人で大学を出て、駅までの道を歩く。
─途中で買った温かいココアを分け合いながら、
彼の隣を歩くだけで、世界が柔らかく見えた。
「夢玖さん」
「ん?」
「指輪……似合ってる」
「……ありがと。廉命さんのくれたもんやもん」
「大切にしてくれて嬉しい」
「当たり前や。これ、私の宝もんやから」
─その言葉に、廉命さんは少しだけ微笑んだ。
─手を繋いで歩く帰り道。
─大学の門の向こうには、淡い夕暮れが広がっていた。
「……これからも、よろしくな」
「……うん。ずっと一緒やで」
─その約束を胸に、私達の新しい春が始まった。
──to be continued──
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