風の国、繋がる道
この度は閲覧頂きましてありがとうございます!
─気付けば西日本の旅を終えてから二ヶ月近くが経過していた。和風月で言うと神無月だろうか。
─冷たい風が頬を撫で、木々は赤く染まり始めていた。
「えぇっ!新千歳行きの便が…?」
「そうなんだ……一応他の便も高速バスも探してみたんだけど…全部予約埋まってた…新幹線もね」
「まじかよ……」
「高速道路で行っても…と思ったけど、生野に長時間運転させるわけにはいかないし、廉命は右手骨折中だし………どうしようか悩んでるんだ…」
「………なら、あれしかねぇだろ」
─少しづつ寒さが増してきたある日のこと。俺は仕事中に鳳兄から呼び出され、あることを告げられた。今度の札幌出張で使う移動手段が、悪天候や予約不可という理由で全て失っていることを─。福島空港や仙台空港から新千歳空港までの移動予定だったものの、悪天候により全ての便が欠航。新幹線も観光客が多いのか予約は全て埋まってる。
─新幹線や高速バス、飛行機以外の移動手段を考えるも、唯一思い付くのが車だった。が、俺は院長から長時間運転を控えるよう言われており、如月はまだ運転免許は持っていなく、それに廉命は────右腕を骨折してしまってるのだ。西日本での旅でこんなに絶望的な場面はなかったのに、東日本へ旅立とうという時になるとは─。しかし、丁度通り掛かった加堂さんが察して、アイデアを出してきた。
「あれって……?」
「ヒッチハイクだよ。確か北海道行く時、院長も大事な手術あるって福吉さん言ってたしよ。お前見た目は悪くねえんだから、いけるべ」
「ヒッチハイクねぇ……そんなに上手くいくものなのかな……?」
「まあまあ。確かに生野や如月さん、廉命は有名になってきてるからね」
「……なるほど。ヒッチハイクは…寿賀河インターだとなぁ……でも札幌まで運転してくれる人はさすがに……」
「いや。青森まで行けば、在来線で札幌まで行けるから…ヒッチハイクで青森まで乗せてもらうんだよ」
─なんと、高速バスでも夜行バスでもない─ヒッチハイクだった。そう。あのヒッチハイク──目的地の名を書いたスケッチブックを持ち続け、通りすがりの自動車を呼び止めて、無料で乗せてもらうのことを指す。
─しかも青森まで行けば、そこから北海道新幹線で札幌まで行けるのだとか。
─それから数日が経過し、札幌での講演に向けてヒッチハイクで乗せてくれるような車を探してるのだが────
「中々捕まらへん……」
「高速道路入り口付近はダメだな……西部車校の前でヒッチハイクしてみよう」
「俺達、無事に札幌着くのかな」
「まあまあ。とりあえず気長に待とう。近くにフタバもアカマルもあるんだ。何とかなるだろ」
─想像以上に上手くはいかなかった。デカデカと青森まで!とスケッチブックに書いてるものの、俺の字が汚かったのか、俺達を横切る車を運転する人達は読めてないらしい。
─が、このヒッチハイク以外に移動手段がないので、この時間に全てが掛かってるといってもいい。とにかく俺達は、青森まで乗せてくれる車を探した。ヒッチハイクを始めて三時間くらいだろうか。俺達の目の前に車が留まった。
「おう…兄ちゃん達乗ってきな」
「お、あざすっ!」
「あ、どうもー!」
「原市さん久しぶりっす!」
─そう。廉命にドナーの説明をした、原市さんとその兄貴だった。俺達は彼らの車に乗り、北へと移動した。
「へー。廉命君元気だった?」
「うっす…でも骨折してます」
「ありゃあ…大学もバイトも大変でしょ?全治何ヶ月?」
「利き手なんで余計大変っす……来月までギプス外せないんすよ……」
「パッと見結構重症だろう?でも君の場合…ガタイが良いせいで回復も早いだろうから…全治一ヶ月なのか…」
「どうなんすね……てか原市さん達は元々どちらに行かれる予定だったんすか?」
─運転して一時間、冰山市の中心ぐらいだろうか。次第に会話は始まった。俺達には分かる話だったが、如月には分からない内容ではあった。そういえば、彼女は関西出身なのか、関西のことしかほぼ分からなく、西日本を旅してきたものの、関西以外の地域で知らないことが沢山あった。
「青森だよ…といっても弘前…俺の嫁さんの実家も八戸なんだがな。青森に俺らの実家もあるもんで、用事で俺らはそこさ向かってるだけさ」
「青森……って…どこら辺やねん?」
「青森は東北地方の最北端にあるんだ。東北の中でも一番方言の訛りも強くて、津軽弁と南部弁、下北弁に分かれてるんだよ。ちなみに僕らは津軽出身なんだ。訛り強過ぎて聞き取れないと思うから、そこは僕らが通訳するよ」
「へぇ…同じ関西でも、大阪弁、京都弁、神戸弁で分けられとるみたいな感じか……」
「そうだよ。同じ東北でも、各県によって方言の違いもあるからね。福島じゃ…宮城弁話す人も多いからね」
─原市さんが青森の方言について話すが、如月はそれを関西の方言に例えて理解したようだった。確かに関西は─大阪弁、京都弁、神戸弁と大きく分かれてはいるが───だがしかし、如月は少しだけ東北地方について調べてたらしい。
「そう、なんや……東北って寒いんやろ?それと…なまはげもねぶたも居る……あとわんこそば!わんこそばもあるやんな?なんでわんこそばなんやろ…?」
「岩手の方言で椀をわんこと呼ぶから、それに入ってるのがわんこそばなんだよ。そば振る舞いといって、少量の温かい蕎麦を椀に盛っておもてなしとして大勢の人に提供するんだ」
「へぇ…」
─そう。岩手名物のわんこそばだ。岩手の方言で椀はわんこと呼ぶので、それに盛られた蕎麦が、わんこそばというらしい。これは俺も廉命も初めて知った。同じ東北地方でも、知らないことが俺達にも沢山あったのだ。
─あと、原市さん達は青森の実家に用事があったらしくたまたま通り掛かって見掛けた俺達を乗せたのだとか。暫く話してると、ずっと運転している原市さんの兄貴が如月に話し掛けてきた。
「なんだ…嬢ちゃん、どこさ出身だ?」
「私は大阪です…でも色々訳あって福島来ました。何かの直感感じて、福島まで歩いて来たんです」
「そりゃ大変だべ……嬢ちゃんべっぴんさんない。男いるかい?」
「居らへんというと嘘になりますけど…その……ねぇ?」
「なしてこっち見てんだ!」
「にゃ、なんで顔赤いねんっ!たこ焼きのタコみたいに真っ赤やで!」
「べ、別に…君と結婚したいとか……お、思ってねぇし」
「〜っ!二十歳になったら付き合うとか言っとったやんか!どないやねーんっ!」
─彼は俗に言う強面だったが、話してみるとかなり世話好きな人だった。如月と廉命の恋模様について熱を上げていた。そのお陰で車内の雰囲気は甘酸っぱくなった。
「よし、サービスエリアで休憩しよう。仙台から離れてるが…名物は食べれる。嬢ちゃん、牛タンは好きかい?」
「牛タン……?」
「んだ。牛タンは仙台名物だ。戦後の食糧難の中で牛タン焼きが源流なんだが、高度経済成長期にその味を故郷で広めたから有名になったんだ」
「焼肉とはちゃいます?」
「ああ。牛タン定食には麦飯と野菜のお新香、南蛮味噌、牛テールスープがセットだ。塩味と味噌味があるんだけど、関西の味噌はどうなんだい?」
─暫くして宮城県北部のサービスエリアに着き、一度そこで休憩となった。そこでは仙台名物も食べれたり、買えたり出来るのだが、如月にとって人生初のサービスエリアは何かの扉を開かせるようだった。
─東北と関西という、それだけ距離が離れていれば文化も方言も、何もかも違う。だからこそ、名物や大阪のそれとの違いなども満喫してるようだった。
─というか確かに東北は基本味が濃いのだが、それは俺にとっては危険なので、もしかしたら関西の味付けが───いや、舞姫の作る味が一番好きなのに。
─すると原市さんの兄貴は廉命に向かって質問をしてきた。如月の手料理は食べたことがあるのかを─。そういえば、如月が初めて料理した時─酷かった事を思い出した。
『何だこりゃ…?』
『とんぺい焼き…やで?あとこれは…ねぎ焼き』
『どう見ても炭にしか見えねぇよ…料理ぐらい出来た方が人生得だぞ』
『ほんまなん…?大阪のおばちゃん達も、料理出来ひん女は嫁に行けへん言うてたなぁ…』
『嫁かぁ………よし、舞姫に料理の特訓付き合ってもらおう。いいか如月…舞姫の手料理は宇宙一だぞ』
『確かに、舞姫さんの手料理美味いねんな。毎日茄子見るん慣れてきた』
「関西は白味噌です。あと薄口醤油が定番ですね。私が得意なんは、お好み焼きとたこ焼き、あととんぺい焼きです」
「おう。流石関西人だない。東北地方は寒いから、厳しい冬を乗り越える為に塩分が必要なんだ。んだから味濃く感じるかもしれないな」
「へぇ…東北、おもろいな」
「そうだろ…ところで兄ちゃん、嬢ちゃんの料理食べたことある?」
「ええと…」
「あ、ちなみにこの二人一緒に住んでます」
─今思うと、初めて料理した時暗黒を生み出したとは思えないほど料理は上手くなっている。そのお陰で廉命は、ずっと如月にメロメロで、家事をしてる如月を見ては、彼女の新妻姿を想像してしまうのだとか─。
─原市さんの兄貴の話に、廉命は顔を赤くするしかなかった。
「ほら、食べな。これも何かの縁だがら、俺らが奢るない」
「あざっす!うぉ、やっぱりうめぇっ!」
「………牛の舌…やんな?」
「まずは食べてごらん。炭火と塩味が効いて最高だよ」
「……ん。っ!な、何やこれ…最高やんか!東北にもこんな美味いもん、あったん…やなぁっ!」
「泣くほどじゃねぇべした…ほら、口拭け」
「如月さん……可愛い」
「おー。甘酸っぱいねぇ」
「にしても廉命君、本当に食べるね。やっぱり如月さんの手料理が美味しいから?いやぁ…如月さん、彼の奥さんになってあげてね」
「〜!」
「いや…まだ早いですよ……結婚は」
「(初めて見る北国の夜は、少し寂しくて、でもどこか温かった…)」
─初めての牛タンに驚きながら頬張る如月と、顔を赤くしてはガツガツと平らげる廉命。この二人によって、俺達は救われてる。
─次第に平らげ、再出発をした。
「これがずんだ餅……枝豆と餅…合うんかな?」
「ずんだのスイーツも美味しいんだよ。僕はずんだシェイクがお気に入りなんだよ。あと仙台といえばこれ、笹かまぼこ!」
「笹……」
「伊達政宗いるだろう?仙台藩主伊達家の家紋である笹にちなんで、笹かまぼこも仙台名物になったんだ」
「(正直俺も知らなかったなんて言えねぇ…)」
─途中でテイクアウトしたずんだ餅を爪楊枝に刺しては不思議そうに見る如月に、原市さんはずんだ餅や笹かまぼこについて詳しく説明をした。
─ずんだ餅は、伊達政宗が陣中で陣太刀の柄で枝豆を潰して食べたことから、陣太刀が訛った説、豆を打つという豆打が転じた説、農民の甚太が作った餅が訛った説などと─様々な説があるらしいのだが、俺も初めて知った。流石に二十年以上東北人してるのに、知らないとは言えない─。
─一方で笹かまぼこは、伊達家の家紋にちなんで生まれたのだとか。食べられなくはないが、塩分が多いため、控えるべきだが───。
「ずんだ餅…ほんまに美味い……八ツ橋に掛けたら美味そうやなぁ?ふふっ」
「おいおいここで関西持ってくな。ほら、もうすぐ盛岡だぞ」
「よし、盛岡着いたら冷麺食べるからな。わんこそばにじゃじゃ麺、冷麺だ。焼肉店に多いぞ」
「へぇ……同じ東北でもかなり違うんすね」
「あぁ。岩手といえば花巻温泉、南部鉄器、あと盛岡冷麺だ」
「すう……すう……」
「如月さん、風邪引くよ」
「(廉命……成長したなぁ……)」
─次第に車は進み、宮城を抜け、岩手の盛岡を通過しようとしていた。丁度盛岡市内に落ち着き、焼肉店へと足を運んだ。
─じゃじゃ麺と冷麺、わんこそばを注文し、俺達は盛岡の麺を堪能したのだ。ちなみに廉命はわんこそば三百杯は食ってたらしい─。紅い瞳から、食い足りないと言わんばかりだったが、とりあえず如月の残したものを食べていた。
─そして再出発。携帯を確認すると夜の八時。盛岡から再出発し、運転して二時間くらいだろうか。青森に着いたのだ。それと同時に福吉さんから電話が掛かってきた。
<おー、生野。今どこにいるの?>
「福さん!俺ら今青森…やっと着いた」
<お疲れ。青森着いて即北海道に向かうのはしんどいだろうから、それを見据えて明日の昼に新幹線予約したからな>
「ありがとう…福吉さんっ!」
<無事に青森着いて良かったよ。とりあえず皆には無事って伝えとくから。とりあえず北海道楽しんで>
「おう!メロン食ってくるわ」
<メロンか……夕張メロンとか最高だよな>
「福吉さんは仁愛ちゃんのメロンが一番だべ」
<ぶふっ!と、とにかく……事故んなよ>
─何と彼は、俺達がこのタイミングで青森に着くことを想定していた為、それに合わせて新青森〜札幌間の新幹線を三人分予約していたらしい。
─ヒッチハイクをし始めた時はどうなるか不安だったが、俺一人の存在が、こうして人との繋がりを作ってるように思えた。今まで沢山の地を歩んできたが、こうして皆と繋がれてるのは本当に奇跡だ。それぞれの辛い過去と俺の存在が結び合って、今がある。
「あとはさすけねぇか?」
「さすけ…ねぇ?」
「福島弁で、大丈夫って意味だよ」
「はいっ!本当に、ありがとうございました!」
「たまたま通り掛かったもんでな…北海道は思った以上に広い。気ぃつけてな」
「はいっ!本当にありがとうございました!」
「もし何かあれば連絡せい。嬢ちゃん、北海道楽しんできな」
「はいっ!」
─夜の八時半、俺達は原市さん達と別れ、その後ホテルに泊まった。まだ十月なのに北東北は少し肌寒いと感じる。
─明日から日本の最北端である北海道での出張だ。俺の伝える意図は、どこまで広がってるのか、そう思いつつ青森で夜を明かすのであった。
西日本はともかく、東日本でも東京や金沢、栃木や横浜、長野なども旅をして、生きる希望を伝えてきた─。
─朝、窓の外には白い吐息が広がっていた。
凍てついた空気を吸い込むと、胸の奥まで澄み渡るようだった。
「……行こう。最後の旅だ」
……To be continued
閲覧頂きありがとうございました!
コメント、いいね、感想お待ちしております!
次回作もお楽しみに!では。




