守りたいもの
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「へぇ…仁愛さん、温泉を経営してる人達のところでお世話になってるのか」
「そうなの。だから仁愛、温泉好きなの」
「いいじゃんいいじゃん。俺も院長とサウナ行くけど、そんな長くはいられないよ…煙草も吸えないし」
─車の渋滞に困ってる時、俺達は車の中で話していた。気付けば冰山や素宮を出て、仙台に近い、福島市に入っていた。福島市こそが仁愛さんの生まれ育ってるところで、県庁所在地ではあるものの、どちらかというと冰山の方が栄えているのだ。だからここの県庁所在地が冰山だと勘違いする県民も少なくはない。
─暫くすると渋滞が和らぎ、仁愛さんの案内である温泉に向かって車を走らせた。
「えーもう…福吉さんったら…そんなに煙草吸いたいんだぁ…?」
「禁煙も考えてはないしね」
「ふーん…?ねぇ福吉さん、煙草の箱見せて?」
「ん」
「ありがとう。ふふっ」
─正直温泉は苦手だ。何故なら喫煙所が近くにない所が多いからだ。それを話すと、仁愛さんは俺に煙草の箱をこちらに渡すように言ってきたので、渡してみる。
─その澄んだ空色の瞳と長い睫毛が煙草の箱に集中しているが、煙草に集中したいのはこちらの方だった。
「へぇ…凄く大人だなあ…福吉さん」
「そりゃあ三十代になりゃ皆大人だよ」
「違うの。福吉さんだから、大人っぽく見えるし、その…かっこいいし」
「っ!」
「あ、そうだ。福吉さん見てみて」
「どうし…………え?」
─しかし仁愛さんは何を言いたいのかが分からず、運転を続けていたが、彼女がこっちを見るように言ってきたので、チラッと見たが、それは─言葉に表現出来なかった。
「仁愛と煙草、どっちが好きなのかなぁって」
「……そりゃあ…仁愛さんが、大好き」
「ふふっ。やっぱり、大人だなぁ…福吉さんは」
─それは、仁愛さんが自身の柔らかそうな谷間に、一本の煙草を挟めていたのだから。明らかに誘ってる。普段は明るくて、頼りになる彼女だが、俺の前では小悪魔なのだ。わざと腕や背中に胸を押し付けたり、やたらとキスをしたがる。それはそれで可愛いのだが─彼女の年齢を思うと手が出しにくくなる。
「(いやいや…胸に煙草挟むか普通………でも、胸デカいよな…)」
「顔真っ赤にしてて…可愛い」
─目のやり場に困りつつ、運転に集中し、粲坂温泉にある、一軒家に着いた。俺はスムーズに近くに車を停めた。車の鍵を閉めると仁愛さんが手を差し伸べてきた。そう─これは手を繋ぎたいという合図である。当然俺は彼女の手を繋ぎ、前を歩いた。白く華奢な彼女の手は何処か冷たかった。
─普通の一軒家には見えるが、何処か空気が怪しい─。そういえば、仁愛さんは過去に父親と姉を亡くし、ヤクザに引き取られたんだっけ。
「入って入って!ただいまぁ!」
「お邪魔し「うちの仁愛嬢は嫁にやらんっ!」
「………へ?」
─仁愛さんに促され、中に入ろうと玄関に行くと、強面で傷だらけのヤクザが仁王立ちして俺達を待っていた。彼はひたすら俺の顔を睨むが、仁愛さんが話すと、上がるように言われ、客室に案内された。
「違うの頭っ!この人は福吉さんでね…お付き合いしてる人なの。だから睨まないで?」
「…っち。こんな奴が…嬢と釣り合うはずねぇ。まあ上がれ」
「……お邪魔します」
「(こんな綺麗な家に……ヤクザの家ってもっと荒れてると思ってたが、予想とは違ったな)」
─廊下での会話は一切なく、俺の緊張は更に高まった。恋人の家族に挨拶しに来たのに、もう煙草を吸いたくなってきてしまった。一昨日から煙草を我慢してたからなのか、禁断症状が出てしまった。手の震えが始まったのを仁愛さんは目にし、目の前を歩く頭に話し、俺を人気のないところへ連れてくれた。
「あー、福吉さん緊張しててお腹痛いみたい。仁愛トイレに案内してくるね」
「おう」
「ふぅ……助かった。ありがとう…仁愛さん」
「ううん。それよりもごめんね?頭、仁愛に対してちょっと過保護で不器用だから、もしかしたら強く当たってるよね…」
「ふぅ…まあ、君を大切にしてるからね」
─仁愛さんの家から離れた場所で、煙草を吸ったことで手の震えと緊張は落ち着いた。何とか一本吸い終わろうとすると、先ほど胸に挟めたものだと言い、俺は噎せてしまった。喫煙量が異常に多いにも関わらず、一昨日から煙草を吸っていなかったからか─それとも先ほどのことを思い出したからなのだろうか。
「ふふっ。本当に福吉さん、仁愛のこと好きだよねー……あ、今吸ってるの、さっき仁愛が胸に挟めたやつでしょ」
「っごほっ!げほっ…!」
「あ、大丈夫…?」
「あ、あぁ…………一昨日から煙草吸ってなかったから、禁断症状出て辛かったかもね」
─彼女は少し俯き、申し訳なさそうにしていた。
「本当にごめんなさい……」
「いや、いいんだ。君だからいいの」
「福吉さん…」
─よくよく彼女の目を見ると、涙が溜まっていたので、それを指で拭った。吸い込まれそうな空色の瞳に、長い睫毛。そして藤の花が映えるような、白い柔肌。それらに触れてしまった以上、仁愛さんを一生大切にすると決意した以上、彼女を傷付けさせない─。
「なるほど……あんた、気に入ったよ」
「……ありがとうございます」
「あんた、かなりのヘビースモーカーなんだな…儂の組で煙草吸ってる野郎もいるから、煙草吸いながら中で話すとしよう。嬢、それでいいよな?」
「うんっ!あ、そういえば…メロンパン用意してるんだった!」
─そう思ってた時、頭が現れ、俺と仁愛さんを中に入れ、客室に案内した。
「へ〜、あんた研修医だったのか…しかもパッと見嬢と歳の差あるな…あんた、幾つだ?」
「三十歳……」
「儂より歳上……しかもヘビースモーカーなのに、銀髪が似合うイケメンじゃねぇか」
「この人、ずっと福吉さんがどんな人か気になってたみたいなの…不器用だけど、凄く優しいの」
「そうなのか……」
─客室の真ん中には頭とその部下であろうヤクザ達がいた。頭が俺に対する質問をし、それに答え、雰囲気は複雑だった。
─喫煙の許可を得てるので、先ほどよりは話しやすいが、大勢に囲まれてるので緊張は解れていなかった。
「それで…あんたは何繋がりで仁愛嬢と出会ったんだ?」
「それは……「仁愛から話させて」
「嬢……?」
「ごめんなさい。実はずっとずっと、頭達に隠してたことがあったの…それに福吉さんも関係してる…だからここは、仁愛から話させて」
「そこまで言うなら…聞こうじゃねぇか」
─頭が、俺達が出会った経緯について聞いてきたので俺が答えようとすると仁愛さんが、自分から話したいと言ってきた。驚きのあまり皆は唖然としていたが、俺達は聞くことにしたのだ。
「あのね…実は頭と…皆と出会う前……私は水商売でアルバイトしてたの」
「……水商売?身体売ってたのか?」
「うん……お母さんが浮気で蒸発して残した借金を返す為に、お父さんとお姉ちゃんは必死で働いて…仁愛も力になりたいって…でも中学時代に夜の店にスカウトされたの」
「中学の年齢で水商売の世界へ来たのか…」
「幸い売上はナンバーワンを取り続けてたし、他の嬢から嫌がらせは多かったけど、お父さんとお姉ちゃんの為なら頑張れた…そして、そこで出会ったのが、当時鬱病だった福吉さんなの。この人と一緒にいて、とても楽しかったの」
「確かに、嬢の整った容姿ならナンバーワン当然だな」
─そう。仁愛さんは未成年ながら水商売に手を出していたのだ。家庭崩壊と借金返済の為に─。当時は、藤として身体を売っていたのだが、父親が亡くなったことで生活は更に苦しくなり、余儀なくキャバ嬢から風俗へと姿を消したのだ。中学一年生なのに、俺に隠れて夜の仕事をしながら学校に通ってたとは───。
「でも…ある日、お父さんが自殺しちゃって生活が苦しくなった…だから仁愛は…福吉さんに黙って夜の仕事で稼いでいたの。でも全然気持ち良くなかった……」
「それでお姉ちゃんも事故で亡くなって…更に身体を売ろうとしてた…借金が返せなくて頭が仁愛ん家に押し掛けた時をきっかけに、もうどうしていいか分からなくて、頭に泣きついちゃって……今に至るの」
「………まあ、未だに借金は返せてないし、中学一年生から色んな男に身体を売り続けて、自分をずっと傷付けてたことは怒る……でも、辛かったな」
「儂らは……あの時、嬢の身体をバラして、臓器を売ろうとしてた…でも痩せ細ってた嬢を見た時、あまりにも嬢が美し過ぎて、出来なかったし、高校卒業したら嬢を殺そうとしてた…でも、それはもう仕舞いだ。儂らは…嬢の家族だ」
「皆…ぐすッ!」
「に、仁愛さん……」
「………よし」
「?」
─何とかヤクザ達は、仁愛さんの壮絶な過去を受け入れた。ヤクザは人間の内蔵を売るのも仕事の一つとも言うが───もし仁愛さんがあの時、冰山駅前のキャバクラにいなければ─俺は鬱病を治せずにいたし、仁愛さんは中学一年生でヤクザに身体をバラされ、内蔵を売られてたのだろう。
─他のヤクザは皆、涙目で聞いていて、その中で唯一頭は無表情でいた。しかし次第に何か決断したようだった。
「今日を持って、儂らの役目は仕舞いだ。今まで人を傷付けてきた以上、嬢のように誰かを助ける活動をしていこう。嫌なら出てけ。解散だ」
「っ!頭…嫌ですっ!」
「何なら儂は……今日を持って、頭を引退する。お前達は好きに生きろ」
「嫌っす!俺、ここにいて楽しいこと沢山あった!俺、頭がいないグループ嫌っす!」
「………俺もっ!頭と…嬢と…皆といる時間が好きだった…!頭…頼むから……」
─今日を持って、ヤクザと頭を引退する事を、頭は決断したのだ。今まで沢山の人々を傷付けてきたのだから、死んだ後に地獄送りになるのも当然だろう。
─でも、仁愛さんを生かしてくれた─。せめて恩返しぐらい─と思っていたのに、気付けば勝手に口が動いていた。
「……頭の意志は…俺が引き継ぐ」
「儂らは反社会的勢力なんだぞ?」
「いいんだ。仁愛さんを殺さずに、ずっと可愛がってくれていた…その恩として、だよ」
「…………」
「ヤクザになったのも、頭の道を選んだのも…理由があるんだろ?自分に嘘ついて沢山の人を傷付けてきた……だったら今度は、沢山の人を助ける側にならないと」
「……っ」
─今まで沢山の人を傷付けてきた以上、これからは沢山の人を助けようと。
─本心ではケジメを付けさせようとしたが、頭は皆で粲坂温泉を守ろうと決意した。
「頭はヤクザ以外だったら何がしたい?他の皆は?」
「………儂は、皆といたい。儂らは皆、親から虐待を受けて育って、やがてひとつになった…あんたがそこまで言うなら、分かったよ。皆で、粲坂温泉を守ろう。儂の負けだ」
「……そうか」
「んだから…頭の座はあんたに譲るよ。これからも仁愛嬢を頼む」
「待ってよ…頭も…皆も…ここから出ていくの?」
「嬢………新しい頭と幸せにな」
─それなのに、先ほどまで自分達は仁愛さんの家族だと話してたのに言ったことが矛盾してたので、腹が立ったのか俺は頭を殴り飛ばしてしまった。
「ふんっ!」
「福吉さんっ!」
「自分達が仁愛さんの家族だと言ったのはどこの誰だよ…せめて恩返しぐらいさせろよ……あ?」
「う……うっす……これからも、よろしくお願いしやす」
「……儂らの仁愛嬢を救った男が、次を継ぐ。それでいい」
「いやぁ…細身なのに予想以上にパンチ強いな…こりゃ新しい藤組の結成だな」
─俺の拳一つで予想以上に頭が吹っ飛び、二枚の障子を破壊してしまった。そして頭の胸ぐらを掴み、更に言い聞かせた。聞いていた部下のヤクザ達は泣いていた。
─すると頭が殴られた側の頬を擦りながら、参りましたと言わんばかりに新しい組織の名前を言った。
「藤組…?」
「あぁ。さっきまでは奥州会津神断一家だったんだ。でも、新しく立て直す為に、ケジメを付けるために、まずはこの組織の名を変えなくては…」
「そうか……基本、暴力団は後に捕まるだろ。でも恩があるから…俺からは通報しないでおく。お前達には生涯この温泉街と仁愛さんを守ってから地獄に堕ちて欲しいからな」
「………」
「ふう……お前達も、罪だと分かったうえで沢山の人を傷付けてきたから、少しでも人の心の痛みってのが分かるはずだ。今まで傷付けてきた人の傷を背負って欲しいよ…俺は」
「………」
「俺も鬱病になって、お前達もヤクザになって、仁愛さんと出会ったんだ。この縁は絶対深まる。だから、ゼロからやり直そう…新しい藤組ってやつを」
─こうして、俺と頭は和解し合い、俺が新たな組織─藤組の頭となったのだ。
「藤の花は、枯れてもまた咲く。俺達もそうありたい……」
─そう言った時、障子の向こうで誰かが嗚咽を漏らした。
> 誰もがそれを、希望の音だと分かっていた。
─「行ってらっしゃい」と微笑む仁愛の手を離した瞬間、 俺は、守るべきものが、自分を生かしてくれていたと気付いた。
――――――――――
「……で、どうだったの?」
「やっぱり仁愛さんの家庭環境は複雑だったけど、結婚を許してくれたよ」
「早すぎだろ…」
「仁愛さん、訳あって家族と住んでないんだけど、同居人らが皆俺より年下だったから、俺が仕切るみたいになってたけどね」
「ふふっ。デートの為に色々準備した甲斐がありましたね」
「そうだな。あの人が、仁愛さんの心臓を壊さないでくれてたからな」
「「?」」
「いや、こっちの話だ」
─あの後、俺は仁愛さんの家に泊まり、粲坂温泉の露天風呂とヤクザ達と仁愛さんが作った最高な手料理を堪能し、極楽で寿賀河市に戻り、荷物を取りに一度帰り、いつも通り出勤した。
─俺が出勤すると、生野と雷磨が昨日について聞いてきたが、仁愛さんの事を悪く思われたくないため最低限の事を話した。
─二人には申し訳ないが、俺が頭になった事を話すと更に怖がられるのでやめた。
─今日の俺は仕事、仁愛さんは大学。例え何があっても─彼女の心臓と笑顔だけは─守りたい。そう胸に刻み、今日も働くのであった。
─藤の花を─仁愛さんの心臓と笑顔を枯らしてしまわぬように、俺は心に熱を入れた。
─「行ってらっしゃい」と微笑む仁愛の指先に、ほんの一瞬唇を触れた。
─あの温度を、俺は一生忘れない。
……To be continued
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次回作もお楽しみに!では。




