ドライブデート
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「皆で福吉さんの車を掃除かあ…急だね」
「自分が気付かない汚れを落としたいのかなぁ」
「今度仁愛ちゃん家に挨拶行くからな…流石に恋人乗せるんだから、車掃除しないとだろ」
「まあ中々面倒でさ…ほぼ散らかってはないけど、とりあえず皆乗ってみて」
─如月が廉命からの好意に気付いたある日の終業後。俺と廉命、盾澤兄弟は福吉さんの車掃除を手伝っていた。見る限り、車内は散らかってはないそうだが─何故だろうか。窓が少し黄ばんでるような─いや、それはさておき、俺達は福吉さんの車に一度乗ったのだが────それは想像を遥かに越える、煙草の匂いが充満していた。多分、窓の黄ばみも─煙草によるヤニだろう。呼吸が乱れ、何とか落ち着かせる。
─俺達は車から出て、ゼェゼェと呼吸する。これが綺麗な空気で、車内の充満した煙草が含まれた空気は─福吉さんが常に吸ってる空気ともいえる。
「はぁ…はぁっ!し、死ぬ…」
「これ…じゃ……受動喫煙っすよ」
「煙草は筋肉に悪いんだよ…?福吉さん細身だし……筋肉ある?」
「そ、想像以上に酷いです…今すぐ掃除を!」
─俺達の予想を遥かに越えた福吉さんの車の中は─酷かった。散らかってはないものの、煙草の匂いが充満していて、乗るだけでも頭痛と吐き気が凄い。皆倒れ込んでると、近くの百均で買い物を終えて戻ってきた加堂さんと釜淵、師茶鍋に凪優がやってきた。
「福さん…これどういう状況すか…?これ」
「なんか、俺の車に乗っただけなのに皆倒れ込んでさ……そうだ。加堂達も乗ってみ…ふぅ」
「……う、うっす」
「あんた達死にますって!」
─福吉さんも加堂さん達に、自分の車に乗るよう促した。廉命が彼らを引き止めようとしたが──同じ結果だった。
「おろろろろろ……」
「凪優……さ、うっ!おろろろ…うえっ…!」
「うえ…っ!これが、ヘビースモーカーの車ってやつか…」
「福吉さん…一応、二十歳未満もいるんで…アウトっす」
「窓も皆ヤニだらけ…よし、皆で頑張って掃除だ!重曹水やセスキ炭酸ソーダがヤニに効果的らしいよ」
─凪優はまだ二十歳になってないからか、煙草に慣れてないのか─吐いてしまった。彼女の背中をさすってる師茶鍋も、もらいゲロをしてしまっていた。加堂さんが二つの容器とウェットシートを取り出し、皆で掃除を始めた。
「常にドアは開けないとアレだな…うっ!」
「生野まで吐くのか…俺の車そんなに煙草臭いとは思ってもなかったけど」
「逆に一日六箱も煙草吸ってなんで気付かないんですか?」
「まあ…煙草に対する耐性は十分過ぎるくらい付いてるし、なんかさ…俺、嗅覚あまりないんだよね」
─車のドアを全開にし、車内の空気が綺麗になるまで外側の吹上や窓にへばりついたヤニを取るなどをしていた。
─一日で六箱も煙草を吸う彼だが、実は嗅覚があまりないことを今知った。彼いわく、煙草の吸いすぎが原因だろうと言ってたが、煙草を辞めるつもりは一切ないらしい。
─福吉さんの嗅覚がなくなったことに皆して驚いた。もしかしたらこの瞬間に言うだけで、禁煙を考えてくれるかもしれない。彼曰く過去のストレスや、煙草で焦げた神経が原因らしいが─。
「この前、仁愛ちゃんが言えば禁煙考えるとか話してたよね?嗅覚ないとかヤバいよ」
「そうだよな…」
「じゃあ仁愛ちゃんの匂いも感じないの?」
「それは凄く感じるよ。なんなら彼女概念で藤の花の香水持ってるし」
「別なのかよ……」
「(世界の匂いは失っても、仁愛さんの香りだけは…俺を人間に戻してくれるんだ)」
─煙草は別として、仁愛の香りだけは感じることが出来るらしい。どれだけ彼は、彼女のことが好きなのだろうか。多分、五年ぐらい片想いはしてたからか、予想以上に福吉さんは仁愛のことを愛してるのだろう。歳が十ほど離れてるにも関わらず─。
─気付けば小一時間が経ち、福吉さんの車は完全に綺麗になった。
「福吉さん、これ、消臭のやつっす」
「ありがとう。って待て釜淵…これは何だ?」
「あー、もちろんゴムっす」
「ぶふっ!べ、別に俺は…その……まだあの子は二十歳にもなってないしその…ええと……」
「よし、今度はデートの作戦会議だな」
「そうだな…ラーメン奢るから皆行こう。食べながら話そう……ふぅ…」
─ヤニも煙草臭も一切なくなった車になったわけだが、しばらく彼には車での喫煙は控えてもらう予定ではある。その日は皆で、福吉さんの奢りでラーメンを食べ、解散した。
──その日の夜。仁愛の方では、別の"覚悟"を決めていたことを、俺達はまだ知らなかった。
「へー…雷磨先輩、予想以上に愛さんのことを大事にしてるんですね」
「そうなのよ…最近、お嬢様呼ばわりされてて…婚約者なのか執事なのか分からないわ…」
「いや愛されてるのは事実でしょ?」
「まあね…今朝なんか「お嬢様、お目覚めの時間です。今日も美しいですね」とか「お嬢様は今夜の夕食は天津飯と中華ナムルでございます」とか喋ってきたわ。私のこと、大事にしてくれてるからいいけど」
「そういえば、最近愛ちゃんとはどうなんだ?」
「そりゃ毎日キラキラしてて仕方ないですよ…愛さんを独り占め出来るなんて、夢になんて思ってもないですから」
「そうか……」
「ちなみに福吉さんはどうなんです?仁愛さんの家に行くの、緊張してますか?」
「当然だろ……でもなんかあの子、見る限り家庭環境怪しいんだよな」
「そうですか?」
「ああ。普通の家庭環境だったら、鎖骨に刺青入れないだろ…まあでも、凄く似合ってるし、何なら藤の花のいい匂いもするし何より可愛いからいいけ「福吉さーん!」
─ある日。たまたま大学が二限だったので、夜海ちゃんとこの後どうするか話すと、久しぶりに廉命さんをからかいたいとのことで、彼らの勤めるスポーツ用具店に来た。
─店に入ると、彼女とは一旦解散し、LINEして後で合流しようということになった。夜海ちゃんはジュースや競技コーナーへと向かったが、私は違う。だって─歳は十程離れてるけど、とても素敵な恋人がいるのだから。
「に、仁愛さん…?」
「今日二限で大学終わったから来ちゃった!」
「お、お疲れ様……今日の服装…なんか胸元開きすぎじゃない?」
「やぁだ。福吉さんったら…たまにはこういうのもいいでしょ?照れちゃって可愛い」
「そうじゃなくて…高校の制服もその…胸元や脚を露出してた……君は綺麗過ぎるからアウトだ」
「お姉ちゃんのお下がりですー。今度仁愛の家に挨拶行くんだから慣れてもらわないと」
─そう。それは目白福吉のことを指す。最近彼は三十歳になったばかりなのだが、周りの大人よりも断然大人っぽい。顔立ちが良く、サラサラな銀髪─そして何より、私を大事に思ってくれている。その後軽く話し、夜海ちゃん達と合流し、某スポーツ用具店を後にした。
「ただいまぁ…」
「嬢…遅かったじゃねえか」
「ごめんごめん…友達とフタバと買い物行ってて」
「まあまあ。大学帰りの嬢も麗しい…とりあえず飯出来たぜ」
「ありがとう。いつもありがとう」
「いやぁ…こりゃ麗しいのお…こりゃ頭が引き取ったのも納得するわ」
─家に帰ると、玄関で仁王立ちしていたヤクザがいた。そう─私はヤクザの組と暮らしてるのだ。
何故なら、私が高校二年の春──当時彫り師をしていた姉と二人暮しをしていたのだが、姉が交通事故で亡くなったのだ。父は私達を養う為に、そして母が浮気で残した借金を支払う為に無理をし続け、鎖で首を吊って、自殺してしまった。だから姉は生前、私の鎖骨に鎖の刺青を掘ったのだ。
『お姉ちゃんやめて!痛…痛いっ!』
『もう少しで終わるから…ね?だから…』
「嬢…?」
「あ、ごめん。着替えてくるね」
─昔の記憶を思い出してると、ヤクザに顔を覗かれたので我に返り、自室に向かった。
─この鎖の刺青は"束縛"ではなく、"繋がり"なんだと今は思えるのだから。
「ほら、今日はワカメと茄子の味噌汁に、キムチ鍋だ。いっぱい食べ」
「なんか頭…お母さんみたい…ふふっ!」
「おうおう…なんか嬢…今日ご機嫌だが、何かあったのか?」
─部屋着に着替え、福吉さんとの約束、そしてある"覚悟"を決めていく。
─どんなに嫌われても、絶対に話さないといけないことだから。
「どおりでいつもより可愛いと思ったわ」
「さすが嬢…今日も麗しいぜ」
「えーとね…実はその……紹介したい人がいて…その、お付き合いしてる人なの」
─次第に夕食の時間になり、私は皆と一緒にご飯を食べてるわけだが、無意識に気分が上がってたのか、先ほどのヤクザが何かあったのかと聞いてきたので、私は実はお付き合いしてる人がいることと、今度彼に家に来てもらうことを話してみた。予想通りだった─皆唖然としていて、中には箸を折ったヤクザもいた。
「じ、嬢!お、お前…男いたのかよっ!」
「もしかして…危ない男じゃねぇだろうなぁ?」
「嬢に相応しい男は…儂らが…決めるのに…」
─この日の夕食はワカメと茄子の味噌汁にキムチ鍋だった。どう見てもヤクザの食卓とは思えないほど家庭的で、笑ってしまう─。でも私にとってのそれは─家族で食卓を囲んでるようで暖かくて好きだ。
「落ち着け。仁愛嬢はもう十九歳…つまり世間では大人の女性なんだ。好きな男と結ばれても全然おかしくねぇ…もう、儂らの時代は終わったんだ」
「頭……」
「まあ時代が時代だからな…こればかりは仕方ない……嬢、今度連れてこい」
「頭…ありがとう」
─当然皆驚いたが、頭だけは冷静だった。頭は私の頬に手を添えてら皆を黙らせた。確かに頭の言う通り、今の時代にヤクザなんていない───。それにここの活動方針も明らかに変わってるが、私には分からない。
─頭が福吉さんをここに連れてくることを許可をしてくれたことで、皆は仕方なく納得した。
「いやぁ…仁愛嬢にも恋人か…ぐすっ!」
「うえっ…か、頭…?」
「……………もし、このまま嬢の前に男が現れなかったら、儂がこのまま嫁にもらうところだった…幸せにしてもらえよ」
「うん…っ!」
「嬢に彼氏かぁ………三年前からうちで引き取って皆で可愛がった甲斐があった…のお」
――――――――――
「仁愛さん、こっちこっち」
「わぁ、福吉さんっ!」
「とりあえず乗って。早速だけど行こうか」
「うんっ!皆待ってるよ!福吉さんに会うの楽しみにしてるって…」
─そして、福吉さんとの約束の日がやってきた。その日の福吉さんは何処か雰囲気が違い、いつもに増して大人の男の雰囲気が出ていた。サラサラな銀髪は少し刈り上げられ、髭剃りもバッチリで、 白衣の代わりに身を包んだグレーのスーツは、彼の鋭い眼差しと静かな緊張感を引き立てていた。そして─いつもの眼鏡でもなく、サングラスだった。
「福吉さん」
「なあに?」
「なんか今日…雰囲気違いますね」
「…そりゃあ、恋人の家族に挨拶行くんだから。君の家族に、聞きたいこともあるんでね」
「聞きたいこと?」
「それは着いてからのお楽しみだ。道案内、よろしくね」
─私の道案内と共に運転を進める福吉さんは、出会った当初の頭によく似ていた。彼が緊張してると思い、わざとリップを塗り直した。それをチラッと見た福吉さんの頬に、口付けをした。
─リップの甘い香りと車内の静けさが、この雰囲気の甘さと背徳感を引き立たせる。
「はい…ねぇ、福吉さん」
「ん〜?」
「っ…ちゅ………」
「わっ…仁愛さん…ズルい……危な!ふぅ…」
「福吉さん緊張してるみたいだから」
「まあでも確かに緊張は解れたけど……今のは…仁愛さんかな…それとも藤…?」
「んもう。そうだ…あのね、今日可愛い下着も着てるんだから。でも…期待しないでね?」
「ぶふっ!」
「ちなみに今日のリップも…甘い香り付きのにしたの…」
─車の渋滞が和らいだと同時にキスをしたので、福吉さんは戸惑っていたが、緊張は解れたらしい。それに─仁愛と藤の人格についても理解があり、仕草や話し方によってどちらの人格かも、福吉さんは分かる。多分、今の私自身は─仁愛の人格で話してるのだろう。可愛い下着というあざとい言葉は、福吉さんにとってはパワーワードだったらしく、丁度口に含んでたコーヒーを吹き出しそうになった。
─が、言えることは一つ。福吉さんは、仁愛の私と、藤の私を両方好きでいてくれることだ。生野さんによってまた出会えたのだから、福吉さんに負けないように、彼を好きでいようとも思えた。そう、生野さんが繋げてくれたことによって出来た、恋人という関係─。
「わ!福吉さん!煽り運転…ヤバいっ!」
「危ないっ!」
─隣の車線から煽り運転の車が割り込んできたことにより、急に停止しなざるを得なく、福吉さんが腕を伸ばし、私を守ってくれた。よく見たら、細身にも関わらず、腕の筋肉は仁愛より一回りは太く、硬かった。そう─彼も男性だ。
─まだまだ二人きりのドライブは、まだ始まったばかりだった。福吉さんが音楽を流してくれたり、面白い話をしてくれたりしてくれ、短時間にも関わらず、とても楽しい道のりとなったのだ─。
─この人と生きていく覚悟を、今、胸の奥で確かめている。
……To be continued
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