狩り合い
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─西日本での旅を終え、私達はいつもの生活を取り戻そうとしていた。丁度この時期は夏休みが終わりつつもあった。大学の夏休みは二ヶ月弱と高校生の時よりも長い。
─だが、一ヶ月近く旅に充てたため、私達は休みつつ勉強をしていた。
「……すう………すう…」
「廉命さん…寝とる………よっぽど疲れとるんやなぁ」
「すう…すう…」
「………大型犬ってこんなに気持ちよさそうに寝るんやなぁ」
「とりあえずご飯作っとる間に起きればええけど……せや、前夜から鶏肉漬けとってん」
─私がアルバイトで、廉命さんが休みだった日。夜九時頃に帰宅すると、廉命さんが寝室のベッドで爆睡していた。そういえば最近課題が忙しく、私達は疲れていたのだ。
─こんなに疲れてたら、大型犬でもこんなに気持ち良さそうに眠るものなのだろうか。
─私は気にせず、キッチンに向かった。
「ニンニクと醤油、ごま油…唐揚げにでもしよかな…ついでに野菜スープと副菜も作ろか」
「廉命さん…喜ぶやろうなぁ…ふふっ」
「お肉に粉まぶして…熱々の油で揚げる!わっ、熱っ!にゃ……熱っ!」
「ん……如月さん」
「熱っ!た、確か二度揚げ必要やったよなぁ…串カツより熱いんちゃうか?」
─丁度前夜に鶏肉を漬けてたことを思い出し、冷蔵庫を覗くと案の定それがあった。
─小麦粉をまぶし、熱した油で揚げていく。そういや揚げ物料理を作るのはこれが初めてなので、美味くできると良いのだが────揚げ物は想像以上に難しかった。
─予想以上に飛び跳ねる油の熱さに驚き、少しパニックになっていた時に、廉命さんが起きて、キッチンに来た。
「如月さん…帰ってたんだ…ご飯ありがとう」
「廉命さん……疲れとるみたいやから、起こさんかったで…わ、熱っ!」
「火傷?もう、俺がやるから君は座ってなよ…お疲れなんだから」
「いや、廉命さんの方がお疲れなのにそれは嫌や。せや…せめて副菜でも……んにゃ?」
「女の子なんだから、跳ねた油で火傷の跡が残ったら俺が大変なんだから……」
「(………廉命さんって…こんなに背、高かったっけ?)」
─廉命さんは私の手首を掴み、背後に回した。自動的に彼の頭を見上げるのだが、改めて廉命さんの背の高さやガタイの良さに見惚れていた。
─こんなに大きい背中、広過ぎる肩幅、予想以上にゴツゴツして大きい手、脂肪を感じない後ろから見ても分かる引き締まった腹筋─それらが彼の男らしさを物語っていて、全身に遺されたケロイドが、彼らしさを引き立てていた。
─我に返り、副菜作りに取り組もうと冷蔵庫から野菜を取り出す。すると冷蔵庫には串に刺さったあるものがバッドに乗せられていた。それは─私が大好きな串カツだった。
─そういえば、西日本での旅を通じて彼との距離が縮まったようにも思えた。
「あ、如月さんの好きそうな串カツも内緒で仕込んでたんだ…チーズに餅、つくねや牛すじもあるよ」
「……何でや…?」
「だって…好きなものを食べて笑顔になる如月さんを、独り占めしたいから」
─私の好き嫌いを把握していて、エスコートまでしてくれるのだ。
─一緒に住み始めてから気付いたが、廉命さんは狼系男子というよりは、ツンデレな犬系男子であることに。こんなにガタイも顔立ちも良くて、周りからはクールかつ優秀でガタイ良過ぎなイケメンと言われてる彼だが、実は注射が嫌いなのだ。
「なぁ日出〜」
「?」
「最近どうなの?如月さんとの同棲」
「ど、だから…同棲じゃねぇよ…ま、耐えるのキツいだけだよ」
「絶対こいつ絶倫だろ!ずっと如月さんのこと見てるし…いやぁ大学中噂してたわ…あとこの前三年の人から告られてたし」
「っ!」
─ある日の大学。一限が終わり休み時間。俺はいつものようにゼミで仲良い同級生と絡んでいたが、その目の先には───ゼミの女子と話して笑う如月さんの姿が見えた。
─普段ならこんな笑顔は見せないのに、他の人に対してはこんな笑顔を見せるらしい。今まで夜海や希望さん達といたからそんなに気にしてはいなかったが、今となっては別だ。すると四年生であろう上級生が教室の入口に立ち、如月さんに話し掛けてきた。その光景を遠くから見て、俺の目はいつもと違った。
「あ、あの…君、一年の如月さん?」
「そうですけど…何か用ですか?」
「いやぁ君…入学式の時見たけど可愛いなぁって」
「おおきに。それだけ言いに来たんです?」
「おおっ!生粋の関西人じゃん…!じゃあ俺が着てるこのシャツは?ワイシャツだよ」
「何でやねん。カッターシャツ言います」
「そうだ。今度アック行かない?」
「ちゃいます…アクドです。来うへんです」
─多分というかほぼ確定で、無理やりにでも如月さんと関係を持ちたいと思う。そうなると俺の目は更に鋭くなり、歯を食いしばった。この前も四年の人に告白されていたことも知らなかった。確かに如月さんはモテる。ただでさえ可愛くて成績も良くて─関西弁で周りの男を魅了させてるのに、彼女はそれらに気付いてないのだ。
─そう。これは嫉妬─恋愛においての嫉妬だ。だから俺は牙を剥いた。大事な獲物を狩るために─。
「ぐるるるるるる………」
「日出、落ち着け!」
「(彼女には、指一本触れさせねぇ……!)」
─気付けば俺は席を勢い良く立ち、如月さんの元に駆けた。如月さんを後ろから抱き締め、勝ち誇った顔を四年生の上級生に見せつける。
「で……デカ…」
「すんません。彼女に近付かないで下さい」
「お、お前……誰だっ!」
「体育学部一年…日出廉命っす」
「退けよ…俺は如月さんに用事あるの」
「ふーん?ならこれでも見たらどうすか?」
─彼女の肩を抱いてた手で如月さんの服を前に少し引っ張る。それにより、首の付け根が露出されるが、赤い跡がついていた。
「クソっ!」
「俺は彼女の……です。なので、彼女に近付くのは今後一切やめてください」
─そう。如月さんが他の男に盗られないように、首の付け根に毎晩キスマークを付けていたのだ。俺だけが味わった彼女の味。これだけは独り占めしたかった。
─俺は何に腹を立ててるのか、自分でも分からなかった──ただ、彼女を奪われたくなかった。
「ってことがあってん…気付かんかったわ…」
「うちは気付いてたけど…逆になんで気付かなかったの?」
「せやなぁ……蚊に食われた思てコンシーラーで隠しとったからかな…にしても、付き合ってへん男女でキスマーク付けるん…ありなんか?」
「基本あれだけど…夢玖の場合はありでしょ」
「ほんま……?あ」
「「「夢玖ー!」」」
「ほな、私こっちやから。また明日な」
─授業が終わった放課後。私はゼミの女子と喋っていたが、途中で凪優や仁愛、夜海の姿が見えたので分かれて、彼女達の元に来た。
─彼女達は私の首筋を見るなり、何かを察したらしい。
「夢玖ちゃん…首に赤いの付いてるよ?」
「あ、ああ………そ、それは…その…」
「よく見たら歯の噛み跡まである……さては廉命さんでしょ?」
「……ふわあ…あ、如月さん」
─しかもよく見たら噛み跡もあるらしく、驚いた。ちょうどそこに廉命さんが通り掛かり、私達の雰囲気に彼は一瞬だけ硬直した。赤い跡を見た瞬間、顔を真っ赤にした。
「ねぇこれ…廉命君付けたの?」
「いや…?俺じゃねえよ…」
「廉命さん、犬歯がめちゃくちゃ尖ってるから、そうかなって思いました」
「はぁっ!これはその…寝ぼけてたんだよ。同じベッドだし、そりゃあ寝てる時に動くだろ」
「普通寝ぼけて好きな子の首の付け根とか噛む?そういえば去年の今頃に比べると、心の中で抑えてた恋心が爆発してるね」
「それうちも思った!いやぁ…廉命君、もう狼系男子は卒業ね」
─この後皆で昼休みに入り、解散した。この後の授業は体育で、バスケをしていた。俺がドリブルをしては周りは俺に執着するようにディフェンスしてくるが、脚に力を入れ、皆交わしてゴールにシュートを打ち、ボールがリングを潜り、床に落ちる。この瞬間、女子達の声が響き、日出君かっこいいとひたすら叫んでいた。それでも俺が満足するわけでもなかった。
─試合中でもふと気になり、視線を変えると、試合を見てる如月さんと目が合った。遠目から見ても分かる─この日の如月さんの髪型は違った。二つに分けた三つ編みだった。猫耳のような寝ぐせは変わってないが、緩く編まれた黒髪と、体を動かして火照った肌、そして─気持ちによって色が変わるオッドアイ─。
─一瞬で彼女の一つ一つに魅了されてしまったせいで、ボールが取られてしまった。
「もう…何しとんねん」
「いやぁ日出君こっちずっと見てたよねぇ!そりゃあこんなに可愛かったら見ない人いないし」
「うんうん!にしても日出君イケメンだよねぇ…背高いし、ガタイ良いし…」
「ま、待てや…皆して……廉命さんのこと好きなん?」
「違うよ。でも確かに日出君モテるからねぇ…この前この学部と社会学部、先輩で告白した人いるけど、全部断った。好きな人いるからって…ねぇ夢玖〜?」
「にゃ…照れさせんといてや……ホンマに恥ずかしい」
「え〜…実際夢玖はどうなの?」
─ひたすらバスケットボールをドリブルさせて走る廉命さんは、まるでこのコートを独占してるように、颯爽に駆けていた。例え沢山ディフェンスが来たとしてもするりと皆交わし、余裕でシュートを決める。それにより周りの女子達は大興奮して、日出君イケメン、とか日出君かっこいいとかキャーキャーと騒いでるのだ。でも私は、周りの女子からモテてる廉命さんが少し気に入らなかった。
─何故ならそれは─私も彼からの好意に気付いてはそれに応えようとしてるのに、彼は私からの彼への好意という、テレパシーには一切気付いてないからだ。だから前に進めないのだ。
─高身長かつ筋骨隆々で、ケロイドは目立つが顔立ちは整っており、大柄な体格の割には注射が嫌いで、何より私のことを大切に思ってくれてる。
「そりゃあ………一緒に住んどるし、好きやけど…」
「えっ!一緒に住んでるの?いつの間にか同棲してたなんて」
「声大きいで…なんなら同じベッドやし、なんかこう………私だけが見れる廉命さんがいるんよ」
「嘘っ!甘酸っぱいねぇ…両想いの男女が同じ部屋で同棲だなんて…」
「同棲ではないで…?二十歳になったら恋人同士になるし、婚約するって約束しとるねん」
「えー、なんで早く言わなかったのー」
「それ知ったら、私と廉命さんが大学に来づらくなるやんか…大事にはしたないし、周りから嫌がらせされるん嫌や」
「じゃあ…私、日出君に告白しちゃおうかな〜?」
「や、せんといてやっ!わ、私だけの…廉命さんやで?私が廉命さんの……お嫁さんになるんや」
─勢いの余りか、抑えられなくなったのか、言ってしまった。廉命さんと一緒に住んでること、そして、彼への思いを。隣で聞いてきた同級生は驚いていたが、私の視線は廉命さんに向けていた。
─相変わらずキャーキャーと女子の高い声を浴びながらバスケットボールと共にドリブルする廉命さんは、他の誰よりもかっこよかった。
─他の誰よりも魅力的で、周りの女子達からもモテるのに、私だけを想ってくれている。もし、廉命さんが私を狩るのなら、先に私が廉命さんの心を狩りたい。それは犬や猫における、狩猟本能というものだ。
「え?やっと廉命からの好意に気付いただと?」
「はい……」
「遅過ぎだろ…如月としては、どうしたいんだよ?」
「ええと…それは……ずっと、廉命さんと一緒にいたいです」
「……そっか。例の約束、あるんだろ?それまで、どう二人で支え合っていくか、だな」
─次の日のアルバイトも、廉命さんがお休みで、師茶鍋さんが休憩に行ってる時、生野さんに相談してみた。廉命さんからの好意に気付いた、そしてそれを一番近くで見てた彼に話してみた。
─流石に一年半ぐらい掛かり、遅すぎると呆れられたが─。彼なりの答えを聞いていると、ニコチンが足りないと言わんばかりな福吉さんが通り掛かってきた。
「お、生野…如月、お疲れ」
「お疲れ福吉さん…なぁ聞いてよ。如月、やっと廉命からの好意に気付いたってさ」
「やっとじゃん…よし、今度仁愛さんに相談だな」
「誰も仁愛ちゃんとは言ってないよ?」
「…っ!」
「てか、福さん今度仁愛ちゃんの家に挨拶行くんでしょ?俺心配だよ…煙草ない状態で仁愛ちゃんの両親と話せるのかが」
─生野さんが先程話してたことを彼にも話すが、やっとか─と呆れていた。が、それに対し福吉さんは仁愛に相談が必要と話してきた。しかし誰も仁愛のことは言ってないことを生野さんが話すと、ボンッと福吉さんの顔は赤くなった。
─そういえば今度、福吉さんは仁愛の家に挨拶に行くと行ってたような──しかし、何かの直感が頭をよぎり、福吉さんは突然仁愛の家庭環境について話し始めた。
「……俺思うんだけどさ…なんか、あの子の家庭環境、怪しいんだよね…」
「急にどうしたよ?」
「いや…あの子の鎖骨の刺青……確か亡くなった父と姉の形見らしいし……彼女の家に挨拶行くんだから、家族構成ぐらい知らないといけないだろ?でも…母親や親戚のことを聞いても答えてはくれないんだ」
「あー、確かに……てか、家族二人亡くしてるのは気の毒だな……当日になりゃ分かるってやつだよ」
「そうだな……スーツ着て…一応消臭しておかないと…煙草の匂いがあれだし……」
「そういや仁愛ちゃん、最近よう疲れた顔してますけどね…なんかその…笑顔に影がある気がして…」
─確かに、仁愛とも一年以上一緒にいるわけだが、彼女の家庭環境については私も全く知らないし、寧ろ過去に父と姉を亡くしてることは初耳だった。
─生野さんを通じて福吉さんと同じように、私も前に進まないとと思った。ちなみに翌日は私がアルバイト休みで廉命さんがアルバイトあったのだが───皆で福吉さんの車掃除に付き合わされることになったのだとか─。
─そして、仁愛と暮らすある家族が、生野さんの家庭環境に関係があったことを、私達はまだ知らずにいた。
……To be continued
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