湯上がりの夜
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─夜の九時。俺達は大宰府天満宮と博多駅を満喫し、別府温泉に戻ってきた。ここを予約してくれた院長に感謝がしたく、あまおうのお土産を買ってきた。
─その夜は皆でりゅうきゅうやとり天、だんご汁などを食べ、部屋に戻った。
「よし、私達は温泉に入ってくる。貸切にしてあるから、覗かれる被害もない…安心して浸かりなさい」
「うぐっ…!(舞姫の裸……っ!)」
「覗く前提みたいに言わないでよ……まあ私達も色々動いて疲れたし、入りましょう」
「うんっ!」
「せやなっ!」
─そして俺達は女湯と男湯で別れ、温泉へ足を踏み入れた。扉を開けると、硫黄の香りと湯気がふんわりと鼻をくすぐる。
─掛け湯をし、大浴場に浸かる。さすが日本三大温泉である別府温泉─。湯の温かさが体を伝う度、心も温まる。
「今でもありえん…こうして日出君とも裸の付き合いが出来るとは」
「院長……あれだけ甘いもの食ってるのに腹筋バキバキっすね」
「あぁ……娘達に「お父さんお腹出てるっ!」と言われてな……最近また鍛え始めたんだ。私もアラフィフだし健康に気遣わんとな」
─裸の付き合い。確かにこうして今、皆で同じ湯に浸かってるのも奇跡だと思いたい。
─それにしても院長は今年で四十六歳になるのに腹筋は割れていて、廉命も高身長で筋骨隆々だ。しかし二人に対して俺は─あまり筋肉がついていない。
─白血病により激しい運動を控えていて、筋トレも中々出来ずにいたため、最低限の筋肉しかついていない。
─男湯に三人、一方で向こうの女湯からは──とても楽しそうな声が聞こえていた。
─シャワーや桶の音が響く限り、舞姫達は洗いっこしてるようだった。
─桶の音と共に、何やら会話が聞こえてくる。
「へ〜…夢玖ちゃんも大き〜柔らか〜い」
「にゃ…あかん…んっ」
「そういう舞姫も大きいわよ〜?何カップなのよ?」
「最近までHカップだったんだけど…ブラがキツくなってて…測ったらIだった…」
「(……やめろやめろ…想像しちまうだろっ!)」
─それも何と、大人の話だった。男性なら反応せずにいられない内容で、思わず俺は鼻血を出してしまった。
「大丈夫か……背中流すから落ち着いてくれ」
「はい…」
「院長、俺露天風呂行ってきます」
「おう。私達も後で来る。滑らんようにな」
─院長に背中を流され、気持ちは落ち着いたので、露天風呂へ移動した。
「いやぁ…夜の露天風呂は格別だな」
「そう…っすね」
「日出君は今日如月君とどこに行ってたんだ?」
「キャナルシティと中洲っす」
「中洲は屋台が有名だからなぁ…本場の豚骨ラーメンはどうだ?」
「美味かったっす…でも意外に如月さん、福岡のうどんすげえ気に入ってました」
「柔らかくふわふわした麺、昆布やいりこ、魚介をベースにした汁が美味いからな……」
「あっ!梅ヶ枝餅と豚骨ラーメンに夢中で、博多うどん食うの忘れてた…」
─露天風呂に浸かり、今日の思い出を話す。
─露天風呂の湯気が夜空に溶け、満月の光が俺達を照らす。
「また明日も行けるじゃないか…ちなみに私は愛と明太子食いに行ったぞ。あとあまおうのパフェもな……外国人が愛に道訪ねてきたりもしたなぁ」
「福岡って…韓国人多いって…師茶鍋さんが言ってました……確かにあまおうは俺も食いたいっす」
「もつ鍋も食いたい……」
「明後日からまた講演が始まるんだ。ゆっくりと九州を巡ると良い」
─湯上がりに脱衣所で着替え、浴衣を羽織った。その歳に廉命が、犬のように頭をブルブルさせて水飛沫で浴衣が少しだけ濡れてしまった。
「牛乳買ってきた…私はコーヒー牛乳にする、希望君は牛乳、日出君は苺牛乳で良かったか?」
「あざっす」
「ありがとうございます……ぷはぁ…温泉といえばこれっすね」
「だな…湯けむり展望台から見える夜景も絶景だ。明日にでも見に行こう」
─髪を乾かし終え、部屋に戻った。
─すると、湯上がりの舞姫に愛さん、如月が既にいた。舞姫に目線をやると、目が合ったのか舞姫は目を逸らし、顔を赤く染めていた。
「あ……恥ずかしいからあまり見ないで…」
「そんな事ないぞ。すっぴんでも…舞姫は可愛いから」
「も、もう……褒めても何も出ないんだから」
─湯上がりで白い頬が赤く染められ、腰まで伸びてる栗色の髪も唇も艶を帯びて、更には浴衣姿が色っぽく可愛かった。破壊力というのはこの事であった。
─一緒に暮らし始めてから見てる姿なのに、温泉旅館のお陰か、この時の湯上がり姿は色っぽかった。すっぴんでもとても可愛かった。
「せっかく会えたんだし、久しぶりに二人で話してきなさいよ」
「愛さん…?」
「いいからっ!」
─愛さんに押され、俺達はバルコニーへと移動した。夜の旅館で、舞姫と二人きり─。
─浴衣の襟元から覗く肌が、湯上がりの月明かりに照らされていた。
─目を逸らすしかなかった──それだけで十分、彼女が俺の"恋人"だと分かる。
「……っ!」
「…希望君?」
「…舞姫。ふふっ」
─だが自然に、舞姫と隣同士になり、俺達はまた指を絡め合った。見つめ合うだけで、言葉以上の想いが伝わり、俺たちは沈黙の中で、ただ互いを感じる。手の温もり、吐息のリズム、心臓の鼓動。
─こうして舞姫の目に映る俺も、きっと同じように映っているのだろう。
「……ずっと会いたかった」
「俺もだよ」
─湯上がりで温められた体温の向こうで、唇を重ね合った。舞姫の白い肌や艶やかな髪に手を伸ばす。彼女からは向日葵のような、彼女にしかない香りがしていた。
「…部屋、戻るか」
「そうだね」
─部屋に戻ると、障子越しの明かりが優しく畳を照らしていた。それに愛さんや院長はいつの間にか酒を飲んでいて、酔ったのか眠っていて、如月と廉命も疲れたのか眠っていた。
─彼らに布団を被せ、二人だけの時間を再開させる。
─外からは温泉街のざわめきが遠く聞こえ、川のせせらぎと虫の声が混じり合っている。
─舞姫は俺の隣に腰を下ろし、浴衣の袖口を小さくつまんだ。
─まだ頬は湯上がりのまま赤く、髪からはかすかに湯気が立っている。
「……なんか、こういうの、夢みたいだね」
「そうだな。旅館の匂いとか、外の音とか、全部特別に感じる」
─テーブルの上には、買ってきたあまおうのお土産。
─舞姫はその苺をひとつ摘んで、俺の口元に差し出した。
「はい、あーん」
「……あーん。甘いな、これ」
「ふふっ、希望君の顔のほうが甘そう」
─二人で笑い合いながら、外の景色を眺める。
─指先が自然と触れ合い、またそっと絡まった。
─湯上がりの温かさがまだ残っていて、互いのぬくもりが心地よい。
「舞姫、こうやって旅をしてるとさ、もっと一緒にいろんな場所を見たいって思う」
「うん、私も。希望君となら、どこまでも行けそうな気がする」
─舞姫はそう言って、目を細めた。
─障子越しの月明かりが、その横顔を優しく照らしている。
「……この先も、ずっと一緒にいてくれる?」
「当たり前だろ。これからの未来、全部舞姫と一緒に作りたい」
「……それなら私…希望君といつか二人で、旅行に行きたい」
─その言葉に、舞姫は小さく頷き、安心したように笑った。
─その笑顔だけで、胸の奥が満たされていくのがわかった。
「……ありがと、希望君」
「こっちこそ、ありがとう」
─二人で肩を寄せ合い、障子越しの月を眺めた。
─夜の温泉街の音が、二人の時間を包み込むように流れていた──。
「………そういえば、夢玖ちゃんが福島に来るようになってからだよね。沢山人の繋がりを感じられるようになったのは」
「そうだな……最初は警戒して俺の腕引っ掻いたけど、なんか…俺らが見ないうちに、如月はどんどん成長したよな」
─久しぶりの二人きりで何を話せば良いか分からずにいたが、舞姫が察して話してくれた。
─話題は、如月が来てから、繋がりをより感じられたことだった。
「うん…希望君があの時、夢玖ちゃんを見つけていなかったら、お姉ちゃんは雷磨さんと結ばれてなかったし、凪優ちゃんにも友達は出来なかった…それに仁愛ちゃんや夜海ちゃんを想ってくれる人も現れなかった…」
「だな。それに、廉命が如月に恋しちまったからな……」
「これもどれも……希望君のお陰だよ」
─そういえば、如月が来てから俺の周りの繋がりがより深く、変化していた。
─如月が来たことにより、凪優に友達が出来て、仁愛や夜海を想う人も出来て、愛さんと雷磨は結ばれ、俺は舞姫と─より深い関係になれた。
─でも舞姫の考えは違った。
「俺のお陰……?」
「うん…だって…希望君がいなかったら私は多分、虐めが辛くて自殺してたと思う。それにね…お姉ちゃんに夢を与えてくれた…廉命君を救ってくれた……つまりね、希望君がいなかったら、それぞれが出会うこともなかったと…私は思うの」
「それぞれ……」
─何と舞姫は、俺がいなかったらそれぞれが出会うこともなかったと話したのだ。
─その瞬間に、俺の生きる理由を思い出せられた。
─俺の生きる希望が、関西、四国─そして九州に響く─。
─障子の向こうに、別府の夜風がそっと吹き込んだ。
─満月が湯けむりの上で揺れ、俺達を照らしている。
─心の奥で、何かが静かに灯った気もした。
─こうして九州での旅が──本当の意味で始まった。
……To be continued
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