二人きり
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─朝日が射し、カーテンを捲ると、爽快に晴れていた。実は昨日、広島から博多に移動する予定ではあったが、台風の影響により、急遽山口県で一泊することになったのだ。
─少し曇ってるようだが、雨は止んだようで、台風は去ったらしい。
「すう……すう……」
「廉命…起きろ」
「……ふ、ふわぁ…希望さんおはよう」
「おはよ……如月もおはよう。今日は博多まで移動して別府温泉に何泊かするからな」
「はい」
「うす……腹減った……昨日の河豚鍋美味かったなぁ…」
─顔を洗うと、廉命はまだ寝ていて、如月は化粧をしていた。無理やり廉命を起こすが、空腹でやっと目覚めたらしい。昨日の河豚鍋を一人で十杯平らげて店主に怒られていたのに、こいつは全然足りないらしい。
─何とか朝の支度を終え、荷物を纏めて、朝食を食べるためにロビーに向かうと、すぐ舞姫に目が入ってしまった。少し眠そうな表情だったが、目が合った瞬間に笑顔になった。
「舞姫っ!」
「希望君っ!」
─無意識に駆け寄り、俺達は抱き締め合った。
─久しぶりの再会、重なる体温、触れる手の感触が心臓を早鐘のように鳴らす。
「元気してたか?」
「うん……寂しかったよ……でも会えて嬉しい」
「舞姫……俺も寂しかったよ」
─小さく囁く声が耳に響き、胸をぎゅっと締め付けられた。
「希望君、元気にしてたか」
「院長…久しぶりっす。お土産!めちゃくちゃ用意しました」
「ありがとう。どれ、とりあえず朝飯にしよう」
「夢玖ちゃん元気だった〜?」
「もう元気やで〜?愛先生相変わらず可愛ええにゃあ〜」
「久しぶりっす」
「廉命君…何か……ガタイ良くなってない?」
「気のせいっすよ」
「あ〜…廉命…こいつ昨日河豚鍋十杯食って、店主にブチ切れされてたんすよ…」
─この余韻に浸りたかったものの、院長や愛さんも姿を見せてきた。確かに舞姫一人で来るには違和感があったが、二人もいたお陰でここに来た理由も納得出来た。
─俺達は朝食バイキングで食べたいものを取り、席に着いた。
「どうだ?西日本の旅は」
「いやぁ…どれも印象強いです」
「そうか……まあ元気で何よりだ。あれから体調悪くなったりはしてないか?薬は飲んでるか?」
「はい。なるべく柑橘系や塩分多めのやつは控えてます」
「なら良い。九州での講演会もあると聞いてたから、別府温泉を貸し切って予約したんだ」
─理由を聞くと、院長は九州での出張として来ており、舞姫と愛さんはその付き添いだった。
─どうやら院長は東北だけでなく、他の地方まで引っ張りだこで、医療チームの応援として出張することもあるのだとか。
「お父さん、朝からフルーツばかりじゃ駄目!」
「なんだ…最近シワが気になるからだ……私ももうアラフィフだからな」
「もう…!ヨーグルトにグラノーラ、あとパンケーキ!」
「舞姫…何かお母さんみたい……ふふっ」
「もう…希望君恥ずかしいよ…」
─久しぶりに見たこの光景。それには俺が見てきた日常だった。
─大の甘党で偏食が凄まじい院長。院長を心配してお世話する舞姫。食べ物を見ては留学先の思い出を話す愛さん。しかし彼らは─笑顔が共通点だった。
「懐かしい〜!留学先でパンケーキにベーコン、ポテトが朝ご飯だったの…!」
「へぇ…大阪のアメリカ村も負けてへんで!」
─嗚呼。これが俺の愛する日常─そして舞姫、なんだと思った。
─ホテルの朝食を食べ終え、荷物整理してホテルを後にし、新幹線に乗った。
─新幹線で一息つくと、院長がこれからの予定について話してきた。
「実はな…私の出張と君達の旅が被ってるんだ。だから……数日ではあるが、宿と飯を共にしてくれないか?」
─どうやら院長の出張と、俺達の旅が被ってるらしい。そして彼に頼まれた──別府温泉で皆で泊まって欲しいことを──。
─勿論俺は承諾した。
「……も、勿論っす。如月も廉命も、良いだろ?」
「当たり前でしょ……」
「勿論やでっ!」
「ありがとう……基本別行動にはなるが、別府温泉で集合して、飯や夜を共にしよう」
「はい」
─隣には舞姫が座っていて、俺達は手を握っていた。小倉に着き、特急に乗り換え別府温泉に向かった。
「舞姫…見て」
─別府温泉に到着した。この時点での時刻は大体十一時半になっていた。昼食もまだだったこともあり、俺達は院長の案内で地獄蒸しを食べることになった。
「地獄蒸しは夕方には店が閉まってしまうからな」
「地獄蒸しって…?」
「別府温泉の蒸気を利用して、食材を蒸す料理のことよ。とても美味しいんだから!」
「豊後牛……ジュるっ」
─店前に着いた。如月や廉命は地獄蒸しについてあまり知らないでいたが、愛さんの説明により、理解したようだった。
─メニュー表に書いてる、豊後牛という文字を見ては涎を垂らす廉命。メニュー表を見てはどれにしようか迷う如月。二人のその顔は、まるで俺が初めて別府に来た時の顔そのものだった。
「希望君。これなら希望君でも食べれそうだから、少し分けるね」
「ありがとう。どうせなら舞姫、食べさせてよ」
「えー…恥ずかしい……」
─昔と変わらない温泉街の風景。
─赤い欄干の橋、川沿いの小道、温泉宿の立ち並ぶ街並み。どこか懐かしく、温かい。
─そして、舞姫といるこの瞬間も、暖かい。
「うわぁ…熱っ!」
「ははは…そうだろう。別府駅前には温泉が出てただろう?」
「確かにおっさんの銅像ありましたよね」
「これが地獄蒸し……院長、凄いところで生まれ育ったんですね」
─久しぶりに見たこの光景。俺がずっと求めてたのはそれだった。舞姫の中学のバスケ部引退記念に院長、愛さん、舞姫、俺という四人で九州に来たこと─そして今は、如月も廉命も一緒なこと─。
─今この瞬間に思った。生きてて良かった─。廉命に命を繋いでもらって良かった、と。
「希望君、あーん」
「あー…ん。めちゃくちゃ美味い!舞姫、あーん」
「ん……美味しい〜!肥後茄子に博多茄子…やっぱり美味しい!希望君といるからより美味し〜!」
─俺と舞姫の左手の薬指にはめられた指輪が、出会ってからの記憶を思い出させてくれた。隣同士に座って食べさせ合う時間は─とても掛け替えのないものだった。
「如月さん……その……豊後牛……あー」
「ええと……んっ!んみゃ〜!」
「(希望さんに便乗したけど……恥ずいっ!)」
「(待てや…うちまた関節キスしたん!うぅ…廉命さん、狡い……っ!)」
「あ、あーん……べ、別に食べさせたいとかや……ないからなっ!多かっただけやねん!」
─どうやら俺が見ないうちに、如月と廉命の関係も進展していた。俺達は地獄蒸しを堪能し、店を出た。
「地獄蒸し美味しかった〜!」
「だな…舞姫とこうして一緒にいられるのが嬉しいよ…俺は」
「私も…お父さん、この後別府温泉戻るの?」
「いや、戻らない。旅館にチェックインしたら自由行動にしないか?」
─旅館に荷物を置き、チェックインを済ませると、院長は行った。自由行動にしないかと─。
「私はお父さんと天神に行くわ…廉命君は夢玖ちゃんと遊んできなさい。舞姫は…」
「私達も博多に行く予定」
「そう。それじゃ、後でLINEで門限教えるから、皆…また後でね」
─門限は後ほど知らされるような形で、俺達は一度解散した。別府駅に行き、まずは大宰府天満宮に向かうのだ。電車でも手を繋ぎあった。
「希望君、着いたよ!大宰府天満宮!」
「そうだな」
─笑顔が見えるだけで、心が落ち着く。
─今日からの九州旅、ただの出張ではなく、舞姫と過ごす特別な時間になることを、改めて感じた。
――――――――――
─電車を降りると、空気が変わった。
─大宰府天満宮の参道は、古い石畳と土産物屋の並ぶ道。梅ヶ枝餅の香ばしい匂いが、ふわりと漂ってくる。
「希望君、ほら、梅ヶ枝餅!」
「懐かしいな……舞姫、あの時もここで食べたよな」
「うん、あの時は受験前で、希望君が緊張してて……私が笑わせようとしたの覚えてる?」
「覚えてるよ。あの時、舞姫がいてくれたから頑張れたんだ」
─参道を歩きながら、舞姫がふと立ち止まる。
─手水舎の水で手を清める仕草が、ゆっくりしていて綺麗だった。
「……お願い事、何にしようかな」
「俺は舞姫の健康と、俺たちの未来がずっと続くこと」
「……希望君、ずるいな。私も同じこと考えてたのに」
─小さな笑顔と一緒に、手を合わせる。
─鈴の音が鳴り、二人の願いが混ざって空に吸い込まれていく。
─お参りの後、参道でお土産を買った。
─夢玖ちゃんには博多明太子、夜海ちゃんには大宰府限定のお菓子、仁愛ちゃんには地酒、凪優ちゃんや空亜ちゃんにはめんべい。
─舞姫が隣で小さくメモを取りながら、あれこれ悩んでいる姿を見ると、それすら愛おしい。
「希望君、こっちの方が夜海ちゃん喜ぶかな?」
「うん、絶対喜ぶよ。舞姫が選んだんだから」
─夕方、博多駅に戻ってきた頃には空が茜色に染まっていた。
─屋台が並び始める川沿いの道を歩く。提灯に灯りがつき始め、街全体が一気に夜の顔に変わっていく。
「希望君、あそこ見て。屋台に"地鶏の炭火焼"って書いてある」
「うわ、絶対うまいじゃん。行こう」
「ねぇ、こっちは“豚骨ラーメン”……どうしよう、食べきれないかも」
「じゃあ半分こしようか。舞姫と一緒なら、何でも美味しく食べられるし」
カウンターで並んで座り、湯気の立つラーメンをすすった。
─舞姫が髪を耳にかけ、顔を近づけて笑う。
─その笑顔が、福岡の夜景よりも眩しかった。
「希望君、ここのラーメン、すごく濃厚だね」
「舞姫の方が濃厚だよ」
「もう……そういうこと急に言うの反則」
─彼女は笑いながら小さく肘で突いてきたが、その目はどこか嬉しそうだった。
─食べ歩きを終え、川沿いの道を二人で歩く。
─夜風が頬を撫で、遠くにライトアップされた橋が光っている。
「希望君、こうして歩くの、久しぶりだね」
「うん……舞姫と歩く夜道は、どこでも特別になる」
─そう言って、そっと舞姫の手を握った。
─彼女の指が少し震えていた。
─それでも、離そうとはしなかった。
「……私ね、希望君に会えない間、何度も不安になってた」
「俺もだよ。でも、こうしてまた会えた。俺たちの未来は、ちゃんとここにある」
─指輪が街灯に反射し、小さく光った。
─その光が、彼女の瞳の中にも宿っていた。
「希望君……ありがとう。私、頑張れるよ」
「俺の方こそ、舞姫がいるから頑張れる」
─二人で足を止め、見上げた空は、福岡の夜空だった。
─けれどその瞬間、僕には世界で一番の景色に見えた。
……To be continued
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