震災
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「うぉぉ、メリケンパークでけぇっ! なぁ、あそこのスタバで一休みしようぜ! 神戸港の海を眺めながら飲む飲み物は最高だろ!」
「ちょ、ちょっと……もう」
「ほら如月さんも、入るよ」
─京都を巡った俺たちは、神戸へと足を伸ばした。
─メリケンパークに並ぶ大きなアルファベットのモニュメントと、すぐ向こうに広がる青い海。その光景に廉命と俺は思わず声を上げた。海風が肌を撫で、港町の匂いが胸の奥をくすぐる。
─ポートタワー、ハーバーランド──観光を楽しみ、やがて近くのカフェに立ち寄った。店のガラス越しに、穏やかな波がきらめいている。俺はいつものように生クリーム抜きのフラペチーノを、廉命はベリー系のドリンクを、如月は抹茶フラペチーノにキャラメルソースを少しかけていた。
「ソーセージパイ……確かに美味いよな」
「まぁね。ちなみに俺はここではいつもベリー系頼んでる」
「ほんまベリー系好きやなぁ……うちは抹茶派やけど」
─軽い談笑のあと、如月がふと海の方を見つめた。
「……あれから三十年か。早いな」
「三十年? 何の話だ?」
「神戸に来たら思い出してん。あの震災から、もうそんなに経ったんやなって。あいりん地区におった頃、おじちゃんがよう話してくれたんよ」
─その声には、静かな祈りのような響きがあった。阪神・淡路大震災。彼女が生まれる前の出来事だが、語り継がれる記憶は確かにそこにあった。
─廉命が、ゆっくりと頷く。
「俺らも……震災、経験してるもんな」
「うん。俺らが小学生の頃、東日本大震災があった」
─俺の脳裏に、霞んだ記憶が蘇る。
──病院の廊下が軋み、地鳴りが響く。
──誰かが叫んでいた。「娘たちは大丈夫だろうか」と。
──院長が俺を背負い、瓦礫を踏みしめて駆けていた。
──外は、世界が割れたような音だった。
─倒壊、停電、津波。幸い寿賀河市に津波は来なかったが、それらの規模は思った以上に大きかった。
─幼い俺はただ震え、何もできずにいた。
─けれど、あの時。血を流す舞姫と愛さんを救い出した院長の姿が、今も焼きついている。
───そうか。舞姫と初めて出会ったのは中学じゃなかった。震災のときだ。忘れていた記憶が、今になって静かに戻ってきた。
「生野さん?」
如月の声に、はっと我に返る。
「……悪い。少し思い出してた。舞姫のことを」
「当時は、舞姫さんも小学生やったんやね」
「……あぁ。震災で出会ってたんだ。すっかり忘れてたよ。ありがとな、如月」
─如月は少し戸惑いながらも、優しく微笑んだ。
「今も震災で亡くなった人のお墓参りをしとる人、多いしな……あ、そうや。明日のドナー講演会で、その話もしてみたらええんちゃう?」
「ドナーと震災……?」
「命が、共通点や」
─その言葉に、廉命も頷いた。
「俺も賛成だ。命は、繋ぐものだしな」
─窓の外、海の色が少しずつ夕陽に染まり始めていた。
─神戸の街が静かに息づくその光景の中で、俺の胸にもまた、一つの意図──"生きる意味"が芽吹いていた。
─翌日。淡い照明が差し込むホールに、俺の声が静かに響いていた。
「……一九九五年。僕が生まれる六年前、神戸を中心に阪神・淡路大震災が起きました。今日ここにいる方の中にも、あの震災で大切な人を失った方がいるかもしれません」
─観客席に広がる静寂。
─その中で、俺は一度息を吸い込み、言葉を続けた。
「僕とこの彼──廉命は、東日本大震災の被災者です。福島の出身で、原発事故による風評被害も経験しました。あの日、地球の地軸が傾いたように、俺たちの心も大きく揺れました」
─講演台の上で、掌が少し汗ばむ。
─震災の光景はもう霞んでいるのに、思い出すたび胸の奥が痛んだ。
「……命は、数字じゃありません。失われたひとつの鼓動の裏には、誰かの愛や夢があった。ドナーになる人も、津波に呑まれる人も、みんな"生きたい"と願っていたはずです。だからこそ、命は──何よりも大切です」
─会場に深い静けさが訪れる。
─それは祈りのようで、涙のようで。
─拍手が波のように押し寄せた瞬間、視界が一気に白く霞んだ。
──そして、意識が途切れた。
「希望さんっ!」
「生野さん!」
─最後に見えたのは、駆け寄る如月と廉命の顔だった。
──次に目を覚ました時、俺は見知らぬ街のベンチに寝かされていた。
─陽の光と、鳩の羽音。周囲には香ばしい匂いと、賑やかな人の声が満ちている。
「……鳩? うわっ、囲まれてる……」
─混乱する俺の前に、如月と廉命が両手いっぱいに食べ物を抱えて現れた。
「やっと起きたんか。あれからずっと寝とったんやで」
「……てかここ、どこ?」
「南京町。神戸の中華街や」
「南京町……てか、如月…その格好何?」
─振り返った瞬間、言葉を失った。
─如月が──チャイナドレスを着ていた。
─深みのあるオレンジ色の生地が、彼女の白い肌と長い睫毛を引き立てている。
─動くたびに光が揺れて、まるで別世界の人のようだった。
「な、なんか……スカート短くないか? 化粧も髪も……」
「神戸牛コロッケ買おうとしたら、通りすがりの人に"似合うから!"って無理やり連れていかれてん」
「……似合ってる」
─思わず口をついて出たその一言に、如月は頬を染め、目を逸らした。照れてるのか、如月は俺に何かを被せてきた。
「そ、そんなこと言われたら……余計に恥ずかしいやん……生野さんの阿呆っ!」
「感想だよ……てか何このパンダの被り物…」
「廉命さんの分もあるで。神戸牛コロッケ買う途中で見つけてん」
─廉命はというと、目を輝かせて尻尾を振りそうな勢いで如月を見つめていた。
「は、花嫁姿みたいで……そ、その……」
「お前、尻尾取れるぞ」
「取れねぇよ!」
─笑い声が弾ける中、如月がコロッケを差し出した。
「熱っ……っ!」
「ふふ、本場の神戸牛はどうや?」
「美味い……けど熱い!」
─油断した瞬間、舌を火傷するほどの熱さに思わず顔をしかめる。
─その笑顔に、ようやく本来の神戸の陽気さが戻った気がした。
─南京町の喧騒の中、俺はふと空を見上げた。
――生きるって、こういう瞬間のことなんだろう。
─講演の壇上で語った"命の尊さ"は、今こうして笑っている時間の中にあった。
─院長に舞姫、愛さん、如月、廉命──そして自分。
─誰もが誰かの"希望"であり、支えであるのだと、ようやく心から思えた。
「ふふっ……あとは広島と四国、九州、北海道やな。きいばって、笑顔で帰ろか」
「おう」
「今日の講演、最高やったで。色んな人が"生きる"ことを見つめ直しとった。生野さん、ほんまにおおきに」
「俺の方こそ……ありがとう」
─新幹線の窓に映る夕陽が、神戸の街を金色に染めていた。
─涙が一粒、頬を伝う。
─その温かさの中で、心の奥に確かに聞こえた気がした。
――「ありがとう」。
─それは、もう言葉ではなく、"意図"そのものだった。
─こうして俺たちは、次の地・広島へ向かった。
命の旅は、まだ続く。
……To be continued
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