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普通を失った俺が、世に希望を与えるまで。  作者: 速府左 めろ
<第二章>地を踏む一歩が、希望な意図となる。〜日本列島出張編〜
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藤の花言葉はね

この度は閲覧頂きましてありがとうございます!

─これは生野達が大阪へ旅立つ三日前の話。

─現在、店では店長である鳳斗の補佐役として、働いている。


「ふぅ………この煙草も飽きたなぁ…」

「あ、福吉さん……そろそろ朝礼始まるよ!」

「行くよ。あ、煙草消さないと」


─だが店は常に人手不足だった。辞めていった仲間たちの分まで、俺たちは朝礼から走り出す──。

─本来なら誰が休みか決まっているだろうが、加堂の暴力的な態度で人が次々辞め、今は十人弱で広い店を回している。

─今の加堂自体、その事に対し反省はしているが、暴力的な態度は変わっておらず、不器用に愛情表現を彼なりにしてると俺は見てる。

─煙草の吸殻を水に晒し、俺は喫煙室から出て、朝礼が始まった。


「出荷に客注を終わらせて……」

「あの福吉さん…いつも思うんですけど……」

「どうした?」

「煙草を吸い始めたきっかけって…何ですか?」

「あ、それ俺も気になってた!なんで煙草吸い始めたんだよ?」

「お前らガキが、知っていいことじゃないよ」

「え〜、俺達二十二とかだよ?福さんとそんな変わんねぇじゃんっ!」

「……そこまで言うなら……」


─バックヤードで作業をしていた時、雷磨と生野がある質問をしてきた。煙草を吸い始めたきっかけは何かと─。

─煙草は気分を落ち着かせるらしいが、俺にとっては────心を繋ぎ止める糸だった。


「それは…院長の影響で煙草を吸ってたつもりだけど、今は違うよ」

「嘘だろ…」

「そういえば、院長は……当時中学生だった愛さんと舞姫さんに『お父さん煙草臭いっ!』って言われて煙草を辞めたとか……」

「いつになったら煙草辞めるんだよ…福さん」

「…………いや、煙草は暫く吸い続けるよ」

「福吉さん来年で三十歳ですよね?その…結婚とか……」

「っ!」


─生野と雷磨は、俺に煙草を辞めるように言うが、俺は辞めるつもりはない。何歳になったら煙草を辞めるとか、何か目的を達成出来たら辞めるとか決めてるわけでもない─。つまり、今の俺には煙草を辞める理由などないのだ。

─それでも彼らは煙草を辞めるように言うが、そこで雷磨の言う一言が─脳裏に響いた。


「ふぅ………」

「あ、福吉さんいた!ぷかぷか煙草吸ってる場合じゃないよっ!眼鏡コーナーでお客さんヒステリックになっている!」


─昼休憩中、飯を食べ終わり、喫煙室で煙草を吸っていると勢いよく扉が開き、鳳斗が現れた。なんと今、眼鏡コーナーでヒステリックになってるお客さんがいるらしく、俺は煙草の火を消し、すぐに売り場に来た。


「ちょっと!あなた医師やめたのっ!」

「なんだよ…今更………」

「お母さんが亡くなって鬱になって医師辞めて…男として終わってるわっ!」

「……そんなこと言う為に来たのか……悪いけど、俺には好きな人もいるし、元上司の勧めでもう一度医師になろうとしてるところなんだ。帰ってくれ」

「何それ…アホくさ」


─なんと、それは俺が研修医時代付き合ってた元カノだった。そう、彼女は金目当てで俺と付き合ってはいたが、研修医の年収が思ってたより低く俺に別れを告げた。彼女が俺に本音をぶちまけると、俺は一人眼鏡コーナーで色々思うことがあった。


「…………はあ」

「…福吉さん、大丈夫?」

「鳳斗…俺は大丈夫。気にするな」

「へ〜?さっき好きな人いるって言ってなかった〜?ねー釜淵さん」

「だね……もしかして、刺青の子でしょ?」

「っ」


─確かに好きな人がいることは言った。そう─。華美な鎖骨に彫られた鎖の刺青と、年齢に見合わない美しい容姿を持つ彼女。それが松寺仁愛だ。あの子が、俺は彼女が好きで好きで堪らない。もちろん彼女との年齢差が十以上離れてるのも承知してる上でだ─。


「ふぅ………」

─そこで煙草の火が落ちた。あの頃を思い出したのだ。

──これは、五年前。鬱で部屋に籠ってた俺は─あの女性に救われた。


『…………もうダメだ…消え…たい』

『福吉さん!開けてよ、福吉さんっ!』

『……よせ。今日もメロンパン持ってきたんで……ドアノブに袋、掛けておきますね』


─当時の俺は、晴れて研修医になったと同時に─ずっと女手一つで俺と弟を育ててくれた母が亡くなったのだ。それと同時に、付き合ってた彼女にも振られた。理由は研修医の年収らしい。その事実が、俺の心にダブルパンチをし、俺は鬱病になってしまったのだ。


『……部屋、こんなに散らかってたっけ』

『……………』


─部屋に射す夕陽が眩しく、電話の着信音が止まるたび、世界から遠ざかってるようだった。

─この頃の俺は、部屋は足の踏み場がないほどに散らかり、ベッドだけで一日を完結する生活になっていた。でもある日──元上司である、煌星院長からもらった連絡がきっかけで、俺は救われた。


『………キャバクラ…?』

『そうだ。まあ私も女に捨てられたからな。気持ちは分かる……無理しなくてもいい』

『…行きます』

─院長の車に乗せられ、俺と院長は─冰山の、繁華街にあるキャバクラへと足を踏み入れたのだ。

『わ〜!煌星院長!』

『おう。久しぶり。彼に合いそうな子、頼むよ』

『分かりましたっ!そうそう、何か飲みます?』

『私は…マンゴーラッシーで。彼には……』

『……お客さん、来たんですか?』

『っ』


─そこには大人の世界が広がっていて、高価なドレスを身に纏った若い女性達が俺達を迎えてくれた。新しい光景により、俺は目のやり場に困っていたが、ある女性に視線は移った。


『あ、藤ちゃん……やっと接客終わったのね…この人、相手してくれる?』

『分かりました』

『君、見ない顔だな。藤というのか……』

『………』

『とりあえず、お話ししましょうか…』


─パッと見大学生といったところだろうか。歳に見合わない発育具合を、黒と蒼のドレスが引き立たせる。それに、他の誰よりも綺麗な顔立ちをしていて、黒髪も艶やかだった。気付けば、彼女のことしか頭になかったのだ。


『私、藤っていいます……大学生です』

『私は煌星。彼は元部下の福吉君だ……実は彼、鬱病になって部屋に篭ってたんだが、気分転換になると思って連れてきたんだ』

『そうだったんですね…失礼ですがお二人は独身なんですか?』

『私は独身で娘が二人いるんだが、彼は…最近彼女と別れたみたいなんだ。医師というだけで、金目当ての女だったらしい』

『……お医者さん…福吉さん……私で良ければ、何でも言って下さいね』


─その言葉が、俺を救ってくれた。あの後、俺達は連絡先を交換し、やり取りもした。電話だってした。気付けば部屋の掃除もし、彼女の蒼い瞳に惹かれ、眼に関する勉強もするようになった。そして─


『福吉さん、こんな高いお店に連れてくれて…ありがとうございます』

『別にいいんだ。それより……どうして俺にここまでしてくれるんだ?』

『え……っ?』

『すまない………ちょっと煙草吸ってくる』


─プライベートで会うようにもなった。藤はいつも、大学生とは思えない、美しい格好で俺を癒してくれた。相変わらず目のやり場には困るが、同じ空間にいるだけでも心が癒された。彼女と話してる時は─責任感とか何も考える必要が無いからだ。この時間が、とても楽しかった。でも───急に連絡が取れなくなり、彼女と会うこともなくなった。


『……福吉君、本当に良いのか?』

『はい。いつまでも院長に迷惑掛けるわけにもいかないので』

『…………そうか。君がそこまで言うのなら私は止めない』

『でも…もう一度医師を目指して、院長と働きたい気持ちはあります。医療のことは嫌いになれないし、たまに院長と酒飲みたいです』

『ありがとう。それなら、もし福吉君の気持ちが良くなったら、医師になる手伝いをする』


─気付けば鬱病は改善していて、また俺は働くことが出来た。医師としてではなく、スポーツ用具店の店員として─。病院自体は休職としているが、院長は俺のために籍を保ってくれてるらしい。スポーツ用具店で働くことで五年程が経過した。


『夢玖ちゃん、花火綺麗だねぇ…』

『うん……』

『ねぇ皆で何か買いに行かない?』

『うんっ!仁愛ケバブ食べた〜い!』

『(花火より…あの子の方がずっと綺麗なのに)』


─そしてある日、花火大会で彼女と初めて顔を合わせた。どうやら彼女は如月の友達で、一緒に来ることになったのだとか─。

─同じクラスで廉命のことも知っている影食夜海に───藤と似た美しい黒髪をしている、松寺仁愛だった。その白い肌も、蒼い瞳も、綺麗な顔立ちも──彼女のそれらが、藤のそれらに酷く似ていた。そして彼女の名は、松寺仁愛といった。


「わぁー花火!たーまやーっ!」

「ふふっ。ラムネ買ってきたよ!」

「ありがと〜!それにしても仁愛ちゃん一人で大丈夫だったの?ナンパされなかった?」

「やだなぁ…この刺青のお陰でナンパはされなかったです」

「へぇ。その刺青ってどうなってるの?」

「っ!」


─花火の光に映える彼女の姿が─藤に似ていた。浴衣を身に纏い、いつもと違う雰囲気は─女神とは違う、藤だった。藤の花柄の浴衣を羽織り、艶を帯びた黒髪を下ろした彼女の姿は─とても美しかった。

─煙草を吸いたいという欲と共に、彼女の浴衣姿にこっそり見惚れていた。もし藤と関係が続いてたら、今頃隣で花火を見ていたはず─と思っていた。


「……ふぅ……今日も疲れたな」

「…また煙草。早く禁煙しろよ」

「やだね。ふぅ」

「わっ!煙草臭………福吉さん、これいつもお世話になってるので」

「お、メロンパンか…ありがとう。確かこれ…藤も好きだったよなぁ……ふふっ」

「今日はずっと藤さんのことばかり考えてるよね…仁愛ちゃんのこと、好きじゃなかったの?」

「確かに仁愛さんの事は好きだ…でも藤は……俺の初恋の相手なんだよ」

「実はね…その初恋の相手が……後ろにいるよ?」


─八時間の労働の疲れを感じ、俺は車の近くで煙草を吸っていた。そこに現れた雷磨と生野は、ひたすら俺に禁煙しろというが、絶対禁煙したくない。

─多分、藤が俺の前から消えた寂しさを埋めてるからだろうか。煙を吐くと雷磨がメロンパンを渡してきた。そういえば、藤も─このメロンパンが好きだった。

─そう言葉を出すと、生野に後ろを向くように言われたので、暗闇の夜を振り返って見た。が、誰もいなく、彼の悪戯かと思って前を向いたら──本当にいた。ずっと俺が求めてた藤を。


「なんだ…誰もいないじゃないか……」


─振り返った瞬間、風が吹いた。煙が揺れ、月明かりに浮かぶ───。


「藤………本当に藤……?」

「うん………実は今日であなたに会えるのは最後なの……だから、ちょっとご飯行かない?」


─彼女は俺に駆け寄った。それと同時に藤の話の香りが漂い、少し色気を感じた。顔だけに視線を向けたい気持ちはあるが、会っていた頃より、彼女は少し大人びていていた。それが嬉しくも、切なかった。これは三十路を迎えようとしても、初めてを卒業してないからだろう。

─俺は彼女に手を引かれ、近くのファミレスへと移動をし、店内に入った。その日は平日で九時過ぎを差していたので、ほぼ客はいなかった。


「確か、福吉さんが休職して少し元気出た時によく来てたよね…確かにハンバーグステーキ人気だもんね」

「まあな。てか藤………急にいなくなって…どうしたんだ?」


─話したいことが沢山あり過ぎたせいか、まずはドリンクバーを二人分注文し、メロンソーダとエスプレッソをグラスに注ぎ、席に座った。

─どこから話せばいいか分からず、急にいなくなってどうしたのかと聞いてみた。暫く藤は俯いていたが、急に口角を上げ、艶々の黒髪を団子に結い上げたり少し服のボタンを外し、目付きを大人っぽくしたことにより、藤は─変身した。


─鼓動が、一瞬─音を失った。


「………えっ」

「はい…藤を演じてた時は、その…中学一年生でした」


─俺は言葉を失った。

─目の前の"藤"が、"仁愛"として微笑む。

─五年前のあの夜、俺を救った声が、確かにこの子のものだった──。

─なんと、藤と松寺仁愛は同一人物だということが判明した。二人の美しい蒼い瞳と艶々の黒髪。年齢に見合わない発育具合─そして仁愛にしかない鎖骨の刺青─。

─彼女の黒髪が揺れる度に、失った時間が息を吹き返すようだった。

─この事実を受け入れるのに、予想以上に時間が掛かった。


「……仁愛ね、あの頃は生きるのが怖くて。でも、誰かに必要とされる感覚が、あの場所にはあったの」

「藤…いや、仁愛さん………中学生の時からキャバ嬢って……」

「…実は仁愛……父子家庭で、この容姿で冰山駅を歩いていたら、あのキャバクラで働かされるようになったんです。丁度胸もDはあったし、よく歳上に間違われてたし……でも売上は全部私がナンバーワン。そして福吉さんにも出会えた」

「ちょっと待てよ……中学生でキャバ嬢をしていた理由は分かった。そしてずっと藤であることを隠してた理由も分かった。でもなんで…ピアスや刺青を…?」


─次第に彼女の家庭環境を聞くと、中学生でキャバ嬢をしては売上ナンバーワンを取り続けていたのも、全て納得は出来た。それに─刺青とピアスに手を出した理由が分からなかった。

─しかし仁愛は、手や声が震えてるにも関わらず、話を続けた。


「……実は高校三年生になる前に、父と姉を亡くしました」

「……………」

「………このピアスは姉の形見で…この刺青は父の遺した証なんです」

「……………」

「母が蒸発して残した借金を、父と姉が必死に働いて返してた…でも苦しそうだったから、仁愛に出来ることは無いかって、冰山でキャバ嬢として働いて、その後は風俗として働かされた…」

「………………」

「それで今は…あるヤクザに引き取られて、家族として暮らしてます……」

「……………」


─なんとそれらは亡くなった家族の形見だとか。見た目だけだと怖くて美しいのだが、彼女の中身を知った上で─言えることが一つあった。


「あ、今はその…大丈夫です。皆優しいですし、暴力とかもないし……何より仁愛に大事な人が出来たら応援するって言われたから…」

「…っ!」

「……でも、もう私は藤じゃないし、福吉さんが裏切るようなことを…」

「……藤じゃなくても、藤を演じなくても……俺はずっと前から君に救われてたんだな…多分、俺は君から教わったことがある。恋とか…その、独りじゃないってことを」


─藤を演じてない仁愛も─藤を演じてた仁愛も─好きだということを。顔を赤く染めながら言葉を出すと、彼女は小悪魔っぽく笑った。


「………ふふっ。福吉さん、変わってない」

「そういう藤…いや、仁愛さんも変わってないよ…少し体が成長しただけ……これセクハラだわ」

「………もう。藤じゃなくても…仁愛と…ずっと一緒にいてくれる?」

「そうじゃなかったら、俺はここまで回復してないよ………もう一度医師を目指す決意も出来た。今度は俺が君を幸せにする番だ」


─年齢に見合わない母性で俺を包み込んでくれる藤と────女子大生らしく大人っぽく美しい仁愛──彼女二人が同一人物なのは驚いた。あの日、煙の向こうに探していた"誰か"が、今こうして笑っている。

─その夜は笑い合い、色んな話をした。あの時のように、あそこ行きたいとか何を食べたいとか。


「……福吉さん…良かったな……」

「えぇ。禁煙すれば更に良かったんですけどね」

「失礼します。モンブランとチョコパフェの生クリーム抜きです」

「えと、俺ら頼んでませんが…」

「ふふっ。あの男性が頼んでましたよ?」

「まじか…」

「まあ、福吉さんに甘えて…頂きましょう」


─あの時の俺は、藤と─松寺仁愛と出会っていなかったら、もう一度立ち上がることは出来なかった。だが今は─生野がもう一度、彼女と会わせてくれたから、医師をもう一度目指す決意も出来た。俺は礼として、遠くの席に座ってる生野と雷磨にデザートを俺持ちで頼んだ。

─やっぱり、生きる希望は必ずあるのだと。デザートを頬張る仁愛の笑顔は、煙草の煙よりも確かに、俺の中の生きる理由を灯した。


─煙草の火が消える音と同時に、かつては"藤"を演じていた仁愛の笑い声が、夜に溶けた。

─そして、煙草の煙が、もう胸を焦がすことはなかった。





……To be continued

閲覧頂きありがとうございました!

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次回作もお楽しみに!では。

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