イケナイコト
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「ん……ふわぁ…」
「如月さん、起きて…朝だよ」
「嫌や…あと五分」
「はぁ………今朝はたこ焼き焼いたのに…」
「んむにゃっ!顔洗ってきますっ!」
─このある日常について。大学生活が始まってから、如月夢玖と同じ部屋で過ごすようになった。俺は間違いなく彼女に重い恋心を抱いているわけだが、彼女があまりにも恋を知らな過ぎて中々進展しないのだ。
─やっとの思いで可愛いと話してみたりはするが、猫のようにぷいっと顔を背けられるだけだった。
─そして今、彼女がオッドアイの瞳を開くと、また夢の世界に行こうとしていたので、止めた。如月さんの大好物を作ることで、それを嬉しそうに頬張る姿を満喫するのだ。たこ焼きを作ったと話すと、彼女はすぐにベッドから飛び降りて洗顔へと走った。
「スキンケアと歯磨き終わりました…ふふっ」
「もう…朝からたこ焼きって…まあ俺も食べたかったからね」
「………廉命さん、その量は?」
─ダイニングテーブルの中心にはホットプレート。しかもネギや揚げ玉、とにかく彼女が好みそうなたこ焼きの具もたんまり用意した。が、その量は異常とも言えた。
─たこ焼きの粉が二十五袋分もあったからだ。あとで知ったことだが、たこ焼きの粉は一袋で四十弱作れるらしい。たこだって、たまたま釣りに出掛けてた釜淵さんからもらったものでもある。彼のお陰もあり、俺は─ひたすらたこ焼きにオッドアイを輝かせる如月さんに満足していた。
「にゃあ〜!朝から粉もの…幸せ」
「ふふっ。それじゃ…関西人の作るたこ焼き、食べてみたい」
「もちろん…任しとき!全ての関西人はたこ焼き器持っとるの分かります?あと関東と関西でのたこ焼きも…違いあるみたいです」
「なんか想像つくな…でも…」
「これは揚げ玉と紅しょうがと…ネギっ!これにはチーズ入れよか〜」
「(たこ焼き作りを楽しむ如月さん………俺の嫁は今日も可愛い…)」
「ふふっ。廉命さん、あーん」
「(流石俺の嫁……いや、妻だ………しかも彼女から食べさせてくるなんて…)」
「どうです?美味しいです?」
「………めちゃくちゃ美味いよ。俺だけに作ってよ」
「えっと………」
「髪の毛逆立ってる…猫じゃないんだから、警戒しないの」
「ふーっ………えぇですよ」
─生まれも育ちも大阪である如月さんの、生粋の関西人が作るたこ焼きというのはどのように美味いのだろうか。世間では関東と関西による一般常識の大きな違いがあるのだ。まあ、そんなことは関係なく、愛しい女性が目の前にいるのだから、この目に焼き付けさせてもらおう。
「んにゃ〜!我ながら天才やなっ!これなら他のたこ焼きにも負けへんな」
「はふっ…!毎日食いたいくらいだよ。君はいい奥さんになるね」
「……」
「あぁ、ごめん……今日の大学は午後からだもんね。しかも今日オリエンテーションか…」
「……また学校で嫌な目に合わへんかな」
「大丈夫だって。俺がいるから」
─その日の大学は午後からで、内容は授業のオリエンテーションだ。体育の授業もあり、学科ごとに分かれているので、その流れを説明する行事が設けられているのだ。しかしこのオリエンテーションを機に、俺の如月さんに対するものは変わってしまった。
「じゃ、また後で!終わったら福島駅で待ち合わせね」
「あぁ。如月さん、行こうか」
「凪優ちゃんも、途中まで行こう」
「うん。夢玖、また後でね〜」
─福島駅で夜海達と合流し、俺達は教室へと向かった。そこには中高の部活の大会で優秀な成績を持つ人間、インターハイ出場経験を持つ人間、幼い頃からスポーツの経験を積み上げた人間─とにかく、スポーツに特化した人間が沢山いたのだ。その中でも、俺と如月さんはスポーツ化学科で、スポーツトレーナーやジムのインストラクター、体育教員を目指す者が集う学科だった。
─その教室に行き、俺達は適当な席に着いた。教室を見渡す限り、八割は男子、二割が女子という感じで、聖陵情報高校の工業科と同じ男女比率であった。
「見て見て廉命さんっ!今日コンビニでこの新作スイーツ発売らしいですっ!カシスとピスタチオ…廉命さん絶対好きやろと思て!」
「そうだね…カシスのスイーツって結構少ないから探すの大変だよ…よく見つけたね」
「ふふっ。あ、今日のオリエンテーション、少し走りますよね?」
「あれ?そう、だっけ?」
─隣で如月さんが携帯の画面を見せながら雑談をする。明るく話す彼女が可愛くて飽きないのだが─────
「なぁなぁ!オッドアイのあんた、名前何?」
「えっ……にゃ…何や?」
「うわぁめちゃくちゃ可愛いっ!美人」
「どこから来たの?もしかして東京?」
「ちゃうでっ!大阪や……あと私如月言います」
「マジでっ!何か面白いことしてよ」
「そういうの困るねん…関西人やからって…初対面でおもろいことしろとか……怖いわ」
「悪かったよ。連絡先交換でも…」
─俺という男がいるにも関わらず、他の学生は皆如月さんに話しかける。それが嫉妬なのか、彼女を守っているのか分からず、俺は彼らを睨んだ。
「おい…この子が困ってるだろ」
「あ?んだお前?」
「あっ?」
「ひぃっ!で、身長デケェ!」
「しかも肩幅俺らの二倍はあるぞ…」
「分かったら彼女に話し掛けるな…野郎共」
─気付けば彼女に悪い虫が付かないように、彼らを睨んでいた。我に返ると、如月さんは少し驚いた顔をしていた。
「廉命さん、お手」
「わんっ!その……ごめん」
「なんで謝る必要あります?悪いんはあん人たちやで?」
─この人を大事にしたいだけなのに、どうして俺は─と悩んでいると、オリエンテーションの時間になった。まずは体育の授業のオリエンテーションで、俺達は動きやすい服装に着替えた。
「やっぱりちょっと肩と胸キツいな」
「着替えの時、全身バキバキだったし、ケロイドもあってめちゃくちゃカッコいい体してたよなぁ」
「ん、まあな。でも、高身長も楽じゃねぇよ。服のサイズ選びに苦戦するぞ」
「広過ぎる肩幅、厚みのある胸板、何もしなくても盛り上がってる力こぶ……彼女になる人が羨ましい〜!」
「彼女、ねぇ……あ、如月さんなんかどう?めちゃくちゃ可愛いし、何よりも……」
「べ、別にあの子のことなんか……好きじゃ、ねぇし…」
「顔真っ赤!このこの〜」
「うるせっ!」
─ジャージに着替えただけなのに、体格の良さとケロイドで同級生から注目されるとは─。しかも男子学生皆はジャージに着替えた女子ではなく、如月さんだけを見ていた。
「……舞姫さんと愛先生のお下がり…ちょっとぶかぶかやなぁ。でもええ匂い」
「ジャージ姿可愛すぎっ!」
「脚綺麗だしポニーテール似合ってるし……日出が羨ましいよ」
「日出……そこ代われ」
「やだよ……」
─如月さんは周りの視線にすら気付かず、ひたすら俺や周りを見ていた。
「廉命さん、ジャージパツパツやね」
「如月さんこそブカブカじゃん…しかもポニーテール……危ないからやめなさい」
─白くて綺麗な四肢に、綺麗な項。綺麗なオッドアイを引き立たせる白い肌。ポニーテールに纏めたサラサラな黒髪。小柄なのに女性らしい体つき。それらが全部の男共の視線を釘付けにする。準備運動をし、軽く走ってる時だった。
─その日はオリエンテーションということもあり、校庭と体育館の中で行った。多くの学生は、部活動を終えた後に引退し、運動する機会が一気に減ったことにより、この走り込みでバテる学生も少なくはなかった。
「結構走ったよなぁ…はあっ」
「だなぁ…この後ドッヂボールやるらしいぞ」
「マジか……如月さん、大丈夫?」
「大丈夫……や、で…はあっ…はあっ」
「(……夜海、この姿をずっと見てたのか…)」
─そして───
「うぉっ!日出……お前、部活何やってたんだよ…!」
「……サッカー。でも高一で辞めた…ふんっ!」
「嘘だろ…サッカーやってた体じゃねぇっ!」
「廉命さん…店長に負けへんぐらい強い」
─ドッヂボール。しかも如月さんとはチームが違い、俺は周りの学生を当てることしか出来ずにいた。如月さんが避けまくったせいで、残りは─俺と如月さんだけになった。
「夢玖……」
「あわわわ……」
「(嘘だろ…どうすんだこの状況)」
「わ…れ、廉命……はん」
─幾ら好きな人でも敵のチームには変わりはない─が、これを機に彼女との関係が気まずくならないだろうか─。残り時間はあと一分を切っていた。それで俺は─
「おらっ!」
「にゃっ……!」
「素早い…猫かよっ!」
「ふふっ…にゃっ!」
「おい日出…早く当てろよっ!」
「(そんなの…無理に決まってるだろ)」
「くそっ!如月、これで終わりだぁっ!」
「ふにゃ……っ!」
─同じチームの外野が如月さんにボールを当てようと投げたが、俺は彼女を横抱きにして、それを防いだ。無意識だった─。タイマーが鳴り、引き分けとなった─のだが、我に返ると、如月さんを抱き締めてしまったことに気付き、赤面してしまった。
「………如月さん」
「ん〜?」
「その、急に抱き締めちゃって…ごめんね?嫌だった?」
「いや…嫌…ではなかったです」
「おおー二人ともおアツいねぇ」
「あ?別にそんなんじゃ」
「如月さん、どうだった?このムキムキマッチョの胸板は」
「………ふみふみしにくいくらい…硬かった…その、恥ずかしいこと…聞かんといて」
─他の男子も俺達をからかってくるが、如月さんも少し赤面していた、気がしたのだが、違った。
「あ、如月さん…暑かったから…顔赤い…とりあえず、養護室連れてくから、どう?歩ける?」
「はあっ…歩くん…厳しいかも……あかん…倒れてまう」
「そっか。ごめんね。最後の相手が俺で…養護室行くから、あと皆、俺達の出席お願い」
「分かった。日出…今日で卒業だな」
「どういうこと…?(俺はそんなつもりじゃ…っ!)」
─酸欠や久々の運動、熱中症により如月さんの頬は赤く、息苦しそうに見えた。次のオリエンテーションは座学の授業の為、俺達は同級生に出席を頼み、俺は如月さんを養護室に連れた。
「…先生いないのか……」
「廉命さん……お水…飲み、たい」
「ごめんな…少し待てる?」
「はい…」
─とりあえず如月さんをベッドに寝かせ、俺は近くの自販機で水を買い、如月さんに手渡した。
「飲めそう?」
「飲め…へん」
「なら…俺が飲ますから、君は楽してなよ」
「はい……んぐ…んぐっ」
─如月さんの後頭部を少し持ち上げ、ペットボトルの水を飲ませる。そういえば今日の如月さんは化粧をしている。熱中症のせいもあり、少し紅く塗られた唇が色っぽく、俺はいけない妄想をしてしまった。
─どうせなら、口移しで水を飲ませたかった─。
─この後、二人きりの養護室で休んだあと、俺達は戻り、授業に戻った。隣で汗を拭う如月さんを横から見て、大人になった彼女でずっと複雑なことを考えてしまう、一日だった。
─そして、この後、夜海に散々弄られるのであった─。
─希望さんによる、全国で行われる、ドナー講演会に付き添いで行くことになった俺と如月さんには、今後もたまにいけないことを考えてしまうのだろうか─。
……To be continued
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