巻き巻き
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「ここは確か………これかな。血液凝固に関するものは……」
「…………」
「………夢玖ちゃん?どうしたの?」
「……いや…アルバム見てました」
「アルバム…?あ、これ私と希望君が二十歳の時の写真じゃない…しかも成人式の……懐かしいなぁ…」
「舞姫さん………目立つほど綺麗……女神様や……母性も増しとる…」
「母性?いや…多分、普段と違うお化粧したからかな……夢玖ちゃんも二十歳になったら振袖着るんだよ」
─ある日、家で看護師の国試対策に集中していた時に、夢玖ちゃんがアルバムを見ていることに気付いた。
─それほど希望君が心配だろうが、それは私も同じ─いや、それ以上に彼が大事だ。何故なら彼は今、無菌室に入れられていて、私は看護師の国試を控えている為に、ここ一ヶ月は会っていないのだから。
「へ〜……高校生の舞姫さん…美人や…でもぺったんこ……そして今は…たわわ…」
「むー…見ないの。それにしても懐かしいね…」
「あの…舞姫さんはなんで看護師に?」
「そりゃあ希望君のためだよ。まあお父さんの影響っていうのもあるけどね」
─猫を撫でるように、彼女の頭を撫でる。その触り心地は─出会った当初とはまた違う手触りで、とても女性らしい香りが漂っていた。そりゃそうだろう。初めて出会った時の彼女は───私達に強く警戒していて、身なりからして─風呂も数日は入っていないかも分かるくらいだった。簡単に言うと─野良猫である。一緒に湯船に浸かったあの日──こんなことを話していた。
『……どこから来たの?』
『…ふーっ!』
『あ、こらっ!悪い人じゃないし、あなたに酷いことはしない…だから、安心して……』
『………』
『高校生にしては発育の過不足……でも瞳は凄い綺麗……可愛いーっ!』
『にゃ……触らんでっ!』
─どこから来たとか、好きな食べ物はなにかとか。何を思ったのか、私は彼女に興味を持った。
そして──
『………これくらいの歳なら…こんなにボインになるんか…にゃ…?』
『ん〜?あ、そうそう。私も高校三年の時に胸が急成長してね、殆どのバイトの制服、胸がキツくて中々バイト出来なかったの』
『………メロンみたい…』
『ふふっ。いずれはあなたもこんな風に育つよ』
─湯船に浮かぶ、私の胸が気になり、当時の彼女は自身の発育具合に目を向けたが、とにかく心配ないと勇気つけた。今では私や姉よりは明らかに胸は小さいが、年相応どころか身長に見合わないくらい豊満になり、全体的に綺麗になった。
「……ふふっ。可愛い」
「にゃ……急に何ですか……」
「猫ちゃんみたいだなって……」
「………舞姫さんは、なんでそんなに生野さんのことが好きなんですか?」
「えっ」
─突然の質問に言葉が詰まった。内容は、どうして私が生野希望を好きなのか─を。好きに理由はないと思うのは、私だけなのだろうか──いや、違う。これまで仁愛ちゃんや夜海ちゃん、姉や父にも彼を好きな理由について優しいや可愛いだの言っていたが、本当は違うのだ。
「…………私ね、実は希望君と出会う前…生きるのが辛くて、死のうとしてた時期があったの」
「…そう、なんや……ほんまはまだ怖いんですね」
「うん。あれは確か、中学に入りたての頃だったかな……クラスの女子グループに虐められてたの。自分で言うのもだけど、勉強も運動も出来てた方だから……嫉妬で、下駄箱の靴に蛙入れられたり、バスケシューズズタズタにされたり、お父さんのこと馬鹿にしたり…本当に辛かった」
「………舞姫さん」
「でもね……ある日、お姉ちゃんと一緒に、お父さんにお弁当届けに行った時に、病室に希望君がいたの」
「……病院での出会い……ほんまドラマチック」
「うん…私は希望君に一目惚れしたけど、あの子は最初…私と目すら合わせてくれなかった……でも次第に色々話せるようになって、今はこうして恋人同士でいられる……希望君以外の人に話を聞いてもらうのと、希望君に話を聞いてもらうと違うんだよね」
─そう。私が生野希望を一番に愛してる理由はただ一つ─。彼は私の"生きる希望"になったからだ。
─当時中学生だった私は、陰湿な虐めを受け、消えようとしていた時期があった。医師をしてる父、女子バスケ部の主将兼生徒会長をしてた姉の家族である私が気に入らなく、周りの人間は私の心を殺してきた。
『…………酷い』
『はぁ…姉ちゃんは美人で優秀なのに、なんで煌星はダメなんだ?』
『……』
『姉ちゃんが可哀想だと思わねぇの?成績も運動神経も悪い。おまけにブスだし』
『しかも父ちゃんも病院の理事長でさ……お前は姉ちゃんの欠陥品なのに、金持ちなのまじムカつく』
『………っ!』
「まあ…嫉妬だよね。あの時は本当に辛かった」
─あれは希望君と出会う前の、中学二年生の夏。心無い言葉を浴びせられる毎日に、私は疲れ切っていた─なんなら、生きることにも疲れていた。
─学校で毎日、机に誹謗中傷な落書きをされ、姉や父と比較しては心無い言葉を浴びせられる毎日だった。担任に相談したこともあったが、ほぼ口を聞いてくれず、姉や父に相談することも出来なかった。
『……もう、やだ』
『…舞姫』
『…………お姉ちゃん』
『お父さんに、お弁当届けに行くわよ。今日は大事な手術があるとか言って忘れていったわね』
『………うん』
「…舞姫さん。よしよし…ふふっ」
─この時から父は、仕事で忙しくなり、家を開けることも多く、当然姉と二人きりで日々を過ごすことも増えていた。
─二人で父の職場に昼食を届けに行くことも増え、姉と並んで歩くこの道が─時間が、大好きだった。
『それでね………』
『うん……』
『………舞姫。何か話してみて』
『えっ?』
『だって……いつも私ばかり話してて不平等じゃない』
『それは……お姉ちゃんだからでしょ』
『違う。姉妹でも平等って約束でしょ?なんか話してみて』
『……………じゃあさ。お姉ちゃんはいつも凄いよね…常に先頭に立って…優秀で……あと可愛い』
『私の話はいいわよ…とにかく、あなた自身の話を聞かせて』
「怖くてお姉ちゃんやお父さんにも言えなかったよ……」
─でも、姉や父には虐められてることを言えずにいた。この時の私は、二人の前では笑って、常に演じていた。
─本当は勉強や運動は人並み以上に出来るのに、虐められないように、わざとテストで間違った答えを書きまくり、体育でもわざと転んだり、ボールに自分から当たりに行ったりなど、わざと勉強や運動を出来ない子を演じていた。妹の私が出来ない子を演じることで、姉が優秀と言われ、姉の評判を上げていた。だから、大人になった今でも、姉に本当のことが言えなかった後悔がある。
『…………』
『……無理に話そうとさせてごめん。とりあえずお父さんのところに行きましょう…今日は舞姫の好きな麻婆茄子と、餃子、エビチリも入れたんだから』
『…………うん』
─この時までは、姉や父の前、学校で演じてた自分が死ぬことを知らなかった。父の職場となる病院に着き、院長室に入るが、父はおらず、近くの看護師に聞くと、ある病室に父と、ある人物がいた。私はあまりにも怖くなり、逃げようとすると、姉が私の手を引いて、無理やり病室に入った。
『愛…舞姫』
『お父さん、またお弁当忘れてるわよっ!』
『すまない…ありがとう』
『院長、お子さんいたんですね』
『あぁ。自慢の娘さ。こっちが愛で、こっちは舞姫……二人とも可愛いだろ?』
「辛いの分かります。私も…院長の子で良かったです……温い」
─中に入ると、ベッドに横になっている少年が一番気になった。彼とは同い年かつ同じクラスで、話す機会はないが、父からよく彼の話を聞いていたのだ。例えば今日は彼が笑ったとか、彼がご飯を残したとか─観察だった。
─それに、彼の周りには何故か同年代の男子が五人ほどいたのだ。目が包帯で覆われていたり、黒髪をハーフアップに纏めてはこちらを睨んだり、白衣を羽織っては彼に手を差し伸べたり、ずっと笑顔を見せてきたり─。が、父はあることに気付いた。
『……』
『…あ、彼は生野君。舞姫と同い年で、クラスも同じさ』
『…………いい』
『ん?さっきから雷磨君はどこを見てる?愛か?』
『な、何よ』
『いや……その……本当に綺麗な人だなって』
『は、はぁっ!初対面にも関わらず何言ってるのよっ!』
─この瞬間、姉に恋した人間がいたのだ。それがここ七年くらい続くとは思わないだろう。
『…………』
『……院長とこ行けよ』
『………あなたは、なんでいつも私を睨むの』
『睨んでねぇよ。お前、虐められてるんだろ?』
『えっ何のこと?』
『隠しても無駄。腕には痣もあるし、何よりも心が凄く傷付いて見える』
─また父に昼食を届けに来た別の日。私はたまたま希望君と二人きりになる機会があった。ベッド付近の椅子に腰掛け、ずっとその紫の瞳を見つめていた。
─何を言い出したかと思えば、私が陰湿に虐められてることを問いた。否定は出来ないが、何故か認めたくない自分がいた。
『愛さんや院長には黙ってるのも知ってる。お前が学校で出来ない子を演じてるのも知ってるよ……でも…』
─一生ダメな子を演じるつもりか。その言葉が、私の中の闇を晴らした。彼は入院によりほぼ学校に来てないにも関わらず、それらが分かっていたのだ。
『……分かるよ。相談するの中々勇気いるよな』
『…うん。本当は私、バスケ部でお姉ちゃんとバスケをしたい。お姉ちゃんと勉強したい…ぐすっ』
『…よく頑張ったよ。俺なら病んで死ぬよ』
『………でも、私はダメな子だから……生きる理由なんて無』
『っ!』
─希望君になら、話していいと思ってたから─私には生きる理由がないと彼に話そうとした時、彼が私の頬に平手打ちをして、こう話した。
『馬鹿言ってんじゃねえよ!生きる理由がない…?お前が死んだら、俺は一生、生きる意味を失うんだぞっ!俺も生きる理由はないよ……ただ産まれてきただけ。父ちゃん母ちゃんともここ三年は会ってない。でもせめて…』
─俺は誰かの生きる理由になりたい。その言葉に魅了されたのか、私の目から一筋の涙が零れた。
だから私も─彼の生きる理由になりたいと話したことでそれから────
「だから、希望君は私の生きる理由なの。だって…もしあの時、希望君があなたを見つけなかったら、今頃こんなに幸せな末路が待っていなかったでしょ?ふふっ」
「にゃ……っ。確かに…あの時生野さんが私を見つけてくれへんかったら…今頃の自分は死んでた思います」
「懐かしいなぁ…出会った当初は野良猫みたいに警戒心強かったのに…」
「ふふっ……」
「少し休憩しようかな…勉強のことで頭痛い…」
─今思うと、希望君の存在があったからこそ、夢玖ちゃんや廉命君の生きる理由にもなっていて、名前の通り、周りに"希望"を与えてくれている。だから、例え彼が亡くなっても─ずっと私の心の中で生き続けていると─────。携帯の待ち受け画面に映る、二人の笑顔がそう思わせた。
─どうか、この十年間弱の記憶を─巻き返しては振り返るを繰り返してることを、希望君と分かち合いたいものだ。
─携帯の待ち受けに映る二人の笑顔が、全てを語っていた。
……To be continued
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