あの人のように
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「……廉命、すまない…本当に」
─何故謝る必要がある。ベッドに横になりながらひたすら希望さんは俺に向かってごめんとしか言わない。別に謝っても病が治るわけでもないのは分かっているだろうに─てか、俺よりも先に謝らないといけない人はいるだろう。
「夜海ちゃんも凪優助も仁愛ちゃんも……もし俺がいなくなっても、如月の傍にいてね…」
「当たり前じゃないですか……私達、夢玖ちゃんのお陰で毎日が楽しくなったんですから!」
「生野さん………」
「あと六ヶ月、かぁ……皆が大学生活に慣れてる頃には……舞姫が看護師になった頃には…………あはは」
「……」
─彼の余命はあと六ヶ月もない。今は霜月の後半で、如月さん達は冬休みに入りつつもある。だから俺達が大学生活に慣れてる頃には─舞姫が看護師になった頃に彼はもう───この世にはいないと予測出来る。
─一人ベッドに横になりながら、点滴のパックや針、俺達の顔にアメジストのように澄んだ紫の瞳を泳がせていた。あと五ヶ月もしないで彼は亡くなる───その事実が、彼の心を蝕んでそのアメジストから一筋の涙が流れては、涙が溢れてきた。そういえば希望さんが泣いているのを見るのは初めてだ。普段俺達の前では無理してでも明るい自分を演じていたのだろう。
─初めて見る彼の泣く姿に見惚れてはいた─希望さんは、如月さんの次に綺麗に泣いているからだ。彼としては─喉が詰まって言葉にならないのか、呼吸も乱れている。
「…ぐすっ……もっどぉ…長生きしだかっだ…嫌だっ…!俺、死にだくないっ…!」
「……あぁ。そうだよ……そうだよな……」
「…あの、希望君?」
「ヒック……っ!ま、舞姫………」
─今の希望さんは二十一歳で、来年で二十二歳に
なるというのに人生を共にしていた病で、亡くなってしまうなんて──。院長も最善を尽くしてるが、俺達に出来ることは何か─俺はベッドの傍で膝立ちになり、希望さんの頬に手を添えた。相変わらず女の子のように色白できめ細かく、もちもちだったが、頬は痩せこけてた。抜け落ちる髪の毛、滴り続ける点滴の音、動く度に震える手が、彼の弱ってく時を表していた。
─すると病室に舞姫さんが入ってきた。本来彼女は看護師の国試を控えてるのだが、どうしても、自分の大切な人が心配だったらしい。希望さんのベッドに来ると、ガバッと彼女は希望さんを抱き締めてきた。当然、舞姫さんも泣いていた。
「舞姫……なんで……俺より国試優先しなよ…」
「そんなの……出来ないよ……ぐすっ」
「……ま、仕方ないか……実は院長から今日から病室を異動することになってさ……無菌室なんだよね」
「無菌室……?」
「うん。クリーンルームともいうんだけど、治療により白血球数が減って抵抗力が低下すると見込める患者が入るところなの。簡単に言うと白血病の治療で抵抗力が低下して感染症に掛かりやすくなった患者さんを守る部屋なの」
─舞姫さんは看護師の国試を控えてるにも関わらず、希望さんが心配なあまり、大切なあまり、国試対策の時間を割いて希望さんのところにきた。彼女の行動に疑問を抱くが、仁愛が理由を聞くと何しても大切な人《希望さん》が傍にいない日常が辛いらしい。大切な人─俺にとってのそれは、如月さんだ。でも彼女は一向に俺の好意に気付かない。その後いつもの談笑に戻ったが、何人かの看護師が病院に入ってきた。本当に無菌室に移るのだろう。舞姫さんが希望さんを支えながら俺達は看護師の後を歩き、無菌室という場所に向かった。そこは透明の箱のようで、ベッドやテレビ、トイレや洗面台、シャワールームも備われていた。初めて目にした無菌室に驚いていたが、頭から足まで覆われたつなぎを着て、マスクをしてる男性が無菌室の前にいた。その男性はこちらに近付き───舞姫さんの前に立つ。舞姫さんはその人の姿に驚いていたが、少し冷静だった。なぜなら─そのつなぎを着ていた男性が───
「お父さん…?」
「……ここからは私に任せなさい。皆ありがとう…ご苦労だった。さぁ希望君、行くぞ」
「っ………皆、面会楽しみにしてるね…」
「…嘘…でしょ?」
─院長だったからだ。俺達を案内した看護師達に礼を言って、希望さんを彼に引き渡した。この時希望さんの瞳には光がなく、名前の意味がなかった。俺達は少しでも希望さんが元気で過ごせるなら─と思ったが、舞姫さんだけは違った。
「待ってよ……私を一人にしないでよっ!」
「……舞姫、国試よりも希望君が大事なのは分かるが、お前にはやるべきことがあるだろう…」
「希望君がいないと、私生きてる意味ないっ!」
「ま、舞姫さん、落ち着いて……っ!」
「やだよっ!嫌だよ…っ!無菌室に入れたら、希望君は戻ってくるのっ!お父さんっ!ねえっ!」
─舞姫さんの性格上、そりゃそうだろうと思った。国試対策の時間を割いて、わざわざ希望さんのところに来て、彼が無菌室に入ることを認めてないようだった。院長が泣きながら問い詰める舞姫さんを抱き締め、すまないと謝る。それでも、大切な人と更に離れることは想像以上に辛いのだろうが、それは舞姫さんにしか分からない。するとある女性が現れ──
「希望君がいなくなるなら、私も死ぬからぁっ!手を伸ばしても届かないなんて嫌だよっ!」
「舞姫さん……」
「叩いても扉は開かない。希望君が死ぬと確定してるわけじゃないだろう……ここは病院だ。落ち着きなさい」
「私、希望君と離れるのは絶対嫌だっ!私も無菌室に入れてっ!」
─パチン、と舞姫さんの頬に平手打ちをしてきた。赤くなった頬を抑える舞姫さんは同様しながら、平手打ちをした正体に驚いた。それは─彼女の姉である、愛さんだったからだ。
「…舞姫。国試の時間を割いてまで希望君の傍にいたいのは分かるけど………今は国試に集中しなさい」
「お姉、ちゃん……?」
「皆、私の妹がごめんなさいね……お父さん、希望君をお願い」
「悪いな愛……舞姫、辛いと思うが、今は国試に集中してくれ。私からもお願いだ」
「舞姫……俺のことはいいから、今は国試に…」
「っ……」
「ぐすっ……」
「希望さん……大丈夫かな……」
「てか愛先生は……無菌室について知ってたんですか?」
「……はぁ。この際だから全部話すわ……実は希望君が無菌室に入ることが決まったのは分かってた…でも舞姫が辛い思いをすると知ってたから、舞姫には言わないようにって…お父さんと約束してたのよ」
「お姉ちゃん……頬っぺ痛い…」
「それに、国試も控えてる時に言われても…って感じでしょうね……教員の国家試験の時と重ねて、気持ちの整理つかないだろうなって思った……なんなら、無菌室のこと言っても言わなくても、舞姫が悲しむのは分かってたけど…」
─どう打ち明ければいいか分からなかった─。愛さんが昼の病院の喫茶室でそう言葉を出す。希望さんと院長が無菌室に行った後、俺達は喫茶室に移動した。愛さんは舞姫さんに、ごめんと一言謝り、持っていたハンカチで彼女の涙を拭いた。二人がいるところを幾度も見てきたが、もし弟達も傍にいたら、こんな風になるのだろうか。
─すると舞姫さんの涙はみるみる止まり、彼女は冷静さを取り戻した。先ほど愛さんに平手打ちされた頬は俺の紅い瞳と似た色をしていて、見るからに痛々しかった。
「もう、泣かないのっ!」
「お姉ちゃん……頬っぺ痛い……生徒指導」
「強過ぎたわね……本当にごめんなさい」
「あの、舞姫さん………その……無菌室での面会って………」
「面会、ね………さっきも言ったけど、とにかく清潔にするのが大事なの。面会は可能だけど、規則があってね……」
─赤く痛むであろう頬を抑えながら、舞姫さんは無菌室での面会について話をした。その声は、また涙で声が震えていた。無菌室での面会は可能ではあるが、無菌室の効果を損なわないためにも感染予防にも十分注意する必要があるらしい。例えば面会者の人数を少なくしたり、患者のベッドには座らないこと、無菌室内での飲食は禁止、適切に手洗いの徹底など細かい注意事項がある。つまり、希望さんが細菌やウイルスに感染しないようにすればいい話だ。
「っていう感じで、とにかく今の希望君は感染症に常に掛かりやすい感じ。丁度国試の過去問で無菌室の問題出てたからね……勉強して良かった」
「……舞姫。そういえば、なんであなたは…看護師を目指すのよ?」
「…言ってなかったっけ?ずっと希望君の傍にいたいからだよ…お父さんの影響もあるけどね」
「確かに…いつもお父さんに言ってたわね…看護師になって希望君の傍にいたいって……希望君だって、本当ならこうして未来を語りたかったはずよ…」
「そうだね……お姉ちゃんこそ、なんで教師を目指すの?」
「そうね……私は「ちょっと待って下さい…その……いきなり話変わってますよ…」
─が、突然愛さんは何を思ったのか舞姫さんに看護師を目指す理由について聞いてきた。彼女が答えたそれは俺の予想通りで、ずっと希望さんの傍にいたい─から。
─その理由も凄い分かる─。舞姫さんの大好きな人が希望さんで、俺のそれは如月さんだからだ。逆質問で舞姫さんが愛さんに教師を目指した理由について聞いてきた。彼女が答えようとすると、如月さんが間に入った。
「……皆、希望君のことで表情が暗くなってるから、夢の話でもして、少しでも笑顔になれたらって思って……希望君の心配しても、私達は彼の安全を願うことしか出来ない。違わない?」
「っ………」
「…私は、学生時代生徒会長とバスケ部の主将を努めてたの……周りは面白く思わなかったのか、友達と呼べる人がいなかった。でもある日……あれは中学の時だったかしら」
─愛先生は、希望さんのことで暗くなってる俺達を見て、わざとその話題を出したのだろう。これが俗に言う、教師という職業柄というものか─。
─生徒の悩みや、声を掛けずに顔色や様子を見て生徒の対応や話す場を判断してることに慣れてるのだろう。いつもは生徒指導ばかりだと思ってたが───
「何か言いたげね?廉命君…あなたは将来、どんな風になりたいのよ」
「俺は………希望さんを支えて、如月さんの旦那になって……その…」
「いい?夢は大きく、よ?」
「先生、私は…愛生徒と出会う前は…自分のやりたいことなんて分からへんかった…でも今はちゃう。誰かに手を差し伸べられる、優しいスポーツトレーナーになりたい」
「夢玖ちゃん……」
「…廉命さん、私……まだそういうの、分からへん」
「えぇっ………ちょ…」
「どう反応したらええか分からへん…あほ」
「ふふっ。夢玖ちゃん照れてる…可愛い」
「にゃっ……そりゃ……廉命さんが変で…その…」
「っ!」
─何か言いたげだと愛さんが俺に向かって言い、彼女は俺に、将来何になりたいかを聞いた。確かに今まで一度も、自分のやりたい事を考えたことはなかった。
─強いて言うなら、希望さんを支え、いつかは如月さんの旦那に───なりたい。そして、彼女との子どもを、二人で育てたい。花嫁になった如月さんを───、母親になった如月さんを──この目で見たい。そう愛さんに話す。
─しかし彼女は、翠の瞳を閉じ、呆れていた。
「一度は、誰もがサッカー選手とか、野球選手とか、パイロットとか料理人とか─就きたい仕事というのがあったでしょ?」
「え…………」
「…雷磨さん、いるでしょ?彼…スポーツ眼科医目指してたそうだけど、今は医師を目指してるって……」
「医師……愛さん、雷磨さんのこと…もしかして…」
「ち、違うわよっ!」
「………ふふっ。俺は………いや、俺も…希望さんみたいに誰かに手を差し伸べられる、スポーツトレーナーになりたいっす」
─初めて、自分のなりたい仕事について話した気がする。今までは、あの家庭環境の元で、医師以外の仕事を目指すことは許されなかった。だから今─こうして、目指す夢を見つけた─。そして、今隣にいる、好きな人を。
「希望君……時間は掛かるかもしれないけど、無菌室から戻ってくるといいわね」
「うん……ぐすっ!」
「もう…希望君はお父さんに任せて、舞姫は国試対策よ」
「うん…お姉ちゃん、廉命君、夢玖ちゃん…またね」
─そして、後日。俺はまた如月さんと夜に見舞いに来た。無菌室の近くには、マスクをした夜海と仁愛、凪優が立っていた。
─彼女の銀色の瞳から、待ってたと言わんばかりで俺達もマスクをし、無菌室近くに来た。
─改めて無菌室に向かって声を出すと、透明な壁の向こうにいるのに、声も触れられなかった。
「夜海……なんで」
「廉命君の話してた」
「そうそう…お前早く告れって…」
─無菌室の壁越しに、ベッドに横たわっていた希望さんが頭を上げると、枕には沢山の髪の毛が付いていて、俺達は顔を真っ青にした。
─抗がん剤の治療のせいか、髪が抜け落ちてきたらしい。それでも彼は───
「大丈夫だって。慣れてるし…」
「………っ。凪優ちゃん、夢玖ちゃん……ちょっと来て!」
─大丈夫だという。普段の彼の髪の毛の半分が抜け落ちてきてしまっていた。それに───また、痩せていた。ひたすら希望さんは大丈夫だというが、仁愛は何かを察し─凪優と如月さんを無理やり無菌室より遠く遠くに連れ出した。
「大丈夫だよ……慣れてるから」
「……生野…さん?」
「…何が……」
「…ん、廉命?」
「これのどこが大丈夫なんだよ……」
─あまりの変わり果てた希望さんが、笑いながら大丈夫だとひたすら言うが、やつれた顔で笑う姿は─見ていて、言葉に出来ないくらい辛かった。
─俺は────この人のように、希望さんのように、困った人に寄り添える─スポーツトレーナー────シューフィッターになりたいと、最近やっと思えるようになったのに───。
「俺は絶対に逃げない……」
……To be continued
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