娘たち
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「お父さん……起きて」
「んん……はっ!もう七時かっ!」
「お父さん…疲れてそう……私達、朝ご飯作ったよ」
「お弁当も作ったのよ。顔洗ってきて」
─私の娘二人は性格は正反対なものの、息がピッタリで可愛かった。ある事実がある以上、父親として彼女達を育ててるわけだが─二人はどんどん美人に成長していった。
「お姉ちゃん……幼稚園のプリントが…」
「あ……お父さん…授業参観って」
「どれ。授業参観か……この日は有給取って授業参観に行くよ」
「わぁっ!楽しみっ!」
「(二人はまだ五歳くらいなのに、家族の分のご飯を作ってくれるとはな……私の好みや健康を把握しているが、魚や卵が少し焦げてる…)」
「あ……ごめん。お父さん…お魚焦げちゃった」
─舞姫や愛が幼稚園の頃、当時二十九歳だった私は医師の国家試験に向けて勉強しながら働いていた。子どもを持つ以上、授業参観や学校行事、家族でのお出掛けは全て有給を使っていた。しかもこの子達には母親という存在はおらず、父親の私だけが─彼女達を育てていた。
「う……疲れた……」
「お父さん……玄関で寝ないでぇ……お風呂まで連れてく〜」
「白衣とバッグ掛けとくわ……とりあえず、お父さんはさっぱりしてきてっ!」
「お前達……ふふっ。私が見ないうちに立派になって」
「あっ!実は私ね、お父さんの似顔絵描いたの!いつも私達の為にお仕事頑張ってるから!」
「ありがとう…」
─そして月日は流れ、私は三十歳で医師となり、愛と舞姫は小学生になった。ある日の仕事帰り─車で帰路に着いていると、バスケットボールのウェアを着ていた小学生が車のフロントガラス越しに印象に残り、ある事を思い、娘二人にあることを相談してみた。
「……習い事?」
「あぁ。お金のことは心配するな……学校から帰って留守番は退屈だろう?」
「え〜、舞姫お家にいたい」
「私も。てか、お父さんのお仕事場に行きたい」
「はっ!舞姫も行きたいっ!」
「私のお仕事はお医者さんなんだ。病気や怪我で入院してる人がいるんだ。健康なお前達がいていい場所じゃないんだよ」
─しかし、二人は習い事をするよりも家にいた方がいいらしく、習い事をさせる事を諦め掛けていたが、愛が私の職場に来たいと話してきた。
─世間では子連れ出社という働き方の制度があり、職場に子どもを連れて出勤し、子どもを傍に置いて仕事をすることを指すのだが、当時の職場ではそれが禁止だった。
「(……子連れ出社か…あの病院に舞姫や愛を連れて、見て欲しい気持ちは山々なんだが……)」
「ふふっ」
「しーっ……静かに」
「(ん?誰かいるのか……?)」
「……」
「気のせいか」
「…………」
─確かに、その制度があるだけで、私の精神的な負担も減り、何よりも娘達が寂しい思いをせずに済むのだから。むしろその制度は全職場にあって欲しいものだが──。
─というか、ある土日の出勤時に車を運転していたら、後ろの席から声がした。しかしその時の私は疲れていたので、気のせいだと思って運転を続け、職場に着いた。
─またいつもの朝が始まると思っていたのに─その日は違かった。車から降り、病院内に入り、白衣に着替える。
─患者の検温や健康観察、診察でいっぱいいっぱいの日だと、この時はまだ思っていた。
「煌星さん……その子達は……」
「え……?」
「あ、お……お父さん」
「あはは……」
「煌星君……理事長が呼んでる」
「(まさか………っ!)」
─しかしなんと──ずっと後ろから舞姫と愛がついてきていたのだ。しかも、私の車に隠れて見つからないようにしていたらしい。当然周りの医師や患者、看護師は皆驚いていて、私は至急理事長室に呼ばれた。
「(いや……クビだけは…っ!娘達だけはっ…!)」
「………理事長、何か…?」
「やっと来たか………とりあえず座って」
「…はい」
─子どもの仕業とはいえ、やらかしてしまった。愛と舞姫の追跡がバレて数分しか経過していないのに、すぐに呼び出しだ。この件で、私は医師の仕事をクビになるのでは─と顔を青くしていた。
─マンツーマンでソファに座り、理事長から一言が発された。
「煌星君…ここ五年くらい、君はどんどん医師として成長してきて、そろそろ昇進の話を…と考えていた……だが、さっきの子ども二人は何だ?」
「いや……親戚の…子どもです。私に凄く懐いてて、ついてきたんです」
「言い訳はやめたまえ……君がどうなるか、分かってるのか?」
─嗚呼、そろそろ医師の仕事がクビになってしまう─と冷や汗を全身に流していたら、理事長室から二人の女の子が入ってきた。
「愛っ!舞姫……」
「お父さんを……クビにしないでっ!」
「え」
「最近のお父さんは……凄く疲れてて、家に帰ると死んだように寝てるの……だから、お父さんをクビにしないでっ!」
「んだとクソガキっ!」
─愛と舞姫だった。二人は理事長室に足を踏み入れると、私をクビにするなとひたすら理事長に主張してきた。しかし理事長は、ガキのクセに─と言わんばかり顔を赤く染め、怒り出した。
─理事長が舞姫に手を出そうとしてきたが、私は止めた。
「……煌星…君……?」
「舞姫を……私の大切な娘を…殴らないで頂けますか?」
「あぁっ!」
「お父さん……」
「っ!痛っ……」
「……はっ…理事長……煌星君…!」
「(愛……舞姫…っ!)」
「あ、お姉さん……このおじさんが、お父さん殴ったの!カメラで動画撮ってるから、警察に見せてっ!」
─何とか拳を止められたものの、今度は愛に殴り掛かろうとしてきた。が、それよりも先に私が殴られ、床に転がった。
─するとその自体を見掛けていた看護師や医師達が野次馬のように集まり、その後─理事長に私が殴られる映像を、愛が周りに教えてくれたことにより、理事長は解雇された。しかし─私は頭を強く打ったこともあり、そこで意識を失った。
─後から聞いた話だが、当時の理事長は他の看護師との浮気も発覚したので元々クビにしようとしていたそうだ。
「いやぁ…可愛い娘さん達。幾つ?」
「上の子が九つで、下の子が八つです」
「まぁ!お姉ちゃんも妹ちゃんも可愛いわね〜」
「あ…いえ…ええと」
「舞姫…隠れないの。ええと、ありがとう…?」
「いやぁ…年齢以上の美人さんじゃのお…」
─シングルファーザーで二人の娘を育ててると話すと、土日祝だけの子連れ出勤が許可された。
「お父さんお腹空いた…」
「そうだな…今夜は中津唐揚げとだんご汁にするか……炒飯も食うか?」
「うんっ!私お父さんの作るだんご汁大好き!」
「お父さん…明日はチキン南蛮食べたいっ!」
「よしよし…スーパー寄って帰ろうか」
─土日祝限定の子連れ出勤は、私の疲れを癒してくれた。私が仕事をしている間に沢山の患者に面倒を見てもらい、昼休憩や帰る時は一緒にいられて楽しかった。仕事で失敗した夜も、愛と舞姫が抱き締めてくれて、乗り越えられた。
「…さん……お父さんっ!」
「…………愛か……」
「疲れてすぐソファで寝ないでよっ!」
「…ん……寝起きの人に、大声を上げるんじゃない……」
「いやっ!触らないでっ!お父さん臭いっ!あと煙草もやめてっ!元彼のこと思い出して辛くなるっ!」
「なっ……!愛、待ちなさいっ!」
─私が四十代になった時、愛は高校三年生、舞姫は高校二年生になっていた。二次成長の真っ只中なのか、この頃は父親の私に対し当たりが強かった。反抗期が来ることは予測していたが、いざ目の当たりにすると正直辛い。お父さん臭いとか、煙草やめてとか、お父さんの変態とか──。
「お父さん……ふわぁ……あっち行って…」
「舞姫……お前も反抗期なのか…」
「………お父さんには関係ないじゃん」
「……とりあえず、私は風呂に入って寝るから、お前も早く休みなさい」
「…お姉ちゃんは、お父さんが心配だから怒ってるんだよ…私もお姉ちゃんも、お父さんのこと嫌いじゃないから。むしろ大好きだもん」
─当時の愛は特に私に反抗していた。元彼がどうのこうの、とよく口にしていたが──妹の舞姫や父親の私を、何より大事にしていた。
「舞姫ぃ……成人おめでとう…ぐすっ」
「あはは…お姉ちゃん泣き過ぎ」
「愛さん、ティッシュどうぞ…舞姫、綺麗だぞ」
「ありがとう……。髪は希望君にやってもらうことにした…って…本当に似合ってる」
「編み込みと向日葵の髪飾りも似合ってるじゃないか…流石希望君だ。舞姫、今日は一段と綺麗だぞ…希望君、ありがとう」
「お父さん…舞姫、凄く綺麗ね」
「あぁ…(小さかった二人の娘がここまで来たか…長いようで短かったなぁ…)」
─そして月日は流れ、愛は大学三年生、舞姫は看護学生の二年生になった。そしてその日は舞姫と希望君の成人式だった。
─綺麗な着物を羽織り、希望君に髪を結ってもらい、綺麗に化粧をして──舞姫は誰よりも美しく、大人の女性へと仲間入りした。昨年成人式を経験した愛と重ねて、ここまで長かった─と肩の荷が下りていた。
「お、生野…ネイルしてんじゃねぇか」
「可愛いだろ〜?」
「男でネイルっていうのも普通らしいからね…でも、俺から見れば…生野はまだまだガキだけどね」
「違いますよ福吉さん…こいつは一生クソガキっす」
「加堂…今日だけその台詞に共感だよ…ふう」
「新成人達がいる前で煙草吸わないでください…福吉さん」
「……あははっ!よし、皆で写真撮るぞっ!」
─その時には、元部下の福吉君、医大生の雷磨君と鳳斗君、加堂君も来ていて、とても賑やかな思い出となった。そして──
「今があるんだ」
「…すう……はっ……お父さん…」
「すまない。長々と話をしてしまって」
「いや、院長……舞姫や愛さんの色んな話聞けて良かったです」
「ありがとう…私達は、これからも家族だ」
─四十五歳になった今は、幸せに暮らしている。もちろん役職も一般医師から院長に昇格し、娘達との関係も良好になった。
─医師の仕事をしてる以上、月に二度ほどしか家に帰ってこれないが、それでも幸せだ。
─そしてその夜も、明日の夜も──私は彼を─娘達の幸せを繋げてくれた、希望君の治療に励む。
……To be continued
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