黒猫の正体
この度は閲覧頂きましてありがとうございます!
第一足(一話)の前の、ショートストーリーです!
楽しんで頂けますと幸いです!
─いつもと変わらない日常。
だけど心の奥では「今日もまた生き延びた」と思っていた。
そう。俺はこのスポーツ用具店で、シューフィッターとして働いており、毎日色んな人の"足"と向き合っているのだ。地面を踏む、その足を─。
─この日も、明日も変わらない日常を─と思っていたが、この何気ない日常が大きく変わるなんて────俺はまだ知らなかった。
「兄ちゃん悪いない。靴べら欲し」
「はい。どうぞ」
「どうもない。ふぅ…お、こりゃこでらんに!歩きやすいない」
─福島弁の響きに驚いてしまったが、無事に靴を購入してもらえた。ここは福島県寿賀河市の店舗で、隣の市である冰山市に本社が置かれているのだ。それにしても福島弁を話す中年や年配の客には毎回驚かされる─。正直こでらんに、も分からなかった。客が誰もいないタイミングを見計らって携帯で調べると、さっきの方言は、最高という意味だった。
─携帯をしまおうとすると、時間に視線が行き、「まだ生きてる」と実感していた時、休憩を終えた後輩が現れた。
「最高って意味か……てかもう五時じゃん」
「生野さん、お疲れっす」
「お疲れー。俺三十分休憩行ってくるから、売り場は任せたぞ」
「うっす」
─彼は日出廉命。俺の一つ歳下でフリーターをしている。ガタイや顔立ちが良いため女子にはモテるが、面倒くさがりなのか、彼女はいない。
─呆れるほど廉命の整った顔立ちを見る度にもったいないという言葉が浮かぶ。しかし仕事は凄く出来るのでいつも頼りにしている。
─俺は売り場を彼に任せ、三十分休憩に行った。休憩室に行くと、福吉さんがいた。
「お、生野お疲れ」
「福吉さんお疲れ。今日で煙草何本目?」
「……一箱くらい?」
「一日で二十本……異常な量吸ってるのに、全然老けないですよね…肌艶々だし、イケメンだし」
「そうか?この前健康診断したけど、肺に異常無しだったぞ」
「え…これ何かの間違いじゃね?」
「ですよねっ!絶対おかしい………」
「まあ煙草はお前らガキには無関係な話だよ」
「「ガキじゃねーわっ!」」
「てか、煙草吸い過ぎて髪白いけど?」
「生まれつきだよ…白髪じゃなくて銀髪だから」
「白髪だべ」
「白髪ですね。白は二百種類あるし」
「お前ら…俺の事何だと思ってるんだ…はぁ」
─彼は目白福吉。二十九歳の男性で、ここでは中堅社員であるものの、ヘビースモーカーで日に日に喫煙量が増えている。この前まで十本だったのに。
─そして彼の健康を一緒に心配してる彼は、盾澤雷磨。俺の一つ上の医大生でよく一緒にゲームをするが、俺より圧倒的に強いので、ゲームにての心の友だと思ってる。
─ひたすら福吉さんの健康の心配をしていると、片隅でイライラしてる奴が俺に近付いてきた。
「お前らうるせぇんだよ。特に生野!チビ!」
「だって福吉さんの健康が心配なんだもん」
「気持ちは分かるけど……福さん、流石に電子タバコのニコチン無しに変えません?」
「あれは煙草を吸ってないのと一緒だからな…加堂、怒るな」
─長い黒髪をハーフアップに束ね、メガネを掛けていて、両脚に特殊なサポーターを装着してる彼は加堂霧也。福吉さんの一つ下だが、初めて出会った時の彼は凶暴だった。その証拠に今は伊達メガネでその悪人面を誤魔化そうとしているが、正直ちっともマシになってはない───。
─どうにか福吉さんが彼を落ち着かせ、何とか喧嘩に至らなかった。暫く談笑が再開し、俺達はだべりながらお菓子やジュースを飲食していた時、加堂さんがこう話をしてきた。
「そういや昼休憩で飯買いに行く時見たんすけど…店の近くに黒猫いたんすよ」
「え〜?ここゴミとかないだろ?なんでだ…それで、触ったのか?」
「いやぁ…俺猫アレルギーなんで近付きはしなかったっす…飯買った時にそのこと忘れてたんで」
「なんだよ……黒猫だし夜に、空と一体化して怖いんだよなぁ…急に出てきたら腰抜かすよな」
「それで福吉さんぎっくり腰ならなかったっけ?」
「さっきからお前は俺を何だと思ってる……」
「まあまあ。誰か拾うんですかねー……」
「「「「うーん……」」」」
─店の従業員出入口付近にいた、黒猫についてだった。彼が昼休憩で飯を買いに行った時に見掛けたそうだが、猫アレルギーかつド忘れして近付かなかったのだとか───。次第に休憩は終わり、俺達は売り場に戻り、業務を再開した。
「戻ったぞ」
「お帰りなさい。生野さん…また子どもに泣かれた……不審者って言われた…」
「俺の顔が可愛いからかなぁ…?」
「嘘だろ…俺……そんなに怖いのか…?加堂さんよりマシだと思ってたけど」
「まあそういう時もありますよっと……俺だって病気で入退院繰り返してきてるし」
「そういう話じゃないでしょ…」
「まあ特に廉命は身体が大きいしまだまだ育ち盛りなんだから、びっくりしてるだけだと思うよ?」
─売り場に戻ると、少しだけ廉命の元気がなくなっていたので聞くと、接客でまた子どもに泣かれたらしい。彼は身長百八十二センチ、体重七十九キロといった大柄な体格に、整った顔立ちに、顔や全身に遺る派手なケロイドが原因なため、子どもが怖がって泣き出すことが多い。
─丁度カゴを置きにやってきた店長が彼を宥めるが、それでも廉命は凹んでいた。
「そうだな……パッと見熊だけど、髪の毛は犬…廉命って、狼って感じだよねぇ……一匹狼だし」
「確かに!言えてる…」
「ちょ…髪撫でないで………は、禿げる!」
「……俺、マジで禿げたことあるよ?抗がん剤治療で髪の毛一本もないと知った時…絶望して泡吹いた」
「「………なんか、ごめん」」
─確かに廉命は大柄な体格なので、体格だけ見れば熊だが、髪の毛は犬だ。ごつい体格からは想像出来ないほどに、髪の毛は柔らかくサラサラだ。
─店長が彼の頭をわしゃわしゃと撫でると、禿げると言ってたが、俺は抗がん剤治療の話をすると気まずい雰囲気になったので謝った。
─今思えば、幼少期にやってた抗がん剤治療は、当時の俺には早かったんだと思う。
『けほっ……おえっ!』
『希望…っ!血、吐血してる……!』
『鼻血も出して……先生呼んでくるっ!』
『父ちゃん……母ちゃん……痛い、よぉっ!』
「生野……生野?」
─その過去を振り返っていると、店長が心配そうに顔を覗き込んできたので、俺は正気に戻った。
─その後も接客と販売を続け、閉店間際になった時、ある女性が入店し、シューズコーナーにやってきた。
「舞姫っ!」
「希望君、お仕事お疲れ様」
「ありがとう。あ、そうだ舞姫……店の近くに、黒猫いなかった?」
「黒猫…?」
「昼休憩ん時に加堂さんが見掛けたらしくてさ…なんか、従業員専用出入口付近にいたとか…」
「もう暗いし……ぼんやりだったけど、黒猫は私も見た。でも猫にしては大きかったよ?」
─舞姫だった。彼女は煌星舞姫。同い歳で看護学生で、そして俺の恋人だ。彼女とは同棲もしているのだが、彼女の作る料理は何でも美味い。スイーツ以外は─。確かこの前、俺のためにガトーショコラ作った時───想像以上に酷かった。
『ただい……舞姫?この匂い…』
『ガトーショコラ作ってたんだけど……失敗しちゃった…』
『ちなみにだけど……この前もクッキーやマフィンも黒焦げにしてなかった…?てか、何入れた?』
『茄子…美味しいかなっと思ったけど…失敗しちゃった……』
「保健所に連絡すれば良かったかなぁ?」
「猫にしてはでかいなら……一旦保留しといた方がいいっすよ」
「(舞姫の作るお菓子が皆ダークマターになるとは……)」
─それはさておき。舞姫とは中学の同級生だが、最初はお互い惹かれなかったのに、次第に惹かれるようになり、高校時代から付き合うようになり、高校卒業してすぐに同棲してるというわけだ。しかも見ろ─このサラサラな栗色のロングヘア、マシュマロのように白くてモチモチな肌──大きくぱっちりしたペリドットのような翠の瞳、長いまつ毛────そしてうるっとした唇、そして男のロマンである──推定Hカップの胸。
─つまり何が言いたいかというと、俺の彼女可愛いだろということだ。
「(しかし舞姫はいつも可愛いよなぁ…自慢の舞姫!うん)ふんっ!」
「あ、そうそう。お夕飯の支度しなきゃだから買い物して帰るね!今日は卵と鮭、あと玉ねぎが安いから……とりあえずお仕事頑張ってね!」
─軽く談笑し、舞姫とは別れ、閉店作業も終え、その日の仕事は終わった。そうか─まだ例の黒猫は近くにいたのか─そんなことを考えつつも、従業員出入口から店を出て、月を眺めていた。この月の光なら、黒猫の姿が見えるのではと思い、その黒猫を探した。すると驚いて言葉を失った。
─月明かりに浮かんだ、その黒猫の瞳は、不思議と俺の心臓を射抜いた。それと同時に確定したことがある─。その眼差しには、猫と思えない"意図"が宿っていた。よって─この瞬間から、俺の普通の日常は、もう戻ってこないのだと。
「今日も疲れた……てか、黒猫は……?」
「ええと確か……えっ!」
「にゃ……?」
─黒猫のはずなのに─その瞳は人間のように真っ直ぐで、体は痩せ細っていた。
─その黒猫との出会いが、俺の運命を狂わされることになるなんて、この時はまだ思ってもいなかった。
─そしてそれは、俺の"生きる希望"の始まりでもあった。
……To be continued
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次回作もお楽しみに!では。




