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ゴーストハンター朝宮露子 BLACK JUSTICE  作者: シクル


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第六話「孤立」

 裏庭での怪事件は、縷々が救急車を呼んだことですぐに表沙汰になった。

 真莉夢はすぐに搬送され、命に別状はなかったものの、顔や身体についた痕を完治させることは難しいと診断された。

 顔の右半分が硫酸のようなもので焼け爛れており、直視するに耐えない程悲惨な状態になっている。同じような痕が腕や身体にも残っており、少なくともモデル業や女優業を続けることは出来なくなるだろう。

 警察も教員も、孔雀門家も真っ先に縷々を疑ったが、彼女の所持品や証言から証拠を掴むことは出来なかった。

 この正体不明の怪事件は、ひとまず内々で処理された。刑事事件として取り扱うことが出来ず、事故という形で処理され、真莉夢の身体を溶かした化学薬品(とされている)がどこかから落下、飛散したものであり、現在は出どころを調査中、ということになっている。

 この件に関して、学校側には孔雀門家から多大な抗議を受けることになり、特に来々縷々の処遇については激しい議論がかわされた。


 そして来々縷々は、二週間の停学処分となった。



***



 口裂け女の霊障から復帰するまで、眠っていた時間も含めて結局五日も経過することになってしまった。

 肉体的な疲労も多分にあり、千世に半ば強引に説得される形で露子はしばらく八目旅館に滞在していたのだ。

 バスで久しぶりに這輪戸町へ戻ると、なんだか懐かしく感じて嘆息する。卒業までの短い付き合いだと高をくくっていたのに、早くも第二の地元と化している。

 恐らく、縷々がいるからだろう。

 誰とも関係がなければ、知らない町とあまり変わらない。けれど会いたい誰かがいるなら、それは帰る場所足り得る。

「……」

 バス停で降りて、スマホを確認する。しかし縷々からの連絡は全くなかった。

 露子が気を失う前にメッセージが届いていたようだが、それを確認出来たのは数日後だ。慌てて返信したものの、返ってくる気配がない。

 スマホをバッグにおさめ、そのまま帰路に着こうとしていると、不意に後ろから呼び止められる。

「お疲れ様。身体はもう大丈夫かい?」

 聞き慣れた声に、一度ため息をついてから露子は振り返る。

「何よ橘。アンタ、あたしが来るまでバス停で待機してたワケ?」

「その通りさ。一時間くらいは待ってたかな」

 嘘なのか本当なのか、よくわからないニュアンスだ。

 ある意味彼らしい受け答えに、露子はこれ以上追求する気が失せてしまった。

「身体の方ならもうピンピンしてるわよ。仕事の話なら、さっさとしなさいよね」

「病み上がりに申し訳ないが……一件受けているよ。ただちょっと、君に頼むべきか迷っていてね」

 露子からすれば、むしろ休み過ぎたくらいだ。

 霊障の影響はもう残っていない。リハビリがてら、帰還早々仕事というのも悪くないと思える。

「なんでも受けるわ。このままじゃ身体がなまっちゃうし」

 橘はあくまで、依頼の仲介業者だ。露子に依頼を任せるかどうかは、橘の判断に委ねられている。

 露子も千世も、そういう契約なのだ。橘は、今の露子や幼い頃の千世のように、依頼を自分で受けるのが難しい霊能者に仕事を斡旋するのが業務なのだ。

「依頼主は……美須賀みすか大学付属高等学校……つまり、君の通っている学校なんだ」

「……うちの高校?」

 学校内は常に警戒しているが、問題のあるような霊力を感じたことはない。休んでいる間に、何かあったのかも知れない。

「何かあったの?」

「学校の敷地内で心霊現象が起きた、とのことだよ。大怪我をした生徒もいる」

 橘がそう告げた瞬間、露子の目の色が変わる。真っ先に、縷々の顔が思い浮かんでいた。

「先に言っておくけど、個人情報に関わることは聞かされていないよ」

「……っ、まあ、そりゃそうよね」

 橘の話によると、事件そのものはまだ表沙汰にはなっていないらしい。

 事件が起こったのは裏庭で、現在は蛇が出た、という理由で封鎖されているようだ。

「一応現地で確認して、簡素だが結界を張っておいたよ。あと一晩くらいは裏庭から出られないハズだ」

「……ありがとう。対応が早くて助かるわ」

「お礼を言われる程のことじゃないさ。これも俺の仕事だからね」

 橘は直接戦うことはしないが、霊能力がないわけではない。現地で霊を確認し、このように一時的な対策をしておいてくれることも多い。

 特に今回は、人の多い場所での事件だ。急遽対応する必要があったのだろう。

「誰か、心配な友達が?」

「……まあ、ちょっとね。連絡がつかなくて……」

 厭な予感ばかりが膨らんでいく。

 縷々とは連絡先を交換したが、住所までは把握していない。縷々から返信がない以上、露子の方から連絡を取る方法がないのだ。

 口裂け女の霊障で、何日も倒れていたことが悔やまれる。もし縷々から連絡が来た時点で返せていたら、と思うともどかしい。

「とにかく、今晩行くわ」

「病み上がりのところ悪いが、そうしてもらえると助かるよ」

 とにかくこの件は最優先で片付ける必要がある。いつまでも考え込んでいるわけにもいかないため、露子はまず目の前の仕事に集中することに決めた。



***



 停学処分を受けた縷々は、しばらく自宅謹慎を余儀なくされた。

 事件のことで頭がいっぱいで、他のことが手につかない。仮に登校許可が降りたところで、授業の内容など一つも頭に入らないだろう。そういう意味では自宅にいようが学校にいようが変わらないのかも知れない。

 真莉夢があの後どうなったのか、縷々は聞かされていない。命に別状はなく、しばらく入院生活であることは聞いているが、それ以上のことはわからなかった。

 縷々は最後まで、教師や警察に疑われていたが、結局縷々が犯人であるという証拠は一切出なかった。当然気分の良いものではなかったが、視えない人間からすれば当然の反応だ。

 縷々と真莉夢の関係性、状況証拠、硫酸らしきも(アシッド)のによる負傷(アタック)という生々しい結果はどうしても縷々と結び付けられてしまう。

 真莉夢のことも一応心配だったが、それ以上に気がかりだったのは佐奈のことだ。

(佐奈は……悪霊化していました……)

 淀んだ霊魂は、恐らく元には戻らない。初めて悪霊を見た時から、縷々は感覚的にそれを理解していた。

 つまり佐奈は、二度とまともに成仏することはかわないのだ。

「……どうしてっ……!」

 自室でひとりごちて、縷々は思わず目を潤ませる。

 佐奈の死因は自殺だった。

 生前部内でいじめを受けて、誰にも相談出来ずに死を選んだ。

 彼女は真莉夢が縷々に暴力を振るう姿を見て、生前の記憶を取り戻してしまったのだろう。その瞬間に霊魂が淀み、一気に悪霊化してしまったのだ。

 やるせない思いが胸を締め付ける。何も出来なかったことも、彼女には本来なんの罪もないことも、悔しくて仕方がない。

 あの日の、変異した佐奈の姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 悍ましい怪物に成り果てたあの姿が、佐奈だなんて信じられなかった。

 一人でいると思考が完全に籠もってしまう。それもマイナス方面ばかりに。

 あの時スマホが壊れたせいで、今の縷々には外部と連絡する手段がない。結局露子からの返信は一度もないままだった。

「……どうすればいいんですか……朝宮さん」

 返事があるハズもないのに、ポツリと呟いてしまっていた。



 色々と考え込んでいる内に、停学初日が逢魔ヶ時を迎える。そろそろ杏奈が部活から帰って来る時間だろう。

 恐らく義母はもうパートを終えて帰ってきているのだろうが、縷々に何も言うことなく台所で夕食の準備をしている音が聞こえていた。それをなんとなく、ベッドに座り込んでジッと聞いていた。

 それからしばらくして、台所での音が止む。すると、今度は階段を登ってくる音が聞こえてきた。

 そのまま待っていると、程なくして縷々の部屋のドアが叩かれる。

「……はい、どうぞ」

 ベッドに座り込んだまま縷々が応えると、ドアがゆっくりと開かれ、義母が中へ入ってくる。

 少し、やつれているように見えた。

 無理もない。事件当日は義父共々仕事の途中で呼び出され、学校側から質問責めにあっていたのだ。その上近所では縷々の件が噂になっているようで、心身共に疲労しているのが見て取れる。

 居候させてもらっている身分でこの仕打ちは、正直申し訳なかった。

「縷々ちゃん、今いい?」

 相変わらず他人行儀にそう言う義母に、縷々が頷くと、義母は歩み寄ってきて隣に座る。

 少し分厚い、大きな封筒を後ろ手に持っているのがチラリと見えた。

「大丈夫?」

「…………はい、なんとか」

 辛いとか、悲しいとか、そんな本音を話すような間柄じゃない。そう思ってこんな風に答えてしまったが、気にかけてもらえるのは少し嬉しかった。

「ありがとう、ございます……。それと、迷惑かけて、すみません……」

 縷々がそう言うと、義母は困ったような笑みを浮かべる。

「縷々ちゃん……今の生活、辛いんじゃないかな」

 義母の言葉に、縷々は思わずはい、と答えてしまいそうになる。今はもう、強がったり誤魔化したりする余裕もあまりない。

「おばさん、少し考えたんだけど……」

 言いながら、義母は持っていた封筒を縷々に差し出す。

 何かと思って訝しみながら中身を取り出すと、入っていたのはどこかの学校のパンフレットだった。

「…………」

 その意味は、すぐに理解出来た。

「ここね、知り合いの娘さんが通っているところで、ちょっと遠くて私立なんだけど……最近出来た学校で、寮もあるのよ」

「……寮、ですか……」

 住所を見ると、ギリギリ県内だが這輪戸町からはかなり遠い。電車でも一時間以上はかかるような距離だ。

「縷々ちゃんを疑っているわけじゃないんだけど……その、あんなことがあった後だと、学校も通いにくいと思うし……」

 言いたいことはハッキリとわかる。

 遠回しな言葉が妙に苛ついた。

 寄り添う素振りを見せるような言葉に、一瞬でも喜んでしまった自分にも落胆する。

「学費のことなら心配いらないから……ちょっと考えてみてほしいの。縷々ちゃんも、新しい環境でもう一度やり直してみたら……何か変わるかも知れないし……」

 もういっそ、出ていってくれと言ってくれれば良かったのに。

「……考えて、おきます……」

 これがも少し前だったら、喜んでここを出ていっただろう。だが今は……どうしても朝宮露子のことを考えてしまう。

 気まずい義父母や義姉、馴染めない学校と離れることはどうだっていい。だけど、彼女と離れ離れになるのだけは嫌だった。

 ようやく出来た、たった一人の大切な友人。

 彼女だけが、唯一縷々の味方をしてくれるかも知れなかった。

(どうして……連絡をくれなかったんでしょう)

 露子がいないと、また一人ぼっちだ。

 慣れていたハズの孤独があまりにも胸をしめつける。

 このまま本当に、ここじゃないどこかへ行ってしまえれば良かったのに、そんな勇気さえ持てない。

 自分の弱さに、心底うんざりさせられた。



***



 その日の夜、縷々はどうしても寝付けなかった。

 露子と出会ってからここしばらくは、多少寝付きも良くなっていたのだが事件以降はまたほとんど眠れなくなってしまっていた。

 部屋に閉じこもっていると、ずっと佐奈や露子、真莉夢のことばかり考えてしまう。

 あの後佐奈はどうなったのか、露子は今どうしているのか、真莉夢の怪我はどうなったのか。これから、どうすれば良いのか。

 義母の提案を飲むのが、一番良いのかも知れない。

 学費で更に負担をかけてしまうのは申し訳なかったが、もうこの町から離れてしまった方が良いような気がしてくる。

 言われた瞬間は出て行けと言われたような気分だったが、義母は義母なりに縷々のことを考えてくれた上での提案だというのは、なんとなくわかる。

 このまま学校へ行っても、余計白い目で見られるだけだ。その上孔雀門家に目をつけられてしまった以上、このままだと義父母一家にまで迷惑をかけてしまう。

 露子と離れ離れになるのは嫌だったが、何も永劫の別れというわけではない。夏休みや冬休みに遊びに来れば、露子とはまた会えるのだ。

 もっとも、もう一度連絡が取れればの話だが。

 露子に、もう一度会いたかった。

 義父母に頼んでスマホを新調出来れば良いのだが、これだけ迷惑をかけている手前、壊れたスマホを新調してほしいだなんて、縷々の性格ではとても頼めそうもない。

(どうしたら、もう一度会えるんでしょう)

 露子との出会いは、二度ある。

 教室での出会いと、真夜中の邂逅。

 あの鮮烈な出会いを、縷々は今もハッキリと覚えている。

 今夜も彼女は、どこかで戦っているのかも知れない。

「……っ!」

 そこで縷々は、ようやく重大なことに気がつく。

 露子の使命は、生者を害する悪霊を狩ることだ。

 ならば、悪霊化した佐奈は今、露子の除霊対象になっている可能性がある。

 そう考えると、ぞわぞわした悪寒が身体の底からせり上がってくる。

 佐奈を助ける方法は縷々にはわからない。このまま野放しに出来ないのは理解出来る。

 それでも、彼女が祓われるのは嫌だった。

 本来はただの被害者で、友達のために怒ってくれる彼女に、消えてほしくない。

 せめてもう一度、佐奈と話がしたかった。

 そう思った瞬間、重かった身体が自然と動き出す。


 音を立ててドアを開けても、やっぱり誰も何も言わなかった。



***



 足は自然と、学校の方へ向かっていた。

 佐奈があのまま裏庭にいるとは思えなかったが、手がかりがない以上一度は確認しておかないと気がすまない。

 見つかるまで捜せる程の体力もない。それでも、居ても立っても居られなかった。

 学校まで近づいてくると、縷々はふと霊力を感じ取る。

 負の感情で淀んだ、悪霊の霊力だ。

 すぐに、佐奈の顔が思い浮かんだ。

「佐奈さんっ……!」

 そのまま駆け出して、学校まで向かう。

 学校に辿り着くと、躊躇なく校門をよじ登り始めた。腕力のない縷々にとっては難しいことだったが、必死に力を入れてなんとか敷地内に入り込む。

 手にこびりついた、錆びかけた鉄の臭いが気持ち悪い。

 敷地内に入ると、感じていた霊力が佐奈のものだと確信出来た。

 息も絶え絶えなのに、それでも走り出して、縷々は裏庭へと走り出す。

 裏庭に辿り着くと、工事用と思しきガードフェンスが二つ置かれていた。恐らく裏庭への侵入を防ぐためのものだったのだろうが、何故か両脇にどかされている。

 そしてその向こうに、縷々は探していた人物を同時に二人共見つけ出してしまった。

「――――朝宮さんっ!」

 ゴシックロリータファッションに身を包み、銃を構える朝宮露子。そして、悪霊化した悍ましい姿で露子と相対する、佐奈の姿だ。

「待ってくださいっ……!」

 縷々の声に、露子は振り返らない。しかし僅かに、肩が動くのが見えた。


 そして露子はそのまま、引き金を引いた。


「あっ…………」

 冷たい鉛の塊が、佐奈の霊体に食い込む。その傷口から急速に露子の霊力が入り込み、佐奈の霊体を損傷させる。

 佐奈は、それ程強い悪霊ではない。縷々から見ても、鉄橋の霊や呪いの家の集合霊より遥かに弱い部類に入る。

 それ故に、露子に対して佐奈はまるで抵抗を許されなかったのだろう。露子は、後ろから見る限りは完全に無傷だ。

「そんな……」

 思わず、縷々はその場に膝をつく。

 結局、佐奈の人生はなんだったのだろう。

 正当性のない悪意で傷ついて、生きることを諦めて、死に切れずに霊になって、最後は悪霊化してただ消えていく。

 悪霊は祓われることで解放される。確かにそれは理屈ではわかる。悪霊のまま、呪いとして現世に留まることの方がきっと辛い。

 だが、鉛の弾や、銀の刃による救いなどあってたまるものか。

 縷々には、これが二度目の死に見えて仕方がなかった。

「……来々。また来たのね……」

 佐奈が完全に消え去ってから、露子は振り返る。

 夜に馴染む退廃的なゴシックロリータが、どこか死を連想させる。その一方で夜風に揺れ、月明かりで僅かに煌めく金髪は生の輝きを孕む。朝宮露子は、生と死の境界線上に立っていた。

 暗がりでわずかに伺える表情からは、縷々の無事を確認出来たことへの安堵の色が見える。今の縷々は、それに気づくことが出来なかったが。

「言ったハズよ。霊とは関わらないでって」

 冷たく、露子が言い放つ。

 感情を押し殺した露子の言葉に、縷々の心臓が冷える。

「どうして……佐奈さんを……」

 その問いに意味がないことは、縷々自身よくわかっていた。

 それを察しているのか、露子はあえて答えようとはしなかった。

「……帰りなさい。話なら明日――」

「どうして佐奈さんが消えないといけないんですかっ!」

 露子の言葉を遮るように、縷々が声を荒げる。

 思いも寄らない縷々の反応に、露子は目を見開いた。

「わ、わ……わかって、ます……! 佐奈さんは、人を傷つけてしまった……悪霊になってしまった……! だけど……!」

 考えないようにしていた気持ちが、鎌首をもたげる。

 こんなことを考えてはいけない。

 それでももう、抑えきれなかった。


 孔雀門真莉夢は、傷つけられても仕方がない人間だったのではないか?


 これは因果応報なのだ。

 孔雀門真莉夢は傷つけられるべくして傷つけられた。

 佐奈が悪いのではない。悪意で縷々を傷つけ、佐奈のトラウマを呼び覚まし、霊の存在を軽んじていた孔雀門真莉夢は、受けるべき報いを受けたのだ。

 真莉夢に傷つけられた人間は縷々だけではない。

 ほとんどの者が降伏して頭を垂れ、立ち向かったものは容赦なく踏みにじられた。

 そんな人間が傷つくことに、なんの問題があったというのだろうか。

「来々……」

 縷々の表情が、怒りで歪む。

 目に涙を溜めて、露子を見上げながら、露子ではない何かを睨みつけている。

 きっと縷々は、この世を睨みつけていた。

「これが……朝宮さんの……使命なんですね」

「…………そうよ」

 生者に害をなす悪霊を狩り、生者を守る。それが朝宮露子の使命だ。

 そこに個人的な感情を介入させることを、露子は良しとしない。

 誰の霊であっても、悪霊であるならば狩らねばならない。

 例え生者が、報いを受けるべき存在であったとしても。

 露子は、今回の事情をほとんど聞かされていない。

 誰が悪霊化して、誰が傷つけられたのかを露子は知らないままだった。そしてそれを、無理に知ろうとは思わなかった。知れば私情が挟まる。特に自身と関連性の深いこの場所での事件なら尚更だ。

 それでもあえて、露子は依頼を受けることを選んだ。使命に徹し切れる自信があったからだ。

 だが今は、少しだけ揺らいでいる。

 縷々の、見たこともないような表情が露子の精神を揺さぶっていた。

「助けて、あげられなかったんですか」

「……無理よ。悪霊化した霊魂は、もう祓うしかない」

 それがこの世界のルール。絶対の摂理。

 抗うことの出来ない根底。

 縷々はそれを理解は出来ても、飲み込むことだけは出来なかった。

「っ……!」

 気がつけば、縷々はその場から逃げ出してしまっていた。

 これ以上、まともに露子と話していられる気がしなかった。

 走り去っていく縷々の背中を、露子はすぐには追いかけない。

 かけるべき言葉が見つからなかった。

 ただジッとその背中を見つめて、露子は一度悲しげに目を伏せた。


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