ワルツ・フォー・デビー
霧雨煙る雨の中を、祝賀会が開かれるティト公爵の邸宅へとヴァレンタイン少佐は足早に向かった。
道中なんどか、オートモービルや馬車が通り過ぎた。
少佐は白い息を吐きながら、煙草に火をつける。
「征夷の勇者さま、今お時間よろしいですか?」
辺りを見回しても誰もいなかった。
訝しんでいると下からまた声が掛かった。
「こちらですこちら」
その声は、小柄なハーフリングの女性のものだった。
彼女は自らをモーニングラルキア紙の記者であると名乗り、少佐への取材を求めてきた。
「ごめん。急いでいるんだ」
「最年少で征夷の称号を得た勇者さまが、なにやら極秘の任務に就くとの情報がありました。いったいどのようなものなのでしょうか?」
「どこでそれを聞いた?」
「取材を受けていただける気になりましたか?」
「いい。結構だ。急いでいるんだ」
少佐は小さな記者を振り切って、先を急いだ。
誰かがまだ自分の後をつけているように感じられたが、途中からその気配も消えた。
公爵邸に到着し、家令に声を掛ける。
「征夷の勇者様、お待ちしておりました」
名乗る前に家礼は少佐を認識していた。
これに驚きながらも、家令に従い控えの間へ移動した。
コートの雨を払い、従者に渡す。
しばらくすると、ティト公爵が現れた。
儀礼的な挨拶を交わし、会場へと案内される。
そこではすでに会食が始まっており、少佐に気づいた者たちが列をなして挨拶にやって来る。
少佐は戸惑いながらも、次々とやってくる永遠にも等しい世間話に相槌を打たねばならなかった。
うんざりするような時間の中で、視界の先にフィッツジェラルド近衛師団長がそこにいることを認める。
彼はこちらが気づいたことを認識すると、笑顔で手を小さく振った。
列が途切れた後、少佐は侍女に休憩したいと告げ、空いている部屋を用意して欲しいと頼んだ。
少佐は侍女に礼を言って、煙草に火をつけた。
静寂が漂い、暫しの間少佐は煙に身を包んで楽しんだ。
しかし、それはそう長く続かなかった。
その安らぎ打ち破るように、女性が一人、部屋に入ってきたのだ。
「お疲れのようですね。勇者さま」
先ほども対面していたティト公爵夫人だった。
「公爵夫人、勝手にお部屋をお借りしてお詫びいたします。少し静かな場所を求めていました」
「気にされることはないのです。貴方がいらっしゃるだいぶ前から会食は行われていました。もう誰もが自分以外の関心など払ってないでしょう。私も少し休みたくて参りました」
公爵夫人が煙草を咥えたので、火を点ける。
「任地にはいつ?」
「あと、10日ほどで出発することになっております」
「まあ、それは急なこと。遠くて?」
「詳しいオーダーはお話できませんが、珍しくもありませんよ軍人ともなれば」
会話は長く続かなかった。
少佐は、あれほど長く感じられた世間話が恋しくなるぐらい沈黙に居心地の悪さを感じた。
公爵夫人の瞳が揺れているように見えた。
「これから私は別邸に移ります。良かったら勇者さまが任地に赴く前にお話をお聞かせいただきたいのですが」
「しかし、一応私のために開いて頂いた会でもありますし、おいそれと離れるわけにもいきません」
「もう誰も気にしておりません。銘々に解散して、残るものは朝までカードでもするだけですよ」
少佐は公爵家の申し出に固辞してよいものなのか思案する。
そして色々な心情を秤にかけて、明日も早いので少しだけならと答えた。
公爵夫人は少女のような笑顔を彼に向けた。