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煙が目にしみる

「まずはそうだな、おめでとう」

「ありがとうございます」


中央司令部の本館、局長室に呼ばれ、こうして軍のトップと顔を合わせている。

局長室の豪奢な机を前に椅子に座っているのが軍務局長、ガルバ中将。

目立った功績も無いのにも関わらず、今の地位まで上り詰め

実質彼が現在、軍全体を動かしているといっていいだろう。

いまや中将より上は現場には出ない名誉職になっており、予算及び人事権を担い

長年の戦渦による超法規で、作戦参謀本部までを取り込んだ軍務局長こそ軍権力の中枢だ。


「きみは煙草はやるのか?」

「紙巻ですか?頂きます」


中将から、いちいちもったいぶった箱に入れられた煙草を取り出し、一本頂いた。

彼は複雑なカッティングが施されているデカンタ瓶から蒸留酒をグラスに注ぎ、自分用と私用に2つ用意した。


「30年ぶりだそうだな、征夷の称号も」

「愚管には身に余る光栄です」

「東夷の仇敵とまで言わしめた貴殿にしては謙遜がすぎるな」


最初からこちらを測っているのが、ありありだな。

なんだかんだ言って、トップに立つというのはそういう才能に長けているということだ。

こういう人が怖いんだ。

自分の手札を見せずに、周りを動かすことで実を掴む。

野心家だけど、そう見せずに機を捉えるのが上手いんだろう。

まあ、実務に明るいか否かは別問題だな。

果たしてこの難局をどう乗り切るか見ものだなと、傍観者ではいられないのは我ながら辛いところだ。

私は彼の言葉に曖昧に頷くことで応えた。


「こちらに来るつもりは?」

「モンゴメリの進行は現在落ち着いてきておりますが、対魔王国戦の戦況は常に注視してるかと。ウェイゴが突破されたら、背後から別の敵を抱えることになりますし、戦線の維持どころではないでしょう」

「人にはそれぞれ役割というものがある。例えそれが望むのものではなくてもな。時には周りに求めに応じて受け入れることも必要だ。大事の前には己を抑えることも覚えなくては」

「正直、根っからの田舎者なので、こちらの水が合わないというのもあります。先代のようにとは、そうですね。簡単にはいきませんが、目指すべき一つの姿だと思っております」


まあ、お互いにポジショントークだよね。


「まあ、いいだろう。どこまで聞いてる?」

「まだ、なにも。こちらには知り合いもおりませんので、往生しております」

「なかなかにまずい状況だ」


彼が話した内容は当然ながら、なかなかでは無かった。


魔王国との国境線は、徹底的に専守防衛の姿勢を取っている。

その多くは予算上の問題に起因する。

他国に攻め入るというのは、防衛戦より費用が掛かるものである。

それが本拠地から遠のけば遠のくほど、補給、いわば輜重がその分掛かってくる。

軍の大部分は国境線に投入され、越境されるようなことが無いよう、シベリアオオカミのように目を光らせている。


じゃあ多くの勇者達はなにをしているかというと、国境を超え、他国で戦闘する独立機関だ。

パーティーの組み方は勇者ごとに違うし、ソロで活動する者もいるらしい。

他国で戦闘を起こして、補給に関してもその中で調達しなければならない。

1日泊まれば全回復する宿屋もなければ、死んでしまったら謎理論で飛ばされ、悪態をつかれながらも生き返る教会も勿論ない。

この世界であっても死は誰においても平等に、とても公平に訪れる。


戦争をしている敵国内で、衣食住を自己完結させるためには、基本的には略奪だ。

当然ながら、魔王国内も一枚岩ではないので、隠れて友好的な人達からの援助もあるだろう。

しかし国を、民を守るという分かりやすい美談を抜いてしまえば、やっている事は盗賊稼業となんら変わらない。

私が前の世界で知っている、勇者という概念からは遠く離れているように感じるが

よくよく考えて突き詰めれば、勇者の冒険とは相手を悪とパッケージした、散発的な領土侵犯

そんなものなのかもしれないと、この相対主義がまかりとおる世界に来て思うようになった。


それはそれとして、勇者達が緊張状態にある国境線を跨いで魔王国領に足を踏み入れる訳ではない。

モルトンという隣国に迂回してから侵入するルートが出来ている。

もちろんモルトン側に対し魔王国側からの異議は唱えられているが、内政干渉だと突っぱねられている。

だからといって、こちらと同盟を組んでいる訳でも、友好的な訳でも決してない。

なぜなら魔王国とこちらのどちらにも戦場物資を売って荒稼ぎ、勇者一行が訪れて賑わう街の税収はアップという、超現実な理由に他ならないからだ。

魔王国も戦線を広げるわけにも、物資を売って貰わない訳にはいかないため、不満を表明するぐらいしか手立てが無いのが現状だった。


だが状況が変わった。

モルトン側が代替わりし、魔王国支持派が多数を占めるようになったのだ。

それはもちろん、魔王国側からの工作、調略に他ならない。

これに困った(というより戦慄しただろう)のは独立遊軍たる勇者達である。

ルート断絶により帰還する手立てをなくし、多くの者が魔王国内のローラー作戦によって殲滅させられた。

ここでようやく、国の中枢に情報が届いた訳だ。

徹底して情報戦で負けている事に、果たして国のトップ層はどれだけ気づけているのだろうか。


そしておそらく、魔王国は大規模な国境線への進行を、間も無く予定していることだろう。

状況は非常に切迫していた。


「貴殿にはモルトンへの派遣が決まった」

「……しかし」


ガルバ中将はとても演技ったらしく人差し指を立てた。


「懸念はわかる。しかし決定したことだ。ちなみに宰相殿から直々に指名を頂いている」

「……」

「いつ取り入った?」

「見当もつきません。なぜ私なのかこちらが聞きたいぐらいです」


中将はふむっと言って、自分の考えを巡らせている。


「がるばさぁあああああああああああん」


突如、局長室のドアが、ホルスタインが虻を尻尾で振り払う様に無慈悲に開かれ

バックから弦楽4重奏が聞こえそうな美丈夫が姿を現した。

亡くなる間際のリバーフェニックスの様な、色気と儚さを同期した容姿。

シミ一つないパリッとした軍服に身を包んだ、凜とした佇まいに、誰しもが見惚れる神々しさがあった。


「だれ?」

「ヴァレンタイン少佐だ。征夷の称号を今日与えられていただろう」


美丈夫はその長身から無遠慮な視線を向けてきた。

吐息が顔に掛かるくらいの距離まで近づいてくる。


「へえ、やってみたいな」

「失礼だぞ。軍籍で勇者が出るなら征夷しかないのだ。若年の身ながら、その栄誉を授かる未来の英雄候補だ」


たった今頂いた指令で早晩死ぬかもしれないですけどね。


「ヴァレンタインくん、こちらは近衛師団長のネロ・フィッツジェラルド」

「よろしくねっ」


どうにか皮肉を言いたくなる気持ちを抑えて、握手を返した。


「詳しいオーダーは司令部に寄って聞いてくれ。戻ってくる時には相応しいポストも用意されるだろう。武運を祈る」


えっ!えっ?終わり?


「そうそう、祝賀会と歌劇は出席してから行きたまえ。貴殿のために催されるのだからな。今更断れん。映画の撮影は私から断っておこう。気にするな、幾分こちらはツテがある」


中将はもう用はないとばかりに、書類に目を通し始めた。

イケメン近衛師団長は横でニコニコしている。

こういう時、無駄に経験値あると空気を読みすぎてしまうとこが辛い。

諦めて、部屋を出た。


扉を閉める時、中将を顎クイして濃厚で音が漏れるくらいの口づけをしだした。

イケメンの目がこちらを見ている気がした。


もうやだ。


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