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テイク・ファイブ

この世界は5回目の邂逅だ。

一度目は新たな世界に飛び込んだことに純粋に感動していた。二度目はなにが起きたのかわからず途方に暮れていた。

三度目は起きている事象について自分なりに解釈を進め、原因を追求することにした。四度目から今までの世界線を相対的に解釈し仮説を組み立て、少なくともこの世界の中枢に身を置き情報を扱える立場になるべきだと考えた。

そして今に至る。


奇妙な世界だった。

ファンタジーのような人種が存在するなかで、前世界と同じような歴史を歩んでいるように見える。

この国の前身にあたる王国ではそこに住む亜人類は虐げられてきた。ラルキアに独立をされたあと、この国は革命により王政は打倒されて五族共生を謳う民主政権となった。

長い歴史の中では、一定の種が門閥を作って権勢を誇ることもあったが、多種族連邦は法治国家としての熟成が進むと、マジョリティがマイノリティを排斥するのは良くないよという文化になった。


お隣さんとは百年も小競り合いをしているそうだ。

かつての宗主国が従属国に足蹴にされたことを忘れないように、積年の恨みを持つ関係性でもある。そして民主主義と専政主義との対立構造としてもいがみあっている。


魔法という概念も存在していた。

しかしどうやら現在では下火のようだ。

いくつか要因はあるがまずリソースの問題がある。

産業革命以降、コスト面で魔法技術より大きな成果をもたらすことが出来るようになった。

科学は資源を投入すれば安定した再現性を実現し生産性が計れるのに対し、一方魔法は資源に乏しく再現性も低かった。そのくせ専門性も高く個人に依存したり、希少性の高い魔石を用意しなければならない。まず投資対効果(ROI)において圧倒的な差がついた。


また、魔法はこの世界の宗教と強く結びついており、権威主義を担う構造にも繋がっていた。

個々の適正があり、知識は広めるものでなく教会管理下で賜るものだった。

そのため特権階級にだけ与えられる秘匿性という側面が強くなった。

やがてこの世界でも「神は死んだ」みたいな抽象的なことを言う輩が現れ、啓蒙思想が流行し教会の権威は失墜していくと同時に魔法も廃れてきたのだ。


だが魔法の構造をよくよく見てみると、いやいやどうして相当に高度なことがわかる。

いうならば魔法における術式はプログラミングコードであり、詠唱コンパイルして出力アウトプットさせる技術である。

プログラミング言語のように魔法には的確属性があり、言語を理解しないと正しく最適化出来ないのも一緒である。

C言語で例えると、ハードウェアに近い層で動作することを前提に設計された言語であり、そのためコンパイラが解析しやすいループ構造を用いたコードは非常に高速に最適化される一方で、過剰な抽象化や不要な間接参照はCの強みを削ぐことになる。同様に近代魔法理論では冗長な修辞を含む術式は演算機構にも誤解を与えるため、属性ごと最適化をするために不要な構文を削ぎ落としている。

例えば簡易的なファイヤーボールの術式はプログラミングコードに落とすとこうなる。


#include <stdio.h>


/* caster */

typedef struct {

int mana;

} Mage;


/* cast fireball */

void fireball(Mage *m) {

if (m->mana < 10) {

printf("not enough mana\n");

return;

}


m->mana -= 10;

printf("fireball cast!\n");

}


int main(void) {

Mage mage = { 50 };


fireball(&mage);

printf("remaining mana: %d\n", mage.mana);


return 0;

}


実際には魔力総量というメモリがある以上、いくら高度な術式でも出力するにはスペックが求められるし、現代魔法は安全マージンを取るためにフレームワークやAPIを組み込んで制御している。


物理原則も量子力学もそれ自体はこの世界も変わらない。

ただ導き出す法則には、それに至るまでのリソースとOSがそれぞれ違うというだけの差だ。

アプローチが違うだけなので、私がこの世界でE = mc²みたいなマッチョなことを突然言い出すことも可能だろう。ただそうなった場合、今はダウントレンドとはいえ、魔法よろしくあるこの世界ではより早く兵器転用として到達されることだろう。

私が気まぐれにこの世界の歴史を少しだけ早めたところで、オッペンハイマーのジレンマを自ら抱えることに意味があるとは到底思えない。


−課題に対して答えを導くのは自分でも得意分野だと思う。しかしその度に人生が初期化されるのはほとほと困り果てている。正確には9年前に戻ってしまう。前の世界の自身の行動が、次の世界に影響されていると感じるものは今のところ見られない。10年後に迎えるタイムリープ・コーディングは誰が為のセーブポイントなのか、SSRを引けない19年越しのリセットマラソン。今までの時間軸では解決の糸口すら見つけられていないとはいえ、なんとかこの世界線では状況を打破したいと考えている。


この世界で私はフォルニア国議員の息子として生まれ落ちた。そして今はその地盤・看板・カバンを継ぐ二世議員である。最初の頃は昔の知識で国を豊かにしてやろう、という壮大な理想に心を砕く立派な政治家だった。今やその政治家であることの目的が変わってしまった。

いざとなれば政治家でない生も選べると思うが未だ踏み出す勇気を持てずにいる。

都合よく上の方の重要人物がすげ変わるえぐい党内粛清人事が起こるような政局で、その時期に起こる駆け引きを知っていたからこそ、荒波を華麗に乗り越えて異例の出世と言われた。いくら親父殿が政界のキングメイカーと恐れられた名物議員だったとしても、権力までは引き継げない。当選回数も対して重ねていない若手議員が与党首相になるまでには表も裏でも活躍する必要があった。おかげさまで緊迫した外交情勢も手伝い、ついに次期元首というところまでやってきた。


しかしこの世界は一体なんなんだろうね。

人類種は前の世界と同じような人種に見た目は分かれているが、もっとわかりやすくファンタジーにいるような種族もある。何より私がそうである。

もちろん他種族を侮蔑するような言葉があり、差別は良くないよという()()でも差別はある。

とはいえ住む地域による環境属性もあるし、メイションするカテゴライズが複雑化しただけで、世界の構造は大きく変わらないように見える。

当たり前のように亜人種同士が一緒に過ごす世界だが、人類種と他の種族では声帯が違う為、同じ公用語でも少し発せられる音が違う。例えばエルフなどが発する言葉は母音が長く伸び、子音の角が取れる。我々オークだと低音が強く、鼻濁音が混じりやすいなどの特徴がある。

うーん。いってもそれはそれで個体差だってあるし、分類する暴力がルッキズムを生んでいることに変わりはない。

自分の姿も、相手の話す言葉も結局は慣れということだ。


可能性について考えてみよう。

同じような不文律が連続している歴史観を踏まえると、ここは実は地球で、ディストピア後に一度文明は消えて新たに出てきた文明の何千年後かである。地理的環境的制約があるから、淘汰された文明をなぞってしまっているという説。

または、これは過去の失われた文明で、ムー大陸然りこれから古代核戦争説のようなディストピアに向かう都市伝説の亜種であるとかなんとかかんとか。

一方で別の銀河、別の惑星という側面は可能性として限りなく低いのではないだろうか、同一の惑星的初期条件、同一の進化分岐、隕石、氷河期、疫病などの同一の偶発的事象、同一の歴史的選択をして、多少の違いはあっても同じような世界観が形成されるというのは到底考えにくい。

むしろ前述のディストピア理論を発展させて、人類が地球を離れ、別の惑星で紡いでいるナラティブといのも捨てがたい。

宇宙世紀 親父にも殴られたことないのに ジークジオン


安直にこの世界は水槽の中の脳が見ているバーチャルではないかと考えることも出来るだろう。ローデンストックのサングラスを掛けて全身黒服に身を包んだアクロバティックなスタントしか見るべきものがないキアヌリーブス主演のあれや、VRMMOとかもこのジャンルに該当するし、創造主が自分なのか他者なのかは知らぬが、人の考えたことならこのひねりのない世界観も納得だ。

信じるか信じないかはあなたしだい。

ようチェケラッチョ


まあ、そんな話はどうでもよくて

タイムリープを引き起こしているトリガーがようやく掴めたのは収穫だ。

やはり中枢に入れば入るほど扱える情報の質は違う。

七響の存在は知っていたが、それこそこの世界の都市伝説の類だと思っていた。

その昔、反乱を起こされ政体を吹っ飛ばされたこの国は、新たな政体に落ち着くと一体自分たちの身に何が起きたのか研究し始めた。

まだ当時はラルキアも版図を拡大している最中だったので、諜報活動を行なった者が直にその脅威を見てきた時代だ。

そして「全容を把握できたわけではないが」という注釈はあったものの、以下のレポートを纏めた。


⬜︎国防技術評価報告書

件名:非在来アビリティ「七響」に関する総合評価

機密区分:極秘

作成日:—


概要:本報告書ではこの国の前王朝が非常に強力な軍隊を擁していたにもかかわらず、赤子の手を捻るように打倒された要因を非在来型アビリティ「七響」に結びつけて考えたものである。

それは形容しがたい脅威であり、前王朝とっては不幸な事であったとは思う。

とはいえ、打倒されるべき原因を作っていたのも前王朝であったのだから、我々が彼らの無念さに対してまで同調すべきことではないだろう。

あくまで旧ラルキア辺境伯群から出てきて反乱軍を主導した勇者という呼称の概念、その団体組織から生まれ使用されたその「七響」について、技術的実態、軍事的有用性、潜在的リスク、および国家安全保障への影響を評価するものである。


第一種干渉系:「平衡」

他者の内耳(前庭器官)へ干渉し、重力感覚や体軸感覚を乱す。

対象の聴覚情報の受容を遮断する、局所的無音化を付与。


第二種認識系:「識別」

対象の視覚情報および視覚処理を改変し、錯覚や認知誤差を発生させる。

対象や環境の 不可視化を行使できる。観測者の脳内認知から対象そのものを除外することも可能。


第三種測位系:「定位」

対象の距離・位置・密度を把握する。時間逆行の観測者

全アビリティに対する無効化耐性


第四種時間系:「変換」

時間の層をずらし時間逆行を引き起こす。個体や小規模空間の時間軸を巻き戻すことも可能。


第五種強化系:「反応」

周囲の振動・感情・魔力波動に共鳴し、それを吸収・転化して身体能力や魔力を増幅する。


第六種精神系:「連結」

他者の精神と感情に直接回線を繋ぎ、意識や感情を共有・束縛する。


第七種律動系:「律動」

世界そのものの周期・拍動に干渉し、空気振動、潮流、地殻、心拍などあらゆるリズムを支配する。


−レポートはこのあと各アビリティを軍事、戦術転用にした場合にどのような脅威となりうるかを示している。また当時、七響を目の当たりにし、生き残ったファルニア兵士による回顧録も記されていた。まるで素人の私でも、こんなチートが成立するのなら勢力均衡なんてとてもじゃないが図れないと思う。

どうやら当時のフォルニア上層部は、なんとか七響のアビリティに近いものを自前で用意出来ないか苦心したみたいだ。そして後年、超音波特化銃、通信妨害ジャミング魔法、魔力増強剤(魔法因子ステロイド)などの開発をみるとその一端は成功しているようだ。

自分たちが持たざる更なる脅威は、新しい発想によるイノベーションをもたらしたともいえる。因縁を切り離して新しいものは生まれないと言ったのは高浜虚子だったな。

去年今年貫く棒の如きもの(こぞことしつらぬくぼうのごときもの)とは、時が移ろうとも変わらないものがあること詠んだものだが、私にとってはなんとも皮肉なものか。


ラルキア側は七響を持つ勇者達が退場すると、アビリティを継ぐ者達は生まれなかった。

そしてフォルニアからの報復を恐れ、国境線に前線基地を置くようになる。

やがて戦線は伸び続け、両国の国境をすべて覆うようにプピエヌス線と呼ばれる防御戦域に変えた。

七響の理論を模した新たな魔法技術はフォルニアの後塵を拝したラルキアだが、自分たちがすでに空っぽであることをバレないように必死に努めた。

フォルニア側も、もしかしてと疑念を感じていたが、自分たちを襲った恐怖というトラウマを覆すことは出来なかった。

フォルニアがラルキアから七響の脅威は完全に消えたことを悟った頃には、完全な防御陣形が出来上がっていたため、あとは百年間の間、大小の小競り合いに終始している。


とても優れたレポートだった。これが600年以上前に書かれたものだとは信じがたい。

体制が変わってもこれだけの情報収集能力がある機関をもっていた国が、こうも簡単に瓦解してしまったことも同じぐらい信じられないことだった。


だがそれは私にとってやはりどうでもいいことだ。

なによりこのレポートを初見で読んだ際にで小躍りしたのは、第四種「変換」が時間逆行を起こし、第三種「定位」が時間逆行の観測者であるという点だ。

レポートの記述通りであるのなら、なぜか私の状態がその「定位」であり、私以外のどこかに「変換」がいることになる。

いや、勿論私が「定位」であるかもしれないが「変換」というトリガーを持っていないという証左にはならないし、「変換」においてもここまで大規模な時間逆行が行われるとはレポートからは読み取れない。

私が見たい景色を見てるだけの可能性があるとしても、大きな前進というより、この世界に来て初めての前進だった。


−そんな考えに耽りながら、自分の上を跨いで激しく動くエレノア女史を眺めている。

髪を振り回しながら、怨念のような呻き声を響かせていた。

腰を少し上げてやると、唸り声から猟銃で打たれた肉食獣のような断末魔をあげた。


情事がすむと、弛緩した体で彼女は煙草に火をつけ、髪を梳かす。

私は彼女のグラスに葡萄酒を注ぎ、自分は冷蔵庫からミルクを出して飲んだ。

キッチンに飲み残してあった珈琲のカップにミルクを注ぐ。

混ざり合っていくその姿を眺めていた。

これから朝を迎えるさめざめとした時間の中で、このあと会う征夷の勇者のことをぼんやり考える。


急に後ろからエレノア女史が私の股間を弄ってきたので、愚息は律儀に反応を示した。

そうして5分のインターバルのあと、また体を重ねた。


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