ミスティ
— 皇紀659年 プピエヌス防衛戦線 ディローヌ要塞地下 —
「陛下、顔を上げてください。それじゃ話ができません」
彼はそう言って戦場には似合わない白い歯を見せた。
「気にしないでください。こちらに来てからというもの、腫れものみたいな扱いにも飽きました。見てくださいうちの隊を、軍服がショーケースに並んだ新品のように綺麗なこと。なにせ、みな育ちがいいですからシャツにスープのシミすらありません。国を守りたくて軍に志願したのに、軍らしい事といば、他の兵士同様に口の水分を奪う糧食を食べるぐらいだ。これから存分にこのジャケットに栄誉を与えられるなら、それに勝るものはありませんよ」
眩しい。自分とは真逆の性質だ。
貴族の中にも良いやつはいるんだな。彼みたいにノブリスオブリージュの精神が染み付いている人物が上に立つべきなんだ。だけど大体良いやつは陰険で自己保身の権化のような無知者に関わって早々に死んでいく。その筆頭にいるのが私だ。こんないいやつに私のために死んでくれとは自分のあさましさに反吐がでる。
「しかしラエタル高地奪還とは驚きました。要所中の要所ですよ。仮に我々だけで攻略出来たなら、それこそ2代目征夷の勇者ソニー・マクデブルクのラザス砦の奇跡に等しい功績です。やんごとなきハリボテ竜騎兵と揶揄される我が隊の汚名返上には、この上ない舞台です。……あっ今は征夷の勇者の話は不謹慎ですかね?」
肩をあげて気にしていないと応えた。
実際何も知らないのだ。一度は魔王との決戦において相打ちし、死亡説も囁かれた英雄が実は生きていて、なぜか反乱軍を率いて国に弓引くとは、間にどんなストーリーがあったらそうなるのだろう。
「そういえば当の3代目がまだ軍属だったころ、その部隊は音もなく敵兵を屠り一夜にして一個中隊を殲滅したと聞きます。現在は北域鎮台と睨み合いとのことですが、その時と同じ部隊を率いているわけではないとはいえ、我々の祖である初代様と同じく魔王を倒すという並びない功績を持つ元勇者に軍は対抗出来るんでしょうか」
しかし、困った。
彼の名前が思い出せない。
彼の部下も殿下としか言わないし、従兄弟なのに今までぜんぜん交流なかったからなあ。
「まあ、そんなことをここにいる我々が気にしたところでどうしようもありませんね。それよりも皇后、皇太子のことを思えば陛下の心中察するに余りある状況です。本作戦遂行は独断ではありますが、指揮権は本来我々が持っているものです。非難はするでしょうが、軍上層部が我々の勝手を責める名文があるわけではありません。それにこちらにしても、いつまでもお飾りとして扱う専横に対して日頃から鬱憤が溜まっていたところです。成果さえ出せば連中も首を縦に振らざるをえないでしょう。千歳一隅、見返すにはいい機会です」
「自分で言いだしてなんだけど、少しでも勝機はあるのかな?」
「ふふふ。正直にいえば正気の沙汰ではないですね。とはいえ、どれだけお飾りと言われようと貴族にだけ魔術予科士官学校が許されていることもあって、幻術部隊は他陸軍より我らのが揃っています。今までは後方から通信妨害をするだけでしたが、そんなことをするために魔士に入ったわけじゃないと愚痴をこぼす部下を宥めるのも、それはそれで楽では無かったですよ」
「どう攻略する?」
「正面突破は武威は示せますが消耗率が激しく当然論外です。空挺部隊による撹乱を主軸とした陽動策でいきたいと思います」
「囮を使うのか」
「はい。敵陣正面は視界が開過ぎていますし、哨戒も我が軍が展開している北西に偏っています。ラエタル高地を空挺船で迂回して敵後方より部隊を投下、ただし幻術部隊による広域視覚妨害と投影術を行使。術式持続は標準で13分。発煙と魔雷演出を含め最大でも15分です。その間に幻術迷彩した空挺船で竜騎兵本体は座標ヴェルテス-ティア2の上空から降下、戦力分散を避けながら一個中隊を布陣させ敵側面を叩きます」
「生きて帰れるといいな……」
「改めて言わせて頂きますが、陛下は戦場に出なくてもいいのですよ」
「数少ない味方を死地に向かわせるんだ。私は後方で大人しくしてましたなんて、仮に作戦が成功しても家族に合わせる顔がない」
「……かしこまりました。それでは陛下は私がお守りします」
「お互い腫れ物扱いには飽いているのだろう?死生天命。これでも我々は初代様の子孫な訳だ。英霊たちの加護に縋るしかないだろうな。なあに、たとえ身体が半分になろうとも家族の元に帰るさ」
「陛下、今更ですがお声……治られてよかったですね」
「なぜかはわからないけど吉兆だと思おう。戦働きで発揮できる得手があるわけでもないからな、せいぜい声を枯らすさ」
互いに肩を寄せ合って笑った。
少し胸が痛んだが、きっと彼も同じように感じているだろう、そう思った。
◇
— マルゴヨンマル マルベック平原 サンテ・クリス城跡 —
あたりは霧に包まれていた。
この世の終わりのような静けさが鳴り響いて耳が痛い。
兵たちからたまに聞こえる咳払いや、湿った轍を踏む靴の音がやけにおおげさに聞こえて少し可笑しかった。
「いよいよ待ちに待った我々の戦場だ。もう後方で書類を書かなくていいし、人形のように綺麗な軍服に負い目を感じなくてもいい。我々が大地にキスをする時は勝利した時だけだ。間違っても私におまえらのタグを拾わせるなよ。長い逗留でおかまをほられた者も、後ろから味方に弾をぶち込むことは禁ずる。その情念は敵のケツに向けて銃剣を突き上げるんだ。今帝国各地では我々持つものに対する風当たりは強い。この作戦が名誉回復の一助となると私は信じる」
陛下と、促された。
改めてほんと良いやつだと思った。
「武運長久を祈る。勝利してみなで生きて帰ろう」
兵士たちの靴を揃える音が響いた。
生きて帰る。そして家族の下へと急ぐのだ。
◇
「隊列を崩すな!引いても逃げ場は無いぞ!前進して活路を開くのだ!誉高き帝国兵士としての意地をみせろ!」
我々は敵陣営が構えるラエタル高地攻防戦に突入したと思っていた。
しかし始まる前に終わる戦いもあるのだとは知らなかった。
当初、作戦は非常に効果的に機能しているように感じた。
なにしろ敵もハリボテ部隊で有名な独立遊軍が動くことなど想定していなかったから。
そりゃそうだ、味方さえ期待していない部隊の突撃など想定できるはずもない。
ただ、それだけだった。
撹乱に成功し、敵陣営の横っ腹に乾坤一擲の一撃を与えることができる筈だった。
中腹に降下し、数メートル前進したところで泥濘に足を取られた。
揚々と突撃しようとする逸る気持ちは序盤で削がれ、我々は山肌の地面にへばりつくようにもがきながら進軍することを余儀無くされた。
竜騎兵は小回りのきく鳥馬の機動力が売りだ。
貴族らしく、いにしえの戦場では華と謳われた。
そして本作戦の地形による戦略上、ラエタル高地攻略にはもちろん連れてきていない。
戦場に貴賤などありはしないのに、歩兵の真似事などと侮った伝統が足枷になる典型だった。
やがて砲台手のライトに照らされ、堡塁からしゅるしゅると、やる気のない砲声が聞こえてきた。
着弾とともに無表情に繰り返される大合唱は、感情のないただの虐殺だった。
あたりは濃霧に包まれていて、どれだけの損害を受けているかの判断も出来ない。
味方からの断末魔が不協和音のように定期便で響くだけだ。
最初から上手に負けることを設計された作戦では無かった。
確かに戦場を知らない童貞部隊の、机上の作戦だったのかもしれない。
手解きがないまま閨ごとに進み、どこの穴につっこめばいいのかさえ分からないのに潮を噴かせられると信じて疑わなかった。まったくおめでたい話である。
諸悪の根源は考える時間もまともに与えなかった責任者にある。
その場にあった感情論をただ喚く無能のために、実に多くの若者を死へと向かわせた。
なにも知らないことを知らないから、人を傷つけることに鈍感でいられるのだ。
「うえーいバイブスあげていくぜ」なんて、浮かれた浪漫を戦場に持ち込む少し前の自分をもし俯瞰できたなら、力の限りぶん殴るだろう。
それでも最初はこちらも必死で火力をぶつけた。
型はマスケットやブランダーバスというまるでビンテージだが、火属性や水属性の魔力銃だ。
本人の魔素しだいなので軍で支給される銃剣より飛距離が出る。
代々継がれるゴテゴテした代物をこれみよがしに戦場に持ち込むのだから、他部隊から白い目で見られるのは言うまでもないが、岩陰に隠れて少しでも抵抗出来ているのはこいつのおかげだ。
そうでなければ、お散歩と呼ぶには絶望的な堡塁までの道のりを、玉砕覚悟の突撃しか選択がないことになる。まだ味方から威勢のよい声が途絶えていないのが救いだった。
「オラっ!ケツだせっケツ!ヒイヒイ喘いでみろ!」
「お前の可愛い菊門を嬲ってやるぞ!こいよっカマ野郎め!」
みな戦場がこれほど怖いとは思ってもみなかった。
声を出していないと、とても正気を保っていられない。
罵声と銃弾のコール&レスポンス。
戦列歩兵として華々しく散ることを良しとする貴族など、もうとうの昔に絶滅している。
戦場からロマンを奪ったのは火力の発達か、それとも徴兵による総力戦か。
時間は無慈悲に経過していった。
盤上の形勢をひっくり返すにはもう人が死にすぎている。
持久戦になれば、地の利の無い我々に出来ることはない。だから無理をしてでも前に進むしか活路は無かった。
たまたまかもしれない。
このタイミングで起きることを知っているような気がした。
そうでなければ、自分の近くに落ちる砲弾に運よく避けれたことをどう説明したらいいのか分からない。
音より先に圧がきた。
圧縮した空気が音を切り裂き、鼓膜を劈いた。
肺が縮み、視界の端が白く焼けている。
鼓膜の奥で高音が鳴っている。隣にいる筈だった従兄弟氏に対して叫んだ気がするが、自分の声は聞こえてこない。
「生きているか!」
しばらく経ってから誰かの声が聞こえた気がしたが、それが自分の声であると認識できたのは後になってからだ。
そして視界の端に足がひん曲がっているそれを見た。
糸が切れたマリオネットのように横たわる彼に近づく。
SAN値が下がった自分の精神で見えている景色に確信は持てなかった。いずれ運よく昔を振り返る機会を得られたとして、果たして正常に自覚できるかは謎だった。
「……へ、陛下すいません」
「喋るな!」
彼を背負って岩陰に隠れた。
近くにいた仲間達の声も、もう聞こえてこない。
鉄と肉と土のむせかえる匂いが辺りに漂っていた。何度もえずくが、横隔膜が不器用に動くばかりで胃の中のものを吐けそうな気配は一向にやってこなかった。
「また下手こいた。僕に生きとる価値はないんや、って自分を責めとるんか?あんたはいつも変わらへんな。お花畑で暮らしとんのかいな?それとも英雄になりたかったんか?ちゃうわな。ただ、おどれの無力感に耐えられへんのよな。評価してほしいんよな。もっと自分を見てほしいんよ。上手くいかないのはおどれのせいやと口ではいう癖に、それを認める勇気はもっておらへんのよな。そういう罪悪感に酔ぉてる自分が好きなんよ。天満あたりで安酒浴びながら一生グダッて相手に講釈垂れてる売れない役者みたいなもんや」
目の前に立つ関西弁を話す卵がこちらを見ながら喋りかけていた。
砲弾と銃弾の雨はこちらの抵抗が少なくなったのを見計らって攻勢を強めている。
「なんや、あほみたいな顔して。あんたも忘れとんのかいな。しょーもな。まあええわ、じぶんはおどれのことしか興味あらへんもんな。ほんまは正味家族の事とかどうでもええんやろ?えらい必死感だけあるように見しとるけど、気づいとるか?切迫しとる感じまるでないでじぶん。いつだって可哀想なじぶん。なんでワイだけがって顔に書いとるわ。なんの因果か皇帝に生まれて不満たらたら、民草が食えへんのに知らんぷり、じぶんは悪ないみたいな顔や。ほんで今度は戦場でじぶん探しごっこや。誰になにを証明したいねん?いやそれもちゃうな。ほんまは言い訳がほしいだけやねん。呵責にたまらんと悶えるじぶんを見とうないねん」
銃を卵に向けて撃つと粉々に散った。
途端に汗が吹き出した。動悸が止まらない。
堪え切れずに壮大に地面に吐いたあと、行き場を失った思いを抱いたまま叫んだ。
—いつからだろう、気がつくとさっきまでご機嫌に飛び交っていた敵からの銃弾も砲弾もピタリと止んでいた。
代わりに銃声と砲声は慌ただしい声と一緒に、遠くへと向きを変えていくように感じられた。
いったいなにが起きたのか、すぐには分からなかった。
ぼんやりとした頭が働き出したのは、もう随分と経過した後のように感じるが、本当のところはよく分からない。
どうやら敵は我々とは逆に位置する別の敵と交戦を始めたようだ。
私の考えに間違いがなければ、それは味方だ。
味方?
◇
硝煙が立ち込める斜面を残存竜騎兵を纏め、従兄弟を背にしてよじ登る。
途中からは遮蔽物が殆ど無かったから、もし無理にでも駆け上っていたら全滅していたことだろう。
登り切ると案の定、そこにはラエタル高地を制圧したラルキア軍が駐留を始めていた。
勝手に軍を動かし、作戦を遂行出来なかった部隊を蔑んでいるのだろうか、誰も我々に近づいて来なかった。
遠巻きに我々を見ながら煙草をふかし、ヒソヒソと話す姿が見えた。
すでに溢れそうなほど呵責と恥辱にまみれていたが、生き残ったものたちになんとか水と、いくばくかの休息を与えたかった。
重たい足取りに鞭打って進んでいると、ネロ師団長が近づいてきた。
「おや?陛下ですか?生きていましたか。まったく運が良いのか、悪いのか。まあ、お陰様でこうしてラエタルを奪えた訳ですから感謝しなければいけませんね。いやあ、ほんとこんな簡単に踊ってくれるとは思ってもみませんでした。あっ、でも陛下のご家族が別荘で捕捉されたの本当です。まあ色々な思惑が噛み合ってますから、なにが本当かなんて今更意味のないことですけどね。竜騎兵は自分たちの動きを隠せていると確信していたみたいですが、まあ殆どが素人集団のやることですから実際にはこちらに筒抜けでした。というわけで、我々はこれ好機と急遽竜騎兵をデコイにしたラエタル攻略と相成りました」
ふぇ?
「さあ陛下、問題です。なぜあなたは梯子を外されたと思いますか?①軍はクーデターを起こし、軍事政権の樹立を目指している。②本当は無理にでも帝都に戻ろうとしたら列車を爆破させることも辞さなかった。まあ、これは敵前逃亡した皇帝というレッテルを貼り付けた方が皇室の評判を落とすことになるため、最後まで議論が続いてました。③まさか軍を率いて自身が戦場に出るほど愚かではないと思うけど、まあそれで囮になるなら良し、死んで病弱の息子に帝位を引き継ぎ、軍が政権内のイニシアチブさえ握れれば、実質傀儡政権から緩やかに移行というシナリオも描けます」
ああ、五月蝿い。五月蝿い。ここは暗く、とても寒い。戦闘機が側で耳鳴りがします。
「懸念点はありました。魔王国、フォルニアがどう動くか分からなかった。帝国の混乱に乗じてプピエヌス線を超えてくるようだと厄介です。我々が有利に進めるには出来ればラエタル高地を確保しておきたい。結果として渡りに船だった訳です。まあ、あなたが生き残っているのは誤算といえば誤算ですが、無茶な作戦で多くの兵を死なせた執行者に同情する声は殆ど無いでしょう。それに竜騎兵は軍規違反で捕えられます。あなたを擁護する声はありません」
それはせまくて、とても苦しい。縞リスが私の脳を持って齧っています。
「さて、近衛師団も竜騎兵同様に貴族による編成軍ではあります。むしろ皇帝陛下、並びに皇宮を守るが役目ではあります。そして我が姉もこの国の宰相です。いわばフィッツジェラルド家はラルキアでも重要な地位を確保している訳ですが、私にとってはそれはどうでもいいことです。たまさか生まれてきた境遇、家格は人物を規定するものではありません。……綺麗事ですけどね。でも飢えている国民に無関心でいられるほど、おめでたい頭でもありません。姉上も頑張ってはいますが、今の体制を大きく変えるほどの力は持っていない。あなたの父であるトラクス様は廷臣、議会を含め制御しておりましたが、その実、敵も多かった。結局は既得権益を毀損させられた貴族から売られて凶弾に倒れてます。まあ、軍も把握してましたが、手心は加えませんでした。あなたに個人的な恨みはありません。むしろ同情もしています。ただ無能がトップに立ってどうにかなる状況ではないということです。生まれた時代が悪かったと思うしかないでしょうね」
ー トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです ー
アレナンダッケコノウタダメダゼンゼンオモイダセナイワ
「それと一応これは親切心ですが、その左胸に下げられた勲章からもマリウス殿下だと見受けられます。頭が吹っ飛んで蘇生できる人間はおりませんので、死者への想いは置いておいて、もう還してあげたほうがいいでしょう」
振り返ると、顎から上が花開いて、てらてらと光る肉片が乗った死体がいました。
するとどうでしょう。自分の感情がゆっくりと壊死していくのが見えました。残った自我は北風さんに負けないようにとコートの襟を立てています。
自身の顔の皮膚に爪を立てています。爪の先からは血が滲んでいるようです。
「あー」とか「うー」とか、踠く男の声が聞こえてきました。
「呵責にたまらんじぶんを見とうないねん」
どこのチャンネルを回しても砂嵐しか映さないテレビから、あの卵の声が聞こえます。
引き金を引く、吹っ飛ぶあたま。花と散る。
ー 春霞かすみていにしかりがねは今ぞ鳴くなる秋霧のうへに ー
テーブルにあった猫がリモコンを落としました。
するとテレビは不機嫌そうに電源を消しました。
◇
「…………」
「…………」
「…………」
「……陛下、……陛下、聞こえてますか?」
目の前に従兄弟の顔があった。顎から上が花開いていない普通の顔だ。
「ここは?」
汗をかいていた。皮脂から気持ちの悪い爛れたような臭いが漂っている。
頭がバットでフルスイングされたように痛かった。
天井を見た。なんの変哲もない天井だった。
「だ、大丈夫ですか?」
従兄弟の顔をもう一度見た。マリウスという名を今は知っている。
今度は自分の手のひらを見た。リアルだけどリアルには思えなかった。
「ラエタル高地攻略のお話ですが……」
また彼の顔を見た。もう殆ど睨んでいたことだろう。
手のひらを見た。彼を背負って歩いた重みを、その手だけが覚えていた。




