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マックザナイフ

あずかり知らないところでなにかが進行している気持ち悪さを感じている。

犯人は語り手本人という叙述トリックのように、見落としているなにかがありそうで、その実なにも気づけていないのではという不安。


ただ私には、一瞬で人を昏睡させる毒針を出す腕時計を持ち、力を増幅させて一撃で卒倒させるスニーカーを履く少年のような頭脳は持っていないため、考えたところで答えは導けない。

眉間に皺を寄せて難しい顔をしていてもごっこ遊びにしかならない。

というわけで途中から考えることを辞めてしまったようだ。


さて問題は首を切られて横たわっているこの死体である。

なぜこうなったのか、順を追って考えてみたい。


王立歌劇場ホールはバロック風建築の、壮麗で絢爛で、またシンメトリーからくる調和であり、なんというかとにかくデカい。

エントランスに立つ円柱はこの建築のシンボルとなる威厳をオス感満載でイキリ散らかしている。

歌劇場は何代目かの王の名前を冠にした広場に面しており、また広場の前にある何代目かの王の名前を冠にした橋を渡ると宮廷がある。

要は貴賓用の劇場なのだ。


そんなありがたい劇場で観るのは、高齢の王が退位にともない息子たちの愛の深さを確かめ、お世辞を言えなかった正直息子を放逐。おべっか遣いの息子の方に領地を与えたら今度は自分が国から追い出され、途方にくれていたら自分が疎んじた放逐息子に助けられて、二枚舌息子に戦いを挑むも、戦いのさなかに不器用にしか生きられない息子が性悪息子に殺されて、自業自得の元王さまは発狂するという、どっかで聞いたことのある、登場人物が馬鹿しか出てこないストーリーだ。


新たな勇者の門出を祝う、めでたい縁起物演目としてどうなんだと思わないでもないが、目頭を押さえてすすり泣く声が劇場に響くのを見ると、イベントにかこつけて、自分たちが楽しみたいんだなあと、なんか妙に納得してしまう。


終幕と共にカーテンコールで出演者に万雷の拍手が送られ、そのついでに私も紹介をされて拍手を預かるという様式美が終われば、王都での用事はめでたく全てクリアしたことになる。

あとは片道切符を持って、車窓から見る景色と人生を振り返る時間がくるのを待つだけである。


とほほ、と首を垂れていじけていたのがいけなかった。

警戒するべきだったのだ。言い訳にすぎないが感傷的になり過ぎて注意を怠っていた。


劇場内の通路からヒールで床を鳴らす音が近づいている。地面をひきずるロングトレーンのドレスをまとった彼女は、とりまきを引き連れ、こちらに一直線に向かってくる。


「なぜ、なにも言わずに帰られてしまったのですか?」


突如現れた公爵夫人から指摘されて初めて気づいた。今更ではあるが確かに呼ばれて行ったにも関わらず挨拶もせずに帰るというのは体裁が悪すぎる。しかもラッキースケベな願いは果たされなかったのだ。


夫人は躊躇いの表情をこちらに向けた。そしてなにかを決意したように歌いはじめた。


〜枯葉は落ちて掃かれちゃう〜

〜あなたが言うとおりになった〜

〜枯葉は落ちて掃かれちゃう〜

〜私たちの知ってた恋の記憶のように〜


パニックだった。

なぜ急に彼女は歌い踊り出し始めたのだ?


〜忘却という風に吹かれ、後悔の夜へ〜

〜あなたがよく歌ってるあの残響はいまだに残ってる〜


誰も何も説明をしてくれないので、頭は混乱し吐き気をもよおしてきた。

夫人のとりまきも一緒にコーラスとダンスをはじめたので

混乱はより加速し、私も一緒に歌うべきではないのかという錯覚に陥る。


「姉さん、やめるんだ」


フィッツジェラルド団長がいた。

ネイサン?


「勇者喰らいのデポラは卒業したとおもったら、これだ。悪いけど彼はもう僕が先に手をつけたよ。すでに彼は僕のものだ」


△×●※!?


まわりで取り巻きたちがキャーキャーと歓喜の声をあげる。

夫人はまわりをきつく睨みつけて、黙らせた。


「お行儀が悪いこと、ひとのものに手をつけておいて開き直るつもり?」


「人妻であることを呵責にも感じられない。節操もなければ品位を疑いたいね」


あの、もうほっといてくれませんかね。


そこにベストのボタンが弾けそうなティト公爵が現れた。

屋敷で挨拶したときの威厳はそのどこにも無かった。

本体を屋敷において鼻の赤いコピーロボットでも連れてきているのかもしれなかった。

背中を丸めてとても遠慮がちに、つつましやかに声をかける姿は、上司に初動で事後報告をする部下のそれだった。


「デポラ、よさないか。人の目もあるんだ」


およそ人の口から発せられたものだとは思えない、冷えた声色と目線を受け取ったティト公爵は、終わらない仕事を、到底間に合わないスケジュールを締切に指定され、絶望の声をあげる下請けの姿に酷似していた。


おそらくティト公爵は夫人に相当な負い目があるのだろう。

今回私の祝賀会に歌劇を仕切ってもらった、32ある公爵家の中でも有力貴族のはずなのだが、尊厳を踏み躙られて、灰になってしまった彼を岸に打ち上げられたセイウチのように同情した。


「では、公平さと公正さと厳正なる賭けで決めよう。表が出たら姉さんが彼を連れて帰っても構わない。裏が出たら正式に彼は私のものだ」


「もちろんコインは私が回してもよくって?」


団長は首を傾げて応える。


勝手に話を進めるおぞましさに、ずり這いする赤ん坊の前に立って、さて誰のもとにくるのかという、救われない選択を迫る両親と祖父祖母の骨肉の争いを想起させた。


そして私の感情を誰も斟酌することなく、コイントスは行われようとしていた。

夫人の取り巻きたちは口元を手で隠し嬌声が漏れ出ないようにと必死になり、団長の従卒たちは緊張感に耐えられず唾を飲み込む音が漏れる。ティト公爵はすべての選択間違え、なにもかも失くした王のように外を眺めながら放心している。

コインは夫人の手を離れて空中に舞った。すべての命運が掛かったあまりにも重い一枚の刹那にまたえずいた。

最高到達点に達して綺麗に回転して落ちてくるコインは、オリンピック選手のように自信に満ち溢れた飛び込みを見ているかのようだった。練習で何千回、何万回と繰り返し、多くのものを犠牲にしてここまできたのだ。彼にはテレビの前にいる妻と子供の顔が見える。年齢的にもこれが最後のオリンピック、絶対に成功させたかった。

コインは綺麗に回転を維持していく、遠くで馬の嘶く声が聞こえた。

私は重力の慣性に逆らえない怠惰なコインを憎んだ。

もっと本気を出していれば今頃大気圏を突き抜けて、太陽に身を焦がすこともできただろう。

なぜそれを求めなかったのか、彼に胸ぐらがあれば掴んでいたことだろう。

コインは心情をすべて内に留め沈黙を守り、夫人の手の甲に戻ろうとしていた。

私はこれから売り飛ばされる子牛のような気持ちで、ただそれを眺めていた。


「かっ…ぺっ」


ティト公爵の首がぼろんと下に落ちた。


とても礼儀正しく下に落ちたので、最初なにがおきたのかわからなかった。

春先にふく風のように、波打ち際のよせてはかえす流木のようにとても自然体だった。

あたりの悲鳴でやっと事態に気づいたぐらいである。

ティト夫人が青ざめて立ちすくんでいた。

こんな巡り合わせじゃなければ彼女の肩を抱いて、慰めることもできただろう。

彼女はどこか人にそう思わせる才能があるのだと思った。

それを言語化できるようなスキルを私は持ち合わせていないだけだ。


切り落とされた首は、机の上から猫におとされたテレビリモコンのように無慈悲に転がっている。

そういえば前の世界ではリモコンはついぞ進化しなかったと思った。


「動くな!警戒体制を敷け!やつだ!リッパーが近くにいる」


フィッツ団長が号令をかけると、従卒たちは銃剣を構える。

下手人はなにがしかの能力を用いてティト公爵の首をちょんぱしたのだ。

私も能力を発動しようかと迷ったが、どちらかといえば暗殺向きなので、疑われる危険があったのでやめることにした。


現場周辺は押しつぶされそうな緊張感に包まれている。

悲鳴をあげていた夫人の取り巻きたちも、顔をひきつらせながら身を寄せ合っている。

夫人も少し生気を取り戻して、目を細めてあたりを警戒しているようだ。

フィッツ団長もゆっくりと佩刀を抜き警戒を強め、そして勃起していた。


勃起?


見間違いかと思って凝視したが、それはまぎれもなく勃起だった。

一瞬なにかのメタファーかと考えたが、どうも勃起の裏に隠れているものが世界の真理を解き明かしてくれることはなさそうだ。

あるいは勃起がレーダーとなって下手人を探す機能があるのかもしれないと考えたが、自分のものを顧みてそんな機能が備わっているとは到底思えなかった。

純粋な衝動における勃起だとすれば、どう考えてもフィッツ団長が下手人の第一候補に躍り出るが、その場合とんでもない茶番に付き合わされていることになる。


もうなにが正しくてなにが正しくないのか分からなくなってしまった。


このまま、あとは好きにやってくれと言い残してパブでアルコールと煙に身体を埋めたかった。

そもそもこちらが来たくて来たわけではないのだ。

なんでよく分からないタイミングで歌を歌われたり、コイントスで自分を賭けにだされたり、殺人と勃起の関係性について考えたりしないとならないのだ。

天に向かって理不尽だと声に出して抗議したかった。


よくない傾向だ。私はいまや怒りと猜疑心に駆られたサーサーン朝ペルシアの王シャフリヤールだった。

外遊中に后が奴隷たちとの痴態の限りを行っていると知って、同じく妻に不貞をはたらかれた弟と一緒に傷心の旅にでる。そしてそこで出会った魔人の妻に性交を迫られる。やらないなら魔神を起こして殺すと脅す美女は、きっとシャロンストーンのような容姿をしているであろう。(魔神役はケンワタナベにでもしておこう)性交のあと魔人の妻は、今まで魔人が寝ている隙に570人と情事を重ねてきたと告白し、ああ魔人の妻でさえ不貞の憂き目に遭うのだと人生を悟り、都に戻る。

戻ったシャフリヤールは奴隷と后を処刑しただけでは飽き足らず、庶民の生娘を毎晩犯して殺す暴君となる。しかし、そんな私を不憫に思った大臣の娘シェーラザードは毎夜私に御伽話を聴かせるのである。そうだシェーラザード役はアンハサウェイでなければいけない。

アンハサウェイは1000日の間、夜話を続けたあと、1001日目にこれはあなたの子よと涙を浮かべて私を見る。感動する私。アンハサウェイを妻にすると宣言する私。バックにはスティーヴィーワンダーのロケットラブが流れている。

エンディングクレジットが流れ、スタンディングオベーションと万雷の拍手が送られたアンハサウェイと私が抱き合って、レッドカーペットを歩いてステージに向かうところで、浸っていた妄想は突如暴力的に終わりを告げる。


極楽色の怪鳥が鳴らす断末魔のような不快音が響いた。

音の鳴った方角を見やると、どうやら団長が剣で夫人への攻撃を防いだようだ。

見えない攻撃を防いだ団長も、その場にへたり込まない夫人もどちらも修羅場を潜ってきていると感じた。

団長は剣先を虚空に向けて、なにものかを対象と見定めたようだった。

切先にエネルギーが集中され、なにかでかいのを一発ぶちこんでやろうという姿勢をとると

突如ガラスが破られ、すべて外側へと弾け飛んだ


「逃げたか、下の通りに紛れたらおそらく見つかるまいな」


勃起はいつのまにか収束していた。

やはり、勃起を媒介にしてセンサーの役割を果たしていたのかもしれないと思った。




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