矛盾サキュバスの学校生活2
今も友達? というのをよく分からないけど、わたしの手を強引に引っ張ってくるベルとの関係を友達というのだろう。
ベルはわたしの手を取り、乱暴に振ってくる。
「帰りに甘い物食べに行こ! ふっふっふっ、このベルさん。久しぶりに美味しそうな店を発見しましてね!」
「わたしに拒否権は無いんでしょ?」
「どうせ来てくれるのは分かっているからね!」
古木のにおい香る木造の校舎を二人でだべりながら歩いていく。
曲がり角を曲がったところで、聖騎士を目指す騎士科の人たちが目に映った。
どうやら講義を受けているようだ。
聖騎士と思しき男性教員が卓上で熱烈に教鞭を振るっている。
「良いか、悪魔とは人間に仇名す悪しき種族だ! 力も魔法も人間より遥かに上。奴らの持つ黒い霧や闇は、闘気や魔力の動きを阻害してくる」
どうやらテーマは悪魔についてのようである。
人間の価値観、分析の元に知りえた内容を教えている。
「中でも厄介なのがサキュバスやインキュバスといった、人と変わらない見た目をした悪魔だ。奴らは人の理性や本能に付け込み、レベルドレインと呼ばれるスキルを使ってくる」
今、教師がちらっとわたしの方を見てきたような?
「これに捕らえられたが最後、我らの経験や努力、培ってきた技術を全て奪われ養分へと変えられてしまう」
何やらそれでも良いかもといった声がひそひそと聞こえてくる。
卒業できずに死ぬよりかはといった声も。
種の存続よりも、目の前に転がる快楽を優先する。
つくづく人間って矛盾だらけで面白い。
隣のベルが少しぶーたれながら両腕を組む。
「男ってほんと……」
「欲望の抑圧は悪いことじゃないし、生物の本能なのだから当たり前。快楽から逃れるのはむしろ生物として破綻している。抑えて辛さを味わうくらいなら、発散して楽になった方が良い」
その辺り人間という種族は矛盾している。
男子と女子で価値観が違う。
虫や鳥みたいにどういう行動をすれば求愛行動になるのかがない。
どういう部分が良ければ付き合ってもらえる等という、明確な基準も存在しない。
互いが互いに別の恋愛価値観を持っていて、それでいてどちらかに寄せようなどとは考えていない。
同じ種族なのに、オスとメスで違う種族のようだ。
「うっわぁ、思いっきりサキュバス目線」
「気持ちいいが好きなのは、男も女も関係ないってこと。むしろ理性を抑圧しようとするから、サキュバスに引っかかる。そうやって形だけでも男を見下すから、甘い言葉と手練手管で蕩かすサキュバスに乗せられる」
「私たちが悪いというの!?」
「そうは言っていない。適度に女で本能を解放しない男、本能を解放する男を見下す女。それが人間という種族なら、誰も悪くない。胸といい適度な甘えといい、元々男というのは母性を求めるようにできている。そういうのに固い男ほど、案外甘やかしに弱いもの」
種の存続こそが生物の本能。
それが快楽や悦楽にも繋がる。
娯楽でもいい、賭博でもいい、それが安心感でも良い。
その快楽がどういったところから齎されるのかは、深く考えた方が良いと思うけど。
前世という名の記憶からくる教訓。
確かなことをひとつ言うとすれば、そういうどちらかに寄せようとしない生物だから、異性に寄せてくる色魔に弱いってところ。
男性は胸に母性を求めてより大きい方が好きだとか、適度に甘やかしてくれる女性に蕩かされるだとか、わたし(サキュバス)たちは既に気づいている。
サキュバス、インキュバスが一方的に悪いのではなく、なんで被害に会うのかも考えてほしい。
「そこの魔法学科二人! 授業中だ! 聞くのは良いが静かにしていろ」
男性教員の矛先がこちらに向いてくる。
ベルが頬を膨らませ、はしゃいだ様子でわたしの頬を引っ張ってくる。
男性教員がオーガみたいな顔つきでバン! っと強く黒板を叩く。
「肝に銘じろ! そこに愛などない。ただの作業であり、習性であり、それこそが色魔の醜き本性だ! 人間は理性を持って、本能に打ち勝てる種族なのだ。奴らは俺たちを家畜や道具としか捉えていない。そして敵を強化して死ぬなど、人類に対する反逆だ!」
そうやって理性や規律に厳しいから、本能を引き出すサキュバスに弱いんだろうに。
そこから、男性教員は悪魔によく効く神聖魔法へと話題を切り替える。
座学が終わるとすぐに騎士科の人たちは実技に入っていった。
サキュバス相手に男性騎士を雇用する。
本当に矛盾だらけな種族だ。
寿命も生も短い癖に、なぜそこまで生き急ぐのか。
わたしの正体を知っている男性教員は、厄介者を払うかのようにわたしへ手を振ってくる。
「行こっ」
ここから先楽しめることは何も無いと判断したのか、ベルはわたしの手を掴んで引っ張ってくる。
向かう先は人気菓子店のようだ。
男性教員から酷い扱いを受けたというのに、もう楽しいことを考えているのかスキップしている。
……そういう、楽しい方に行きたいのはみんな同じなのにね。
「で、実際のところどうなのかなぁ? シュリア?」
「何が?」
「サキュバスの価値観だよ! 本家本元本種族的にあの説明であっているの?」
食いつくように聞いてくるベル。
ベルはわたしの正体を知っている。
いつかわたしが人間界に降りた時、悪魔から助けた時に居た少女だから。
がっつり角も尻尾も翼も出していたので誤魔化しようがない。
秘密や正体を知ったうえで、こうして一緒に居てくれる。
よく分からないけど、見ていて退屈はしない。
……それでサキュバスの価値観ねぇ。
「満点回答。人間を理性の獣と言うなら、サキュバスは本能の獣。言葉も行為もポーズも必要ないと分かれば、全てをかなぐり捨てて飛びついてくる」
「……家畜って考え方も?」
「考え方どころか居たよ。脱走した家畜を村中のサキュバスが、見せしめという形で殺してた」
「シュリア的にどう思う?」
「別に何とも。逆に聞くけど、木から甘い果物を取って可哀想って思う? 噛んだらきっと痛いだろうなって考えながら食べる? わたしはね、体質的に受け付けないだけで、価値観と本質はサキュバスだから。もうお腹が減って減って」
わたしがお腹を擦りながらなんてことなくあっけらかんと言う。
減ったところで人間みたいに餓死することも、栄養失調になることも無いんだけど。
ベルは頬を膨れ上がらせてわたしの顔を両手で挟んでくる。
「そう言って、シュリアがわざと無表情貧乳なの、気づいてるんだからね!」
ふーん……。
わたしはベルの頭を撫でながら言う。
「わたしの価値観、本質は変わらないし変えられない。だからその分、人間というものを教えてくれるんでしょ?」
「ふっ、当ったり前だよ! 人間様に任せろー! 見てろよー、この悪魔!」
「いっぱい観察させてもらうよ、人間」
こういうところが面白い。
サキュバスなら、話が合わないと分かればすぐ切り捨てるのに。
人間は矛盾の生き物。
違うと分かればサキュバスみたいに追い出す者もいれば、違うからこそ一緒になろうとする者もいる。
公然でサキュバスだと発言しているのに、近くの人たちは冗談だとか何かの芝居としか思っていない。
わたしはもっと、もっと人間を学びたい。
「……あっ、ミロがない。……やっぱりこれから狩りにいかない!?」
もうひとつ覚えた。
人間、金より贅沢を取ることがある。