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牛の首

作者: 衣谷強

家紋武範様主催『牛の首企画』参加作品です。


ホラージャンルは苦手ですが、何とか形になりました。

どうぞお楽しみください。

「で、そいつの勝ち誇った顔が、まさに鬼の首を取ったような顔でさ!」

「……は?」

「……何言ってんの?」


 俺の言葉に、猿谷さるたに羊ヶ丘(ひつじがおか)が固まった。

 放課後の三人だけの教室が静まり返る。

 え、俺何を間違えた?

 今まで普通に盛り上がってたのに!


「それを言うなら『牛の首を取ったよう』だろ?」

「やだー! 勘違いはずーい!」

「はぁ!?」


 何だそりゃ!?

 牛の首なんて取ってどうするんだよ!?

 鬼みたいな強くて恐ろしいものの首を取るから、得意げになるんだろ!?

 牛の首取るのなんて牛肉を出荷する人くらいだ!


「い、いや、鬼の首だって。何? からかってんの?」

「え、マジで言ってる?」

「意味わかんなーい!」


 ……けらけら笑ってる羊ヶ丘はわかんないけど、猿谷は真顔だ。

 え、本気で言ってる?

 だとしたら勘違いしてるのはそっちだろ!


「じゃ、じゃあ先生に聞いてみようぜ!」

「やめとけよ。お前恥かくぜ?」

「いーじゃん! 面白そー! それにさー、勘違いは早めに直したほーがいーし!」

「……そうだな」


 羊ヶ丘の言葉で腰を上げる猿谷。

 へっ、吠え面かかせてやる!




 職員室にはラッキーな事に、国語の坂田さかた先生が残っていた。

 若くて軽い感じの先生だけど、授業中に色々な雑学で楽しみながら勉強できるように考えてくれる先生だ。

 坂田先生ならちゃんとした事を教えてくれるだろうし、勘違いしてる二人を優しく正してくれるだろう。


「坂田先生」

「何だ? お前達、まだ残ってたのか。仲が良いのはいいが、とっとと帰れよー」


 面倒くさそうにしっしって手を振られたけど、ここで引くわけにはいかない!


「あの、先生! 質問があるんですけど!」

「ん? 何だ? 彼女なら常時募集中だぞ?」

「……いや、先生のプライベートに興味はないです……」

「おいおい渡辺わたなべ。正直は美徳だが、あんまりストレートにそういう事言われると先生傷つくなー」


 かかか、と笑うと、椅子を回して俺達の方に向き直った。


「んで? 何の質問だ?」

「あの、得意になってる人を表現する慣用句って、『鬼の首を取ったよう』って言いますよね!?」

「は?」

「こいつ勘違いしてるんですよ。『牛の首を取ったよう』ですよね?」

「ねーせんせー。どっち?」

「そりゃあ勿論……」


 鬼! 鬼だよな!


「牛の首だろう」


 ……そんな、馬鹿な……。


「ほら見ろ渡辺。俺の言った通りだろ?」

「でもちゃんとわかって良かったねー」


 打ちのめされている俺の肩に、坂田先生が手を置く。


「まぁまぁ、勘違いは誰にもある事さ。次から間違えないようにこの言葉の成り立ちを教えよう」


 !

 そうか! これで適当なエピソードを言って笑いを取った後、「んなわけないだろ。鬼だよ鬼」って言う流れか……!


「お願いします!」


 くぅ〜! ニクい演出だぜ坂田先生!


「古代中国では、国の代表同士が同盟関係になる時に牛の血をすする習慣があった。その際、仲立ちになる人物が牛の首を切り落としたんだ。それは儀式の中のクライマックスでな」


 ん!? 古代中国!?

 それって『牛耳る』の古事じゃあ……。


「ある時、ちょう針皮しんぴという国主がその儀式を行う際に、仲立ちを頼まれた事がよっぽど嬉しかったんだろうな、自分の手柄でもないのにすごいドヤ顔をキメてな」


 さすが坂田先生!

 既存の古事を絡めてネタにするなんて!


「そこから得意げな顔に『牛の首を取ったよう』と言うようになったんだ」

「へぇ、そうだったんだ」

「私ちょっと賢くなったかもー!」


 ふふふ、納得してる。

 さぁ先生! ここでネタバラシを!


「これでもう渡辺は間違えないな!」

「え?」


 ね、ネタバラシは……?


「どうした? 聞いてなかったのか? なら今度は先生が小芝居を加えて」

「いえ、結構です。ちょっとすみません……」


 先生まで勘違いしてるのか!?

 それとも二人とグルでからかってるのか!?

 ネットで調べてみよう!

 そうすれば化けの皮が……!


「!?」


 今の、先生の話と、同じ逸話が……!?

 『鬼の首を取ったよう』は、一件も、ヒットしない……?


「あ、お前携帯で調べてんの? 往生際が悪いなー」

「えー! せんせーも信用しないとかどんだけー!?」


 二人から笑われても、怒りより絶望感がすごい。

 え、嘘だろ……?

 俺が知ってる常識はどこに……?


「……失礼します」

「あ、おい渡辺!」

「ちょっとー! 感じ悪いよー!」

「渡辺ー。間違いは誰にでもある。先生にもな。あまり気にするなよー」


 三人の言葉を背に受けながら、俺は図書室に走った。




「どういう事だよこれ……」


 いくつかの辞書を調べてみたけど、『鬼の首を取ったよう』という表現はない……。

 『牛の首を取ったよう』はある……。

 ……たかが慣用句。

 別に毎日使うような言葉でも何でもない。

 だけど何だこの気持ち悪さは!

 頭の中がごちゃごちゃのまま、俺は家に帰った。




 ……晩飯食っても元気が出ない。

 ずっと胸の真ん中に、飲み込めない塊があるみたいだ……。


「なぁ、お袋……」

「何だい?」


 洗い物をしてるお袋は、振り向きもしないで声だけで答える。


「……あのさ、こう、すっごい勝ち誇った時の顔を表す慣用句って……」

「何だい? 聞こえないよ!」

「……やっぱいい」


 これで「そんなの牛の首に決まってるだろ?」って言われたら、もう発狂してしまいそうだ。

 俺は自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。

 あぁ、これで明日になったら、この悪夢みたいな状況が元に戻っていないかなぁ……。




「おはよう渡辺!」

「……あぁ、おはよう、猿谷……」

「おっはよー! どーした渡辺元気がないぞー!」

「……おはよう羊ヶ丘……」


 通学路で合流した猿谷と羊ヶ丘。

 昨日までの友達が、得体の知れない何かに見えてしまう。


「何へこんでんだ? 悪い夢でも見たか?」

「……あぁ。まぁな」


 あれが悪夢だったらどんなにいいか……。


「なになにー? どんな夢ー?」

「いや、何つーか……」


 ……いや、諦めよう……。

 この世界は俺の知らないうちに、何かに書き換えられてしまったんだ。

 俺にできるのは受け入れる事だけ……。


「……得意げになる奴の事を、『牛の首を取ったよう』って言う世界に行った夢をな……」

「はぁ!? 何言ってんだ?」

「渡辺ウケるー!」


 ……そうだよな。

 そんなの悪夢って言ったら、頭おかしい奴だよな……。


「何だ牛の首って! 意味わかんねぇ!」

「そりゃ悪夢だねー! きゃはははは!」


 ……えっ?

 元に戻ったのか!?

 そうか! 昨日のあれは悪い夢だ!

 そんな世の中あるわけが……!


「得意げな奴の顔を表すなら、『鹿の首を取ったよう』だろう」











「えっ」

読了ありがとうございます。


常識という足元が崩れる瞬間。

それは人間にとって一番の恐怖なのかも知れない……。


よし、これでこの作品はホラー(力説)。


家紋武範様、素晴らしい企画をありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 常識が崩れる。 確かにそれ以上の恐怖は無いかもしれないですね(゜Д゜;) 足元崩れるかのような感覚がしますよ。
[一言] では、明日はどうなるか? 明日もまた変わっていたなら? 明日が来ることを恐れるようになると、それこそ3日ももたないかもしれませんね。
[良い点] これは怖いですね! どうして変わったんだろう……。常識がいつの間に関わっているというのは恐ろしい。お見事♪
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