2.HMS 〈TOSA〉
「主機修理の進捗具合はどうか?」
艦長の声が艦橋内に響いた。
ほとんど平時のものと変わらない、とまではいかないものの、それでも機械音声と大差ない平板な――その内心をうかがわせない声だった。
声量は、さして大きくない。
しかし、その声が艦橋内の要員すべての耳に届いたのは、備えられてある〈纏輪機〉の性能によるところだけではけしてなく、
〈とさ〉の置かれた状況が、逼迫とまではいかなくとも、かなり苦しい、追い詰められた感のあるものだったからだろう。
現在、〈とさ〉は漂泊中――常空間航行で主役をつとめる主機に異常が見つかり、その修理をおこなっている最中だったのだ。
『……ムリばかりかけてすまんが、なんとか踏んばってくれよ、おっかさん』
北原砲術長の耳許――要員席ヘッドレスト部に設置されてあるスピーカーから、現場で作業にあたっている要員の声が伝わってくる。
艦長、機関長、そして修理の現場と、通信回線を多チャンネル、リアルタイムで繋いでいるのを傍受、というかオープンチャンネル的にひろったものだ。
現場の声の調子から、状況は絶望的ではない。修理は可能。ただし、要する時間だけが読めない――そうしたところが見て取れた。
〈とさ〉に限らず大倭皇国連邦宇宙軍……、いや、ほとんどの国が保有している戦闘航宙艦の主機は、対消滅反応が引き起こす高効率のエネルギー変換によって推進力を得るものだ。
構造自体は、民間船舶が利用している核融合タイプのものよりいっそシンプルだと言える。
それもあって、皇国の敵手たる〈USSR〉、また皇国が使用している特機――超光速機関であるところの時空歪曲機関、また、常軌機関とは異なり、不調をきたし、あるいは損傷しても、現場にての修理対応がけっして出来ないワケではない。
だが、核分裂反応以降に登場したエネルギー変換技術には、もれなくといったかたちで反応にともなう放射能のあるが運用上での制約として付随し、その対策は必要不可欠なものとなっている。
端的にいえば、現状のような主機修理の場合、その実行には皇国であれば、半自律型の極限環境作業機械をもちいてあたる事となっている。
それが、機関科の要員――人間が、直接任にあたっている様子であるのは、それだけ急を要するから。
〈とさ〉が戦場に身を置いているからに他ならない。
当然、防護服の着用や、現場での作業に時間制限をもうける等の対応はしているだろうが、それにしたところで被爆を完全に免れられるワケではない。
自艦の安全確保はもちろんだが、危険な作業にあたっている要員――部下のことを艦長が気に掛けるのは、当然といえば当然だったろう。
とまれ、
(『おっかさん』、か……)
現状、こう言ってはなんだが、〈とさ〉にあって最もヒマな立場にある北原砲術長は、いま耳にしたばかりの現場作業員の言葉を胸に反芻していた。
『おっかさん』――そう乗員たちから呼ばれるとおり、〈とさ〉はふるいフネなのだった。
航空母艦を基幹戦力とする大倭皇国連邦宇宙軍にあって、実用艦としては、ほぼ最古参と言ってよいだろう。
現在は、聯合艦隊機動部隊の一機艦一機戦――第一機動艦隊第一機動戦隊を同型艦の〈かが〉と構成しているが、遠からずその座を間もなく就役してくるだろう新鋭艦に譲るものと噂されている。
(なにしろ、元をただせば戦艦だ、純粋な空母と較べれば、どうしたって使い勝手の面では劣る)
北原砲術長は思う。
その通りで、〈とさ〉は、その建艦予算獲得当時――企画設計段階においては航空母艦として計画されたフネではなかった。
大倭皇国連邦宇宙軍における所属艦船の命名基準――それを知るものならば、〈とさ〉という艦名と航空母艦という艦種のミスマッチに首をかしげてしまう、迷走めいた経緯をたどった結果、うまれたフネなのだ。
本来、〈とさ〉は戦艦――〈とさ〉級戦艦の一番艦として完成するはずだった。
それが、建造途中で開催された国際軍縮会議の結果、運命がかわった。
〈ホロカ=ウェル〉銀河系、そこに割拠する国々によって構成された国際組織――〈連盟〉
その〈連盟〉が主催した軍縮会議によって、列強と目される国家を中心に、〈連盟〉所属の各国が保有する戦闘航宙艦の隻数、および主力艦比率が定められた。
これはひとえに戦争阻止――無制限な建艦競争の果てに国家経済が破綻し、によって戦争が惹起される、それを未然に防ごうとしてのものだった。
反対や異論は百出したが、実際、そのおかげをもって国々の経済環境は改善され、消極的ながらも世界は平和を享受しつづけることが出来たと言える。
定められた『枠』からはみ出していると見なされたフネは、廃艦、建造中止、他国へ売却等と処分がすすめられ、
あおりを食った一艦たる〈とさ〉は、保有数にまだ余裕のあった航空母艦へ艦種を変更することで生き長らえた。
〈とさ〉の建造が、艦体の中心をなす骨格構造体に主砲を組み込みはじめていた――そんな段階だったのも幸運だったろう。
後の目からすると、あり得ない決定と言えるが、実験段階を過ぎたと言っても、当然、航空母艦を戦力として用いる、その本格運用などは未だしの状態。
定見のない状態であったから、戦艦としての攻撃力/防御力、それに航空母艦としての遠距離、かつ広範囲におよぶパワープロジェクション――これらを両立させる、いわば、『航空戦艦』なる一石二鳥的な新艦種が期せず生み出せた。
当時の軍官僚たちが、そう思い、魅力を感じたとしてもムリからぬ事ではあったかも知れない。
だが、
現実には、一艦に戦艦と航空母艦の要素を併せ持つということは、すなわち、戦力としては中途半端という事とイコールなのであり、
一艦にて二役を兼ねるのであれば、限られた艦体容積のなかに、兵備、システムを倍量詰め込まなければならないという事でもある。
そうした結果、なにが起きるかと言えば故障の頻発。
不調をきたしやすい、ひ弱な艦だということになる。
と、まぁ、
いずれにせよ、
かくして、〈とさ〉は無事に進宙し、同型艦の〈かが〉、やや小型の〈あまぎ〉、〈あかぎ〉――自分と同様の経緯をたどり完成をみた僚艦たちと機動艦隊を構成。
世の趨勢たる大艦巨砲に対し、航空主兵をもって自国防衛をなす、その一翼を担うこととなった。
そうして、出撃した先で、事実上、立ち往生の憂き目をみる事となったのだった。