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1.Coral Sidhe

「いつまでたっても慣れないな……」

 北原砲術長は呟いた。

 彼女の前のディスプレイが絶え間なくチカチカと明滅している――その様にかるく眉をひそめながらの独語だった。

 ディスプレイが映し出しているのは自艦近傍空間に無数に漂遊している巨大な物体。

 外部センサーが捉えた、なかにはレーダ()ー反射()断面積()が数万平方キロに達するものもある物体の群を(シン)(ボル)化して表したものだ。

 大小さまざま、形状もバラバラなそれらは一般的な意味での天体ではなく、さりとて空間施設や航宙船のような人工物でもない。

 敢えて言うなら『生物』――おそらくは、そう類別するのがもっとも適当だろう……、いや、そう類別するより他、適当なものもないだろう『なにか』であった。

〈夢生物〉――仮初めにだが、そう分類され、呼称されている『モノ』。

 これまで何例か発見された空間生命体の(くく)りの中に含まれる……、含むより他ない『モノ』。

 より厳密に言えば、その(むくろ)であるとされているモノであった。

〈夢生物〉というのは、〈(うつ)(つよ)〉と〈(かく)(りよ)〉の間を絶え間なく行き来している……、あるいは、その双方の世界の狭間(はざま)に棲息している『存在』。

 身に備わるものであれ、機械装置の補助を介してであれ、ヒトが直接的には見ることも触れることもできない〈(Coral )(Sidhe)〉と名付けられた『疑似生命体』。

 調査であれ、利用であれ、駆除であれ――それを対象としておこなう行為のすべてにおいて、何ら成果はあがっておらず、まるで、そこに『居る』ことだけは確かな、幽霊のような、精霊のような――実体をもたない『不明生物(UMA)』。

 実質、それについて判っている事は何もないに等しい『現象』であった。

 その、幻と何ら変わらないような『モノ』の実在が信じられている――信じる根拠こそが、シンボルというかたちで、いま、北原砲術長が目にしている漂遊物体群だったのだ。

 すなわち、

〈夢機物〉――〈夢生物〉たる〈星霊〉の骸(だろうとされる物体)は、極微細なものから一個の天体に匹敵するものまで、規模(サイズ)は多様であったが、そのすべてにおいて物理的特性が異常だという事実は共通していた。

 あたかも『虚無』から湧き出し、かつ時間の経過とともに寸度(サイズ)を増して成長してゆくように見える未知の天体、また現象。

 熱、放射線、重力――およそ、ありとあらゆる種類の外部入力を受けても、一切の変化を示さない組成不明な謎物質。

 端的に言うと、『あり得ない』――その一言に尽きる『モノ』であったのだ。

 およそ()()()()理論をもっては、満足な説明をおこなうことが出来ない、それは異常としか言いようのない現象であり物質なのだった。

 唯一、大倭皇国連邦独自の宇宙論、〈授学〉のみが、それを生物としての〈星霊〉の生命活動の結果だと――生を終えた〈星霊〉が結晶化し、それらが無数に凝集して、常空間に析出した結果なのだとの答を示した為に、それが『真実』と信じられている。

 そして、

『死』があるならば『生』もまたある筈と、それらが生きてあった時点の存在――〈星霊〉の実在をあり得るものと、逆しまに導きだし、それを事実視するに至っていたのだった。

 北原砲術長がディスプレイ越しに見ている『モノ』とは、つまり、『幽霊の死体』――そう考えられているものであったのだ。

 ()()()()()宇宙領域においては、目にする事などまず無いだろう。

 しかし、『ここ』に関してのみは、それはありふれた情景で、

 そうした情景を前に、

「あの世の縁、か……」

 内心、そそけだつものを憶えながら、北原砲術長は、ふたたびそう呟いたのだった。


 航空母艦〈とさ〉――北原砲術長が乗り組んでいる大倭皇国連邦宇宙軍、聯合艦隊所属の戦闘航宙艦が、現在の宙域に臨場してより既に二〇〇時間余の秒時が経過していた。

 彼女がいるのは、〈珊瑚界〉。

(the )(Void)〉と呼ばれる天体……、いや、『現象』の外側にひろがる一種の干渉空間だった。

〈虚孔〉というのは、呼び名の通り、『(うつ)ろな孔』――この宇宙、常空間に生じている超常現象を指す語である。

 およそ既知の他銀河系では見られない――〈ホロカ=ウェル〉銀河系に特有の奇観だ。

 直径、およそ一万光年ほどと推定されている規模の球状の空間()欠損()が、〈ホロカ=ウェル〉銀河系の只中に深く穿(うが)たれているのだ。

 それは、大倭皇国連邦を構成している恒星系の過半を内包している渦状肢――〈パノティア〉肢内部をくり抜いた大宇宙の墓場(?)であり、まったきまでの『虚無』であった。

 その内部からは、光波、電磁波、重力波等を含み、出てくるモノは何一つなく、外部からの進入も、また出来なかった。(正確には、進入は出来るが、ふたたび常空間(そと)に戻ってこられない。これまで無数に送り込まれた探査機のうち、一機たりとも戻ってきたものは無い)

()()()()たちの中には、〈虚孔〉のことを裏宇宙が常空間に露出したもの、巨大な断層なのだとの説をとなえる者もあったが、定かではない。

 いずれにしても、それは、

 ブラックホールのように、外部にその存在を告げる異常が検知・観測されることもなく、ただそこに在る(もしくは()())だけの異常空間。

 ヒトが利用しうる能動的、また受動的な外部観察手段は一切、役に立たない――まるで闇夜にたたずむ闇黒色の死神のような領域なことに違いはなかった。

〈とさ〉が、十二分にも十二分すぎるくらいに安全マージンを確保したうえで、行動しているのは、そうした宙域だったのだ。

 そうして、

 安全マージンをとる――窮極的に『無い』モノの在処(ありか)をどうやって把握しているかと言うと、それは(ひとえ)に〈星霊〉のおかげ、存在によるものだった。

 すなわち〈夢機物〉。

〈星霊〉の骸たる〈夢機物〉は、例外なく〈虚孔〉の外縁に沿うかたちで析出、生成されており、以降もその周辺宙域にとどまって漂遊していたから、それらを格好の境界標(めじるし)として利用していたのだ。

……蛇足をすると、時の経過と共にその単体寸度を大きくし、また合体し、成長していくそれら〈夢機物〉は、あたかも海棲の群体生物、珊瑚蟲のように、〈虚孔〉の外縁に沿って空間構造体――()()を形成していく。

 まるで、()()()にひらいた〈虚孔〉という傷口を(かさ)(ぶた)めいて、すっぽり包み込もうとしているかのように――一種、護岸を構築していっているかのような分布状態にあることが、これまでにおこなわれた観測・調査で確認されていた。

 いずれ、〈星霊〉の目指すところ、生態の実際は知らず、実際面では、それは此岸/彼岸の別――危険領域のあるを示してくれる格好の目印であるのは間違いない。

〈珊瑚界〉というのは、だから、〈夢機物〉――堡礁の『外側』であり、此岸の側たる常空間を指して言う語。

〈とさ〉がいるのは、そうした堡礁のなかでも最も大きな〈(Great)(Barrier)(Reef)〉と呼ばれる空間構造物の近傍なのだった。

 彼女は、そこで、侵入してきた敵の(よう)(げき)にあたるべしとの命令を上級司令部より受け、出撃、臨場するに至っていたのだ。

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