そして冒険へ
城の人たちに盛大に見送られながらライルたちは王城を後にするが、旅立つ彼等を見送りたいのは、王城に住む者たちだけではなかった。
「勇者様、この国を救ってくれてありがとう!」
「城が乗っ取られていたって聞いて驚いたけど、流石は勇者様だよ!」
「勇者様たちなら、世界を救うなんて容易いよ!」
「どうかお気を付けて! この国の皆、勇者様のご無事を祈ってますよ!」
旅立つライルたち一目見ようと、王都の人々が沿道に集まり、次々と温かい言葉を投げかけてくれた。
「わわっ、お、お兄様……どうしましょう」
まさかここまで歓迎されるとは思っていなかったのか、リリィは恥ずかしそうに顔を赤らめながらライルの裾を掴む。
「わ、私……こんな時、どんな顔をすればいいんでしょう?」
「別に普通で構わんだろう」
「そ、そうでしょうか?」
「そうさ。ほら、そんなに気になるなら、連中に手の一つでも振ってやればいい。きっと発狂して喜ぶぞ」
「も、もう……お兄様ったら」
ライルの言動に眉を顰めながらも、リリィは集まってくれた人に向けて、遠慮がちに小さく手を振る。
その瞬間、沿道に集まった人たちの感情が爆発し、辺りは地が張り裂けたかと謂わんばかりの大歓声に包まれた。
その後も、行く先々で人々の熱烈な歓迎を受け続け、旅の餞別だとあれこれと手渡された結果、ライルたちの荷物はとんでもない量になった。
さらに声をかけてくれた人々に丁寧に対応していたため、予定よりかなり遅い時間になってしまった。
やっとの思いで人混みを抜け、どうにか王都の入口までやって来たライルは、大量の食糧が入った袋を地面に置くと、汗を拭って渋面を作る。
「……しまったな。これでは次の街に辿り着く前に夜が来てしまうぞ」
大量の手土産のお蔭で当分は食うに困ることはなさそうだが、できれば野宿は避けたいとライルは思っていた。
「かといって今更引き返すわけにもいかんからな……むっ」
そこでライルは、リリィが大量の手土産を持ったまま何かを探すように視線を彷徨わせていることに気付く。
何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡しては、盛大に溜息を吐くという行為を繰り返す妹を見て、ライルは何事かと眉を顰めながら問いかける。
「リリィ、何か気になることでもあるのか?」
「あっ、はい。その……実はですね……」
リリィは何度目かの溜息を吐くと、ずっと気になっていたことを口にする。
「大勢の方が私たちの見送りに来てくれたじゃないですか?」
「そうだな。正直なところ、我も驚いたぞ」
「はい、私もです……ただ、その中にいなかったんです」
「誰がだ?」
「アイリスです」
そう言って顔を上げたリリィの表情は、今にも泣きそうな顔になっていた。
「あれだけの戦いをくぐり抜けて、アイリスは本当の仲間に……私のはじめての友達になってくれたと思ったのに、どうしてか見送りに来てくれなかったのです!」
「……そういえば、謁見の間の時からいなかったな」
勇者が旅立つということで、王をはじめとするこの国の主要な人物は皆、謁見の間に集まったと聞いていたが、その中にアイリスの姿がなかったことをライルは思い出す。
この国の者の中では、アイリスが一番ライルたちを深く関わったといっても過言でもないはずだが、そんな彼女が見送りに来てくれないというのも、少し薄情な気がした。
だが、人の出会いと別れは往々にしてそういうものだと思っているライルは、特に気にした様子もなく思ったことを口にする。
「大方、我等と別れるのが辛くて、あの場に来ることができなかったのではないか?」
「そうかもしれませんけど……お兄様はアイリスとこんな別れ方になって、寂しいとは思わないのですか?」
問い詰めるように涙目で訴えてくるリリィに、ライルは仕方がないと諦観したように嘆息する。
「まあ、そうだな……確かに少し寂しいかもしれぬが……」
「本当ですの!?」
するとライルの言葉を遮るようにして、彼等の真上から声が聞こえた。
何事かと思ってライルが顔を上げると、最初に出会った時と同じ、ローブ姿のアイリスが空から降ってくるのが見えた。
「どぉうわ!?」
物凄い勢いで抱き付いてきたアイリスの体を、ライルは咄嗟に強化した体でどうにか受け止める。
ライルに抱き止められたアイリスは、彼の首に抱きつくと嬉しくて堪らないといった様子で頬にキスをする。
「嬉しい! ライルったら私と別れるのが寂しいと思ってくれますのね!?」
「ア、アイリス……どうしてお前がここに?」
「どうしてって、約束したじゃありませんの」
地面に降ろされたアイリスはライルたちの正面に立つと、豊かな胸を張って堂々と宣言する。
「私たち、本物の仲間なんでしょ? だったら当然ながら私も、この度に付いていきますわ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、リリィ。本当ですわ。お父様からも、世界を見てリリィの助けになるように言われてますもの」
「ア、アイリスウウウゥゥ……」
リリィは目からポロポロと涙を零しながら、アイリスの胸へと飛び込む。
「よかった。私、もうアイリスとさよならしなくちゃいけないと思いました」
「何を仰いますの。リリィが嫌だといっても、私は付いていきますわよ。それとも、愛しのお兄様と二人きりの方が良かったかしら?」
「そんなことない、そんなことないよ!」
リリィは涙でくしゃくしゃの顔のまま笑顔を零す。
「良かった。お兄様……アイリス、私たちと一緒に来てくれるそうです」
「ああ、そうだな。全く、それならそうと早く言えばいいだろうに」
「フフフ、少し驚かそうと思ったのですわ」
呆れたように話すライルに、アイリスはいたずらっぽく笑いながらウインクを返す。
「それで、旅に出るに渡り、お父様からある物をいただきましたわ」
「ある物?」
「そう、あれですわ」
そう言ってアイリスは、街道の先にある巨大な影を指差す。
それは馬車だった。
最初にアイリスが囮にしたような高級な馬車ではなく、乗合馬車でよく見るような幌で覆われただけの簡素な馬車であったが、馬車を引く馬が二頭も付いている。
「城の復興で予算がない中、どうにか城中のお金をかき集めて用意しましたの。きっと役立つはずですわ」
「お、お兄様……これは」
「ああ、アイリス。でかしたぞ」
馬車さえあれば、街の人たちから貰った大量の手土産を運ぶ苦労もなくなるし、無駄にすることもなくなる。
ライルたちは最高の贈り物を用意してくれたアイリスに最大限の感謝を伝えると、大量の荷物を早速馬車へと積んでいった。
荷物を積み終え、御者台に座ったライルが馬車の中にいる女性たちに声をかける。
「よし、準備はいいか?」
「あれこれも……うん、ある……はい、大丈夫です」
「勿論ですわ。いつでもよろしくってよ」
二人が頷くのを確認したライルは、鞭を軽く振るって馬たちに出発するように命令を出す。
二頭の馬が歩き出すと、馬車もカラコロと音を立てて動き出す。
あっという間に走るより早い速度で駆け出す馬たちを見たライルは、アイリスがいなかったら徒歩で移動することになっていたのかと思って密かにゾッとする。
世界は果てしなく広く、大きいので、徒歩での移動となると、碌に経験も積めずに再び魔王が復活してしまう恐れがあったので、正に渡りに船であった。
「お兄様……」
ライルが御者台の上で心地よく肌を撫でる風を浴びていると、馬車から顔を出したリリィが話しかけてくる。
「これから何処に向かうのですか?」
「そうだな。せっかくだから別の大陸に行ってみようではないか」
「別の大陸……ですか?」
「ああ、世界には常に身を焦がすほどの熱気に晒される砂だらけの場所や、年中雪に閉ざされた氷の世界があるらしいのだ。せっかくだから、そういうまだ見たことがないものを見に行こうではないか」
「……いいですね。正に冒険って感じで、とてもワクワクします」
まだ見たことがない世界の話を聞いて、リリィは興奮したように頬を紅潮させる。
その顔を見てライルは微笑を浮かべると、雲一つない快晴の空を見上げる。
これから自分は、リリィと共に世界中を旅する。
そこには悲喜こもごもな出会いと別れ、今まで経験したことがないような多くの刺激があるだろう。
時には大きな壁が立ちはだかり、かつてない窮地に陥るかもしれないが、自分たちが力を合わせれば、どんな困難も乗り越えていけるとライルは確信している。
そうして世界中を巡って色んな経験を積んだ先で復活した魔王討伐を成し、母と祖母が待つ山間の集落に兄妹揃って帰ろう。
そんなことを考えるライルもまた、これから起こる色んな出来事を想像して、リリィと同じように頬を紅潮させる。
「さあ、冒険のはじまりだ」
そう言ってライルはニヤリと笑うと、次の街へと向けて馬車を軽快に走らせるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今作はこれにて完結となりますが、二つの作品を交互に毎日更新しながら完結まで辿り着けたのは読んで下さる読者の方がいるからです。本当にありがとうございました。
今作を通じまして色々とご意見をいただき、とても勉強になりましたし、今後の作品に是非とも活かしたいと思います。
今後は新作を書きながらもう一つの作品を隔日で更新していきたいと思いますので、よろしかったら拝読いただけると嬉しいです。
最後に、この作品を読んで「面白かった」「また続きを読んでもいいよ」と思っていただけたのなら、是非とも下記にある評価の☆を付けていただけると幸いです。
皆様からの評価は執筆活動のモチベーションになりますし、今後の活動の指針の参考にもしたいと思いますので、お手数ではございますが何卒ご協力お願いします。
そう遠くない内に新作を発表したいと思いますので、よろしければまたお付き合いください。
これまで三作連続でダークファンタジー的な要素のある作品を書いてきましたので、次回はラブコメ的な話にでも挑戦してみたいと思います。
また皆様の目に留まる日が来ることを信じて、今回はここで筆を置かせていただきます。
重ねて、最後までお付き合いいただきありがとうございました。




