あなたと踊りたくて
リリィの勇者就任を祝うパーティーは、謁見の間の一つしたのフロアにあるダンスホールで行われていた。
豪奢なシャンデリアが三つも吊るされたダンスホールには、楽団による優雅で穏やかな曲が流れ、貴族の子弟と思われる少年少女が日頃から練習していると思われる円舞曲を披露していた。
端にはシェフが腕によりをかけて作ったという数々の料理がずらりと並び、飲み物を運ぶボーイが忙しそうに集まった人たちに給仕をしていた。
主賓であるリリィはまだ到着していないが、それでも気にせずパーティーをはじめてしまうことにライルは驚いたが、そのことに誰も異論を唱えないのだから、きっとそういうものだろうと割り切り、リリィが来るまで食事をすることにした。
「ふむ……なかなか美味いではないか」
アイリス以外にこれといった顔見知りのいないライルは、今のうちに見聞を広めたり、人脈を築いたりといったこともせず、王族に献上されるために飼育されたという特別な肉に、じっくりと時間をかけて火を通して作ったという料理に舌鼓を打ちながら、子弟たちの微笑ましいダンスをのんびりと堪能していた。
ライルがリリィの兄であり、城を取り戻すのと、魔王との戦いにおいて大いに貢献したことは周知の事実であったが、壁際に陣取り、黙々と肉を貪り続ける彼に、誰もがどうやって話を切り出したらいいかわからないでいた。
そんな周囲の視線など全く気にした様子もなく、皿に山盛りとなった肉を全て平らげたライルは、次は何を食べようかと料理の並んだテーブルへと目を向ける。
「ライル……あなた相変わらずリリィ以外の人には興味持ちませんのね」
すると、腰を上げたライルの前に、自分の髪色と同じピンクのドレスに着替えたアイリスが心底呆れた表情で現れる。
「申し訳ございませんが、料理はまた今度にして、今はわたくしに付き合って下さいませんか?」
「むぅ、だが我はまだ食べ足りないのだが……」
「問答無用ですわ」
難色を示すライルに、アイリスは右手のレースの飾りのついた手袋を外して指をパチンを鳴らす。
するとボーイが二人現れ、ライルが持つ皿とグラスをするりと奪うと、音もなく立ち去っていく。
それを見て満足そうに頷いたアイリスは、再びレースの手袋を嵌めると、ライルへと手を差し出す。
「ほら、こういう時、殿方はレディをエスコートするものですわ」
「そう言われても……作法がよくわからん」
「大丈夫ですわ。わたくしが教えて差し上げますから」
そう言ってアイリスはライルの腕を取ると、素早く腕を絡めてそのままグイグイとホールの真ん中へと引っ張り出す。
そのままホールの真ん中へとライルを引っ張り出したアイリスは、てきぱきと指示を出しながらダンスの構えを取る。
「一応聞きますが、ライル……あなたダンスの経験は?」
「あると思うか?」
「そう、ならわたくしがリードしますから、後に付いてきて下さいまし」
アイリスは事もなげに言ってのけると、流れている音楽に合わせてリズムを取りながら円舞曲を踊り出す。
「ワン、ツー、スリー、ワン、ツー……そこ、わたくしの足を踏まないように気を付けて!」
「――っ、す、すまない」
どうしていきなり踊らなければならないのだ? と思いながらも、ライルはアイリスの指示に従って拙いながらもどうにか踊っていく。
そうしてアイリスのスパルタにも似た教育の下、五分も踊る頃にはライルは彼女の足を踏まずにステップを踏む程度には上達していた。
華麗にクルクルと回ってみせながら、アイリスはライルの目を見て優雅に微笑んで見せる。
「フフッ、普段から頭を使うことに長けているだけあって、物覚えの速さは尋常ではありませんわね」
「それはどうも……それで、この意図はなんだ?」
アイリスが理由もなく、いきなりダンスを教えるはずがないと踏んでいたライルは、彼女に尋ねる。
「まさか、単に我と踊りたかっただけではあるまい」
「モチロン、その通りですわ」
「んなっ!?」
「冗談ですわよ」
目を見開いて驚くライルを見て、アイリスは嬉しそうにコロコロと笑う。
「でも、ライルと踊りたかったのは本当ですわ。でも、本当の目的は……」
そう言ってアイリスがダンスホールの入口へと目を向けるので、ライルも釣られてそちらへと目を向ける。
「お、お兄様……」
そこにはアイリスの手によって華麗に変身したリリィがいた。
リリィが身に纏う真っ赤なドレスは、普段は控えな服を身に纏っている彼女からすれば、かなり大胆なものだった。
胸元が大きく開き、背中は殆どが露出してしまっているが、それがリリィの健康的で鍛えられた肢体を美しく際立たせ、全くいやらしい気配はしない。
スカートはバラの花をイメージしたような幾重にも重なっており、長さはアイリスと比べると随分と短いものであったが、活発なリリィが激しく動いても、誤ってスカートの裾を踏む心配はなさそうであった。
ドレスに合わせるように真っ赤なヒールのあるシューズに、バラの髪飾りをあしらった姿は、まるでバラの化身、もしくは妖精と言っても過言ではなかった。
ヒールのあるシューズに慣れていないのか、リリィはゆっくりとした足取りでライルの前まで来ると、ルージュを引いた唇で恥ずかしそうに問いかける。
「お兄様、その……似合ってますでしょうか?」
「……………………ああ」
ライルは激変したリリィの姿を暫く呆然と眺めが後、何度も大きく頷いて微笑む。
「似合ってる。余りの美しさに、思わず見惚れてしまったぞ」
「も、もう、お兄様ったら」
兄からの手放しの賞賛に、リリィは恥ずかしさを隠すように両手で顔を包み込んでイヤイヤとかぶりを振る。
そうしてもらった言葉をしっかりと反芻した後、リリィは手袋を嵌めた右手を、おずおずとライルの前へと差し出す。
「では、お兄様……私と踊ってくださいますか?」
その言葉を聞いて、ライルはどうしてアイリスが強引に彼を誘ってダンスをさせたのかを理解する。
(全く……世話好きな奴だ)
ライルは心の中でアイリスに感謝しながら、差し出された手を取ってしかと頷く。
「喜んで……といっても、我も覚えたて故、過度な期待はするなよ?」
「は、はい、実は私もですから」
「そうか……お揃いだな」
「はい、お揃いです」
二人は顔を見合わせて笑い合うと、互いの手を取ってゆっくりと踊り出す。
お兄様……私、小さい頃からの夢が一つ、叶っちゃいました
何だ。リリィはこういうのが夢だったのか?
そうです。女の子は皆、お姫様に憧れ、素敵なドレスを着て舞踏会で王子様と踊るのが夢なんです
我は王子様とやらではないがな
そんなことありませんよ
そうか?
そうです、お兄様は私にとって憧れの王子様です
そう……か、では、夢が叶ってよかったな
はい!
それはきっと傍から見たら決して上手いとはいえない、拙いダンスであったであろう。
流れるような動作でもなく、思わず手を差し伸べ、頭を抱えたくなるほどの出来だったかもしれないが、当の二人は楽しそうに弧を描き続けた。




