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勇者誕生

 ――三日後、十分に休息を取ってすっかり復調したライルとリリィは、改めて王からの召喚に応じて謁見の間を訪れた。



 あれから城の復旧作業が大急ぎで進んでいたが、流石に謁見の間の全てを戻すことは叶わなかったのか、相も変わらずの目が痛い景観となっていた。


 それでも体裁だけはしっかりと整えようというのか、理路整然と並んだ兵士たちの奥にある煌びやかな石が散りばめられた玉座に座る王が「うおっほん!」とわざとらしく咳払いを一つしてから話し始める。


「勇者たちよ、数々の苦難を乗り越えてよく来た。さあ、遠慮せずこちらに来るといい」


 王が言葉を発すると同時に、長槍を構えた兵士たちが一斉に槍を立てて気を付けの姿勢を取る。



 間違いなく歓迎されているのだが、こういった仰々しいイベントに慣れていないリリィは、不安そうに隣に立つライルの服の裾を掴む。


「お、お兄様……」

「大丈夫だ。前に進むぞ。後、できるだけ堂々としていろ」

「は、はい、わかりました」


 リリィは神妙な面持ちで頷くと、精一杯胸を張って足を踏み出す。


「…………」


 引き攣った顔で歩くリリィの様子はお世辞にも堂に入っているとは言えなかったが、そんなリリィを笑う無粋な者はこの場にはいない。


 誰もが待ち望んだ救世の勇者の登場なのだ。


 しかもまだ正確には勇者になっておらず、礼儀作法もこれから学んでいく身であることも承知しているので、誰もが一生懸命に歩くリリィのことを温かい目で見守っていた。



 そんな周りの言葉にならない応援に気付く余裕もなく、リリィはやっとの思いで玉座の前まで辿り着くと、何度も練習した礼儀作法を思い出しながら膝を付いて恭しく頭を下げる。


「勇者リリィ……お、王の召喚に応じまして、ここに馳せ参じまちた……あっ!?」


 最後に噛んでしまい、恥ずかしさから顔を赤くするが、流石にやり直すわけにはいかないので、リリィは消えてしまいたいと思いながら、王の言葉を待つ。


「ふむ……」


 顔を伏せたままのリリィを、王は暫く品定めするように睥睨していたが、周囲に控える人者たちと顔を見合わせて頷く。


「勇者リリィよ。面を上げるがいい」

「は、はい……」


 声を震わせながらリリィが顔を上げると、ようやく王の容姿が露わになる。


 赤を基調とした豪奢なマントに、見るからに仕立てのいい金の刺繍が入った衣装に身を包み、カイゼル髭を蓄えた壮年の男性が穏やかな笑みを浮かべているのを見て、リリィはその顔に見覚えがあることを思い出す。


 それは、ベリアルセブンを倒した後に現れた魔王であった。


 思い起こせば、その人物を見た時にアイリスが父と呼んでいたのだから、あれが魔王の変装とはいえ、その完成度はかなりのものだったのだろう。



 ひょっとしてまた魔王の変装ではないかと、内心ドキドキした面持ちのリリィに、カイゼル髭を撫でていた王は、突如としてニコリと相好を崩すと、穏やかな声で話す。


「フフッ、そう固くなる必要はない。初めてにしては実に立派な挨拶であったぞ」

「ほ、本当ですか?」

「うむ……敢えて注文を付けるとしたら、もっと笑顔をみせるとよいぞ」


 そう言って王は、指で自分の口角を上げてニコリと笑ってみせる。


「ひょら、ひょのようにな?」

「ウフフ、王様ったら……」


 ひょうきんな顔をして見せる王に、リリィは堪らず笑みを零す。


「おおっ、ようやく笑顔を見せてくれたな。ささっ、もっと近くで顔を見せておくれ」

「はい、わかりました」


 少しは緊張が解れたのか、リリィは立ち上がって王のすぐ傍まで行くと、再び膝を付く。


「おおっ、我が娘に負けず劣らずの器量好しではないか。こんな可愛い娘が勇者の宿命を背負わされるとはな。神もなかなか……」

「王、そろそろ……」

「おおっ、そうじゃったな。すまんすまん、最近話が長いと各所から苦情が来ての……」


 側近から早くするように促された王は、滔々と自分の話がいかに長いかを話しながら、差し出された箱からキラリと輝く銀の指輪を取り出す。


「では、勇者リリィ手を……右手を差し出すがいい」

「はい」


 素直に返事をしてリリィが右手を差し出すと、王が彼女の薬指に銀の指輪を嵌める。


「うむ、これで其方は正真正銘の勇者として任命されたぞ。その指輪を見せれば、あらゆる国に自由に出入りできるし、国の施設も自由に使える。何より、全ての人がリリィを勇者として認め、協力してくれるはずだ」

「こ、この指輪にそんな効果が……」


 リリィは自分の指にすっぽりと嵌った、不思議な模様のついた指輪を大事そうに左手で包み込むと、顔を上げて王に宣誓する。


「確かに承りました。勇者として、この指輪に恥じない振る舞いをすると誓います」

「うむ、良い心がけだ」


 王は鷹揚に何度の頷くと、ニンマリと破顔しながら話す。


「ささっ、其方等は我が国を救ってくれた救世主だ。ここから先は無礼講だ。肩肘張ることなくいつも通りにしてくれ」

「リリィ、もう畏まる必要はありませんわ」



 王の言葉に続くように、王女らしいフリルの沢山ついた萌黄色のドレスに身を包んだアイリスが現れ、跪くリリィに手を伸ばして立ち上がらせる。


「これから行われるのは、勇者リリィ誕生を祝うパーティーですわ。下の会場に豪華な料理も用意してありますから、一緒に行きましょ」

「は、はい……あっ、アイリス。素敵なドレスですね」

「フフフ、ありがとう。よかったらリリィも、ドレスを着てみませんこと?」

「えっ、でも……」


 思わず尻込みをするリリィに、アイリスは顔を寄せてひっそりと耳打ちする。


「リリィが綺麗に着飾ったら、ライルもきっと喜びますわ」

「お兄様が!?」


 ライルの名前を出されたリリィは、立ち上がってこちらを見ている兄を見た後、意を決したように口を開く。


「私、ドレス着てみたいかも……です」

「ええ、ええ、喜んで。そう思ってリリィのための着替えも用意してありますから。ささっ、こちらへ」


 リリィの答えを予期していたのか、アイリスは嬉しそうに彼女の手を取ると、そのまま引っ張るようにして歩き出す。



「あっ、ちょっと待って下さい」


 リリィは強引に引っ張るアイリスに断りを入れると、こちらを見ているライルへと話しかける。


「お、お兄様!」

「何だ?」

「ちょっと席を外しますが、先に会場に行って待っていてくださいますか?」

「ああ、いつまでも待っててやるから、好きにするがいい」

「はい!」


 ライルからの返事を聞いたリリィは「また後で」と言い残して、アイリスと一緒に謁見の間を退出していった。

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