これまでも、これからも
「そ、そんな魔王が生きているなんて……」
ライルの一言を聞いたリリィは、顔を真っ青にして震える瞳で問いかける。
「それってやっぱり、私が余計な一言を言ってしまったからでしょうか?」
「落ち着け。そんな訳ないだろう」
狼狽え、今にも泣き出しそうになっているリリィに、ライルは落ち着くように指示を出しながら話す。
「そもそもの話だが、魔王は完全な不死であり、どうやっても倒せんのだ」
「そう……なのですか?」
「ああ、我が正にそうであった。何度勇者に倒されようとも、世の中にある程度の悪意が溜まると自然に復活するのだ。そういう意味では、魔王という存在は自然災害に近いと我は考えている」
「……全然、知りませんでした」
「それはそうだ。魔王復活の周期は早くて百年、時には数百年の時を要することもあった。精々、七、八十が寿命の人間が、魔王の生態について知ることなどあるまいよ」
「では……少なくとも私たちが生きている間に、次の魔王が現れることはないのですね」
少なくとも自分の不用意な発言が原因で魔王が復活しないと知り、リリィは安堵の溜息を吐く。
「いや、残念ながら今回はそういうわけにはいかないみたいだよ」
しかし、そうは問屋が卸さないと、過去の勇者が待ったをかける。
「本来なら魔王の復活まで百年はかかると思われるけど、今回は僕の力を……この世界のものではない聖剣を使っただろう? あれでは一時的に封印状態に追いやった程度で、数年後には再び蘇るはずだよ」
「では、もう一度あの魔王を倒す必要があると?」
「うん、でも少なくとも数年はある。だから勇者リリィ、君は魔王が再び復活するまでに力を付け、共に戦う仲間を見つけ、聖剣を手にする必要がある……できるかい?」
「それは……はい!」
過去の勇者の質問に、リリィは真っ直ぐ目を見てしかと頷く。
「今回の戦いでは、私は何もできませんでした。お兄様と……あなたがいなければ絶対に勝てませんでした。だから今度は自分の力で、勇者として正々堂々と倒してみせます」
「そう、要らない心配だったようだね」
リリィの決意の言葉を聞いた過去の勇者は、兜を揺らして満足そうに頷く。
「うん、君なら大丈夫。世界は違うけど、同じ勇者として、君が無事に魔王を討伐することを祈っているよ」
「はい、ありがとうございま……す」
元気よく返事を返事を返すリリィであったが、言葉の途中でふらりと態勢を崩す。
そのまま背後に倒れそうになったところで、ライルが手を差し伸べてリリィの体を支える。
「あれ…………お兄…………様?」
「リリィ、疲れただろう? 後のことは我に任せて、今は休むがいい」
「は……い……」
ライルの言葉に従い、リリィは兄の体に身を任せるようにもたれかかると、スヤスヤと静かな寝息を立てて眠る。
「……本当に、よくやったな」
ライルは眠るリリィの顔にかかった髪をどけてやると、微笑を浮かべて彼女の頭を優しく撫でる。
「全く……君はそうやっていつも都合よく妹さんを寝かしつけるよね」
いつも通り、リリィを眠りの魔法で寝かしつけるライルに、過去の勇者が呆れたように苦笑する。
「ここまで頑張ったのだから、別に無理に寝かさなくてもよかったんじゃない?」
「フン、そうしたいがリリィは昔から限界を超えて頑張ってしまうからな。今も立っているのもやっとのはずなのに、無理して起きていたんだよ」
「そうなんだ……フフッ、愛されているね」
過去の勇者は堪らず破顔すると、手を伸ばしてリリィの頬をぷにぷにとつつく。
「う~ん、モチモチスベスベだ。流石に若いだけのことはあるね」
「おい、やめろ!」
放っておけば何時までもつつきそうな雰囲気に、ライルは過去の勇者の手を振り払うと、リリィの体を彼から遠ざけながら睨む。
「それよりお前、そろそろじゃないのか?」
「何が?」
「とぼけるつもりか? 我が気付いていないとでも思ったのか?」
小首を傾げる過去の勇者に、ライルは一切の嘘を見逃すつもりはないと、睨みながら話す。
「お前、もうそろそろこの世界から消えるだろう?」
「どうしてそう思うんだい?」
「貴様のこれまでの言動から推察したまでだ。我の記憶では、貴様は随分と素直な奴であったが、今日はどうしてか言葉を濁すことが多かった。それはつまり、話さなかったではなく、話せなかったのであろう?」
「………………お見通しか」
ライルの指摘に過去の勇者は肩を竦めると、頭へと手を伸ばして瑠璃色の兜を取る。
「――っ、貴様!?」
中から現れた過去の勇者の素顔を見て、ライルは目を見開く。
精悍な顔立ちの過去の勇者の素顔が半分透き通り、向こう側が見えていたのだ。
「ああ、別にそんな悲壮な顔をしなくていいよ。これはこの世界に干渉し過ぎた余所者の僕を、排除する力が働いているだけだからさ」
「そうか……」
「そうだよ。まあ、個人的にはもう君たちの冒険を見れなくなるのは非常に残念だけどね」
過去の勇者はライルがかつて見た人懐っこい笑みを浮かべると、右手を差し出す。
「それじゃあ、僕の右腕……返してくれるかな?」
「あ、ああ……そうだったな」
ライルはリリィを左手一本で支えるように抱くと、右手を差し出して過去の勇者の空っぽの手を握る。
すると、ライルの右手が淡く光ったかと思うと、赤銅色の逞しい腕からいつもの自分の腕へと戻る。
「ああ、ついでだから受けた傷は回復しておいてあげたよ」
そう告げる過去の勇者の言葉通り、戻ったライルの右手の怪我はすっかり治っていた。
だが、
「…………何だか、色が貴様の肌と同じ色のままになっていないか?」
左手と比べてみると、明らかに色の濃い腕にライルがクレームをつけると、過去の勇者はカラカラと声を上げて笑う。
「まあ、それはご愛嬌ということで。それに、必要だろ?」
「……何がだ?」
「僕の勇者の力……残り僅かだけど、それがあればいざという時の備えになると思うよ」
「そうか…………そうだな」
数年後に復活する魔王が、どんな卑劣な手を使ってくるかわからない以上、手は一つでも多いに越したことはない。
ライルは赤銅色になった右手を眺めながら頷くと、過去の勇者に頭を下げる。
「感謝する。貴様がいなければ、我等は確実に死んでいた」
「フフッ、まさか君に礼を言われる日がくるなんてね。それだけでも、わざわざ無理をしてついてきた甲斐があったよ」
ライルの言葉を反芻するように、過去の勇者は目を閉じて感慨深げに頷く。
数秒の間、しんみりしたように顔を伏せていた過去の勇者は、顔を上げてニッコリと笑う。
「それじゃあ、今度こそ本当にお別れだ」
「ああ、世話になった」
「それはこっちも同じだよ……少なくとも僕は、君のお蔭で立派な勇者になれたのだから」
「そう言ってもらえると助かる」
「まあ、それもこれも君の本意を聞けたからだけどね……あっ、そうだ」
すでに半分以上体が消えていたが、過去の勇者は何かを思い出したかのように口を開く。
「最後に一つだけ、聞いてもいいかい?」
「何だ?」
「君にとって、魔王って何かな?」
「我にとってか? 決まってる」
過去の勇者の質問に、ライルは淀みなく答える。
「魔王は、世界を正常に維持する為の緩衝材だ」
「緩衝材?」
「ああ、魔王は人間の悪意が一定以上溜まった時に生まれる。それはつまり、魔王がいない世界では人は憎しみ、争い合ってやがては滅びの道を進むということだ。つまり、破滅を防ぐために人類共通の敵である魔王が生まれ、人々の想いを勇者へ集結させるのだ」
だから魔王は、世界を巡って立派に成長した勇者によって倒さなければならない。
それがライルの考える魔王の存在意義であった。
自身の考えを語ったライルは、呆けたようにこちらを見ている過去の勇者へと問いかける。
「……変か?」
「…………」
その問いかけに、過去の勇者は何か口を開いたが、その声はライルには届かない。
だが、ゆっくりと消えていった過去の勇者の顔は、満足そうな笑みが浮かんでいた。
どうやらライルの解答に、満足したようだった。
過去の勇者がライルの解答を聞いて、どう思ったのかはわからない。
だが、これからもライルの考えは一貫して変わらない。
勇者を立派に育て、対となる魔王を倒すだけ。
どうやらまだ母たちの待つ家に帰ることは叶わなそうなので、リリィと共に世界中の人々の想いを集める旅に出る。
「そう……それだけだ」
ライルは誰となくひとりごちると、眠っているリリィを抱え直し、この閉ざされた空間から出るべく移動を開始した。




