最後のピース
「……どういうことだ?」
過去の勇者の言葉に、ライルはしかめ面をして反論する。
「我はリリィが魔王を倒すために必要な全てを用意したぞ。能力も、想いの力も十分なはずだ。おそらくリリィは、既に奴を圧倒しているはずだ。これ以上、一体何が必要だというのだ!?」
「そうか……君は魔王だったから勇者側の事情を知らないんだね」
喚くライルに、過去の勇者は落ち着いた口調で静かに語る。
「僕たち勇者の間では、魔王を倒すのに必要なのは、相応の実力、人々の想い……そして、聖剣が必要だと言われているんだ」
「聖剣……だと?」
「そうだ。勇者が魔王を倒すために用意される勇者のためだけの武器、それが聖剣だよ。聖剣の力は単純にして明快、魔王に呪いをかけるんだ」
「呪い……魔王にか?」
突然飛び出した矮小な単語に、ライルは過去の勇者へ訝しげな視線を送る。
負の感情の権化ともいえる魔王に、呪いなどという僅かに事象を歪ませる程度の力が作用するとはとても思えなかった。
「まあ、これは比喩的表現だから……」
ライルの冷めた視線に、過去の勇者は肩を竦めてみせながら苦笑する。
「覚えないかい? 勇者の攻撃を受けた時だけやたらと回復が遅くなったり、動きが阻害されるようなことがあったりさ」
「むっ、そういえば、勇者の攻撃だけやたらと痛みが強いと思ったら……あれが聖剣の力というやつか」
思い当たる節があるのか、ライルは一歩下がって剣呑とした雰囲気を治める。
ライルの圧から解放された過去の勇者はホッ、と胸を撫で下ろしながら説明を続ける。
「まあ、そういうわけで、聖剣がないと魔王は何時まで経っても回復し続けるんだ」
「……そんなわけないだろう。魔王とて、魔力は有限のはずだぞ」
「そりゃあそうかもしれないけど……それだと魔王を殺すまでに何千、何万と殺し続ける必要があるけど、流石にそれは無理があるでしょ」
「……では、どうするというのだ?」
「決まっているだろ?」
過去の勇者は自身の胸をドン、と強く叩くと、
「助けに行くんだ。僕と……君の二人でね」
そう言ってライルへ右手を差し出す。
「最愛の妹のピンチなんだ。当然、いくよね?」
「それは当然だが……」
ライルは差し出された過去の勇者の右手を見ながら、自分のあらぬ方向に曲がり、骨が剥き出しになっている右手を掲げる。
「確かに我の比は認めたが、お前も大概に鬼畜な奴だな」
「鬼畜? いやいや、これは必要なことだよ」
代わりに左手を差し出そうとするライルに、過去の勇者はゆっくりと首を横に振ってさらに右手を差し出す。
「悪いけど理由は言えない……そういう決まりでね。だけど、決してこれは君に嫌がらせをするためじゃないんだ。むしろ、君のためなんだけど……信じられないかい?」
「…………いや、信じよう」
探るような過去の勇者に対し、ライルは力強く頷いて応える。
「リリィを救うためにそれが必要なら、躊躇うことはない……この手で貴様の手を握ればいいのだな?」
「ああ、別に握る必要はない。あくまで君の意志で触ってくれればいい」
「わかった」
過去の勇者の言葉の真偽などどうでもよかった。
自分はまだ死んでおらず、リリィを助けるチャンスを得られるのだ。
だったら、たとえ毒であろうと喜んで口に含んで見せよう。
ライルは失神しそうなほどの強い痛みに負けることなく笑ってみせると、過去の勇者の右手に叩き付けるようにして強く握った。
瞬間、ライルの視界がホワイトアウトして、意識が白一面に塗り替えられた。
魔王の体をすれ違いざまに八つ裂きに切り裂いたリリィは、華麗な身のこなしで傷口から溢れた黒い触手から一目散に逃げる。
「はぁ……はぁ…………はぁ……」
安全な位置まで退避したリリィは、肩で大きく息をしながら魔王の様子を見る。
「あががが…………痛い! 痛いではないか!」
魔王は痛みで大粒の涙を流しながら地団駄を踏むが、そうこうしている間に傷口は黒い触手によってみるみる修復していく。
「もう、またなの!?」
これまで優に数百回は魔王の体を切り刻み続けたリリィであったが、その全てが徒労に終わっていた。
魔法が使えないので、あらゆる剣技を駆使して魔王の体を切り刻み、穴を開け、肉を、骨を、臓物を破壊し続けて来た。
だが、魔王をどの部位を破壊しても、心臓は疎か、脳を破壊してもまるで何事もなかったかのように完全回復してみせたことにはリリィも参った。
「はぁ……本当に…………魔王を倒せるの?」
ライルからの想いを受け取って無限の力を得たと思っていたが、三時間以上も休みなく全力で動き続けたリリィの体力にも流石に陰りが見えはじめていた。
回復魔法によって全快したはずの体は、あちこちに擦り傷や打ち身の痛々しい痕が見える。
これらの傷は、魔王による攻撃を直接受けたものではなかった。
見事な立ち回りで直撃を避け続けるリリィであったが、魔王による一撃が振り下ろされる度に床や壁、柱が砕かれ、その度に飛び散る細かな礫によって細やかな傷を負っていった。
一つ一つは気になるほどの傷ではないが、それが身体全体に行き渡り、僅かでも出血があればそこから血と共に体力が失われていく。
このままでは、魔王の力が尽きる前に、リリィの体力が尽きてしまうだろう。
体力が尽きれば、逃げ場のないこの場ではひたすらなぶり殺しに遭うだけだ。
そうなる前に、何とかして魔王を倒す算段をつけなければならなかったが、今のリリィに有効な手段が思いつくほどの余裕はなかった。
故に、リリィにできることは、
「とにかく……何度も斬って、斬って、斬りまくって、魔王の弱点を探すだけよ」
結局、これまでと同じただの力押し一辺倒だった。
だが、こんな愚直な方法しか思いつかなくとも、リリィは諦めるつもりは毛頭もなかった。
何故ならこの戦いは、亡き兄から託された想いを引き継いだ戦いだからだ。
例え魔王という勇者の敵となるはずの存在だったとしても、ライルがリリィに与えてくれた愛は間違いなく本物だった。
その愛に応えるためも、リリィは是が非でも負けるわけにはいかなかった。
「……いきます!」
これまで何度と繰り返してきた気合を入れる一言を発したリリィは、勢いよく前へと出る。




