語られる真実
最も毛嫌いするタイプの人間の登場に、ライルの顔から表情が消える。
「あれぇ? ちゃんまお~? もしも~し、聞こえてる?」
鎧の人物は、死んだような目のライルの眼前で手を振りながら探るように質問する。
「なあ、俺のこと覚えている…………よね?」
「…………何の真似だ」
口調が通常に戻ったところで、ライルはようやく目の焦点を合わせて目の前の人物を睨む。
「貴様は確か四百年前の……あのふざけた男の四代前の勇者だな」
「おおっ、凄い! 本当に歴々の勇者のこと全部覚えているんだな」
感嘆の声を上げながら鎧の人物は、瑠璃色の全身鎧の兜を脱ぐ。
そうして出てきたのは、赤銅色の肌をした精悍な顔付きの若者だった。
既に天寿を全うしたはずの人物が自分の目の前に現れたのかはわからないが、一つだけはっきりしたことがある。
「やはり我は既に死んでいるのだな」
「いやいやいや、死んでないよ」
ライルの呟きを、過去の勇者は慌てて否定する。
「確かにさっきは間一髪の状況だったけどさ。ギリギリのところで助けたんだよ」
「……貴様が?」
「うん、そう……ってそんな怖い顔で睨まないで。一から説明するから」
憤怒の形相で睨んでくるライルに、過去の勇者は後退りしながら話をする。
「先ずそもそもの疑問だと思うけど、どうして四百年前に活動していた俺がここにいるかだけど……
実はあの世界の勇者たちは、寿命が尽きた後も天に召喚されて神の使いとして生きているんだ」
「何だそれは……そんな話、聞いたことないぞ」
「うん、俺もびっくり……まさかようやく楽になれると思ったら、また働く羽目になるとは思わなかったよ」
過去の勇者は、苦々しい表情を浮かべながらげんなりと肩を落とす。
「そこで他の勇者から聞いたわけよ。実は俺たちの冒険の殆どは、魔王の手の平の上で踊らされていただけだってね。それを聞いて俺は……悲しかったよ」
「悲しかった?」
「ああ、だってそうだろ? 俺と仲間たちが命を賭けた冒険が、あの薄氷を踏む思いでようやく掴んだ勝利が、全て仕組まれたものだって聞かされた時の虚無感ったらさ……今のあんたなら少しはわかるんじゃないか?」
「………………そうだな」
魔王である時は、大局を俯瞰してみる立場である時は気付かなかったが、こうして一人の人間として、一生懸命に日々を過ごしてきた今となっては、過去の勇者の気持ちがライルにも理解することができた。
ライルが行ってきたことは、勇者の旅路における一喜一憂、その全てを否定するに等しいとても残酷な行為であった。
「…………すまなかった」
過去の勇者からの言葉で己の過ちに気付いたライルは、彼に向かって深々と頭を下げる。
「確かにあの時の我には傲慢な……確かな驕りがあった。ひたすら自らの欲求を満たすことだけに固執し、お前たち勇者の気持ちを全く考えていなかったといっても過言ではない。お前たち一人一人にも……物語はあるのにな」
「……………………うん」
ライルの深い悔恨の念を聞いて、過去の勇者は安堵したように頷く。
「その言葉が聞けただけでも、魔王をこの世界に連れてきた甲斐があったよ」
「ということは、あのふざけた勇者の言っていたパイセンとやらは……」
「うん、俺のことだよ」
ライルの質問に、過去の勇者はあっさりと頷いて認める。
「俺の冒険が全て魔王によって仕組まれたものだと知った俺は、それは当初は絶望したよ……すべてに嫌気が差し、自ら死ぬことも考えた」
だが、神の使いとなった勇者は死ぬことすら許されず、世界の安寧という果てのない仕事に従事させられることとなった。
「そんな時、俺はある魔法使いに出会ったんだ」
その魔法使いは、自分たちの世界の他に別の世界があるという定説を唱え、異端として魔法使いの協会を追放された変わり者だった。
「その人物を見つけた時、俺は魔王を……俺の人生を真っ向から否定した奴を、この世界から追放してやろうと決めたんだ」
そんな妄執にも似た感情から、過去の勇者は痛んの魔法使いとコンタクトを取り、神の使いとして与えられた権力を最大限に駆使して、魔法使いの研究を形にしていった。
「そうして完成した魔法を覚えたのが、勇者パーティにいた女神官だよ」
「あのとびきり変な話し方をしていた女だな」
「そう言ってやるなよ。ああ見えて彼女も、勇者たちに溶け込もうと必死だったんだよ」
容赦のない一言に、過去の勇者は思わず苦笑する。
そうして女神官の魔法で魔王を人間へと変え、別世界に飛ばすことに成功したが、過去の勇者はその後の魔王を観察するために、自らも同じ魔法でこの世界にやって来たのだという。
「では……お前はずっと我のことを監視していたのか?」
「うん、最初は気持ち悪いくらい同じ生き方をしようとする君を見てどうなるものかと思っていたけど、あの母親をはじめ、色んな人との出会いによって君が変わっていく様を見るのは中々面白かったよ」
「…………悪趣味だな」
「ハハッ、それを魔王である君が言うのかい? まあ、これもある意味では俺からの意趣返しだと思ってくれればいいさ」
カラカラと大口を開けて笑う過去の勇者を見て、ライルはふと疑問に思ったことを口にする。
「もしかして、リリィが勇者として選ばれたのもお前が原因なのか?」
「いや、それは流石に偶然だよ。でも、魔王である君がやって来たことを、この世界の神は気付いているから、君の妹となる人物を勇者に選んだ可能性はあるかもね。この世界では、これまで何人もの勇者候補が生まれた途端に殺されちゃってるからね」
「…………そうか」
この世界の神がどれだけライルのことを知っているかは未知数だが、彼がいなければリリィは生まれたその日に殺されていたことは確かだった。
そういった意味ではライルの人生は、神によって弄ばれたのかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「……まあ、おおよその話は理解した」
過去の勇者がここにライルを招いたということは、何か理由があるはずだった。
「それで、貴様は我に何を望むのだ?」
「フッ、その辺の割り切りは流石だね」
話が早くて助かると、過去の勇者は頷きながらライルをこの場に呼んだ理由を話す。
「実このままだと君の妹、リリィちゃんは絶対に魔王には勝てないんだ」




