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忘れ得ぬ日々

「ククク、勇者の兄よ。感謝するぞ」


 最初の子供のサイズから比べると、実に五倍もの大きさへと成長した魔王は、呆然と佇むライルたちを見下ろしながら得意気に話す。


「お前の放った魔法……一体どういう仕組みかわからぬが見事だった。危うく我も死を覚悟したぞ」

「そうだ! 我の放った魔法は完璧だった。なのに何故、お前は死なぬどころか、完全体へと至っているのだ」

「ああ、そのことだがな……我は途中で気付いたのだよ」

「気付いた……何にだ?」


 言っていることの意味がわからず訝しむライルに、魔王は彼を指差しながら核心的な一言を告げる。


「我とお前が同じ力を奔流としていることだよ。認めていないが、お前も我と同じ魔王と呼ばれる存在だろう?」

「…………」

「ここまで来ても無言を貫くか……まあいいそのことに気付いた時、我は思い切って試したのだよ。お前の魔力を……我が物にできぬかとな?」


 一貫して認めようとしないライルに呆れながら、魔王は自分の頭部を指差す。


「結果は見ての通りだよ。お前と我の魔力の親和性は言うまでもなく最高だった。そうとわかれば体内入った魔力を余すことなく、全て吸収することは容易かったよ」


 そうしてライルの放った魔力を全て吸収した魔王は、これまでリリィを殺すために費やしていた魔力を補充して、完全体へと至ったのだった。


「ああ、この感じ……実に懐かしいぞ」


 魔王は近くにあった柱の一つを軽く腕を振るって粉砕してみせると、満足したように頷きながらライルたちを見やる。


「このままお前たち兄弟を切り刻むのは容易い……だが、この我を追い詰めた功績を称え、褒美をくれてやろうではないか」

「褒美……だと?」


 思わぬ提案に何事かと顔を見合わせるライルたちに、魔王は両手を広げて天を仰ぎながら盛大に叫ぶ。


「どうせこの世界は最早我の前に跪くのだ。その暁には、お前たち兄弟に魔王第一の配下として、世界の半分をやろうではないか。どうだ、悪い提案ではないだろう?」

「ふ、ふざけないでください!」


 魔王の甘言に、リリィが真っ先に声を上げる。

 傷はすっかり癒えたのか、二本の足でしっかりと立ち上がったリリィは、自分の胸に手を当てながら大きな声で叫ぶ。


「魔王が勇者を前にして、勝負が決まる前に軍門に下れとは何たる無礼! 私はまだあなたを倒すことを諦めていませんよ!」

「そうか、流石は神に選ばれた救世の勇者だ……ならばもう何も言うまい」


 魔王はニヤリと笑うと、右手を突き出して手の平から黒い小さな玉を生み出す。


「勇者リリィよ。全力でかかってくるがいい。お前の夢、我がここで摘み取ってくれようぞ」


 そう言って魔王が右手を掲げると、生み出した黒い玉に向かってどす黒い禍々しい気が集まりだす。


「クッ、何て禍々しい気……ですがエネルギーが集まる前に叩けば……お兄様、ご指示を!」


 魔王の一撃への対応策を求めるため、リリィは後ろを振り返るが、


「…………」


 どういうわけかライルは座ったまま、呆然と魔王が生み出した黒い玉を心ここにあらずという様子で見つめていた。


「……お兄様?」


 いつ魔王が黒い玉を発射するかわからないが、それでも兄の異変に対処するため、リリィはライルの顔を見て心配そうに声をかける。


「お兄様、大丈夫ですか? もしや、手の怪我が悪化して……」


 そう言いながらリリィが手を伸ばすと、ライルはその手を軽く振り払いながらかぶりを振る。


「いや、それは問題ない。それより一つ、話しておくことがある」

「話しておくこと?」

「ああ……もう気付いていると思うが、確かに我はかつて魔王と呼ばれる存在であった……奴の言うことは全て本当だ」

「お、お兄様!?」


 いきなり告げられたその一言に、リリィはライルが裏切ると思ったのか、泣きそうな表情を浮かべてライルの顔を見る。


「で、では、お兄様はやはり私たちの敵なのですか?」

「そんなはずはない、それは過去の話だ。我の今とは何の関係もない」

「……本当ですか?」

「ああ、話せば長くなるが、我は故有ってこの世界に流れ着き、そしてリリィの兄となった。我の望みはリリィが生まれた時から一つ、お前を最高の勇者として育て上げ、魔王を討つ。それだけだ」

「ですよね……よかった」

「ああ、当然だろう」


 心底安心したように胸をなでおろすリリィを見て、ライルは大きく頷く。


「それにな。我は今、とても感心していたのだ」

「感心?」

「ああ、魔王の誘いを間髪入れずして断ったことだ。リリィ……本当に立派になったな」


 ライルは驚くほど穏やかな笑みを浮かべると、手を伸ばしてリリィの頬を撫ではじめる。


「リリィが生まれた時、神の祝福を受けたのを知ってどれだけ嬉しかったことか」

「お、お兄様?」

「初めて抱いた時、お前は我に向かって笑ってくれた。その笑顔を見た時思ったのだ。我は何が何でも、お前を最高の勇者にしてみせると」


 ライルは深く頷きながら、これまでの日々を思い返す。



 祖母のローザに命じられて、リリィのオムツを変えさせられた時は心折れそうになったが、愛らしい大きな瞳と共に向けられる無邪気な笑顔を見て、またやる気を出すという単純さに、我ながら呆れることもあった。


 初めて立ち上がった時には、母のレイラと抱き合って喜んだ。


 自分のことを「お兄様」と呼び、ちょこまかと後ろを歩く姿をのんびりと待つのを愛おしいと思うようになった。


 周りからどれだけ煙たがれ、何度止めろと言われても決して折れることなく、理想の勇者になってみせると努力し続けた日々を、リリィは常に感謝していると言うが、感謝しているのはライルの方だった。


 いきなり訳もわからず人間にさせられ、何も知らない世界で生きていくしかなかったライルにとって、リリィとの日々は、これまで何百、何千と繰り返してきた魔王としての月日を容易く一蹴するくらい濃密で、忘れられない日々の連続だった。



 そんな新たに生きる希望を与えてくれたリリィを守るため、ライルにできることといえば……、


「……リリィ、今まで本当にありがとう」


 ライルは感謝の言葉を口にしながら、リリィにある魔法をかける。


「――っ、お、お兄様!? か、体が……」

「ああ、動かないだろう? それは我が魔王であった時に開発した身動きを封じる魔法で、明日への幹(トゥモロートロン)というものだ」

「何を……言って」


 魔法の効果で舌が上手く回らないのか、リリィは舌足らずの言葉を紡ぎながらも、どうにか魔法から逃れようとする。


 だが、どれだけ力を籠めても、指一つ、爪の先ほども動かせなかった。


「多少、苦しいかもしれんが安心しろ。その魔法が効いている間は、あらゆる攻撃を防いでくれる。まあ、その代わり自分も動けないから、周りには不評だったがな」


 ライルは肩を竦めてみせながら自嘲気味に笑うと、手を伸ばしてリリィの体を抱き締め、子供の時によくしてやったように頭を優しく撫でながら耳元で囁く。


「リリィ、これが我からお前にしてやれる最後の授業だ」


 そう言うと、ライルはリリィへ向けてありったけの補助魔法(バフ)をかけていく。

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