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幻滅はしないで

 この場面でライルが鬱血する絵画コンジェスションドローを選択したのには、ある理由があった。



 鬱血する絵画は、血の巡りをよくする魔法と、傷口を塞いで止血する魔法を組み合わせて相手の頭に血を溜めて爆発させる魔法で、基本的に回復魔法を組み褪せて創られた魔法である。


 魔王には状態異常魔法は効かないが、回復魔法は有効である。


 これはライルが魔王時代に得た経験であり、だからこの世界の魔王にも回復魔法が主体となるこの魔法は有効だと思われた。

 ライルの手から生まれた白い衝撃波は、リリィを見上げている魔王に難なく吸い込まれる。


「これで終わりとは随分と呆気ないが、我の勝ちだな」


 だが、魔王は魔法が命中したことにも気付いた様子もなく、リリィに追撃を仕掛ける仕掛けるべく、腰を落として岩のように硬くて太い腕を振りかぶる。


「…………クソッ!」


 魔法が不発に終わった時点でライルに魔王を倒す術はないのだが、それでもリリィを救うために必死に駆け出す。


「クソッ、やめろ……やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!」


 リリィの死を前にして、ライルはこの世界に来て初めてといっても過言ではないほど取り乱しながら叫ぶ。


「リリィは我の……我の大切な妹なんだ! お願いだ。殺さないでくれ!」

「クカカカ、そうだ。その声が聞きたかったぞ!」


 取り乱すライルをチラリと見て、魔王は白い歯を見せて余裕の笑みを浮かべる。


「己の無力を呪いながら、大切な妹がに無残に死ぬ様を……見ている……がいひっ?」


 勝利を確信した魔王が腕を振り抜こうとしたその時、突如として魔王の山羊のような頭が肥大化する。


「あが…………うぎっ……なっ、な……これ?」


 みるみる大きくなる頭に、魔王はどうにかしようと頭を抱えて肥大化を防ごうとするが、その意に反してみるみる頭は大きくなっていく。


「おま……え…………わ…………を……した?」

「…………」


 恨めし気に睨んでくる魔王を無視して、ライルは必死に足を動かして落ちてくるリリィに向かって必死に手を伸ばす。


「このっ……届けええええええええええええええええええええええぇぇぇ!」


 補助魔法(バフ)の効果を得た足で飛び込んだ甲斐もあり、ライルは地面に激突する寸前で、リリィを受け止めることに成功する。


「――うぎっ!?」


 リリィを受け止めた瞬間、怪我をした右手から激しい痛みを感じるが、ライルは唇を噛み切るほど歯を食いしばってどうにか耐えると、苦しみ、悶える魔王から大きく距離を取る。



「リリィ、しっかりしろ!」


 安全な位置まで移動したライルは、リリィの腹部に左手を当てて回復魔法を唱える。


「この……莫迦者! 今のは……今のは本当に駄目かと思ったぞ」

「お兄様…………すみませんでした」

「謝るな! この莫迦!」

「その……すみません…………あっ、ハハッ、また謝っちゃいました」


 リリィは力なく笑いながら、震える手を伸ばして回復魔法を使っているライルの左手を掴む。


「お兄様のあんな声、初めて聞きました。私のこと、そんなに想っていてくれたのですね?」

「…………忘れろ」

「フフッ、いくらお兄様の命令でも嫌です。さっきの叫びは一生忘れてあげません」

「勝手にしろ」

「はい、勝手にします」

「…………フン」


 何を言っても無駄だと察したライルは、苦虫を嚙み潰したような顔をしたまま、尚もリリィに回復魔法をかけながら、魔王の方を見やる。


「あが…………がが………………うぴっ!?」


 頭の肥大化を止められない魔王は、目や鼻、口や果ては耳から血を吹き出している。

 このままいけば、魔王の頭が破裂するのも時間の問題だろう。


「お兄様……あれはお兄様がやったのですか?」

「……………………そうだ」


 リリィにもう隠し立てをすることはできないと察したライルは、渋面を浮かべて頷く。


「あれは我がやった。もう間もなく魔王の頭は破裂して、奴は死ぬだろう」

「そう……ですか」


 魔王が死ぬと聞いて、リリィは愁いを帯びた顔をする。


「…………幻滅したか?」


 呆然と魔王を眺め続けるリリィに、ライルは探るように慎重に声をかける。


「その、我が実は戦う力を持っていたばかりか、それで魔王を倒してしまったのだ。勇者としてのお前の役割を奪ってしまったのだぞ?」

「いいえ、そんなことありません」


 不安そうな表情のライルに、リリィはゆっくりとかぶりを振って笑う。


「こんな力を隠していたことには驚きましたが、これも全て私のためだったのですよね?」

「ああ……」

「だったら何も文句はないです。むしろ、お兄様のことをますます尊敬するようになりました」

「そう……か」


 力を隠していたこと、リリィの役割を奪ってしまったことで彼女に嫌われると思っていたライルは、その言葉を聞けて心から安心する。


 後は、魔王の死を確認して、この空間から出て母たちの待つ家に帰ろう。


 そんなことを思うライルであったが、


「…………おかしい」


 そこである異変に気付く。


「何がおかしいのですか?」

「魔王の頭だ」

「頭……」


 そう言われたリリィは、魔王の頭に注目する。


 ライルが放った魔法の効果を理解したわけではないが、苦しみ続けている魔王の頭は尚も大きくなり、今や頭だけで一メートルを超える巨大な塊に、代わりに体の方が萎んでいる有様だった。



 どう見ても生き物としてのバランスが崩壊していることに戦慄を覚えながらも、リリィはライルに問いかける。


「わ、私には何にもわからないんですけど、何がダメなのですか?」

「奴の頭だが……生物の頭があんなにも大きくなるのか?」

「えっ? そ、そりゃそんなことないと思います……けど」

「そうだ。そんなはずないのだ」


 ライルは額から汗を流しながら、魔王を見やる。


「普通なら既に頭が破裂して死んでいるはずなのに……一体奴の頭蓋骨はどうなっているのだ?」


 そう語る間にも魔王の頭はさらに肥大化し、血管がボコボコと浮かび上がって激しく脈動する。


 体を覆う鱗が開いたり閉じたりを繰り返し、隙間から見える内部がぼんやりと薄く紫色に光り出したかと思うと、光が徐々に溢れ出し体全体が光り出す。


「お、お兄様……一体何が?」

「わからん、だが何が起きても大丈夫なように備えるぞ」


 そう言いながらライルは、さらに力を籠めてリリィへと回復魔法をかけていく。


「アパァ…………ぷぴっ!? あぎゃ……あぎゃぎゃ……」


 全身から紫色の光を放つ魔王は、尚も苦しそうにもが見続けていたが、


「ぎゃ、あがが……うひっ…………ウヒヒ…………ク、ククク……クカカカカカカカ!!」


 その苦しそうな叫び声が、徐々に愉悦を帯びた笑い声へと変わっていく。



 魔王の声質が変わると同時に、体にも変化が訪れる。


 地面から五メートル程の高さにまで達した頭が急激に元のサイズへと戻ったかと思うと、溜まりに溜まった血が一気に駆け巡るように全身へと生き渡ったのか、腕が、足が……そして胴が元の筋骨隆々の姿へと戻る。


 いや、ただ戻っただけではなかった。


 全長が二メートルから五メートル近くまで大きくなったのに合わせるかのように、それぞれの部位が太く、逞しくなっており、鬱血する絵画を喰らう前より明らかにパワーアップしていた。



「…………ククッ、感謝するぞ」


 魔王はすっかり元通りになった体の調子を確かめるように首をコキコキと鳴らすと、


「お前の魔法のお蔭で、どうやら完全体になれたようだ」


 衝撃の事実をライルたちに告げ、ニンマリと笑ってみせた。

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