魔王ではなく兄として
こうして始まった世界の命運を握る戦いの第二ラウンドも、リリィによる突撃から幕を開ける。
「ふっ、ほっ……やあぁっ!」
自分の倍以上のサイズとなった魔王の剛腕を、リリィは左右にステップを踏んで距離を詰め、すれ違いざまに剣で腕を斬りつける。
だが、激しい火花を散らしながら駆け抜けたリリィの剣閃は、魔王の腕から僅かに煙が上がっただけで、傷一つ付いていなかった。
「――っ、硬い!?」
魔王の攻撃範囲から離脱しながら、リリィは追撃の体勢に入っているライルに向かって叫ぶ。
「お兄様、お気を付けください! 魔王の体が先程とは比べ物にならないほど硬いです」
「わかった!」
リリィの声に応えながら、ライルは相手の装甲を打ち貫こうと、補助魔法と体重の乗った全力の拳を、魔王の脇腹へと繰り出す。
瞬間、空間全体を揺るがすような轟音が響き渡り、ライルの右拳が爆発したように血が吹き出す。
「むっ!?」
「ハハハ、馬鹿め。素手での攻撃など無駄だ!」
補助魔法の効果を十分に得たライルの攻撃を受けたにも拘らず、魔王はまるで何事もなかったかのように笑い声をあげながら拳を振り下ろす。
「チッ……」
余りの痛みに目が霞み、意識を失いそうになりながらも、ライルは背後へと大きく飛んで攻撃を回避する。
同時に魔王を殴った右手に目を下ろすと、そこはあらぬ方向へと曲がるどころか、衝撃で骨が皮膚を突き破っているのが見て取れた。
「……これはマズい」
怪我した箇所を目にしてしまった所為で、余計に痛みを実感したライルは、一刻も早く態勢を整えて回復魔法を唱えなければと思う。
だが、
「どうした? 先程までの勢いは何処に行ったのだ?」
怪我したライルを見て魔王の邪な心に火が点いたのか、地響きを上げながら嬉々として追撃を仕掛けてくる。
「ほら! ほら! こうしてわざわざ大振りの攻撃を仕掛けてやってるのだ。虫ケラに相応しいちょこまかとした動きで反撃して来たらどうだ?」
「チィ……ペラペラと良く回る舌だ」
次々と繰り出される攻撃をどうにか回避しながら、ライルはどうにかこの状況を切り抜けるべく思考を働かせる。
どうやら魔王の体は、全身がドラゴンのような固い鱗で覆われており、生半可な攻撃ではビクともしないようだ。
こういう場合、セオリーなら相手の防御力を下げるために反補助魔法を使うのだが、かつて自分もそうだったように、魔王には状態異常魔法は効果がないことは確認済みだった。
次に頼りになるのは攻撃魔法なのだが、ライルは当然ながら、リリィも攻撃魔法は一切使えない。
こうなるとアイリスを連れて来なかったことが悔やまれるが、後悔などしても意味はない。
残った手段は、特にリリィには秘匿にしている自身のオリジナルの外道魔法だが、ライルはまだその時ではないと考えていた。
果たして魔王に外道魔法が効くのかどうかは未知数だが、それで魔王を倒してしまった場合、笑えない冗談となってしまう。
(一緒に戦うとは言ったが、魔王への最後の一撃は勇者が行うべきだ)
ここに来てまだ様式美にこだわるライルは、どうにかしてリリィに止めを刺させようと考えていた。
必死に回避を続けながらそんなことを考えていると、ライルは背中を強かに打ち付けて態勢を崩す。
「んなっ!?」
驚いて背後を見やると、すぐ真後ろにそそり立つ壁があった。
後ろに下がり過ぎて、いつの間にか壁際までやって来てしまったようだ。
「とうとう逃げ道がなくなったようだな!」
ライルを端に追い詰めるため、わざと単調な攻撃を繰り返していた魔王は、ここに来てまだ一度も繰り出していない蹴りを放つ。
「チィッ!」
予期せぬ攻撃ではあったが、回避できない速度ではないとライルは身を投げ出すようにして蹴りを回避する。
しかしそこで、着地をする時に怪我をした右手を付いてしまう。
「――っ!?」
体中を電流が駆け巡るような激しい痛みに襲われ、ライルは堪らず顔をしかめてその場に硬直してしまう。
「ハッ、もらったぞ!」
動きを止めるライルを見て、魔王が勝利を確信したように大きく振りかぶる。
「それ、死ぬがいい!」
「クッ……」
唸りを上げながら迫る剛腕を前に、ライルは回避を諦めて両手を体の前で交差させるようにして防御姿勢を取る。
「ハハハ、無駄だ。この一撃でバラバラにしてくれる」
「お兄様!」
するとそこへ、リリィがライルを助けるべく飛び込んでくる。
リリィはそのままライルの体にタックルするようにぶつかって、すんでのところで魔王の剛腕から兄を守ってみせる。
だが、その代償は余りにも大きかった。
ライルを助けるのに精一杯で、魔王の攻撃がまともにリリィの体を捉えたのだ。
魔王が力任せに拳を振り抜くと、リリィの小さな体が天高く舞い上がり、
「がはっ!?」
肋骨が何本か折れる音を耳にしながら、彼女は口から大量の血を吐いた。
「リリィ! この……莫迦者が!」
魔王の余りにも重い一撃を受けてしまったリリィを見て、慌てて立ち上がったライルは、痛む右手のことなどすっかり忘れて顔を青くさせる。
「ククク……思わぬ結果となったが、先に勇者を殺すとするか」
リリィの真下では、落下してくる彼女に止めを刺そうと、魔王が攻撃態勢に入るのが見えた。
このままでは後数秒でリリィは物言わぬ亡骸へと変わるだろう。
いくらライルをもってしても、死者を蘇えらせるような奇跡の魔法は使えない。
ならばもう、迷っている場合ではなかった。
自分の矜持を守ることより、ライルは大切な妹の命を救うことを選ぶ。
あれだけリリィに対して「助けない」と豪語していたのに、不思議とその決断を下すことに何の迷いもなかった。
「リリィ、待ってろ……」
ライルは自身の心境の変化に気付くことなく、無事な左手を突き出すと脳内で高速で魔法を構築していき、
「朽ち果てろ! 鬱血する絵画!」
かつて六十七男ベリアルを打ち倒した自身のオリジナル魔法を魔王に向けて発動させた。




