謁見の間を目指せ!
その後もライルたちは、城内の燭台に灯された火を消して周り、視覚で索敵する自動人形監視の目を掻い潜って進んだ。
ただ、進む道は完全な暗闇となっており、全てはアイリスの脳内にある城内の地図だけが頼りだった。
先頭をアイリス、続いてリリィ、ライルと一列となって歩き、時折道を確認するように、手探りで周囲を確認しながら一行は城内を進む。
何体かの自動人形をやり過ごし、二階、三階と階層を重ねたところで、最後方のライルが口を開く。
「それで、我々は何処へと向かっているんだ?」
「……謁見の間、ですわ」
ライルの質問に、先頭を歩くアイリスが答える。
「魔王はこの城を制圧した後、どういうわけか謁見の間に閉じ籠ってしまいましたの。その後、謁見の間の扉が開かれたという話は聞きませんでしたから、今でも中にいるはずですわ」
「……えっ、それっておかしくないですか?」
アイリスの話を聞いたリリィが、ちょっと待ってと手を上げながら発言する。
「謁見の間に閉じ籠ったって……ご飯とかどうするんですか? それに……ト、トイレも」
言っていて恥ずかしくなったのか、リリィがライルの袖を引きながら尋ねる。
「お兄様、その……そんなことあり得るのですか?」
「謁見の間とやらに、食事も摂らず、トイレも行かずに閉じ籠り続けることか?」
「は、はい……」
「ふむ……」
リリィの質問に、ライルはその場に立ち止まって考えるフリをする。
かつて魔王であったライルの経験から言うと、魔王というのは食事も睡眠も必要ない。というより、普通の生物が必要とするあらゆる生理現象を行わない。
存在そのものが生物というよりは概念に近く、時には自然災害と呼ばれるように、条件が揃うことで誕生するのが魔王である。
たまに生物のふりをして気まぐれに食事を摂ることもあったが、摂取した食べ物が体の中で消化されるわけではないので、排泄も必要としない。
では、魔王は普段は何をしているのかと問われれば、大抵はエネルギーを蓄えるために眠っている。
魔王も生まれた瞬間から最強というわけではなく、長い年月をかけて成長し、強くなっていくのだ。
ただ、その過程が鍛錬を積んだり、栄養をしっかりと摂取したりということではなく、より多くの負の感情を体に取り入れ、蓄積することで成長していく。
風の噂では、魔王が誕生してから今年でおよそ十七年……ただひたすらに力を蓄えていれば、それなりの強さになっていたであろうが、この世界の魔王はリリィを殺すために躍起になっている。
故に、強さとしてはまだまだ未熟な魔王が本当に謁見の間にいるのであれば、力を蓄えるために寝ているはずだった。
と、リリィの疑問に答えることは容易いが、そう答えてしまうと色々と面倒になる。
だからライルは、考えた末に簡潔に回答する。
「……わからん。ただ、相手が魔王なら可能性はないとは言い切れん」
「そう……ですか」
ライルの答えを聞いたリリィは、手探りで兄の手を探り当ててギュっと力強く握る。
「本当に……本当に魔王と戦うんですね」
「まだそうと決まったわけではない。それに、我はこの先に魔王はいないと思っている」
「えっ、どうしてですか」
「そんなの決まっているだろう」
ライルはリリィの手を握り返し、もう片方の手を彼女の頬に当てながらニヤリと笑う。
「美しくないからだ」
「はっ、えっ?」
自信を持って告げられたライルの一言に、リリィは目をまん丸に見開いて心底驚いた表情を見せた。
その後も徘徊する自動人形たちを、暗闇を使って上手く撒いたライルたちは、城の五階にある謁見の間のすぐ近くまでやって来た。
「…………マズいですわね」
謁見の間の手前の門で立ち止まったアイリスは、少しだけ顔を出して先を覗きながら唸り声を上げる。
「謁見の間のすぐ前に、特別な自動人形が二体いますわ」
その言葉に続いてライルとリリィが角から先を見やると、大きな門扉の左右に全長二メートル、外を徘徊していた自動人形とよく似たフォルムをし、全身を鉄製の鎧で覆った自動人形が二体、微動だにせず立っていた。
それぞれの手には、馬すら一刀のもとに斬り伏せられるほどの長大な武器、ハルバードと同じ大きさの大盾を装備していた。
「あの二体の自動人形は、わたくしの城で最強の自動人形で、騎士団の一個小隊では手も足も出ないほどの強さを持っているのですわ」
「で、でも、これまでみたいに視界を奪ってしまえばいいのではないですか?」
「それが……ダメですの」
リリィの質問に、アイリスがふるふるとかぶりを振って答える。
「あの二体は護衛の為に造られたとあって、あらゆる方法で索敵ができるはずですわ……きっと、ライルが言っていた索敵方法全てに対応しているはずですわ」
「そ、そんな……」
ここまでどうにかノーエンカウントで来られたのに、まさか最後の最後で、思わぬ強敵との戦闘を強いられる事態に、リリィの顔に焦りが生まれる。
何故ならこの戦いは、ただ倒すだけでなく、素早く、静かに倒さねばならないのだ。
少しでも手こずったり、大きな音を立てたりしてしまえば、城内を徘徊する自動人形や、何処に潜んでいるかわからない魔物たちが大挙して押し寄せてきてしまう。
そうなったら魔王と対峙する前に、疲弊して、最悪の場合は犠牲者が出てしまうかもしれない。
だが、他に道はなく、謁見の間に入るためにはあの二体の自動人形を、必ず排除しなければならない。
「アイリス……どうしましょう」
「どうしましょうといわれましても……」
有効な打開策が思いつかず、二人の少女が揃って難しい顔をしていると、
「何を迷っているのだ」
二体の自動人形の様子を見ていたライルが、振り返りながら意外な一言を言う。
「あんな見かけだけの雑魚、一瞬で葬ればいいだろう」
そう言ったライルの顔は、とびきりの騙しの作戦を思い付いた詐欺師のように、醜悪に歪んでいた。




