思い出を断ち切って
ライルが投げたランタンは、赤い軌跡を描きながら夜空を高々と舞い、そのまま中庭の花壇へと落下する。
瞬間、ガラスが割れる音が周囲に響いて、漏れ出した油に火が点いて、花壇の花々へと燃え移る。
「んなっ!?」
メラメラと燃える色とりどりの花を見て、アイリスが顔を真っ青にして立ち上がる。
「おいっ!」
そのまま飛び出していきそうなアイリスを見て、ライルは手を伸ばして彼女の手を掴んで止める。
「アイリス、何処へ行く気だ」
「は、放して……あの花は母様の……」
「落ち着け、その母様を助けるために、あの花を犠牲にするんだろうが」
「――っ!?」
その一言にアイリスの動きがピタリと止まり、手から力が抜ける。
ライルの言う通り、花壇から出火したことで、三体の自動人形たちが一斉に火に向かって移動しはじめている。
「あれなら索敵方法が視覚だろうが聴覚だろうが、はたまた熱反応だろうが関係ない。奴等があの火に気を取られている間に、とっとと移動するぞ」
「………………わかりましたわ」
アイリスは唇を噛み締め、口の端から血を流しながらやっとの思いで頷くと、キッとライルを睨みつける。
「ライル……今回のあなたの行動について、全てが終わったらたっぷりと話をさせていただきますわ」
「フッ、無事に終わったらな」
ライルはシニカルな笑みを浮かべると、自動人形たちの注意がこちらに向いていないのを確認して走り出す。
「アイリス、とっとと道案内をしろ。敵は待ってはくれんぞ。リリィも……ランタンならまた買ってやるから、何時までもウジウジしてないで立つんだ」
「ああ、もう! わかっていますわ」
「あっ、は、はい……今行きます」
減らず口を叩くライルに、アイリスは苦々しい表情を浮かべながら、リリィも立ち上がって燃えているランタンを一瞥する。
「…………ううっ」
ライルが投げたランタンは、冒険に出るリリィの為に、母であるレイラが用意してくれたものだった。
別にレイラがくれたのはランタンだけではないのだが、それでも石の村での洞窟をはじめ、夜になると欠かさず使っていた思い入れのある品であることには変わりはない。
ライルは新しいランタンを買ってくれると言ってくれたが、母の想いが詰まったランタンはあれ一つしかない。
だが今は非常時で、ランタン一つ、花壇の花少々でこの場を切り抜けられるのなら、これ以上の選択肢はない……はずだった。
「ママ…………ごめんね」
自動人形たちに囲まれつつあるランタンに向かって、小さく謝罪の言葉を口にしたリリィは、想いを断ち切るように強くかぶりを振って顔を背けると、随分と先に行ってしまった二人の影に追いつくように駆け出した。
ランタン一つを犠牲にして、どうにか城内に侵入したライルたちであったが、中に入っても苦難は続いた。
「先に言っておきますけど、これからは先程のような囮を使った作戦は使えませんわよ」
等間隔に設置された燭台によってぼんやりと照らされた廊下の先を見据えながら、アイリスが隣に立つライルに釘を刺すように話しかける。
「外にいた自動人形と違って、中にいる自動人形は不審者を見つけると、けたたましい音を立てて周囲にその存在を報せるのですわよ」
「わかっている」
声を殺して近くの柱の影に隠れたライルは、目を凝らして廊下の先を通り過ぎた自動人形の横顔を見ながら応える。
「だが、安心しろ。どうやら中の自動人形を撒くのは容易そうだ」
「本当ですの?」
「ああ、今しがた通り過ぎた奴の顔に、目と思われる光が見えた。そして、廊下の燭台に火が灯されていることから、あの自動人形は視覚を頼りに索敵している……だから」
「…………だから?」
「ここから先はアイリス、お前が我々の目になってもらうぞ」
「えっ?」
その一言に、アイリスは嫌な予感がして思わず腰が引けるが、それを逃がすまいとライルは手を伸ばして彼女の手を取る。
「さあ、アイリス、お前の記憶力に我等の全てを託すぞ。精々、迷わず目的地に連れて行ってくれよ」
そう言ってライルはアイリスの目を見ながらニヤリと笑ってみせた。
場内を徘徊する自動人形は、外を徘徊する自動人形とは違ってすらりとした長身で、手足も普通の人間と同程度の長さでシルエットも人そのものであった。
全身を甲冑で身に纏っているにも拘らず、足音を立てずに静かに歩くのは、城内で眠る者たちを起こさないための配慮だ。
そんな城内を徘徊する自動人形には、外にいる武骨な自動人形とは決定的な違いがあった。
それはのっぺりとした顔の目の部分にある二つの光る目であり、この二つの器官を使って目視による索敵を行っていた。
ただ、城内の自動人形は戦闘能力が低いので、彼等に与えられた仕事は、不審者を見つけたら大きな音を出して周囲に侵入を報せることだった。
与えられた命令に従い、城内を決められたルートで徘徊する自動人形たちだったが、そんな彼等の目に異変が起こる。
城内の一角にある通路にある燭台の火が、全て消えていたのだ。
こういう場合、人間であれば何か異変が起きたのかと察し、目が暗闇に慣れるのを待ってそちらに向かったりするのだが、そういった自我を与えられていない自動人形は、疑問に思うことなく暗闇の中へと入って行く。
だが、こうなると自動人形の目は全くの役立たずになる。
だからすぐ横を三つの影が足音を立てて通り抜けても、決められたルートを歩くだけの自動人形がその事実に気付くことはない。
その後、その自動人形が通路の突き当たりから戻る時には、他の燭台の火が消えていたが、その事態に対する命令を受けていない自動人形は、無言のまま与えられたルートをひたすら歩き続けた。




