扉を抜けた先には……
秘密の通路を歩いて辿り着いた先は、またしても壁だった。
先程、女神の涙でレンガの壁が割れるのを見たリリィは、壁の向こうに人の気配がいないことを確認した後、何かを期待するようにアイリスへと道を譲る。
「さあ、アイリス。あなたの出番ですよ」
「フフッ、リリィ……随分と嬉しそうですわね」
「ええ、だってまた、あの面白い現象が見られると思うと……ワクワクします」
「そう……」
脇によけて目を輝かせるリリィに、前へ出たアイリスは秘密の通路を開いた時と同じように、壁に手を当てる。
一体何が始まるのかと注目が集まる中、アイリスはそのまま横にスライドして通路の端へと移動する。
「…………リリィ」
「はい、なんでしょう?」
「その……期待させといて申し訳ございませんが……」
そう言いながら、アイリスは壁に当てた手に力を籠める。
すると壁が真ん中を起点として、音もたてずにクルリと回転して新たな道が開く。
「この壁は、非常にシンプルなしくみとなっていまして、誰でも簡単に開けることができますの」
「あっ……」
期待を裏切るような真似をして悪いと思ったのか、アイリスは力なく笑いながら事情を説明する。
「城から逃げる時にあのような大掛かりな仕掛けを動かしていたら、流石に敵に追いつかれてしまいますわ。ですから、ここはこの扉の存在を知っている者なら、誰も簡単に開けられますの」
「そう……だったんですね」
事情を聴いたリリィは、先に中に入ったアイリスに代わり、動いた扉に手を当てて実際に自分でも動かしてみる。
「あっ、凄い軽い……」
「ええ、何でも水に浮くぐらい軽い石を、周りの壁と遜色ないように加工して造ったとか……本当にそんな石があるのか知りませんけどね」
「ありますよ」
懐疑的に話すアイリスの言葉を、リリィは動く壁を動かしながら嬉しそうに断言する。
「だってこの扉、こんなに大きくて見た目は他の壁と同じなのに、こんなに簡単に動かせるんです。それこそ、アイリス一人でも持ち上げられそう……そんな石なら、きっと水に浮くぐらい簡単ですよ」
「……そうかしら?」
「そうですよ。だったら今度、実際にやってみましょうよ。この壁を……流石に壊すのは怒られそうなので、同じ石を見つけましょう」
「ええ、そうですわね」
そう言って顔を見合わせた二人の少女は、大きく頷いて笑い合う。
「……フッ」
敢えて未来の話をして、絶対に生き残ることを誓い合うリリィたちを見て、後ろで見守っていたライルは小さく笑う。
本来、そのような話をする者は、生き残る可能性が低くなるので避けるべきなのだが、そのことを指摘してわざわざ水を差すような真似はしない。
明確な目標を持っていた方が、いざという時にそれが活きてくる可能性もおおいにある。
それに、ライルもまたリリィを信じることにしたが、全てを彼女に託して何もしないわけではなかった。
これまでと同じように、魔王側がなりふり構わず……それこそルールの外側からリリィを殺そうとするなら、それだけは絶対に阻止するつもりであった。
リリィが進む輝かしい王道を守るために、裏の汚れ仕事の一切を引き受ける。
それはこれからもずっと変わらない、ライルのスタンスであった。
今一度自分のやるべきことを確認したライルは、まだ扉に手をかけているリリィに話しかける。
「……ほら、リリィ、いつまでも遊んでいないで中へ入れ。いつ敵が現れるかわからないのだぞ」
「あっ、はい。そうですね」
そう言われたリリィがそそくさと扉の向こう側へ行くのを見て、ライルも後に続く。
完全に中に入ったライルは、扉を回して秘密の通路を閉じながら周囲を確認する。
そうして出た場所は、石で囲まれた小さな部屋だった。
人が四人も入ればそれだけで手狭になってしまう小さな部屋の入り口は、分厚そうな木でできた扉だけで、真ん中には覗き窓のような小さな穴が開いている。
他には簡素なベッドが一つと、薄汚れて何が入っているかわからない木桶、そして、壁にこの部屋がどのような目的として使われているかわかる代物があった。
長いこと使われていないのか、汚れ、錆び付いた手足を拘束する鎖を見たライルが口を開く。
「ここは、牢獄だな?」
「ええ、といっても、ここは牢獄の体裁を取り繕っているだけで、実際は使われない部屋となっていますの」
「なるほど……」
その理由は言うまでもない。
ここに囚人を拘束してしまうと、秘密の通路から逃げられてしまうからだ。
逆を言えば、反乱が起きて王族が捕らえられることとなっても、この部屋に入れられれば、秘密の通路を使って逃げ出すこともできるということだ。
「……ちなみにだが、リリィは城から出る時はこの通路を使ったのか?」
「いえ、わたくしは捕らえられる前に、従者たちの挺身で逃げ出せましたから……」
「…………そういえばそうだったな」
以前に同じことを言われたことを思い出したライルは、辛い記憶を思い出させてしまったアイリスに向かって素直に謝罪する。
「すまない、失念していた」
「いえ、お気になさらず。ですが、これはチャンスでもありますわ」
「そう……だな」
リリィが秘密の通路を使わずに城を脱出したのであれば、魔王側がこの通路の存在を気付いていない可能性が高い。
それはつまり、ライルたちが既に城の中に入っていることを敵に認知されていないということだ。
敵が強大である以上、この機を逃すわけにはいかなかった。
「それで、何か作戦はありますの?」
同じことを考えている様子のアイリスが、ライルに質問する。
「城までの道案内はしましたが、正直なところ、わたくしはあまり作戦立案が得意ではありませんの。よければ悪知恵が働くライルの知恵を貸していただけないかしら?」
「お兄様……私からもお願いします」
アイリスの言葉に続いて、リリィも深々と頭を下げてライルにお願いする。
「この戦い……アイリスのご両親を助けるためにも、絶対に負けられないんです。厚かましいお願いだとわかっていますが、お兄様の力を貸してください」
「ああ、わかってる……」
相手が相手なだけに、ライルもそれぐらいの協力は惜しまないつもりだった。
「戦うつもりは毛頭ないが、知恵ぐらいは貸してやるから心して聞くがいい」
ライルは唇の端を吊り上げてニヒルに笑うと、魔王を倒して王たちを奪還する作戦を伝えていった。




