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逡巡

 レンガの壁が割れて現れた秘密の通路を入ると、街の地下へと続く階段があった。


 石の村での経験もあり、冷静にカンテラへと火を灯したリリィは、勇者らしくパーティの先頭に立って秘密の通路へと入る。



 階段を下りた先は、四方が石で囲まれた細長い通路となっており、一同はリリィを先頭に、その後をアイリスとライルが並んで続いた。


「……ふむ」


 通路を歩きはじめて暫くして、周囲の様子を確認しながら歩いていたライルが口を開く。


「それにしても、アイリスと出会えたのは僥倖だったな」

「何ですの? 藪から棒に……」


 いきなり褒めるような一言を告げるライルに、アイリスは訝し気な目線を送る。


「わたくしを褒めても、これ以上は何も出ませんわよ……一体何が目的ですの?」

「別に、深い意味など無い」


 アイリスが自分を抱くようにして距離を取るのを見て、ライルは呆れたように肩を竦める。


「アイリスに出会わなければ、我々はきっと今頃、何も知らずに王城に乗り込んでいただろうからな」

「その場合……やはり魔王にリリィはやられていたと?」

「……わからぬ。だが、少なくとも、何かしらの望まぬ結果が生まれただろうな」

「望まぬ結果? わたくしのお父様や、お母様が犠牲になると?」

「悪いがそれ以上は言うつもりはない。言えばそれが言霊になり得るからな」

「言霊……口にしたことが現実に起こるという呪術師の格言ですわね?」

「そういうことだ」


 そう言って無理矢理この話を打ち切るライルであったが、彼が考える望まぬ結果は、アイリスが考えていることとは少し趣が違った。



 確かにアイリスが危惧している通り、彼女の両親が人質に取られたり、何も知らない街の人々を人質にされたりするという可能性も高い。

 だが、それ以上にライルが気にしているのは、この世界の魔王は、勇者と魔王の物語に対する様式美を全く理解していないということだった。



 ライルの見立てでは、この先にいるのは魔王の名を語るベリアルという悪魔の一人だと考えている。


 これまで何人ものベリアルを葬って来たライルではあるが、状況からして今回はそれなりに位の高いベリアルが待っているであろう。


 そのベリアルが予想より遥かに強く、今のリリィでは手も足も出なかったら……おそらくライルは彼女を守るために、これまでひた隠しにしていた外道魔法を躊躇なく使うだろう。



 その中には、この世界の魔王すら屠ることも可能な強力な魔法もあるが、それを行使すると、王都内いるリリィ以外の人間全てを殺してしまうだろう。



 だが、そうしてリリィを救ったとして、ライルの真の力を目の当たりにした彼女は、兄に対して何と言うのだろう?


 軽蔑するだろうか?

 近付かないでと恐れおののくだろうか?

 それともライルこそが魔王だと断じて、襲いかかってくるだろうか?


 もしかしたらそんな惨状を目の当たりにしても、盲目的にライルのことを兄として変わらず慕ってくれる可能性もあるが、そんなリリィを勇者として認めることができるだろうか。



 そもそもこの国の王が倒れた時点で、リリィを勇者として認める者がいなくなってしまうので、これから先のリリィの冒険は、あらゆることで困難が付きまとうことになる。


 一国の王を守り切れなかっただけでなく、自分一人だけ生き残ったという不可解な状況を怪しむ者もいるだろうし、そんないわくつきの人物を受け入れることなど無理だと、ハッキリと言ってくる者も多いだろう。


 なにより、勇者という人物は、あらゆる不可能を可能にし、誰もが諦めるような困難を乗り越えることができるからこそ、誰もが勇者として認めてくれるのである。



 その皆の期待を裏切らないために、又、この世界の魔王の鬼畜ぶりを知っているからこそ、ライルはリリィに対して必要以上に鍛錬を積み、あらゆる難敵にも立ち向かえるように指導してきた。


 だが、果たして次の一戦を、リリィは乗り越えることができるのだろうか。

 こればかりは、流石のライルでも読み切れないところだった。


「…………様…………お兄様ってば!」


 ライルがあれこれと王城に乗り込んでからについて考えを巡らせていると、不意に体を真横に強く引かれ、すぐ耳元からリリィの咎めるような声が聞こえる。


 一体何事かと思いながらも、ライルは体を密着させているリリィに顔を向ける。


「……何だ?」

「何だじゃないですよ。このままでは壁にぶつかってしまいますよ」

「何だと?」


 リリィの言葉に従ってライルが正面を見ると、確かに彼女の言う通り、ライルの目の前に壁が迫っていた。

 どうやら考えごとをしながら歩いているうちに、いつの間にか曲がり角にぶつかっていたようだ。


「まさかとは思いましたが、このままではお兄様、壁に思いっきりぶつかっていましたよ?」

「……ああ、そのようだな。助かった」


 ライルは小さく嘆息しながら手を伸ばし、リリィの頭を撫でる。


「…………」


 そしてそのまま無言のまま、リリィの頭を撫で続ける。


「あ、あの、お兄様……」


 いつまでも頭を撫で続けるライルに、リリィが戸惑ったような声を上げる。


「その……頭を撫でていただけるのは嬉しいのですが、そろそろ……」

「あ、ああ、そうだな……」


 そこでライルはようやくリリィの頭から手を離すが、その後もジッと彼女の目を見続けながら考える。



 ライルはこれからリリィの身に起こるであろう事態と、それに対する対処法を彼女に話すべきかどうかを決めかねていた。


 魔王側が空気を読まずに非道を行くなら、こちらも王道を捨てるべきではないか、と。


 ライルがリリィの正式な仲間として加わり、その力を存分に発揮すれば、アイリスの両親たちも問題なく救うことができるだろう。

 だがそれは、リリィがライルの望む『最高の勇者』になれなくなるということを意味する。

 ライルの戦い方は王道から大きく外れており、とても勇者のパーティの一員としてやっていくには相応しくない。


 だが、それでも大切な妹の命を守るためならば……


「…………」


 そうしてライルは幾重にも考えを巡らせた結果、


「リリィ……王城での戦いは、非常に激しいものになると思うが、アイリスと二人で協力して見事に乗り切るのだぞ」


 ライルはこれまでと同じ、傍観者として振る舞うことにした。


 様式美を愛する魔王として、やはりリリィには最高の勇者になってほしかった。


「その……我は何もしてやれないが、お前の勝利を最後まで信じている……だから、勝て」

「はい、モチロンです!」


 ライルの激励に、リリィは笑顔を爆発させて両拳を握る。


「これまで不甲斐ないところをお見せしてしまいましたが、次は王様の命を守るという大切な使命もあります。必ずや、私は勇者として立派に務めを果たしてみせますよ」

「ああ、期待している」

「ええ、期待していて下さい。では、王城に向かって出発しましょう!」


 ライルから激励を受けたリリィは、嬉しそうに鼻歌を歌いながら再び先頭に立って意気揚々と歩きはじめる。



 そんな現金なリリィに苦笑しながら、ライルは呆れたようにこちらを見ているアイリスと並んで再び歩きはじめる。


(我はリリィを信じている。我が育てた……最強の勇者を…………)


 そう何度も自問自答しながら、ライルは黙々と王城を目指して秘密の通路を歩き続けた。

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