いざ、王城へ
あくまでライルの予想ではあるが、魔王の目的が勇者であるとわかった以上、このまま王城に突撃するわけにはいかなくなった。
言うまでもなく城の中には、リリィたちを待ち受ける数多の罠が配置されているだろうし、勇者を発見した瞬間、城内の魔物たちが一斉に街を襲うとも限らないからだ。
そのため、真正面から素直に城に行くわけにもいかず、かといって警備が完璧な王城に忍び込むのは難易度が高い。
故にライルたちは、第三の選択肢を取ることとなった。
人々の熱気から逃れるように、ライルたちは人気のない路地裏へと移動していた。
一口に路地裏といっても、多くの都市に見られるような陰気で、そこかしこにゴミや何だかよくわからない異臭のする液体など無く、人がようやくすれ違いできるほどの広さの道もしっかりと石畳で舗装されており、壁には目立つシミすらなかった。
「……静かなところですね」
どちらかというと静かな場所の方を好み、大通りの雑多な雰囲気から解き放たれことを喜んでいたリリィは、武器屋で手に入れた新しい剣の調子を確かめながら双眸を細める。
「村を出てから今日まで、目が回るほどの日々の連続でしたが、何だかはじめてゆっくりできたような気がします」
そう言いながらリリィは、軒先から飛び出している小さな白い花のついた枝を手に取ると、ホッ、と安堵の溜息を吐く。
「王都みたいな大きな街にも、こんな綺麗な花が咲いている場所があるんですね」
「ええ、わたくしの曾祖母が、何処にいても花に触れ合える街にしたいと願ったこともあり、王都ではどの家でも何かしらの花を育てるという決まりがあるんです」
「花の種類はなんでもいいのですか?」
「そうですわね……あるとすれば、周りに迷惑をかけない花、ということぐらいかしら?」
「迷惑?」
「ええ、世の中には悪臭を放つ花や、虫を好んで食す珍妙な花など、人によっては不快に思う花もあるのですわ」
「む、虫を食べる……ですか?」
その話を聞いたリリィの脳内に、赤い花びらをつけ、中央に白い歯がズラリと並んで大口を開けてあらゆる虫をバリボリと食べる世にも不気味な花の姿が思い浮かぶ。
「うう……そんな花はかなり嫌かも」
豊かな想像力を働かせて顔を青ざめるリリィを見て、アイリスは呆れたように苦笑する。
「…………恐らくですが、リリィの想像している花とは違うと思いますわ」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、確か城の庭園に、食虫植物もいくつかあったと思いましたから、この件が片付いたらご案内差し上げますわ」
「本当ですか!? アイリス、約束ですからね?」
「ええ、約束……」
果たしてそんな望んだ未来が訪れるかどうかは不明だが、それでも希望を持つことは悪いことではない。そう考えながらアイリスは儚げに笑った。
その後、他愛もない話をしながら静かな通りを歩き続けていると、道の終点なのか、行き止まりに辿り着く。
「……行き止まり?」
先頭を歩いていたリリィは、蔓が絡まってほぼ緑一色になっている壁をコツコツと叩きながら不思議そうに首を傾げる。
だが、リリィとは対照的に、ライルは何処か確信めいた表情を浮かべてアイリスに尋ねる。
「…………ここか?」
「ええ、ここですわ」
ライルの問いに、アイリスはしかと頷く。
「えっ? えぇっ!?」
何やら訳知り顔で会話するライルたちを見て、リリィは困惑したように二人を見る。
そうしてリリィが堪らず質問する先は、やはり兄であるライルであった。
「お、お兄様、お二人だけで納得していないで、何がここなのか教えて下さい!」
「ああ……と、言いたいが、ここは我が説明するより、実際に見た方が早いだろう」
「えっ?」
「そういうことですわ」
ライルの言葉を引き継ぐように、得意顔のアイリスが前に進み出て、リリィに下がっているように命じる。
その声におとなしく従って下がったリリィは、ライルの横に並んで彼の耳元で囁く。
「お兄様……一体何がはじまるのですか?」
「黙って見ていろ。今から非常に貴重なものが見えるぞ」
「非常に……貴重?」
「ああ、我々のような一般庶民には、通常、一生縁のないものだ」
「はぁ……」
そう言ったライルの興奮した面持ちを見て、リリィは彼に倣ってアイリスの行方を見守ることにする。
優雅な足取りで前へ進み出たアイリスは、そのまま緑の壁の前に立つと、ローブの前をはだけさせ、胸元に手を差し入れて王族に与えられるという宝石『女神の涙』を取り出すと、背後を振り返って可愛らしくウインクをして見せる。
「フフッ、とくとご覧あそばせ」
そう言って女神の涙にキスをしたアイリスは、水色の宝石を手の平に巻き付けて壁に押し当てる。
すると、雨雫の形をした宝石が青く輝き出し、光が雫となって壁の中へと吸い込まれていき、波紋となって壁全体に行き渡る。
「あっ……」
次の瞬間、リリィの目に摩訶不思議な光景が飛び込んでくる。
女神の涙から漏れ出た光を浴びた蔓が、まるで命を得たかのようにぬるぬると動き出し、調度、人一人が通れるくらいのスペースを壁に作って奥の赤いレンガを露出させる。
さらに、レンガが音もなく左右に割れたかと思うと、ついさっき壁だった場所に、さらに奥へと続く新たな道が生まれた。
「す、凄い……」
摩訶不思議な光景を目の当たりにしたリリィは、目を丸くさせながらアイリスへと尋ねる。
「ア、アイリス……これは一体、この道は何なのですか?」
「これは、王族だけに伝わる秘密の抜け道で、主に城からの緊急脱出に使われる道ですわ」
「城から……ということは?」
「ええ、その通りですわ」
リリィの問いに、アイリスはゆっくりと頷いて指を三本立てる。
「これが第三の選択肢、王族以外は知らない通路から城に忍び込む、ですわ」
そう言ってアイリスは、豊かな胸を張って得意気に笑ってみせた。




