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黒い触手

「やったか!?」


 リリィがグランデラパスの首筋に折れた剣を突き立てるのを見て、草むらに身を隠していたライルは思わずガッツポーズをする。


 リリィが剣を突き立てた場所はグランデラパスの首の根本で、血管が多く集まる十分に致命傷となる一撃であった。


「やあっ!」


 さらにそこへ、リリィが追い打ちをかけるように突き刺した剣を、レバーを引くように横に倒し、首から肩にかけて大きく切り裂く。

 同時に、傷口を大きく抉られたグランデラパスの首から上がぐらりと傾き、これで勝負ありと思われたが、


「むっ……」


 何やら様子がおかしいことに気付いたライルは、眉間に皺を寄せて渋面をつくる。


「おかしい……どうして血が出ない」


 リリィの剣で大きく首を切り裂かれたグランデラパスの首は、確認するまでもなく致命となる一撃であることには違いない。だが、切り傷から噴水のように大量の血が吹き出してこないのは明らかに異常である。


 一体何が起きているのか?

 目を凝らして睨むライルの目に、思わぬものが飛び込んでくる。


 グランデラパスの傷口から血が吹き出してくるかと思ったら、無数の黒い触手のようなものが吹き出してきたのだ。


 それを見たライルは、反射的に叫ぶ。


「リリィ、逃げろ!」

「――っ、はい!?」


 ライルの言葉に反応して、リリィがグランデラパスの背を蹴って大きく跳躍する。


 すると、傷口から溢れ出した触手たちが大きく震え出し、逃げるリリィを追うように一斉に動き出す。


 物凄い速さで迫る触手を前に、宙に浮いているリリィに避ける術はなかった。


 空中でリリィを補足した触手は、あっという間に手足に絡みついて彼女の体を拘束する。


「きゃ、きゃああああああああああああぁぁ!」

「マズイ……」


 宙吊からグランデラパスの方へと引き寄せられるリリィを見て、ライルは慌ててアイリスへと指示を飛ばす。


「アイリス、あの触手を凍らせろ。霧が晴れるから間違っても火の魔法は使うな!」

「わっ……かりましたわ!」


 樫の木の杖を構えたアイリスは、素早く魔法を詠唱すると、


「アイシクルランス!」


 最初にも放った氷の槍を、今度は細かく散弾のようにして放つ。

 高速で飛ばされた氷の槍は、グランデラパスとリリィの間を結ぶ黒い触手に命中し、ズタズタに切り裂く。


「きゃん!」


 触手が切れたことで体が自由になったリリィは、碌に受け身も取れずに尻餅をつく。

 だが、すぐさま立ち上がると、強打したお尻を擦りながらグランデラパスと距離を取ってアイリスの横に並ぶ。


「すみません、アイリス。助かりました」

「フフッ、気にする必要はありませんわ。だってわたくしたち、既に戦友でしょ?」

「戦友……はい、そうですね」


 リリィとアイリスは互いの拳を合わせて笑い合う。

 そして、すぐさま表情を引き締め直すと、一度は倒したはずのグランデラパスを改めて見る。


 首を大きく切り裂かれたはずのグランデラパスの首の傷口からは、今も黒い触手がウネウネとうねりながら獲物を探すように彷徨っている。


「あれは……一体、どういうことなのでしょう?」

「わかりませんわ……ただ、一つ言えるのは、このままでは奴は倒せないということですわ」


 アイリスの言葉通り、黒い触手によってせっかく傷付けた傷口はすっかり元通りになっており、グランデラパスの黒い目が、ギョロリと二人の少女を睨む。

 どうやらイリュージョニストの効果が切れたのか、霧の中でも二人のことをしっかりと捕捉で来ているようだ。


 グランデラパスと目が合った二人は、笑顔を引き攣らせる。


「どうしましょう。こっちを見ていますよ」

「み、見ていますわね……ちなみにこの後の作戦は?」

「聞いていませんよ。だって、さっきので倒せるはずだったので……」

「そうでしたわね……」


 互いにどうしたいいかわからないことを理解した二人は、揃って頼みの綱となるライルへと顔を向ける。


「お、お兄様、次はどうしますか?」

「早く指示を出して下さいな。まさか何も策はない、なんていいませんわよね?」


 そうして話を振られたライルはと言うと、


「莫迦者、こっちを見るな。敵に我の位置がバレてしまうだろうが」


 二人からさらに距離を取った位置で、こっちを見るなと謂わんばかりに、追い払うような仕草をする。


「お、おおお、お兄様!?」


 そのまさかの言葉に、流石のリリィも可愛い大きな目をまん丸に見開いて驚きを露わにする。

 だが、そんなリリィに、ライルは容赦ない言葉を浴びせる。


「何度も言うが、我は戦わない、ここにはいないも同然の者だ。一先ず、その化物を倒すのは絶対に無理だ。故に……」

「ゆ、故に?」

「命懸けで逃げ続けろ……そうすれば、もしかしたら光明が見えるかもしれん」

「ええっ!?」

「後、あの黒い触手には捕まるな。もし、捕まれば……その時点で死ぬと思え」


 そう一方的に告げたライルは、リリィたちに背中を向けて全力で逃げ出した。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 一目散に逃げ出すライルに、アイリスが慌てて呼び止めようとするが、


「んなっ!? は、早い……」


 身体能力強化の魔法を使って逃げるライルの逃げ足は凄まじく、あっという間に豆粒ほどの大きさになる。


 正に疾風迅雷の如き、素早い逃げ足を目の当たりにしたアイリスは、


「この最低男! 次に会ったら、その曲がった根性、絶対に矯正してやるんですから!!」


 既に届かぬ距離になったライルに向かって、精一杯の罵声を浴びせた。

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