幻影の霧
アイリスが発生させたファイアーストームが消滅すると、グランデラパスは一度大きく嘶き、再びリリィたちに襲いかかるために大きく旋回する。
「いいな? 作戦通りにやるんだぞ」
グランデラパスが滑空体勢に入る前に、ライルは二人の少女に捨て台詞を吐いて、自分一人はそそくさと草むらの中へと逃げて行く。
「あ、あの男……本当に逃げましたわ」
ライルが消えて行った方向を見ながら、アイリスはげんなりしたように肩を落とす。
「戦闘に参加しなくても、目に見える範囲にいて指示を出すとか、あの鳥の気を引くとかいくらでも、役に立つでしょうに」
「アイリス、何を言っているのですか」
ライルの起用方法について語るアイリスに、リリィが待ったをかける。
「それではお兄様に危険が及ぶではありませんか。そんなこと、アイリスが認めても私が認めません!」
「ああ~、はいはい……わかりましたわ」
本当はあれこれと文句を言いたいアイリスであったが、既にグランデラパスは旋回を終えて滑空へと移行していたので、表情を引き締めて空を睨む。
「あなたたち兄妹への躾はまた今度にするとして……先ずはわたくしのお兄様の仇を討つ方が先決ですわ!」
真っ直ぐ向かって来るグランデラパスを見据えたアイリスは、樫の木の杖を大きく掲げると、
「いきますわ! アイシクルミスト!」
声高々に魔法名を叫びながら、杖を地面に突き立てる。
すると、アイリスを中心に地面に大きな魔法陣が現れ、物凄い勢いで煙が発生したかと思うと、周囲一帯を覆い尽くしてしまった。
「――クケッ!?」
突如として大量発生した謎の煙を前に、グランデラパスは思わず急制動をかける。
それは生物として、未知なものに対する恐怖と警戒であり、当然の行為であった。
そしてそれは、ライルの作戦のうちでもあった。
「アイシクルランス!」
次の瞬間、煙の向こうからアイリスの鋭い声が聞こえ、先の尖った巨大な氷の塊が三つ、グランデラパスに向かって飛び出す。
「――ッ!?」
飛来してきた氷の塊を、グランデラパスは大きな翼を羽ばたかせて連続で回避してみせる。
「クケエエエエェェェェェ!!」
回避をしたその一瞬で、煙の向こう側に見えたアイリスの姿を捕らえたグランデラパスは、大きく嘶きながら突撃を開始する。
当初は得体の知れない煙に慄いたグランデラパスであったが、獲物を見つけた途端に狩猟者としての本能が目覚めたのか、勇猛果敢に目標に向かって突撃する。
「なっ、あの攻撃を避けるですって!?」
すると、煙の向こう側で攻撃を避けられたアイリスの焦った声が聞こえ、続いて逃げ出す気配がする。
だが、グランデラパスは一度目で捉えた獲物は決して逃がさない。
あっという間に最高速度にまで達したグランデラパスは、恐れることなく煙の中へと突っ込む。
瞬間、周囲の気温が一気に下がったような気がして、グランデラパスは一瞬だけ身を固くするが、それでも意に介することなく、自身の最大の武器である爪を構え、獲物を狩る準備をする。
後は逃げる獲物の背後から襲いかかり、自慢の爪を頭なり、胴なり、どこにでも突き立てればそれだけで相手は容易く倒れ、死ぬ。
これまでそうして幾人もの冒険者を狩り、いつしかグランデラパスは空の王者の名を冠するようになった。
今回も何も変わらない……つい先日殺した男のように爪を立てて殺し、滴り落ちる血を、みずみずしい肉を喰らう。
そうしてアイリスを殺す手段をシミュレートしながら、グランデラパスはアイリスの影を追い……そして、彼女の柔らかそうな首元へと爪を突き立てた。
「――ッ!?」
だが次の瞬間、不可解なことが起きる。
確実にアイリスの柔肌を捉えたと思った自慢の爪が、どういうわけか空を切ったのだ。
「クケェェ……」
そのまま地面を抉りながら着地したグランデラパスは、首を巡らせて自身が通った軌跡を追う。
だが、そこにはあるはずのアイリスの死体は疎か、血の一滴も落ちていなかった。
「フフフ……かかりましたわね」
すると、何処からともなくアイリスの声が聞こえる。
「あなたはこのわたくしが作った、霧の迷宮に囚われたのですわ。こんな手にかかるなんて、お馬鹿さんね」
そう言って余裕の笑みを浮かべたアイリスが、グランデラパスの前へと現れる。
「クケエエエエエェェェ!!」
アイリスの姿を見たグランデラパスは、すぐさま反応して翼を大きく振るうと、羽根の礫を彼女に向けて放つ。
広範囲に及ぶ羽根の礫を前に、アイリスの逃げ道などなかった。
だが、そこでまたしても不可解なことが起きる。
完全にアイリスを捉えたと思われた羽根の礫が、彼女の体をすり抜けたのだ。
「ホホホ、無駄ですわよ。それはあなたが最初に見たわたくしと同じ、幻ですわ。残念ながらそこにわたくしはいませんわ」
「クケッ!?」
小馬鹿にしたようなアイリスの言葉を前に、グランデラパスは怒りを露わにしてキョロキョロと周囲を見渡す。
「あら、どちらを向いているのですか? わたくしはここですわよ」
首を忙しなく巡らせるグランデラパスを見てか、アイリスの小馬鹿にするような声が聞こえる。
だが、煙の中をアイリスの声が反響し、何処から聞こえるのかわからなかった。




